戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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始めて一人称を使ってみました。
三人称しか書いてなかったのでうまく書けているかどうか……




第四十七話~魍魎~

 期末テストも終わり、この交換学生も残すところこの一週間となった朝。その日の朝は、いつもと同じような朝であったが、同時に少しいつもとは違う朝でもあった。

 

「おぉーい、水希ぃー、いっちゃうぞー」

 寮の玄関から中に向かって、晶が大声で呼びかける。

「ったく、あんたたち昨日何時までゲームやってたのよ」

 鈴子が呆れたように隣にいる歩美に声をかける。

「えー、日が昇る前にはやめてた……と、思うけどなぁ」

 そんな鈴子の問いかけに、歩美が思い出すように答える。

「おいおい、昨日ってか、もう今日じゃん、つうか今朝じゃん……でも、それにしちゃあ、歩美元気だな」

 それを聞いた栄光がいつもと変わらぬ様子の歩美を見て言う。

「いやぁ、それはほら、慣れってやつですよ」

 栄光の言葉に歩美が、得意げにない胸をそらせる。

「いや、褒めてねぇからな」

 そんな歩美に最後にツッコんだのは鳴滝だ。

「まったく、水希の奴も災難だねぇ……おぉーーーい、水希ぃーーー!」

 そんな晶の呼びかけに、寮の中から――いまいくぅ――というかすかな声が聞こえた。

 

「あぁー、もぉー、やばいやばい、柊くんの小言確定だよ」

 綺麗に片づけられている部屋の中では、猛烈な勢いで部屋を動き回りながら、水希が朝の用意をしていた。

 テストが終わった週末。この前の河原での一件の清算の為、歩美に付き合って『神座万象シリーズ』で興じていたわけなのだが、水希自身もこの作品のファンという事もあり、思った以上に遊んでしまい気が付いたら……という、まぁ、学生生活の中ではよくある一幕を演じてしまった。

「えっと……ハンドクリームはもったし……リップも入れて……ブラシも……ある」

 水希が女子学生の必需品をポンポンポンと鞄の中へと放り込んでいく。

「よしっ!」

 と、準備完了の合図を口から出した時、

「おぉーーい、水希ぃー」

と、晶の二回目の呼びかけが聞こえた。

「いっけない……いまいくぅーーっ!!」

 晶の声に水希は大声で答えて、急いで部屋を出ようとする、が、何かを思い出したように、部屋の中へと戻っていく。

「っとと、ハンカチハンカチ……っと」

 水希はそう呟きながら、たたまれている洗濯物の一番上から綺麗にたたまれた布を無造作につかむと、そのままスカートのポケットに入れて大急ぎで部屋から出ていった。

 

「ごめん、皆、ごめん」

 手を合わせながら仲間のもとに走ってくる水希を出迎えたのは、予想通り、四四八の小言だった。

「テスト明けでいきなり寝坊とは……世良、お前、ちょっと弛んでんじゃないのか? 学園からの報告で芦角先生から小言を言われるのは俺なんだからしっかりしてくれよ」

「わかった、だから、ごめんって。みんなも、ほら早く行こう、ホントに遅刻しちゃう」

 四四八の小言を軽くいなして、水希が駆けだす。

「いったいだれのせいだと……おい! 世良! まだ終わってないぞ。大体お前年長者だろう、そういう立場のお前が……」

 まだ小言が足りないのか、駆け出した水希を四四八が追いかける。

「まったく……私達も行くわよ。たまの部活がない日に遅刻なんて、洒落にもならないわ」

 先行する二人を見た鈴子がやれやれというように歩き出す。

 鈴子に続くように他の仲間も歩き出す。

「でもまぁ……」

 二人に続くように歩きながら晶が、

「元気が良くて、何よりだ」

思い出したように呟く。

 その視線の先には、軽やかに走りながら爽やかに笑う水希の姿がある。

「……まったくだ」

 そんな晶の呟きが聞こえたのか、鳴滝がこちらも独り言のように相槌を打った。

 言葉にこそ出さないが、他の仲間達も同じように思っているであろうことは小さな笑みを浮かべている口元を見ればわかるというものだ。

 

 こんな、ありきたりだが爽やかな朝。

 この朝の一連の出来事の中に、よもや、一人の男のその後を変えてしまうような出来事が潜んでいたことなど、この時、誰一人として知る者はいなかった……

 

 

―――――

 

 

 川神学園に入学して2年。流石に2年もいれば、如何にマンモス校と言われる川神学園といえど構造などは把握している、と思っていたが、僕はまだまだこの川神学園というものを甘く見ていたようだ。

 川神学園のとある一室の更に一画。

 とあるというのは、場所がいまいちよくわからないからだ。某人物からの指定の場所に行くと、そこにはその人物とは別の人がいて、僕はその人の指示に従って今の教室に連れてこられたのだ。

 無数の廊下と無数の教室を無軌道にあっちにこっちに移動した(様に僕は感じた)ので、今ここが学園のどのあたりなのか皆目見当がついてない。

 12月だと言うにそこはじっとりと汗ばむような湿気であふれていた。

 原因は明らかに定員オーバーであろうと思われる人数。

 薄暗く隣の人間の顔さえわからない状況だが、肩がピタリと強制的に合わさるこの現状は『幾分ピークが過ぎた通勤列車』という表現が適当かも知れない。

 また、ここにいる全員が男性と言う事も湿気の原因だろう。もあっとした湿気の中に男性特有の臭いも立ちこめている。

 そして薄暗さに幾分慣れてくると、更に異様な光景が見えてくる。

 何故ならそこに集まっている面々は皆、覆面をかぶり顔をわからなくしているからだ。もちろん僕自身も覆面をかぶっている。

 しかしそれは、ここに集まっている意味を考えれば当然ともいえた。

 

「よく集まってくれた諸君……只今より、今年最後になるであろう『魍魎の宴』幹部会議を行う」

 そんな明らかに日常とは異なる空間の中で、初めて口を開いたのは僕の目の前にいる人物――童帝だ。僕をここに呼び出した張本人でもある。

「今年最後の会議だが、今回は新規の幹部も出席している。古参の幹部達はしっかりとフォローをしてやるように」

 そう厳かに言いながら童帝は顔を上げる。

「お前には、先月、彼女を作っていたのを黙って宴に参加をしたという裏切りの為、空席になっているNO・2を用意してある、次からは魍魎NO2と名乗れ。因みに数字に意味はない。便宜上つけているだけだから、数字が若いから偉いというふうな勘違いはしないように。皆もよろしくたのむぞ」

 童帝がそういうと、多くの視線が自分に集まるのを感じる。

 そんな視線にたじろぎながらも、

「よ、よろしくお願いします」

なんとか、挨拶をすることができた。

「まぁ、新幹部の説明はこの辺にして、本題に入ろう……」

 童帝がそういうと、他の幹部達も僕に興味を失ったかのように視線を外して、童帝の方を見る。

「今日の会議の議題はもちろん、今週末に迫った我ら魍魎にとって憎むべき一年で最凶最悪の日、クリスマスイヴに行われる今年最後にして最大の宴、『サンタ狩りでいこう』についてだ」

 童帝の言葉を聞いた幹部達は一様に、くっ……と胸を抑える。

 覆面で顔は見えないが、おそらく皆、顔を歪めているみたいだ。

「わかる……わかるぞ、その痛み……。今年こそはと告白してあえなく撃沈したもの。好きだった娘にイケメンの彼氏いると知ったもの。恋人とかいないからさぁー、とか言いながら男女数人で合コンのようなクリスマスパーティを店のアルバイトとして見せつけられたもの。友人達のクリスマスパーティの誘いを当日の夕方まで待ったものの携帯は最後まで鳴らず、声を殺してそのままベッドにもぐりこんだもの……恋人達が人生を謳歌するこの日は同時にっ! 魍魎達の怨嗟の声が渦巻く日でもあるっ! 故にっ! その痛みを共有する同志達の心を慰めるべく、我々は行動しなければならないっ!!」

 童帝はそんな幹部達を鼓舞するように声を上げる。

 童帝の激に力強く頷く幹部たち。

 僕自身もいつの間にか固く拳を握り、童帝の言葉に聞き入っていた。

「前回の宴で学園の外に出たという経験を生かし、宴は過去最大規模で行われるだろう……その辺については既に担当の幹部が動いている、詳細が決まり次第一両日中に魍魎全員に連絡がいくだろう」

 おおぉ……幹部達から称賛と感嘆のざわめきが漏れている。

「しかし! ここにきて大きな問題が発生してしまった」

 童帝の言葉に、しんっと幹部達が静まる。

「いままでカメラ目線とはいえ協力的だった燕先輩。写真等々に無頓着だったため比較的撮りやすく、尚且つ存在そのものがエロかった弁慶。頼めば優しく答えてくれた清楚先輩。おだてればのってくれた覇王先輩。この辺りの被写体のガードが非常に硬くなっている」

「なにっ?」

「どうして……」

「……いったい、何故」

 魍魎幹部達がざわめき始める。

「俺は……好きな男が出来たから……だと思っている」

「なん……だと……っ!!」

 魍魎の幹部達に今度は明確な驚愕と動揺がはしる。

 それもそのはずだろう、今上がっている生徒達は、美少女が多いと言われている川神学園においてもトップクラスに人気がある生徒たちだ。しかも全員今年入ったばかりのニューフェイスと言う事もある。自分達には関係ない、と言っておきながら心のどこかで『もしかしたら……』と思ってしまうのが人間……というより男の性(さが)だ。そこに決定的なNOがつきつけられたのだから、衝撃を受けるのは仕方がない。

 好きなアイドルの熱愛報道を聞いたファン、と言ったところだろう。

「くっ……いったい……いったいどこのどいつなんだっ!!」

 右側にいる魍魎の一人が思わず立ち上がり血を吐くような声を絞りだす。

「やめろ……っ! 我等は魍魎……そんなものを知ってもどうしようもない……違うか?」

 その言葉を聞いた童帝が魍魎を一喝して黙らせる。

「くっ……!!」

 童帝に一喝されて、立ち上がった魍魎はしぶしぶと言った感じで座り直す。

「……まぁ、今のが一つの重大懸案事項。そして、実はもう一つ……」

 童帝が続ける。

「なんだと!」

「まだ何かあるというのか」

 先ほどよりも大きいざわめきが起こる。

 僕自身もなにか嫌な予感を感じて、じっとりと汗ばんだ手をズボンで拭う。

「前回まで我らが同志であった魍魎NO815(エイコー)が、先の覇王先輩の捕獲やタッグマッチトーナメントの活躍により下級生を中心にモテはじめた為に強制的に除名処分となった」

「えっ……それってつまり……」

 童帝の言葉を聞いた、僕は思わず声を出してしまった。

 しかしそれを咎める幹部達はいない、幹部達も同じように嫌な予感に囚われていたからだろう。

「そう……その通り……前回の宴で目玉であり、今回の宴でも目玉になるはずだった『千信館モノ』の入手経路が断たれてしまった……という事だ」

「な……っ!!」

 僕は目の前が真っ暗になる様な錯覚を覚えた。

 実はこの魍魎の宴の幹部に抜擢されたのも、先の宴で千信館のある生徒の物を魍魎史上最高額で落札した事が切っ掛けとなっている。

 とある事情で、落札したものは今の僕の手元にはないのだが……だが故に、今回の宴での出品品に全てをかけていたと言っても良かった。あの宴の後から今日まで、文字通り寝る間を惜しんでバイトをした。お金を稼ぐためにその他すべての事を二の次以下にしたと言っていい。幹部になったのも少しでも出品品を手に入れる可能性を高くするため、または千信館の(ある女生徒の)情報を早く知る為だ。

 それが出品されない……と?

 あまりの事に眩暈を起こし、ふらりと身体の力がぬけ隣の古参幹部の方に頭をぶつけてしまう。

――おい、大丈夫か新人。

 そんな幹部の気づかいの言葉も、僕の耳には遥か遠くから聞こえてくるかのようだ。

「そこで! 今回幹部の皆に協力を頼みたい。今回の収集はこの依頼が主な議案となっている」

 僕は朦朧とした頭で童帝の声を聞いていた。

「協力っていっても、何をすればいいんだ? 童帝?」

「ああ、俺達には童帝の様な写真の腕とかは持ち合わせていないぜ?」

 魍魎幹部達が口々に不安をこぼす。

「案ずるな……ここにターゲット達の行動予想をまとめたレポートがある。これを元に、ターゲットとなる女子生徒の“ブツ”を手に入れるのだ。写真でも、現物でも構わない。“ブツ”を手に入れた勇者にはその“ブツ”を半額で手に入れる権利をやろう!」

「――っ!!!!」

 その言葉に僕の頭は、霧が晴れたかの様に正気に戻る。

「このレポートは俺自身が“ブツ”を手に入れる為に使っているマル秘のものだ。本来なら俺一人でやらなければならない所だが……今回ばかりは時間が足りない! しかも、これは常識と言うくだらないものに縛られた人間から見たら犯罪と言ってもいい行為かもしれない。しかし! だからこそ! 頼む! 皆の力を貸してくれ!! ゴミの様なリア充共の跋扈する性夜に入れずはぐれた、迷える魂たちの救済の為に!! 頼むっ!!!!」

 童帝の言葉に真っ先に僕は答えていた。

「僕、やります! やらせて下さい!!」

 僕に続く様に他の幹部達も口々に参加の意を口にする。

「やる! 俺もやるぞ!」

「写真だろうが、髪の毛だろうが、靴下だろうが、掻っ攫って来てやる!」

「やってやる、俺達がやらなければ、迷える魂は怨霊となって犯罪に走ってしまうかもしれない!」

「そうだ! その通りだ! 犯罪を未然に防ぐのだ! ならばこの行為は、むしろ正義と言っていいだろう!」

「そうだ、これは、正義の行いなんだ!」

「魂の救済……童帝は救世主……いや! 救”性”主だっ!!!!」

「おぉ……おぉ……っ!! 童帝!! 童帝!! 童帝!!」

 

「童帝!! 童帝!! 童帝!!」

 

 最後は童帝へのコールが巻き起こっていた。

「ありがとう……皆……ありがとう! さぁ、これが勝利への羅針盤だ! これを手に羽ばたくのだ!」

 童帝はそう言いながら幹部達にレポートを渡していく。

 僕もそのレポートを受け取り、決意する。

――必ず……必ずや、彼女――世良水希の“ブツ”を手に入れるのだ……と。

 

 ほとんど生徒の寄りつかない川神学園の第二グラウンド隅の体育用具倉庫では、今、熱く……否、暑く、生臭い決意が束となって結束していた。

 

 

―――――

 

 

「えっと、源氏のクローンたちは基本的にお昼を屋上で食べる……か」

 僕は童帝から託されたレポートを下に、まず目に付きやすい源氏のクローンの動向を見に来ていた。

「お、いたいた」

 屋上に出ると、屋上のベンチで武蔵坊弁慶と源義経が並んでお弁当を広げていた。那須与一の姿は見えない。レポートでも与一はちょくちょく一人で何処かに行くとも書いてあったので、今日はそんな日だろう。僕としてはありがたい。

 僕は購買で買ったサンドイッチを食べるふりをしながら、ゆっくりと源氏の二人の傍に近寄り耳をそばだてる。

 義経と弁慶の二人は僕のことはまるで気づかないのか、気にしないのか、昼食を食べながら会話を続けているが……義経の方が少々神妙な顔つきに見える。

 

――もしかしたら、なにか特別な情報を得られるかもしれない。

 僕は更に息をひそめながら二人の会話に聞き入った。

 

「な、なぁ、弁慶……弁慶はクリスマスの予定はどうなってるんだ?」

「あぁ? 私は義経と一緒さ。クリスマスは大和が主催してる、クリスマス兼千信館の皆の送別会パーティに出席するよ」

 

(そんなものがあるなんて! 聞いてない!!)

 ゴング直後の出会いがしらでかなりいいパンチをもらったボクサーの様に、僕の頭がぐらりと揺れる。

 いや、冷静になるんだ、僕……僕は直江大和の所属する風間ファミリーとも千信館とも特別な交流があるわけではない。そういう意味では呼ばれないのも当然だ。だから、僕が特別に避けられているわけじゃない……はずだ……。

 そんな言い訳じみたことを考えながら、気を取り直して再び二人の会話に耳を傾ける。

 

「いや、それはそうなんだけど……そうじゃなくて……」

「んー、なんだ義経、らしくないじゃないか。どうした」

「う……うん。前に義経が前日のイヴに一緒にパーティのプレゼントを買いに行こうといったら、まだわからないと弁慶は言ってたから。何か予定があるのかなぁ……と」

「あぁー……それなぁ……うーん」

「ベ、ベ、別に言いたくないならいいんだが……主として、あ、あ、相手と言うか、弁慶のこ、こ、こ、恋人というか、そういう人がいるなら知りたいなぁ……と……」

「んー? なんだ、義経。イヴに予定があるってだけで、彼氏がいるって事に直結するわけ? なんだ、義経も意外とむっつりだねぇ」

「い、い、いや! 違う! そうじゃなくて、やっぱりクリスマスイヴは特別だ! それくらい義経だって知ってる。も、もし、弁慶に好きな人がいるなら。義経は応援したい……迷惑かな?」

 義経は弁慶のからかい半分の言葉に顔を真っ赤にしながら真摯に答える。

「義経……」

 義経の言葉を聞いた弁慶は、ふぅと一つ息を吐くと、観念したように話し始める。

「実は誘おうかなって人がいたんだよね……でも、なんかタイミング逸しちゃって……ってのは言い訳で、ホントはたぶん怖がってんだと思うんだ」

「そうなのか?」

「うん、だって現に今でもどうしようかなって、悩んでるくらいだし。今の距離感が居心地良すぎて、壊したくないなぁ……ってね」

「そ、そうか……あ、あの、弁慶……誰のなか聞いても……いいか?」

 義経は遠慮がちに弁慶に聞いてきた。

「大和。与一のやつには内緒だよ」

 そう言って弁慶は恥ずかしそうに小さく笑った。

「そうか……直江くんか……うん、いいじゃないか! 弁慶は直江くんと仲がいいからな! 義経は応援するぞ!」

「ふふ、ありがと。でも、結構ライバル多いみたいなんだよねぇ……だから、イヴには頑張ってみようかなって思ってみたんだけど……なかなか……」

「大丈夫だ! 弁慶は美人だし、直江くんとも仲がいいじゃないか! 絶対大丈夫だ! 義経は応援してる!」

 珍しく弱気な態度の弁慶を義経が励ます。

「そうかな……主がそう言うなら、頑張ってみようかな……」

「うん! うん! 絶対そのほうがいい!」

 

 義経の激励に弁慶が反応し始めたその時、

「なっ、とうっ!」

屋上にある倉庫の上から一つの影が、源氏の二人の前にシュタッ、と降り立つ。

 

「ライバルその1、見参! なんてね」

 二人の前に降り立った影――燕はそう言って、二人に――否、弁慶にニヤリと笑いかける。

「ま、松永先輩。こんにちは……って、ライバルって? え? え?」

 燕のいきなりの登場と放たれた言葉に、義経は動揺して弁慶と燕の顔を交互に見る。

「そそ、そういうこと。ねー、弁慶ちゃん」

 わたわたと慌てる義経を微笑ましそうに見ながら、燕は義経の予想が正しいことを暗に告げ、弁慶に同意を求める。

「んで、いきなり何の用なのさ。松永先輩」

 そんな燕の言葉には取り合わず、弁慶は燕に質問を投げつけた。

「えー、つれないなぁ。いつもの所でお昼を食べてたら、ちょっと気になることを話しててからさ、忠告しようと思ってさ」

「別に、私がいつ、どうしようが松永先輩には関係ないんじゃないかなぁ」

「そりゃ、そうなんだけどさ。今、頑張ってる大和くんにちょかいかけるのはどうかなぁって思ってね」

 燕の挑発にも乗らなかった弁慶だが、今の燕の言葉にピクリと眉を動かす。

「大和くん、柊くんと仲が良いっていうのもあると思うけど、今回のクリスマスの送別会、結構気合入れて準備してるみたいなんだよね。私は好きな男の子が頑張ってるのに水を差すほど野暮じゃないし、クリスマス当日までアタックはお預けしとこうかなって思って。まぁ、弁慶ちゃんがそんなこと関係ないって、前日に頑張っちゃうのを止めはしないけど……ね」

 燕は弁慶の反応を見ながら一気にまくし立てた。

 燕の言葉を聞いた弁慶は少しうつむくと考え始めた。

「べ、弁慶……」

 弁慶の様子に義経が心配そうに声をかける。

 

 時間にしたら十秒程度の沈黙が降りたあと、

「――よしっ!」

と弁慶が声を上げながら勢いよく立ち上がる。

 そして、何かを決意したような目で燕を見ると、

「松永先輩、私、負けないからね」

そう宣言した。

 

「望むところ、だよ」

 燕は弁慶の宣言を真っ向から受け止めて、同じように弁慶の目を見る。

 二人の間に見えないはずの火花が散っているのがわかる。

「えっと……えっと……」

 取り残された義経が、弁慶と燕のあいだでどうしていいか分からずに右往左往している。

「義経!」

「は、はい!」

 弁慶がいきなり義経に声をかける。弁慶の声がいつもより鋭かったことと、その勢いに押され、直立不動で返事をする義経。

「今日の放課後、プレゼント買いに行くよ!」

「え? あ……う、うん」

 弁慶は義経が頷いたのを確認すると、

「じゃあね、先輩。また」

そう言って、義経を捕まえるとズンズンと屋上から去っていった。

「ちょ、ちょっと、弁慶。離して、はなし……あ、松永先輩さようならー」

 弁慶にズリズリと引きずられながらも燕に挨拶をする義経。

「はいはーい、弁慶ちゃんも、義経ちゃんもバイバーイ」

 燕はそんな二人をにこやかに送り出す。

 

「ふぅ……」

 二人の姿が見えなくなると、燕は小さく息をひとつついて、ポケットから携帯を取り出すといじりながら呟きはじめる。

「この牽制で、多分弁慶もクリスマス当日のアタックになるよね。いやー、義経の激励そのままに前日とかにコクられちゃ、ちょっと洒落になんないもんねー」

 因みに今、大和が忙しく動いているのは本当だ、千信館の皆が最後に賑やかに送り出せるようにイロイロと企画しているようだ。

「まぁ、大和くん忙しいの本当だし、今からイヴの予定を入れようとしても多分厳しいとは思うんだけど……ま、この辺は保険だよね」

 そんな事を口にしながら、燕は素早い指さばきで携帯をいじっている、メールを打っているようだ。

「大和くん、放課後、クリスマスパーティの買い出し手伝うよっと――へへっ、送信っと」

 そう言って、燕は送信ボタンをえいっと、強く押す。

 メールが送信されたのを確認すると、燕はニンマリと笑い、

「大和くん待ってなさいな。お姉さん、狙った獲物は逃がさないんだからね」

 そう言って、携帯のディプレイとツンと軽く弾くと、軽やかな足取りで屋上から出て行った。

 

 誰もいなくなった屋上で想い出したように僕は立ち上がった。いつの間にか座り込んでいたらしい。

 胸がもやもやする。

 この感情が何か、僕は知りすぎているほど知っている。

 慣れ親しんだ感情。

 これは嫉妬だ。

 誰に対して……もちろん複数の美少女から思いを寄せられている直江大和にだ。

 お門違いだというのは百も承知だ。

 彼女たちは僕とは友達はおろか、知り合いですらない。

 さらに言うなら、僕自身、彼女たちに憧れはしても恋愛という意味で好きには至っていない。

 それでも、あのような美少女から一度に好かれている直江大和を恨まないということは出来なかった。

「モテたい……っ!!」

 僕の口から呪詛のような嗚咽が漏れる。

「モテたい……僕はモテたいんだっ!!」

 生まれてから幾度となく口にした呪いのような言葉。

 狂おしいまでの激情、女には決して分からない!

 モテたいっ! 僕はモテたいんだっ!!

 だが言葉は言葉でしかなく、今現在に至る僕の人生でモテたと認識できた瞬間は一度としてない。

「リア充の……リア充の……」

 僕は魍魎の対極にいるであろう人間たちの総称を口にしたあと、一気に屋上の柵のところまで駆け寄ると、

「バカヤローーーーーーーーーッ!!!!」

自分でもびっくりするぐらい大きな声を校庭に向かって叫んでいた。

「くっ!!」

 しかし、叫んだ瞬間、自分の行為があまりにも痛々しく感じ、僕は屋上から逃げ出すようにかけだした。

 

 走りながら僕の頬は、何故か水で濡れていた……

 

 

―――――

 

 

「あれ? ここって……」

 屋上を逃げるように出てきた僕は、気がついたら花壇の端に佇んでいた。

 花というものにまるで興味のない僕は、この2年間で川神学園の花壇に来たことは一度もない。

 もしかしたら、無意識に自分が知らないところに行きたい、と思ったのかもしれない。

「ふふふ、今お水をあげるからね、待ってて」

 不意に誰かの声が聞こえて僕はビクリと身体を震わせる。

「最近めっきり寒くなったけど、みんな元気でえらいね」

 声は僕に話かけているわけではないらしい。そっと声のする方を見てドキリとする。

 そこには、冬なので花こそ少ないが、草木に囲まれながら優しく如雨露で水をあげている、清楚先輩の姿があったからだ。

 もともと接点がないクローン組のなかでも、学年が違うということで更に接点がなく、遠目で見るか、童帝の撮ったプロマイドぐらいでしか触れることができない、そんな、ある意味雲の上の存在。それが清楚先輩なのだ。

 左手で垂れた髪を耳にかきあげながら花壇に水をまく清楚先輩の仕草は、清楚さの中にも色気を感じ、僕の鼓動は否応なしにドキドキと高鳴っていた。

 

「おや? 今日はホースで水をあげないのかい」

 清楚先輩の影から別の人物の声が聞こえて、再び僕はビクリと身体を震わせた。今度は男の声だった。

「うん、冬はね温度が低いから毎日ホースで水をあげると、水をあげ過ぎちゃうから、一日おきくらいにこんな風に如雨露であげるので丁度いいんだ」

「なるほど、草木も生き物だから、季節に合わせるのは当然か。勉強になったよ」

「ふふ、京極くんにそんなこと言われると、照れちゃうな」

 僕が少し顔をずらすと、清楚先輩の奥には川神学園が誇る『エレガント・クワットロ』の一人である京極彦一先輩の姿があった。

 

『俺は……好きな男が出来たから……だと思っている』

 

 僕の脳裏に童帝の言葉が響く。

 京極先輩が清楚先輩の意中の人なのだろうか。

 しかしだとするならば、カップルのイチャイチャを自分は影から見守ることになってしまう。

 これは魍魎として拷問に等しい苦行だ。

 しかし、ここまで来て動くこともできず、僕は静かに身を潜め二人の話を聞く以外にすることが出来なかった。

 

「まぁ、冬の植物の手入れについてはこの辺にして……葉桜君なにか俺に相談事があるということだが……」

「あー……うん……実はね……」

「ふむ、何かな?」

「うん……えっと……」

 彦一は清楚に話を促すが、清楚は歯切れ悪く話を切り出すのを恥ずかしがっている様子だ。

「ふむ……」

 なかなか切り出さない清楚に彦一は、敢えて急かすことなく答えを待つ。

「えっと……うんっ!」

 モジモジといろいろ迷っていた清楚だが意を決したよに頷くと、

「ねぇ、京極くん。男の子ってさ……何貰うと嬉しかったりするの……かな?」

と、彦一に聞いてきた。

「ごめんね、いきなり。でも、同学年の男の子でこういう事聞けるの京極くんぐらいしか思いつかなくて……与一くんはあれだし……」

 清楚は立て続けに、言葉を紡ぐ。

「ふうむ……贈り物の中身か……渡す相手は、決まっているのかな?」

「う……うん、一応……」

 清楚がぎこちなく頷く。

「ならば、本人に聞くのが一番いいだろう――等と言ってしまうのは流石に意地が悪いかな」

 口元に小さく笑みを浮かべて話す彦一を、清楚は恨めしそうに睨む。

「それ出来たら京極くんには聞いてません!」

「はっ、はっ、はっ、さもありなん」

 彦一はそれを聞いて珍しく声を上げて笑った。

「まぁ、冗談はさて御置いて……普通に考えれば、渡す相手が決まっているのならば、その人物の趣味や興味があるものから選ぶのが常道になるだろうな」

「うん…うん……」

「それから、高価すぎる物も相手が気後れしてしまう可能性があるので、避けた方がいいだろう」

「なるほど……なるほど……」

「まぁ、贈り物は気持ちとよく言うが、相手の気持ちになってもらって嬉しいだろうと思えるものを渡すのが一番だということだ」

「うーん……」

 彦一の言葉を熱心に聞きながら清楚は沈黙して考え込む。

 そんな清楚を彦一は微笑ましそうに見守っている。

 

 清楚の思考による沈黙が、一分ほども経っただろうか、

「ああ、そういえば柊の奴が、白秋の全集が欲しいといっていたなぁ」

と、実にわざとらしく彦一が思い出したかのように声を上げた。

 

「――ッ!!」

 その言葉に反応してバッ! と清楚が顔を上げ彦一を見る。

「くっくっくっ……」

 顔を向けられた彦一は堪え切れないと言った感じで肩を震わせていていた。

「もうっ! 京極くんのイジワルっ!!」

 清楚は顔を真っ赤にしながら彦一に抗議する。

「ははは。だが、俺は柊の欲しがってたものを口走っただけなんだがなぁ」

 そう言って、彦一は扇子で口元を隠しながら清楚を見る。

「うーーーー」

 返す言葉がなく、真っ赤な顔のまま唸る清楚。

「いや、すまんすまん。なんとも微笑ましくてね……お詫びと言ってはなんだが、俺の知り合いに古本屋がいる、もしよければ紹介するが……どうかな」

「…………おねがい……します」

 そんな彦一の言葉に口をとがらせて拗ねながらも、清楚が頷く。

「ああ、わかった。パーティの日まではもう時間がない、今日の放課後にでも案内しよう」

「うん……ありがとう、京極くん」

「なに、気にする事はない。それよりも武運を祈ってるよ――葉桜君」

「――ありがとう、私、頑張るね」

 会話が終わったのか、二人は如雨露を片づけると花壇を出ていった。

 

 二人が見なくなってたっぷり一分は数えてから僕は身体を動かした。

 いや、動かしたというというのは、もしかしたら正しくないのかもしれない。

 僕はたっぷり一分『硬直していた』と言った方が正しい気がする。

 そう、僕は動けなかったのだ。

 何故?

 嫉妬でだ。

 今や魍魎達の間で『柊四四八』の名前は『エレガント・クワットロ』と同レベルで忌むべき名となっている。

 交換学生で来た他校の生徒、と言うだけでもかなりの話題性だが、あの男はそれだけにとどまらない。

 容姿でいえば十中八九イケメンの部類に入るであろう。しかしそんな奇麗な顔立ちに似合わず、その体躯は最近流行りの草食系などとは対極に位置する骨太の非常に男らしい身体つきをしている。だからと言って男臭さが全面に出ているわけではない、要はバランスがいいのだ。

 さらに言うなら、初日に葵冬馬とテストで同率一位をとり、学園最強のモモ先輩と互角の戦いを繰り広げ、覚醒した項羽である覇王先輩を打ち倒し、先だって行われたタッグマッチトーナメントでは準優勝、学園においても質実剛健を体現したような振る舞いで教師達の信頼も厚く、かと言って冷淡という事もなく面倒見のよさからか短期の交換学生にも関わらず生徒の中でも彼を頼る者は多い。

 

 なんなんだそれは――もう、数え役満ってレベルじゃない。

 

 もはや、お前は僕と同じ人類という枠組みの中にいるのかと問いたくなるほどの完璧超人だ。

 

 これで、モテないはずがない。

 現に川神学園の女子たちの間で『エレガント・クワットロ』を一人増やして『エレガント・シンク』にしようかという話があがっていたらしい。

 これで浮名の一つも流してくれればいいものの、これだけ目立ち、女子生徒からも黄色い声援を浴びながらも本人はいたって真面目だ。もともと唐変朴なのだろう、女子生徒からのかなり露骨なアプローチもほぼすべてスルーしている。

 これが又、魍魎たちの恨みを買っているのだ。

 四四八が特定の誰かと噂にならないということは、多数の女子が『自分にもチャンスがあるかもしれない』という淡い期待を抱く、またはそこまでいかなくても、遠慮なく柊四四八という新しいヒーローに憧れる事ができるということだ。

 つまり、四四八が特定の誰かと付き合わないことで、余った女子たちが他へ移らず、結果多数の魍魎を生み出しているといっても過言ではないのだ。

 そんな柊四四八もあと1週間で鎌倉へと帰っていく。そうすればかつての平和な川神学園が戻ってくるとも思っていたのだが……まさか最後の最後で、憎むべき怨敵・柊四四八の毒牙に、川神学園の癒しの象徴、葉桜清楚先輩がかかっていようとは……しかも、並んで歩く柊四四八と葉桜清楚を想像するとなんともお似合いの感じなのがとてもとても腹立たしい。

 

「イケメン……死すべし……ッ!!」

 神よッ!! いや、この際、悪魔でも構わないッ!! この身が欲しいならばくれてやるッ!! 僕は腹を切ったって構わないッ!! だから、だからッ!! このリア充及びイケメン達が人生を謳歌するのこの聖夜に対しての異議申し立て、並びに呪いとなるように!! 神よッ!! 神よおおおォォォォッ!!!!

 僕は心の中で、強く、強く思い、そして呪いながら走ってその場を後にした。

 そして走っている間、僕の頬が渇くことはなかった……

 

 

―――――

 

 

 放課後、僕は重い身体を引きづるように歩いていた。

 昼休みの一連のリア充の気にあてられた僕は、午後の授業を抜け殻のように過ごした。

 友人が心配そうに声をかけてくれたくらいだから、よほど悪い顔色をしてたのだろう。

 だが、同時に、思いを新たに、さらに固い決意をしたところでもある。

 僕は魍魎だ。現状、それ以上になることは不可能だ。

 ならば僕は魍魎らしく、欲望に忠実に、今、自分が一番欲しいものに全力を尽くそう。そう、決意した。

 

 今、自分が一番欲しいものは何か……それは世良水希のパンツだッ!!

 

 交換学生の紹介の時、壇上の水希を見たとき、まさに僕の身体に電流が走った。

 艶やかな髪、整った顔立ち、均整のとれた肢体、明るく笑う中にも憂いを秘めたその表情。

 すべてが僕の心をつかんで離さなかった。

 そんな折に出品された『水希のパンツ』

 僕は脇目も振らずに落とした。

 小学生の頃からコツコツと貯めてきたお年玉貯金を全て吐き出しても、まるで後悔はなかった。

 僕にとって『水希のパンツ』は聖骸布に匹敵する、すでに、信仰の対象と言ってもいいものだったからだ。

 

 しかし、それを僕は紛失してしまった……

 

 あの時の絶望は今思い出しても心が苦しくなる。

 あまりの絶望に僕は、白いTシャツにブリーフ一枚で家の畳に模造紙をひいて出刃包丁で腹を切ろうとしたくらいだ。両親が必死になって止めたので思いとどまったが、少しの切っ掛けで僕は今ここにいなかったかもしれない。

 だからこそ、僕はこの手に『水希のパンツ』を取りもどさなければならないのだ。

 故に僕は歩いている。

 どこへ? 千信館の面々が住む寮へ……だ。

 何をするつもりなのか……

 それは今の僕自身もわからない。

 もしかした水希の部屋を前にしたら、僕はとんでもない犯罪行為を犯してしまうかもしれない。

 しかし、僕は歩みを止めることは出来ない。

 なぜならそこに、僕の失った全てがあるからだ……

 そんな事を考えながら歩いていたら、後ろから僕の愛してやまない人物の声が聞こえてきた。

 

「もー、歩美ぃ、今日は絶対に付き合わないからね!」

「えー、いいじゃんいいじゃん。波旬使っていいからさぁ、今日だけ、ねっねっ」

「いーや! あれから柊くんのお説教、結構長かったんだから」

「くふふ、でも若干M入ってるみっちゃんはそれがまた癖に……」

「なりません! もう、大杉くんじゃあるまいし。怒られて喜ぶ趣味なんかないわよ」

「はは、確かに栄光くんはMっぽいよねぇ」

 

 僕は咄嗟に橋の陰に無を隠した――あまり周りに気を使ってはいなかったが、いまは変態橋のあたりにいるらしかった。

 予想通りそこを歩いていたのは、世良水希と同じく千信館の龍辺歩美だった。

 近くのコンビニで買ったのだろうか、二人とも手には湯気たっている中華まんを持っている。

――このままあとをつけてみるか。

 僕はそんなことを考えながら、二人の様子を注意深くうかがい始める。

 

「まぁまぁ、今日の夕飯の買い出し手伝うんだから、機嫌直してよー」

「だったらこの中華まん、奢ってくれてもよかったんじゃない?」

「えー、だってみっちゃんそれ3個目でしょ?」

「歩美が奢ってくれるんなら2個にしたわよ」

「……そこで1個って選択肢にいかないのが、みっちゃんだよねぇ」

 二人がそんなたわいもない談笑に花を咲かせている時、橋の向こう側から一台のバイクが物凄いスピードで橋に侵入してきた、後ろにパトカーも見える。

 大方、バイクのほうがスピード違反をとがめられて点数を切られるのを嫌ってパトカーをまこうとしているのだろう。

「ひゃあ!」

「きゃっ!」

 二人とも声を上げながら飛び退く。

 飛びのいたすぐ後を、バイクとパトカーが通り過ぎる。

 

「あーーーーーっ!」

 

 次の瞬間、水希から声が上がった。

 避けた拍子だろうか、水希の制服には中華まんの餡子がベッタリと垂れていたのだ。

「わわっ! みっちゃん大丈夫? 熱くない?」

 歩美が心配そうに声をあげる。

「熱くはないけど……あー、もー、最悪ぅー」

 そう言って、水希はポケットからハンカチを取り出して制服の餡子を拭おうとした。

 

 その時……橋の上特有の突風がふいた。

「あっ!!」

 その一陣のきまぐれな風によって、水希が手に持っていたハンカチが橋の外へと放り出されてしまった。

 

――僕はその時、奇跡を目の当たりにした。

 

 これを奇跡と言わずしてなんといえばいいのだろうか。

 僕は見た、水希が取り出したハンカチが宙を舞うのを。

 しかし、同時に僕は知った――あれはハンカチなんかではない――と。

 あの色、あの模様、あのカーブ、あのフォルム、そしてなによりあのリボンっ! ……あれは、僕が50万を出して手にいれたものの紛失した聖骸布! 『水希のパンツ』そのものだ!!

 

――今朝、遅刻寸前のため洗濯物から慌てて水希が手に取った布切れは、ハンカチではなくパンツだったようだ。

 

 認識した時には僕はもう走り出していた。

 

――走れっ!

――奔れっ!!

――疾れっ!!!

 

 僕は人生で一番速く足を動かし走る。

 

――早くっ!

――速くっ!!

――迅くっ!!!

 

 僕は心の中で唱え続ける。

 

 僕は一気に橋の柵まで駆け寄ると、足をかける。

「僕は魍魎NO2……恐れるものは何もない……」

 そう口の中で唱えて恐怖心を打ち消す。

 そして最後に、

「僕の名は、魍魎・NO(ノ)2(ブ)だああああああああああっ!!!!」

そう叫びながら『水希のパンツ』という名の奇跡に向かって跳躍した。

 

――とべっ!

――跳べっ!!

――飛べっ!!!

 

 僕は心の中で叫ぶ。

 

――届けっ!

――届けっ!!

――届けっ!!!

 

 僕は必死に手を伸ばす。

 

 そしてその願いが通じたのか、ついに僕の手が宙を逃げている『水希のパンツ』に到達した。

「……やっ……た」

 その瞬間、僕は今まで味わったことのない達成感を味わっていた。

 

――ああ……そうか……これがそうなのか。

 

 そう! 僕は今! 生 き て い る っ ! !

 

 僕がそんな人生の絶頂を味わっている時、思わぬ邪魔ものが入ってきた。

 僕の手が聖骸布という名のパンツに到達したとほぼ同時に、大きな鳥(鷲か何かだろうか……)がパンツの端を咥えて飛び立とうとしたのだ――餌だと思ったのかもしれない。

「違う! だめだ!! はなせっ!!」

 重力に引かれて落ちつつある僕は全身でパンツをもぎ取ろうとしたが、鳥のほうも咥えた嘴を放そうとはしなかった。

 

 そして、それは当然の結末への帰結を意味していた。

 

――ビリッ。

 

 僕の力と鳥の鋭い嘴によって、聖骸布であるパンツが真っ二つに裂けてしまったのである。

 

 僕の瞳の中の瞳孔が、みるみる開いていくのがわかる。

 そしてその瞳で僕は見た――餌ではないと判断したのであろう。大きな鳥は嘴に咥えていた破れたパンツの片割れをペッと吐きだすと、今までの事がなかったかのようにビル群の方へと悠然と飛んでいくのを……

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

 

 

 絶望の絶叫を口から迸らせながら、僕は重力に引かれて落ちていった。

 そして次の瞬間、僕の身体は十二月の凍えるように冷たい河の水に包まれた……

 

 

―――――

 

 

 その後、九鬼の従者部隊に助けられた、魍魎NO2・ノブは風邪をこじらせて冬休みの間、一歩も蒲団から起きることなく新学期を迎えることになった。

 故に、クリスマスイブに行われた『魍魎の宴 ~サンタ狩りでいこう~』にも、学園の体育館が借りれたことで、希望者全員参加可能になった「クリスマス&千信館のお別れパーティ」にも、さらには年末、お正月でさえ誰とも会わずに過ごすこととなってしまった。

 学園二年の冬という、いい意味でも悪い意味でも、とても思い出深いものになるであろう期間をノブは布団の中で過ごしたのである。

 

 しかも、彼がいないというこの事実に気づいたものは誰もいなかった……

 

 でも、それは致しかたないことでもある。

 

 なぜなら彼は魍魎なのだから……

 

 

 




お待たせして申し訳ありません。

如何でしたでしょうか、前回書かなかったもう一つのネタ「魍魎ノブくんの一日」です。
1人称と3人称が混ざっているのでもしかしたら読みにくいかもしれません、
ご指摘があったら教えていただけると幸いです。

次からようやく最終章です。
思いつきで始めたこのシリーズもなんとか終わりまで書ききりたいと思ってます。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。
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