二川結は勇者である   作:時 司

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神様というのは時に寛容で、時に厳格で、時に慈悲深く、時に残酷である。


1話 発芽

真夏。蝉は鳴きしきり、草木は生い茂る。私たちが道草食っていた神社も例外ではなかった。ある程度整備はされているものの植物の成長には匙を投げ、境内の外れでは雑草が自由に伸びている。夕暮れというのに汗は額を幾度となく伝っていく。

「ねー、当たりが出たらにっちゃんにもアイス交換してくるからさぁー、アイスおごってくれないー?」

「すず?調子がいいこと言わないの。外れたとき私が損じゃない。」

「ばれたか。あ、一番星。」

私は何も一人で汗を流していたわけじゃない。親友の六和田 涼(ろくわだ すず)といっしょだ。日も暮れてきたが私たちは今家に帰りたくない。今日はテストの返却日だった。二人ともいくつかの教科で悪い点を取ってしまったのだ。

「帰ったら怒られるよね、これ。」

「うん、でもそろそろ覚悟決めないと…。」

「いやだなぁ、なんとかして怒られない方法ないの?」

「無理だろうね、お互い家族が勉強に関しては厳しいでしょ?」

「あそこ授業寝てたんだよぉ!」

「それはすずが悪いよ、私も悪い点取っている以上なんとも言えないんだけれども…」

日はみるみるうちに沈んでいく、そろそろ帰らないとそちらの方でも怒られそうだ。

「おーい、嬢ちゃん達。そろそろ遅いから帰りなさい。」

神主の老人が遠くから私たちに帰るように呼びかけてきた。もう後回しはできないか…。

「そろそろ帰ろうか…。」

「いや…待って。」

「帰ろうって神主のおじさんも帰りなさいって。」

「待って!」

涼の様子がおかしい。先ほど冗談を言っていた彼女とは雰囲気が違う。

「どうしたの…?」

「…神樹様が。」

「え?神樹様?」

神樹様。それは私たちを壁の外のウイルスから御守りくださる存在だ。そのような存在を使ってまでここに残ろうとするなど普段の彼女はするはずもない。

「ねえ、恐ろしいことが起きるよ…」

彼女はひねり出すように呟いた。いつしか蝉の声が聞こえなくなっている。風に揺れていた草木も、遠くを飛んでいた烏も、私達二人以外は動いていない。私たち以外の時間が止まっている。

「何…これ。ねぇ!すず!どうなってるの!」

私は頭を抱えて蹲る涼の肩を揺さぶった。彼女は何も答えない。次第に身体が震えはじめた。ふと遠くの空を見上げると光の壁が私達の日常を飲み込んでいた。

(逃げなきゃ…)

私は涼を引っ張って逃げようとした。しかし一瞬のうちに追いつかれ。飲み込まれた。

 

こうして私達の日常は終わったのだ。

 

次に光が解けて視界が回復した時、そこにいつもの景色はなかった。見たこともない植物が地面を埋め尽くしている。辺りを見回してもどこにも建物などない。ただ一本の大きな樹が遠くに見える。

(あれは…神樹様…?)

その樹は家や教室の祭壇に祀られた神樹様そのものだった。

「何が起こっているの…」

「にっちゃん!あれ!」

神樹様と反対側、壁に裂け目ができてそこから何か白い物体が飛び出してきていた。それらは目にもとまらぬ早さで頭上を通り過ぎる。一瞬姿が見えたそれは巨大な白い球体のようだった。

「あいつらが神樹様にたどり着いたら世界が終わっちゃう!」

「え!?じゃあどうするの!?」

「スマホ!スマホ取り出して!」

「画面が…変わってる…?」

取り出したスマホの画面には花の蕾のようなボタンがただ表示されている。

「それ!それ押して!」

「押すと…どうなるの?」

「神樹様がお力を貸してくださるの!だからそれであの白いやつらを倒して!」

「わかった!」

力強く画面を押す。その瞬間目の前が光に包まれた。温かい光だ。数秒で光は解け、私の身体が纏っていた制服はまるでアニメに出てくるような衣装に変わっていた。

(よし、いける!)

変身してからというもの、勇気が無尽蔵に溢れてくるようだ。

脚に力を込めて地面を蹴った瞬間、私の身体は宙へと舞い上がる。慣れない感覚に戸惑いながらも数回宙を舞って先をゆく白い球体を追いかけた。

「うぉりゃぁぁぁぁぁぁ!」

私は拳を構えて球体に打ち付けた。球体はよく見ると少し楕円になっていて、表面には歯のようなものが剥き出しになった器官が貼り付いているだけだ。

(うわっ、気味が悪い…)

まだ白い球体のほうがマシだったと思う。化け物はもちろん1体ではない。私が現れたことによって他の個体も引き返してきた。

「来い!」

戦闘はよくわからないので、前にテレビで見たボクシングのような構えをしてみる。結論から言えば無意味だった。何も攻撃は1方向からではないのだ。こいつらは1体づつ攻撃するほど行儀が良くないらしい。体当たりを避けきれずに吹き飛ばされた。

「にっちゃん!大丈夫!?」

涼がいた場所の近くに落下したのか彼女が駆け寄ってきた。

「まあ、なんとか。聞きたいんだけれども武器ってないの?私格闘技したことないからパンチじゃ流石に無理だよ。」

「武器使ってなかったの?普通に呼び出せるみたいだよ。」

「え?」

ふっと腕に念を込めてみる。すると長い棒の先に曲がった刃がついた武器が呼び出された。

「おお、これは…槍?」

「多分だけど薙鎌じゃないかな、前に見たことがあるかも。」

「へぇ、まあパンチ以外ができるならいいや。行ってくる。」

「うん…」

薙鎌を握りしめて再び化け物に向かって宙を舞う。

「今度はどうだ!」

刃を突き立て、化け物を半分に割った。すぐさま化け物は砂のようなものに変化して跡形も無くなる。

「よし!これならいける!」

地面を蹴って化け物の表皮に薙鎌を槍のように刃を突き刺し、別の個体が突撃してきたタイミングで刃を突き刺している個体を蹴って宙に浮いたところで突撃してきた個体を斬る。着地して数体の後ろを取ったところで一気に薙ぎ払う。その後も次々と降りかかる化け物を斬った。

「これで…最後!」

辺りにいた化け物は全部倒した。すると地面から花びらが舞い上がって視界を遮った。

 

烏の鳴き声が聞こえる。

「戻って…きたの?」

気がついた時には道草を食っていた神社にいた。空の色を見ても不思議な世界に飛ばされる前から数分と経っていないようだ。服は制服に戻っている。

「にっちゃーん!」

少し離れたところから涼が走ってきた。彼女も無事に戻ってきていたようだ。

「ねぇ、さっきのって何なの?」

「わからない。」

彼女はばっさりと言った。

「ただ何だかあの白いやつを倒さないといけなくて、にっちゃんなら止めることができる。そう感じたの。」

「勘?」

「いや、そういうわけじゃないんだけれども…うーん。言葉にできない感覚って言うか…」

「何か確信はあったの?」

「それはあったよ!ただ根拠がよくわからないの。」

「不思議なこともあるんだなぁ、今飛んでもあんなに高くないし。」

数回地面を蹴ってみる。うん。いつも通りだ。

「まだいたのか、家の人が心配するから早く帰りなさい!」

すっかり忘れていた。慌てて荷物を持って神社を後にする。途中涼と別れて今日は大冒険だったなどと思いながら家にたどり着いた時だった。大赦の車が自宅の前で停まっていた。

(大赦の人がなんで家に?何かしたかな。)

不審に思いながらも家に入る。

「やっと帰ったか、ずっと待たれてたんだぞ。」

珍しく早く家に帰っていた父親に急かされて客間に行くように言われる。そこには大赦の神官が伏せていた。

「あの…どうされたのですか?」

状況がわからない。特に何をしたというわけでもなだろうし神官に伏せられる理由もない。

「この度勇者様には突然の襲来にも関わらず事態を鎮めて頂き誠にありがとうございました。」

「えっと…襲来?勇者?どういうことなのですか?」

訳がわからない単語が増えてますます混乱する。

「勇者様は神樹様の結界であります樹海におきまして突如襲来した星屑を撃退なさったのでございます。」

「えっと…少し時間を下さい。状況が飲み込めていないです。」

「承知致しました。」

今の話を整理するとあの見たことない植物が生い茂ってた場所は神樹様の結界である樹海で、その中で星屑と呼ばれている化け物を私が倒した。だからこうして大赦の人が来ているということだろうか。

「あの…状況はわかってきました。しかしなぜ私だったのですか?」

「勇者様へと覚醒なさる方は純粋無垢な少女とされています。そしてその中から神樹様がお選びになるのです。」

「神樹様が…?」

「左様でございます。」

「私はどうなるんでしょうか…」

「二川様には大橋のたもと、大束町でそのお役目を果たすことになると思われます。」

「引っ越すということになるんですよね、だったら家とかは…」

「お住まいなどはこちらで手配いたしますのでその面は御心配なさらずに。一人暮らしの許可もご両親様からいただいております。」

処理が早い、それほどまでして私を必要とするほどのことなのだろうか。

 

それからの1週間というもの、荷物をまとめたり転校手続きをしたりと忙しいものだった。あの日、私と同じように樹海に飛ばされた涼は勇者ではなく巫女というものに覚醒していたようだ。私はあの白い化け物…大赦の人の話ではバーテックスと呼ばれる壁の外からの敵を倒すことができる存在である一方で涼は神樹様からの神託を受け取ることができる存在であるらしい。そのために彼女も同じように大束町へと移動することとなっていた。大半の荷物は先に送ってしまっているので財布や飲み物を入れたバックを持って玉藻駅からの特急列車に乗る。景色があっという間に流れていき、列車は大束町駅についた。改札を出ると海風が私の髪をなびかせる。遠くに太陽の光に輝くゴールドタワーが見えた。

「あの、二川結さんですよね?」

「はい、私が二川結ですが…」

景色に見とれていると一人の女性が私に声を掛けてきた。

「ああ、よかった。お迎えに参りました。松尾琴美と申します。」

 

 

こうして私の勇者としての運命の歯車が動き始めた。

 

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