新作を読んでいただいている皆様はありがとうございます。
万仙陣の体験版、PV共に公開され、かなり戦真館熱が上がってきたこともあり、
リハビリも兼ねて、番外編「東西交流編」を書かせていただきました。
よろしくお願いします。
番外 第一話 ~新年~
年が明け、正月も過ぎ去り、冬休みも終って学園も動き出した、そんな時期。
新年早々から活動している部活動もとうの昔に終わり、いつもならひっそりと静まり返っているはずの体育館の真ん中で五人の男たちが鍋を囲んでいた。
暖房も何もつけていない真冬のだだっ広い体育館。熱源と言えば鍋を上にのせているカセットコンロの火ぐらいなものだ。そんな状況の中でも、この体育館には熱気があふれていた。
鍋を囲んでいる男たちからあふれ出てくる熱の為だ。
男たち――川神鉄心、ヒューム・ヘルシング、クラウディオ・ネエロ、ルー・イー、鍋島正――から自然とこぼれ出てくる“気”が全校生徒を収容できるほどの広さを持つ川神学園の体育館を覆い、熱しているのだ。
しかし、本人たちは特に特別に“気”を発しているわけではない。ただただ、鍋をつついている。
だが、ただそれだけのことで、この体育館は五人の“気”で覆われてしまっている。
それ程までに此処にいる男たちは尋常ではないのだ。
「ほう……これはまた見事なフグだな」
鍋の中から一際大きな切り身を箸でつまんだヒュームが、にやり、と笑いながら感嘆の声を上げる。
「あ、こら、ヒューム。それは儂が狙っておったやつじゃぞ!」
「ふん――名前でも書いてあるのか? 早い者勝ちに決まってるだろう」
ヒュームの持ち上げた切り身を目敏く眼咎めた鉄心が抗議の声を上げるが、ヒュームに軽く往なされた。
「むむむ……」
「総代、やめてくださいよ、恥ずかしい……ワタシのフグのから揚げあげますから」
そんな鉄心を弟子であるルー・イーがなだめる様に声をかける。
「はっはっはっ! 冬の下関で取れた一級品だ。そこらのとはものがちがわあなぁ。山ほど持ってきたからどんどん喰ってくれ」
それを見た鍋島が豪快に笑いながら傍らに置いてある発泡スチロールから新たなフグの切り身を皿に盛った。
「ほほ、これはまた見事ですな――ヒューム、フグばかり取らないで、そちらの豆腐もさらってしまってください。鉄心様もですよ、白菜が溶けそうですのでお取りください。鍋をきれいにしましたら味を整えて新たにフグをお入れしますので……」
皿に盛られたフグを嬉しそうに見つめたクラウディオがテキパキと指示を出し、鍋の塩梅を整える。
クラウディオは今回の鍋を最初から最後まで一手に引き受けていた。所謂、鍋奉行というやつだ。
最初の頃、クラウディオの指示に従わず鍋の蓋を取ろうとしたヒュームに射殺さんばかりの殺気と鋼糸が飛んできて以来、だれも鍋には手を出さなくなった。
新たな材料を入れ、鍋が静かになったと同時に会話も一旦落ち着く。
静寂に包まれた体育館の中に、ことことと、鍋の音だけが静かに響いていた。
「そういえば、お身体の方は大丈夫ですか?」
その静寂を破るように、クラウディオが鍋島に問いかけた。
「ん? ああ、完全に元通りだ……と、まではいかねぇが――八割がた治ってる。こうやって酒も飲めるしな。
鍋島は目の前にある茶碗に注いだ冷酒をグイッと飲み干しながら答えたあと――ああ、うめぇ――としみじみと言う。
「そういうことでしたら我々だって同じようなものです。我々を含め多くの人々が御正月をベッドで過ごすことにならなかっのは、真名瀬様や葵様達のお力添えあってのことですから」
「本当に、いくら感謝してもし足りないネ」
鍋島の言葉にクラウディオとルーが小さく頷く。
鉄心とヒュームは何も言わず、静かに冷酒の入った茶碗を傾けているが、内心は同じ気持ちだろう。
アレ――去年のクリスマスイヴに川神を襲った、神野明影の襲来のことだ。
あの一件はテロリストによる九鬼兵器部門の乗っ取りと川神襲撃――ということになっている。実際、神野は――その存在はどうあれ――愉快犯的なテロリストであったことは確かだし、九鬼の兵器部門が乗っ取られてしまったことも事実だ。そのことに加え、死者が出なかったこと、九鬼財閥が責任をもって被害の100%の補填を発表したこと、それよりなにより“川神”という地域の特異性もあって、世間的には上記の説明でかたがついている。
しかし、それはあくまで第三者たちの認識。
そこで戦っていた当事者たちはまた違う影響が出ていた。
「小耳に挟んだのですが……新学期になって部活動をやめる生徒が少々出てきたとか――」
「そうですネ。この前の一件で、戦うことが怖くなってしまった生徒の幾人かが、部活を休んでいるネ。特に武芸をする部活かラ……」
「そうですか……それは、また……」
ルーの答えを聞いたクラウディオがなんと答えたらいいのか分からずに、言葉をのむ。
不思議なことではない。
一般の学生が行っている部活は学校活動の一環でしかない。
如何に川神学園が特殊だといってもそこに大きな違いはないのだ。
そこに来てあの非日常的な一連の事件。
あれを経験したために、自らの携わっている武芸に対して恐怖や疑問を持ってしまったとしても何ら不思議ではないし、むしろそう思うのが普通なのかもしれない。
「じゃが――」
そんな中、鉄心が言葉を挟む。
「じゃが、その一方で、自らの不甲斐なさを嘆いて部活動の門をたたく者もいる。そして、部活に残っている面々は、かつてよりも一層強く活動に取り組むようにもなっている。お主が最近、直江大和の鍛錬を見てやっているのもその一つじゃろう」
「ふむ……なるほど」
鉄心の言葉にクラウディオが頷く。
鉄心の言ったように、あの戦いの中で意識が変わったものも多くいる。
特に、あの事件で中心となって戦っていた面々にはその傾向が強い。
一子、義経といったもともと真面目な面々はもちろんのこと、今までは鍛錬をサボりがちだった弁慶、与一、項羽また百代、燕といった面々も新年明けてから、かなり積極的に鍛錬に取り組んでいる。京あたりも最近はしっかりと弓道部に参加をしているほどだ。
大和も身体を本格的に鍛えようと思い、弁慶の鍛錬に参加したところ(弁慶は新年早々、大和と一緒にいたかったというだけなのだが……)をそこに居合わせたクラウディオに大和が頼み込んだのだ。
クラウディオとしては、あの事件を中心となって終わらせた若者の頼みということもあり、快く受けただけなのだが、最近は大和の中に自らと同じ“糸”の特性を見出したことでその鍛錬にも熱が入り始めている。
「フン――“本気で戦う”ということは概してそういうものだ……当事者たちには大きな影響がでる。良しにつけ、悪しきにつけ――な」
「そうじゃな……」
今まで友たちの話を黙って聞いていたヒュームが、まとめるように言葉を発する。
全員そのことに思い当たることがあるのだろう、皆静かに頷いている。
「――で、お前が今日ここに来たのも、そのへんのことが関係しているのだろう?」
そう言って続けるように、ヒュームは鍋島に視線を投げる。
「はっはっ、なんだ、お見通しかよ」
ヒュームの視線を受けた鍋島がその言葉を肯定するように、大きく笑った。
「どういうことですカ? 鍋島さん」
「なぁに、あの一件を通じて一皮むけた川神学園に胸を借りようと思ってな」
「胸を借りル? ですカ?」
「ああそうだ、単刀直入にいやあ、“東西交流戦”をもう一回やっちゃあもらえねぇかと思ってるんだ」
「ふむ――」
そう言って鍋島は師である、鉄心に目を向ける。
「俺ぁ、この前の一件で成長した東の実力を
「……お主たち……負けるぞ?」
鉄心が鋭く鍋島を見据える。
「百も承知だ。負けや失敗には意味があるとは言うが、ありゃちいとばかし違う。負けや失敗に意味があるのは“本気でやって、本気で負けた”ときにこそ意味がある。本気で悔しがってこそ意味がある。そんな経験こんな時じゃねぇとなかなか出来るもんじゃねぇ……それに――」
「――それに?」
「そっちも、持て余してんじゃねぇのかい? ここまで高まった若い奴らのエネルギーをどうやって発散させるのか」
「ふうむ――」
鍋島の言葉に、鉄心が腕を組んで目をつぶる。
「折角、若ぇ奴等がやる気になってんだ。俺達年寄りにできることは、若ぇ奴等が本気でやりあえる場を作ってやることじゃねぇかなぁ」
「なるほどのお――」
若者が持つエネルギーというモノは、凄まじい。
爆発的と言ってもいい。言ってもいいが――爆発的であるが故に、刹那的でもある。
あの一件で高まった川神の気運だが、このまま平穏な日常が続けばいつの間にか萎み、その日常にのまれてしまうかもしれない。
そうならないように、競い合う場を、時を作るのは、確かに鉄心たち教育者の仕事なのだろう。
「よしっ! ナベよ、その提案受けよう」
鉄心は膝を叩いて了承の意を示す。
「しかし、前回と同じように学年別にするとあまり結果は変わらないのでハ?」
「むしろ、実力が離れ始めてるから西の全敗――という事もあり得るな」
「はっ! ウチの奴等をなめんじゃねぇよ!! っと言いたいところだが……そん可能性はまぁ、あるわな」
「でしたら、この様な感じはいかがでしょうか? こちら――東は川神学園を中心として学年混合で3チームを作る。西は天神館を中心に選抜で1チーム。計4チームでの対戦というのは?」
クラウディオの提案に、
「まぁ、俺達は前回負け越してるんだ。体裁的にも実力的にもそんなもんだろう」
鍋島が頷く。
「規模は……前回と同じだと1チーム200人程度か……箱を選定しないとならんな。あてはあるか? クラウディオ」
「前回と同じですと地理が完全にばれていますので……ふむ、年末の一件で、九鬼の研究所はいったん別の場所に動かす予定ですので、あそこがよろしいかと。研究所全体にカメラもありますので、放送にも適してます」
「多少苦しいが、タッグマッチトーナメントの決勝はこれに含めてしまった方がいいかもな。『みなさんの東西2組以外の対戦が見たいとの声を考慮して、東と西の多くの若者を集めた団体戦を開催する』といったところか」
「本人たちが了承すればいいじゃろ。モモと一子はなんも言わんだろう」
「ウチの石田と島にも言っておこう。まぁ、石田あたりはうるさく言うかもしれんが、何とかするさ」
「構成はどうされるんですカ? 天神館と川神学園だけ?」
「年齢はタッグマッチトーナメントと同じでいいじゃろう、構成の基本は天神館、川神学園、しかし助っ人枠を20人ほどつける。というのはどうじゃ?」
「いいお考えかと、交渉力、政治力、交友関係という戦前の戦略にも幅が持たせられますので」
「まぁ、それもそうじゃが……」
鉄心はそう言って、全員を見据えると、
「彼らが呼べるじゃろう?」
にやり、と笑った。
「総代、それってもしかしテ……」
「ああ、そうだな……奴らがいなければ始まらんな」
「彼らを抜いて頂上決戦など、川神学園の皆様に怒られてしまいます」
「あいつらがいてくれなきゃ、こっちも出張る意味がなくなっちまうからな」
鉄心の言う“彼等”が誰なのか、他の四人も同じ若者たちを思い浮かべている。
年末の一件の中心――否、この秋からの川神の騒動の中心だったといってもいい。“戦”の“真”を奉じる鎌倉から来た若者たち。
「のう戦真館――儂らにまた“本物の輝き”を見せてはくれまいか……」
―――――
「うー、寒いねぇ」
早朝、いつものように川神学園への道を歩いている風間ファミリーの面々。
声を出したのはモロだ。
モロは厚手のダッフルコートにマフラーまでしているのに、身体を縮こまらされブルりと震える。
「モロ、だらしないぞ。今日はお日様がてっているからまだ暖かいだろ」
「いや、クリスはドイツ生まれだから寒さに強いんだよ」
センスのいい白いコートに身を包んだクリスの言葉にモロは小さく反論する。
「俺はそんなに寒くねぇぞ。風邪もひいたことないしな!」
「あ、アタシもアタシも風邪とかひいたことないよ!」
「いや、むしろ二人はもうちょっと厚着したほうがいいんじゃないかなぁ。特にワン子は見てるこっちが寒くなっちゃうよ」
キャップと一子は共にこの時期にしては薄着だ。
キャップは制服に薄手のジャンパーを羽織っただけだし、一子に至ってはこの一月の寒空の下で体操服にブルマというかなり非常識な格好だ。
「ほら、まゆっち。今こそ北陸生まれの強さ見せる時だぞ」
「――っ!! 豪雪の北陸地方でも過ごせるウール100%の手編みのセーターをプレゼントしたら、友達ができるということですね、松風」
「いやー、それ重すぎだと思うけどなぁ」
「そうだぜ、まゆっち……せめて、マフラーからにしときな……」
「いや、それも重いからね」
北陸生まれの由紀江はあまり寒さのほうは堪えてはいないようだが――やはり、友達の数の伸びは気温と同じく低空飛行を続けているようだ。
「あー、手編みのマフラーとかもらいてぇー。清楚な女の子から頬を染めながら“これ島津さんのために一生懸命縫ったんです”とか、いわれてー。ちっくしょー、なんでクリスマスイヴの大活躍があったのに俺様は未だ独り身なんだ? 全く世の中、間違ってるぜ」
「それはガクトが、クリスマスパティーの時に勢い余って裸踊りとかしちゃったからじゃないかなぁ」
「くうぅ……やっぱそれだよなぁ。もうぜってぇ、酒なんか飲まねぇぞぉ……」
ガクトは相変わらずのぼやきを続けている。
今の会話で全方位にツッコミを入れているのはモロだ。
通常ならば大和もツッコミ役に回るのだが、今はメールの返信に忙しいのか、携帯を忙しそうに動かしながらもくもくと歩いている。
「ねぇ、大和ぉ、私寒い――あっためてぇ」
「あー、んー」
「そうだぞ、大和。お姉ちゃんは寒い。弟よ、あっためてくれ」
「あー、多分、妹の方が体温高いよ」
京と百代の言葉にもおざなりな返事しかしない大和。
そんな大和に、
「大和! 私はもう待つ女はやめたんだ! そうやって大和が冷たい反応をするならば、その冷たさ私の情愛で溶かしてみせる!!」
「おーい、美少女相手にその反応はないだろうー。まさか、女じゃないよなぁ、お姉ちゃんに携帯の相手を見せてみろ、と」
「ちょ! わっ! 京なに抱きついて――って姉さんも! 携帯返してよ!!」
京が、がばっ、と大和に抱きつき、その隙に百代が大和の携帯を奪い取る。
「お?」
「ん?」
同時に、京と百代から小さく驚きの声が上がる。
「ああ、もう、二人ともいいかげんにしてよ!」
その一瞬の隙をついて、大和は京の拘束から逃れると、百代から携帯も奪い返す。
「久しぶりに柊から返信があって、メール返してるとこなんだからさ」
「みたいだな――どうだ、あいつら元気にしてるのか?」
「まぁ、鎌倉に戻ってまだ二週間ぐらいだからね。あんまり変わってないらしいよ。てか、みんなでお正月に鶴ヶ岡八幡様で初詣したからホントにそんなに経ってないんだよね」
「そうそう、その後。晶のお店行ったのよね。あー、晶の実家のお蕎麦美味しかったなぁ」
晶の店で食べたお蕎麦の味を思い出したのか、一子がキラキラと目を輝かせながら会話に入ってくる。
「そうですか……まだ、みなさんが鎌倉に帰ってそれくらいしか経ってないんですね……」
「それにしちゃあ、随分たった気もするな」
「やっぱ、あいつらがいた時はいつも以上に騒がしかったからなー」
由紀江、ガクト、キャップもそれぞれ去年の出来事を思い出すように呟く。
「まぁ、でも、行こうと思えばいつでも行けるしね。鎌倉片道30分ぐらいだし。向こうは川神院の節分を皆で観に来るって言ってたよ」
「そうか、それは楽しみだな」
そんなふうに、ファミリーの皆ががやがやと四四八達の話題で盛り上がってる中、京だけが、じっ、と大和を見ていた。
「ん? 京なに?」
その視線に気づいた大和が京に問いかける。
「え? うん……大和……ちょっと逞しくなった?」
「え? そう?」
「うん、間違いない。私は大和の生態を一週間ごとにチェックしてノートにまとめてるけど、ここ最近、明らかに筋肉量が増えている」
「いや、なんでそんな堂々とストーカー発言してるんですかね? 京さん……」
いつものことだとは知りながらも、あからさまなカミングアウトに若干引く大和。
「ほう、それは姉としても調べなきゃならんな。そおれ」
「ちょっ、わっ、姉さん」
それを聞いた百代が大和に抱きついてくる。
「ほう……ほうほう……なるほどな……」
「ちょ、ちょっと、姉さん」
「はは、動くな動くなー。ふうん、まだまだ絶対量は足りてないが、なかなかしなやかな筋肉がついてきてるじゃないか。素人の独学ではなかなか短期間でこうはならない、誰かに教えてもらっているのか?」
「え? うん、弁慶の鍛錬につきあった時に、クラウディオさんに頼んでみたら、良いって言ってくれてさ」
「なるほど、あの爺さんなら納得だ……それに弁慶ちゃん――だけじゃないが、いろいろな奴らがやる気を出してきている……ふふ、いい傾向じゃないか」
今の熱気を帯びた川神が気に入っているのか百代が小さく笑う。
「でも、姉さんが戦いたいのは別にいるんでしょ?」
「ふふ、わかってるじゃないか大和」
「まぁ、そりゃあねぇ」
そんな大和の言葉を肯定するように頷いて、
「そう、私は柊四四八ともう一度戦いたい」
百代はそう言った。
初めて柊四四八と戦ったあの日から、自分の中の様々なものが変わっていった。
項羽との戦いも、
我堂鈴子との戦いも、
鳴滝淳士との戦いも、
川神鉄心との戦いも、
全て百代の中で忘れられない記憶として刻みつけられているが、その中でもやはり、柊四四八との戦いは別格だ。
自らを見つめ直す契機となったあの戦いは、この濃密な三ケ月間の中でも特別なものとして百代の中に存在している。
故に、見せたい、と百代は思っている。
お前のおかげで、自分はここまで強くなれたのだ、
お前のおかげで、自分はあの戦いを生き抜いて来れたのだ、
お前が気づかせてくれたものは、こんなにも大きなものとして自分の中にあるのだ、と、
拳で、身体で、思いっきり語り合いたいと思っている。
「私の卒業まで、そうそう時間がない。向こうも受験があるとも言っていた。何かいいチャンスがあればいいんだが……」
百代はそう言って突き抜けそうに青い冬の空を残念そうに見上げた。
しかし、その機会はすぐそこまで来ていることを、大和たちは学園について知ることになるのだった。
―――――
大和たちが学園の校門にたどり着くと、校門の入口に大きな立て看板が置いてあり人だかりができていた。
突発イベントの多い川神学園はこういったふうに唐突にイベントを発表しては、生徒たちの話題にとなるのだが今回はまた随分と大掛かりのようだ。
「なんだなんだ? 新年早々なんかあんのか?」
お祭り好きのキャップが人だかりを見つけると、ひょいっひょいっ、と人集を抜いながら立て看板の前へと進んでいく。
「ちょ、ちょっとキャップ、早いって……あ、ちょっと、ごめん」
キャップを追うように大和達も人ごみをかき分ける。
なんとか看板の前に来たとき、
「おはようございます。そろそろ来る頃だろうと思ってましたよ。大和君」
声をかけられた。葵冬馬だ。
「おはよう、葵。早いね」
「おやおや、クラスメイトになった暁に、親愛を込めて“冬馬”と呼んでくれ言っているのに、なかなか焦らしてくれますねぇ大和君は……」
「絶っ対! 呼ばないからね」
先だって行われた期末考査で見事S組の仲間入りをした大和は現在、冬馬とはクラスメイトだ。
前はなんとなくぎこちなかった冬馬との関係も、今はかなり打ち解けてきている。こんな朝のやりとりも、もはや慣れたものだ。
「で? 三学期バタバタの中で何やろうっていうのさ、川神学園は」
「ふふふ、それはご自分の目で確かめてみてください。なかなか面白い趣向だと思いますよ」
冬馬の声に導かれるように大和は看板に目を向ける。
「えーと、“東西交流戦開催のお知らせ――この冬、再び東西因縁の対決をここ川神にて開催。九鬼財閥の全面協力もあり、優勝チームには豪華賞品も用意”か。ふーん、また天神館とやるのか」
細かい要項は別として主題のところだけを読み上げた大和は頷く。
「おや? 大和君、あまりノる気ではないですね?」
「いや、そんなことないけどさ。天神館とは一回やってるし。なによりこっちはあれからいろいろあったからさ……」
冬馬の言葉に、大和は言葉を濁す。
天神館とは去年の夏前に学年別で対戦をしており、川神学園の2勝1敗。残念ながら1年生組は負けてしまったが、2年、3年は勝利をしている。
あの交流戦から、3年には葉桜清楚、松永燕が加入しているし、1年には九鬼紋白がいる。2年に関しては武蔵坊弁慶、那須与一があの交流戦には参加していない上に、秋に戦真館と共に過ごした日々で2年の武芸者は爆発的に伸びている。もちろん天神館とてかつてのままではないというのは重々承知の上だが、流石に自分たち以上の経験をしていたとは思えない。
そう考えると、天神館に対しては申し訳ないが、役者不足の印象がぬぐい去れない。
「まぁ、言いたいことはわかりますよ。ですが、学園長たちもそのあたりはわかっているのでしょう、ほらそこに――」
そう言って冬馬が指差した部分を見てみると、
「対戦は天神館選抜チーム1チーム。川神学園選抜チーム3チームの計4チームによって行う――ああ、なるほど、川神学園同士で戦うこともあるわけか」
「ふふ、共にあの年末を乗り越えた方々との真剣勝負……なかなかに面白いとは思いませんか? それに――ここにもっと素敵な一文があるんですよ」
そう言って冬馬は更に指を横にずらす。
「1チーム、20人まで学園外の人間を助っ人として呼ぶことが可能。尚、呼ぶことができる助っ人は前年のタッグマッチトーナメントの出場要件と同じ……あれ? これってつまり」
「ふふ、そうです。学園長は“彼等”を呼べと言っているんですよ」
「それって、やっぱり……」
「ええ――四四八君たち、戦真館の皆さんですよ」
それだけ言うと、冬馬は抑えきれないように、口元をほころばせる。
「また彼等と共に戦えるんです。もしかしたら、彼等を相手に戦えるかもしれない。そう考えただけでワクワクしませんか?」
柊と共に戦う? 柊を相手に戦う?
言葉が実感となって大和の胸に降りてきた。
――ワクワクしませんか?
――する。
――するに決まっている。
彼らと過ごした、あの濃密という言葉すら薄くなるほどの時間を再び経験できるのか。
そう思うだけで、ゾクゾクと身体の裡から熱いものがこみ上げてきた。
そして、それを喜んだのは大和だけではないようだった。
「はっはーっ!!」
大和の後ろでそんな笑い声とともに、風が吹き抜けた。
自然の風ではない、笑い声をあげた人物の闘気が風となってあたりを吹き抜けたのだ。
無意識のうちに風を起こした張本人――川神百代は笑っていた。
「ああ、ああ! じじぃの奴、粋なことをしてくれるじゃないか! このチャンスは逃さない!! 待っていてくれ柊、私は必ずお前のところまで上りつめる!!」
百代の身体から、喜びという名の闘気が溢れ出していた。
その闘気に当てられたように川神学園各所で、強者達が動き出す。
「さあて、今回はチーム戦かぁ。私が大将になるのもいいけど、誰かと一緒っていうのも悪くないなぁ。大和くんと同じチームってのもイイけど、多分ももちゃんが一緒だろうから、ももちゃんと対戦できないなぁ。うーん、ちょっと様子見かなぁ」
松永燕は屋上でノートパソコンをたたきながら思案に暮れている。
「んはっ! これでまた柊の奴と戦うことができる! これで俺の素晴らしさを教えてやろう、なっ、清楚!! ――ん? 一緒のチームになって頼りになるところを見せたほうがいい……む、なるほど、確かにそれは一理あるな……うーん、どちらがいいか……」
項羽と葉桜清楚は腕組みをしたまま一人で二人の会議を行っている。
「水希達も来るのかな? また一緒に戦えるのか? うん! 義経は楽しみだ!」
「そうだねぇ、私は主がいるチームに行くけど……主を相手にするっていうのも悪くないなぁ」
「ふん、風が俺を呼んでるぜ……相棒、こんなにも早くお前との再度の邂逅を果たすなんてな……因果律が暴走してるのかもしれねぇ……気をつけるとしようか」
源氏の面々は三者三様に思いを馳せる。
「今度こそ、活躍してみせます!」
「そうだなぁ、この前何かする前にムサコっすが自滅したからなぁ」
由紀江は刀を握りしめて決意を新たにし、松風がそれを生暖かく見守っている。
「ふははははーーー! 中々に面白い趣向じゃないか! この戦いに勝利して、我こそが東西の頂きであると証明しようではないか」
「流石です! 英雄様!!」
「ふははははーー! 兄上! 我も大将として立候補いたします! 全身全霊で兄上をぶつかり、越えてみせます!」
「はは! その意気や良し! 流石、我が妹だ! 遠慮などするな、全力でぶつかって来い!」
「はい! 兄上!!」
「 「ふははははーーーっ!!!」 」
九鬼兄妹の笑い声が、校庭に響き渡っている。
川神学園に真冬の寒さを吹き飛ばす熱気が渦巻いていた。
―――――
「ふん、舐められたものだな」
天神館の校門に張られた“お知らせ”を読みながら、石田三郎が不機嫌そうに呟く。
「そうは言いましても御大将。我々は先の交流戦で負け越した側、それを考えますと……」
「そんな事は解っている、解っているが……気に食わんと言っているのだ」
石田をフォローするような副将である、島右近の言葉を石田は解っているといわんばかりに切って捨てる。
「あれ? そういえば……ほむは東の子とメル友だったよね? 何か聞いてる?」
「直江だな! 向こうからは何もないが、マメな奴だからな多分今日中にメールがくると思う。くうう! また再び東の強者たちと渡り合えるのか! 大友の火力を増した“国崩し”が火を噴くぞ!」
褐色の肌をした中性的な少女――尼子晴が大友焔と談笑している。
「ゲホッ、ゴホッ……そういえば長宗我部は秋口からかなり東に行っていたな。なにか相手の情報はあるかい? ゲホッ、ゴホッ」
「ぬはははは、ああ、あるぞ。一番は、今、東には川神学園だけでなく戦真館という強者たちがいるという事だ。奴らは……強いぞ、とてつもなくな」
「ほう、最近よく耳にする名前だな――探りを入れてみるか」
「なるほど、鉢屋の情報網にかかっているという事は調べてみる価値はありそうだな……ゲホッ、ゴホッ!」
長宗我部の話に興味深そうに大村と鉢屋が目を光らせる。
「ふっ、私の美しさに勝る人間がいるとも思えないが……まぁ、再び東の地に降り立つとしようか」
「さぁ、銭儲けの時間やでぇ。この前は後れを取ったけど、次こそは川神いてまって、宇喜多の名、川神に轟かせてやるさかいな」
「東の女は最近食ってないな……というか、川神というとあの黒い悪夢の記憶が――うっぷ」
毛利、宇喜多、龍造寺は相変わらずという感じだ。
そんな中、石田がすっ、と大村の傍へとやってくる。
「ヨッシー、少し相談がある」
「なんだ御大将」
「ヨッシーは中国地方の古流武術の使い手だから、こいつ等に聞き覚えがないか?」
そう言って石田が一枚の紙を差し出す。
その紙に書かれた名前を見て、大村の顔色が変わる。
「御大将!? これを何処で――」
「俺の親父は石田鉄鋼の頭取だ。そのあたりの裏の事情も知っている……俺は敗けるのが嫌いだ。しかも、同じ相手に二度も敗けるなどプライドが許さない! だから今回は形振りをかまっていられない。ヨッシー、何とか連絡が取れないか?」
「御大将……」
「頼む……ヨッシー……」
プライドの高い石田が大村に頭を下げた。
「……わかった、伝手をたどってみよう」
「――!! 恩にきるぞ、ヨッシー」
「いや、いいって事だ。俺だって、二度も同じ相手に負けたくはない――場合によっては……俺も本気を出す」
「ヨッシー……」
瞳を鋭く光らせた大村の言葉に石田は一瞬驚くような素振りを見せたが、すぐに力強く頷いた。
「少し実家に連絡してみる、一両日中には結果が出るだろう……」
「頼んだぞ、ヨッシー」
「まかせろ、御大将」
大村はノートパソコンを片手に石田から渡された紙の組織へのコンタクトを模索していく。
紙には綺麗な字で“梁山泊”と書いてあった。
―――――
中国、深山幽谷の奥地にある梁山泊。
そこはかつて――否、宋の時代から今に至るまで、英雄達の集う場所である。
ここは人知れず……しかし、一部の人間には名の轟いた特異な場所であった。
世界最高の傭兵集団・梁山泊。
世界が動くときには、必ず彼女たちの暗躍があった……とまで言われている存在である。
そんな梁山泊の一室で、4人の少女が話し合っていた。
「――というわけで、西の天神館より依頼が参りました」
美しく流れるような黒髪を持つ少女――林冲が4人を代表するように首領・宋江から託された指令書を読み上げる。
「相手は川神学園か……武神に川神院――ふふ、熱くなれそうじゃないか」
赤く燃えるような髪を後ろに束ねた少女――武松が無表情な顔の中にごく薄く喜悦の色をにじませながら呟いた。
「武士娘の園、川神か……ふふ、パンツ楽園だな、ハァハァ」
色素の薄い青い髪をした眠そうな表情の少女――陽志が息を荒くしてにやり、と笑う。
「まー、でもさー。わっち等4人に……さらにまさるまで連れてくんだろ? 流石に大掛かりすぎねぇか?」
小柄な少女――史進が腰に手を当てて胸を張る。ぐぐっと、張られた胸が突き出るが……なんとも動きが不自然だ。
「そうとも言えません、この依頼の指定レベルは“天”ですから」
「“天”!? 最高難易度じゃん、なんでそこまで」
「まずは、今、武の中心と言われる川神を相手にするという事。そこには武神をはじめとした壁を越えたものが幾人もいると聞きます」
「ふふ、いいじゃないか熱くなれそうだ」
林冲の言葉に、武松がふふ、と笑う。
「まずってことは、まだあるってことだよねぇ」
「ええ、そうです。もう一つの相手は戦真館。この秋から台頭してきた鎌倉の若者たちです」
「戦真館? 昔、日本軍の軍学校として作られたのに、そんなようなものがあったような……」
「そこに所属している柊四四八は武神・川神百代に土を付けたそうですよ」
「なに!?」
「まじ?」
「ほお~」
林冲の告げる事実に武松、陽志、史進がそれぞれ感嘆の声を漏らす。
「さらに言うならば、梁山泊の例の部門から、川神には玉麒麟・
「梁山泊、第二位・盧俊義か……確か武士娘を管理する資質だったか?」
「そうですね。名前は直江大和。武神・川神百代の弟分らしく、その意味ではその片鱗が見えるといってもいいかもしれません」
「写真で見ると、そんなに大物って感じはしないんだけどねぇ」
林冲から手渡された写真を見ながら陽志が眠そうな目をしょぼしょぼと瞬かせながら言う。
「そして、最後にもう一つ」
「なんだよ、まだあんのかよ……」
史進がげんなりと林冲に目を向ける。
「それだけ多くの要項があるという事です――前段で出ました戦真館の柊四四八。彼については大刀・
「関勝! 梁山泊・五虎将の筆頭……林冲の上の存在だということか」
「ふぅん、面白いじゃない。そいつら全員なぎ倒して、直江大和と柊四四八が本物かどうか見極めるのが、わっち等の指令か……なるほど確かに“天”かもね」
「ほうほう、戦真館は男だけじゃないのか――じゅるり……この日本刀の彼女のパンツは楽に手に入りそうな気がする……」
指令書をすべて読み終わると林冲は居住まいを正す。
「この指令は、現在“武”の中心とされている川神で、我々、梁山泊の名の健在を示すとともに、直江大和、柊四四八の資質も見抜かねばなりません。勿論、曹一族の動きには細心の注意を払いながら、です」
「いやいや、なかなか厳しい任務だね」
「ふ、いいじゃないか、熱くなってきた」
「よおっし! んじゃ、まさる呼んできて、詳細な打ち合わせしとこうぜ。目ぼしい敵の情報はあるんだろ?」
「ええ、ここに」
「おっしゃ、じゃあ、わっちが起こしてくるわ。武松が行っても甘いものにつられるだけだろうしな」
「――シュークリームは美味しい」
史進が部屋を出ていくと同時に、林冲が後ろに会った分厚いファイルを取り出し、皆の前に出す。
そのファイルに群がるように、3人が真剣な顔でファイルを読み始める。
(直江大和、柊四四八……果たしてどのような男なのでしょうか)
林冲はそんなことを考えながら調査部門からあげられてきた四四八の写真を眺める。
梁山泊、五虎将の筆頭たる大刀・関勝の資質を持つ青年。
それ程のものなのか、武神を倒した実力は本物か、どんな男なのか……興味は尽きない。
――とくん。
林冲の胸が、大きく跳ねた。
久しぶりにマジ恋の面々を書いたのですが、大丈夫かな、忘れてないかなぁと手探り状態です。
A-4をプレイしたこともあり、天神館、梁山泊も出させていただきます。
また、番外編は途中で、クリスマスパーティやバレンタインといったイベントも挟む予定となってますので、よろしくお願いします。
お付き合い頂きまして、ありがとうございます。