「なんで私が徽章を盗んだって知ってんだ? 依頼人以外にゃ漏らしてねーはずだし、盗んだのはついさっきだ。 小耳に挟むにしちゃちょいと耳がデカすぎんじゃねーか?」
「そう言われると...そんな気もするな。 俺って迂闊すぎねぇ?」
「もうちょい頑張って腹の中隠そうスバル!」
「兄ちゃん、ちょっと突かれたくらいでボロ出しすぎだろ...」
フェルトは、頭を抱えてしゃがみ込むスバルに膝を曲げて視線を合わせる。
彼女はそれで、と前置きをする。
「徽章を買い取る、っつーのはどーいうことだ? もともと、これを頼んできた姉さんとアンタは別口だろ? 商売敵かなにか?」
「あー、もうそんな感じでいいよ」
「適当な兄ちゃんだな...」
フェルトは投げやりな言葉を返すスバルに呆れている。
(ところで、どうやってフェルトを言いくるめようか...)
一方で上条は、今更ながらそんなことを思案していた。 2週目ではスバルの機転によって物々交換を成功させたが、そもそも今回は盗品蔵に向かう前に徽章を取り戻したいのだ。 しかし、がめついフェルトのことだし、どうあがいても結局エルザとの競りに待ちこまされる気がする。
フェルトはあっけらかんと笑った。
「アタシとしては買取価格が高い方に売りつけるだけだ。 ま、向こうの姐さんが怒る可能性もあるけどな」
「あー、その怒り方がとんでもない可能性もあるわけで...いや、こっちの話」
わざわざ交渉が難儀になるような話はさて置き、スバルは改めて咳払いしてから真剣な顔を作り、
「んじゃ、交渉には乗っかってくれるってこったな?」
「儲かる可能性のある話ならなんだって聞くさ。 たりめーだろ?」
「たくましいこった。 ....こっちにゃ聖金貨で二十枚以上の価値があるものを用意してる。 その条件で、お前の徽章を買い取りたい」
スバルの言葉に、フェルトの耳がぴくん、と動く。 前回と同様、そのがめつさは健在のようだった。
「へー、なるほど。けっこーな値段付けてくれんじゃん。 アタシの苦労も報われるよ。 ...でも、アンタの商売敵もそんぐらいの値段できてるぜ?」
「ハッタリだろ」
すかさず上条が突っ込む。
「聖金貨十枚...出せても十五枚の取引だ」
「フェルト、そういうことだ。 あんま欲かくと死ぬぞ、マジに」
恐らくフェルトは、スバルが居なかったとしてもエルザに対して値上げ交渉を行ったはずだ。 その結果はあまり考えたくはないが。
フェルトは2人から突っ込まれ、不機嫌そうに頬を膨らます。
「んだよ、そこまでバレてんのか。 そーだよ、聖金貨十枚だ。 といっても、交渉相手が出たと知れたらもっと出すかもしんねーけどな?」
これは嘘じゃないぜ、とフェルトはぶっきらぼうに口にする。
「素直にこっちで手ぇ打っておけ、って言っても聞かないんだろうな」
「たりめーよ。 ってか、そもそもアンタのさっきの話も眉唾だ。アタシの耳は聞き間違えちゃいねー。 アンタは聖金貨二十枚じゃなく、その価値があるものって言った。 手札が一方的に知れてんのは不公平じゃねーかな、交渉としては」
しかし、ここでごねられても時間を無駄にするだけだ。 何としてでもエルザがこちらに狙いを定める前に交渉を終える必要がある。
上条と同じことを考えたのか、スバルも手早くガラケーを取り出した。 そして、フェルトに向かってこう告げる。
「これが聖金貨二十枚分_______巷で大流行の『ミーティア』ってやつだ」
「それが聖金貨二十枚か? アタシにゃ手鏡かなんかにしか見えねーが」
スバルはフェルトをパシャパシャと撮影する。 フェルトは、「わひゃっ」と珍しく女の子らしい反応を見せた。
「これが『ミーティア』の力だ。 精巧な絵を残すことができる、優れものだぞ」
「けど思えば連絡機能を使えないのは残念だよな。 正直1番便利なのはそこの部分なんだし」
「それには共感できないな当麻。 俺の連絡先の少なさを見てみろ!!」
スバルと軽口を叩き合いながら、上条はケータイを無くしてしまったことに少しだけ罪悪感を覚える。
別に、この世界でケータイを持っていたところで物々交換の手段くらいにしか使えないのだが...。
(御坂に怒られそうだ)
ケータイに付けていたキーホルダーのことを思い出して、上条は嘆息した。 早く元の世界に戻る方法を見つけなきゃいけない、と改めて心に刻む。
一方で、フェルトはそんな上条の心情を知る由もない。 スバルのガラケーを舐めるように眺めて、納得の頷きを作る。
「嘘、じゃなさそーだな。 ただし、これに聖金貨20枚ってのは眉唾だぜ? 交渉相手の意見丸呑みしてやるほど頭空っぽってわけじゃねーんだ」
「ま、そうくるよな。 第三者の意見は必要ですよ実際」
「加えて俺の服も付けたら即決ってことにならない?」
「いくら積まれても第三者の目は必要だろ、兄ちゃん。 アンタらにとってもその『ミーティア』一つで済んだ方が気分はいいんじゃねーか?」
上条のレイズに対しても、フェルトが意見を崩すことはなかった。
「てか当麻、全裸で帰るつもりかよ。 それこそラインハルトに捕まっちまうぜ」
スバルは笑ってそう言うが、上条としてはそれでもよかった。 何にせよ、死ぬよりはマシなはずなのだ。
「この貧民街の奥に、盗品蔵がある。 そこで聞くのが手っ取り早いだろーさ」
フェルトの提案は予想通りだった。 だが、こちらとしてはやはり盗品蔵に到着する前に決着をつけておきたいのだ。
「いや、それにはまったく反対はしないんだけどさ...」
「何を問題にしてんのかわかんねーけど、急ぐならとっとと行こうぜ」
案の定、フェルトの意見が変わることはなさそうだ。 こうなってしまえば、もう覚悟を決めるしかない。
「よし、じゃあ行くか」
「ちゃっと見てもらってスパッと終わらせてバシっと出るかんな」
「兄ちゃんたち、なんでそんな焦ってんだよ。 汗ダラダラだぜ、強く生きろよ」
「なんかよく聞くけどスローガンなのそれ?」
そんな会話を最後に、上条達は盗品蔵へと足を踏み出した。
「大ネズミに」
「ホウ酸団子ってどこで売ってんの? 毒」
「白鯨に」
「俺の船長の原点はやっぱりエイハブ船長です。 釣り針」
「...我らが貴きドラゴン様に」
「ファンタジー世界だから実際いるんだろうけど、マジ対面したらなんにもできないこと請け合い。 でもロマンだから会いたいのも事実という矛盾がクソったれな気分」
「余計な枕詞つけんと合言葉も言えんのか! 余計に腹立たしいわ!」
ロム爺が怒りの台詞とともに扉を勢いよく開けるが、それを予期して後ろに下がっていたスバルにはノーダメージ。 ギリギリの位置に立っていた上条だけが被害を受け、ぶっ飛ばされた。
悔しげに喉をうならせるのは、入口の高さに身長が噛み合っていない巨人______こちらも見慣れたハゲ頭のロム爺だ。顔を真っ赤にして、血圧が高そうな有様。
「おいおい、あんま怒ると体に障るぜ?」
「じゃあ怒らせるんじゃないわ!! なんじゃお前!」
「あー、どうでもいいけど誰かこの兄ちゃんの心配もしてやれよ」
フェルトが上条を指さした。
「ふ、不幸だ...」
定型文を呟きながら立ち上がる。 最近、どうも何かしらぶっ飛ばされることが多い気がするのは気のせいか。
「あー、悪い。コイツら、アタシの客なんだ。入れてやってよ、ロム爺」
がくり、とうなだれるロム爺。 フェルトはそれを同情的な目で見て、
「アンタ、だいぶ性格悪いな。 控えめに言って最悪だ」
「性格の悪さは友達の少なさに表れてるぜ。 今となっては、俺の友達は当麻だけだ」
「その唯一の友達を吹き飛ばしたことについて何か謝罪はないのかよ!」
「吹き飛ばしたのは俺じゃなくてロム爺だろ!!」
ぎゃーぎゃーと騒いでいるうちに、フェルトは既にテーブルについていた。 勝手にミルクを傾けている。
それを見て、上条達も盗品蔵の中へと入っていく。
「それにしても随分と他人の家で図々しいな、フェルトの奴は。 あ、ロム爺、俺は酒でいいよ」
「お前さんも相当図々しいな!?」
ロム爺の額に血管が浮かび上がってきた。 これ以上からかうと爆発しそうな勢いである。
「で、本題。 ロム爺には、この『ミーティア』を鑑定してもらいたい」
唐突にスバルが本題に入った。
話が商談となると、ロム爺の瞳も真剣味を帯びる。 スバルに渡されたガラケーをしげしげと眺め始めた。
「これは...」
「ちょうどいいタイミングだと思ってな、待ち受けを当麻にしておいたぜ」
「なんで俺!? フェルトでよくない!?」
ロム爺はガラケーをパカっと開き、画面と上条とを見比べる。
「なるほど...」
「時間を切り取って、そこに封じ込める魔法器さ。 人の手によるもんじゃ、到底できない綺麗さだろ? なんなら爺さんも撮影するけど」
「興味はあるが、おっかない感じもするのぅ。 命とか取られんか?」
「やっぱどの時代のどの世界でも、写真見て思うのはそういう迷信なんだな……」
迷信、というのも随分と久しぶりに聞く単語だ。 学園都市ではそういった類のものは一切なかったなぁ、と上条は想いを馳せる。
そんな上条の内心に気づくはずもなく、ロム爺はガラケーを見て興奮していた。
「これは確かに恐れ入ったわい。 もしも儂が取り扱うなら、聖金貨で十五...いや、二十枚は下らずにさばいてみせる。 それだけの価値はある」
「と、いうわけだ。 納得したか、フェルト?」
予想通りのロム爺の鑑定に、ドヤ顔をするスバル。
上条も思わずホッとする。 これで、ようやく徽章を取り戻せるのだ。
「待てよ」
しかし、そんな安堵も束の間。 フェルトが、疑念の目を上条達に向ける。
「兄ちゃん達、なんでそんなに焦ってんだよ」
「え?」
「そもそも、なんで兄ちゃん達はこの徽章を欲しがってんだ?」
うぐ、と息を詰まらせるスバル。
交渉事に置いて、弱みを見せるなんて絶対にやってはいけないことだ。 何も言えないスバルに、フェルトはほんの僅かに口の端を緩めた。
「そっちの兄ちゃんもどうせ同じだろ? 依頼人もそうだった_______」
「俺達がそれを欲しがるのは...元の持ち主に返したいからだ」
空気を切り裂いたのは、上条の言葉。
「は?」
その言葉を受け、フェルトは信じられないものでも見るかのように目を見開いた。
「本当だ...頼む、信じてくれよフェルト」
上条に続き、スバルも言葉を紡ぐ。 もうハッタリは通じない。 今できることは、誠実さを見せ、一生懸命頼み込むことだけだった。
フェルトの紅の双眸が敵意をはらむ。
「つくならもう少しマシな嘘つけよ」
「じゃがフェルト...この小僧ども、嘘を言っているようには思えんが...」
「ロム爺までほだされてんじゃねー! 大金をはたいてまでやることがそれって、そんなのありえねーだろ!? 真剣なふりしても騙されねーよ。そうじゃなきゃ、アタシは...。 そうさ。アタシは騙されない」
なにかを振り切るように、フェルトは絞るような掠れた声を出す。 彼女の胸中はわからないが、もう意見を変えることはないだろう。
______交渉は、失敗に終わったのだ。
「誰だ」
ロム爺が表情を変えて、盗品蔵の入口を睨んだのはそのときだった。
鋭いノックの音が何度か続き、沈黙にロム爺が振り返る。 その視線を受けて頷いたのはフェルトだ。彼女は自分を指差し、
「アタシの客かもしれねー。 まだ早い気がするけど」
言いながら扉の方へ向かい、まだ怒気の冷めやらない顔のまま戸に手をかける。
「待て、殺されちまうぞ______」
交渉決裂のショックで放心状態のスバルの代わりに、行動を起こしたのは上条だった。 慌ててフェルトを止めようとするが...。
少し遅かった。 制止の声は戸を開けるフェルトの動きを躊躇させることはできなかった。
扉が開かれて、夕焼け色の光が盗品蔵の薄闇をぼんやりと淡く振り払う。
そして。
「_____殺すとか、そんなおっかないこと、いきなりしないわよ」
仏頂面で唇を尖らせて、銀髪の少女が蔵の中へと足を踏み入れていた。