資源戦争〜ジオン5ヶ年戦争史〜   作:磯野広洋

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『敵』の超大型輸送艦を叩け

 無限に広がる大宇宙。

 だが、人類はまだその世界を自由自在に往き来できはしない。

 

 宇宙世紀0078、12月某日

ラングスドルフ中佐は居心地がいいとはとても言えない寝台で目覚めた。

 いくらか痺れるような感覚があり体操でもしたいところだったが、急速にはっきりしていく意識とは異なり身体の方はなかなか調子が戻らなかった。

 

「艦長はあまり冷凍睡眠に向いていないのかもしれませんな。」

 

 そんな彼を大ベテランが出迎えた。背が高いとは言えない人物だが、改装によって狭くなった艦橋ではその勇ましい風体もあってとても大きく見える。

 

「そうかもしれない。ガデム、そういう貴様のほうはどうだ?」

「ハハハ、だいぶ様子が変わってしまいましたが長く乗り続けているフネです。すべて問題ありません。」

 

 小惑星要塞アクシズを出てから3ヶ月、ガデムは解凍障害の危険を顧みず定期覚醒班の責任者を務めてくれた。その献身にラングスドルフは感謝の意を示す。

 

「いえ、釈迦に説法でしょうが本当に大変なのはこれからです。指揮権をお返ししますのでこの老骨のかわりにパプアを頼みます。」

「ああ、任せてくれ。ジーク・ジオン。」

「ジーク・ジオン。」

 

 ふたりは右手を上げず控えめにその言葉を唱えた。それは天井が低いためばかりでは無かったが、今の彼らは第一に職務に忠実な軍人だった。

 

 

 

 パプアはジオン公国の旧式ミサイル戦艦である。サイド3がジオン公国を名乗る以前に建造された本艦はミノフスキー粒子の実用化による新戦術に対応できないとして輸送艦に改装されるはずであった。

 

 だが、ジオン公国が行なった大規模な方針転換により生まれ変わり、極めて特殊な戦闘艦として実戦任務に就いている。

 

 パプアの改装は主に地球圏外航行能力の強化を目的として行われた。

 最大の外見的差異は外付けされた巡航加減速用の使い捨てブースターである。輸送艦として改装されていたならば積荷が占めていたであろう空間に特大の化学燃料ロケットが搭載されたのだ。

 

 それは慎重に再設計されたものの内部構造を圧迫することは避けられず居住性は悪化しており、それを補うために冷凍睡眠装置の設置が行われ、最終的には経済軌道ならば単艦で木星圏へ到達できるほどの性能を得た。

 

 地球圏と木星圏を結ぶ高速連絡船として今のパプアはなかなか便利なフネかもしれない。けれども、ラングスドルフの指揮下に入ったこの艦の目的は速度記録の樹立ではない。

 

「アクティブセンサ、使用します……反応ありました!」

「アクティブセンサ、停止。逆探装置、異常無し。向こうは気づいていないようです。」

「接舷部隊およびMS-05、いつでも出られます。」

「接舷時間算出。ミノフスキー粒子散布ポッド射出軌道、確定しました。」

 

 あらゆる報告は作戦の準備が整いつつあることを示していた。だが、ラングスドルフの緊張は増すばかりだった。

 

「……本国からの通信はないか?」

「ありません。灯台電波の受信状況は出航以来良好ですので、受信漏れの可能性は低いです。」

「そうか。」

 

 彼は報告を聞き終えると少しの間だけ目をつぶった。この作戦は、これから始まる史上最大の戦争の最初の引き金となるのだ。

 

「ヒンデンブルク作戦、最終段階開始。超大型ヘリウム輸送船ユピテルを拿捕せよ。」

 

 

 

 ジオン独立戦争が誰の目にも明らかな形で始まったのは宇宙世紀0079年1月3日のことだったが、ジオン公国の指導者たちが開戦を決意したのはそれよりもずっと前だった。

 

 0078年初めの秘密会議でギレン・ザビ総帥が地球侵攻作戦を含む従来の対連邦戦略の破棄を宣言したことをきっかけに、公国軍ではそれまで乱雑に進められていた各種作戦計画が整理され、最低でも3年の長期にわたると予想する独立戦争遂行計画が生まれた。

 

「大遮断」と呼称されたそれはコロニー落としが十分に効果をあげなかった場合に地球の資源地帯をやみくもに占領するのではなく、宇宙と地球、地球連邦と木星圏を分断することを主眼としていた。

 

 その最初にして最大の作戦である「ヒンデンブルク」は想定される戦場が最も地球に近い地点でもアステロイドベルト以遠になることから、開戦の半年前には参加艦艇の後戻りできない出港が必要だった。

 

 

 

「お前らがヘマしたら木星公社を敵にまわし損になってジオンは干上がっちまうからな!しっかりやれよ!」

「任せとけ!こっちにはザクがついてるんだ!いくらデカくても輸送船には負けないよ!」

 

 ユピテル号を可視光線でも捉えられるほど近づくと、まずMS-05が、続いて接舷部隊を載せた内火艇(海軍文化の名残りの名称)が整備兵らに見送られながら勇ましく発艦した。

 

「こういう時は深呼吸だ。スー、ハー、スー、ハー、酸素が美味い!」

 

 地球圏の作戦でもモビルスーツは1機でも多く欲しいところをわざわざ苦労して持ってきた旧ザクである。パイロットは高揚と不安がないまぜになりながらも慎重さを欠かさない。

 

『……こちらは木星公社所属ヘリウム3輸送船ユピテルである。応答せよ……』

 

 頼もしき鋼鉄の巨人が2隻の内火艇の盾になるようにユピテル号へと接近すると、ようやく彼らの接近に気づいたユピテルから通信が聞こえてきた。しかし、MS-05や接舷部隊はこれを無視してさらに距離を詰める。

 

『……返事がない、テロリストなのか?』

『長距離通信、安定しません!』

『な、なんだあの人型ロボットは!まさか、異星人!?』

 

「ヘヘッ、怯えてやがるぜ。」

 

 旧ザクのパイロットは、通信から伝わってくる相手の混乱にほくそ笑む。こちらとて初陣。楽に終わるならその方が良い。

 ものはついでと言わんばかりに彼はヒートホークを真っ赤に光らせて威嚇した。万が一の時には輸送船のブリッジを叩き壊してでも接舷部隊を侵入させるつもりだ。

ユピテル号まであとわずか。

 

ビピピピピー

 

 その時、ザクのコクピット内に敵機動兵器の接近を告げる警報が鳴り響いた。

 

「右下!あれは、ドゥガチ政権の重作業ポッドか!?」

 

 船外作業に出ていた機体だろうか。木星圏の大重力に対応して強化された、古代の頭足類のごとき重厚な作業機械がザクに突進してきた。木星圏での活動を想定した重作業ポッドの加速力はセイバーフィッシュ戦闘機にも匹敵する。けれど……

 

「勇敢だな。だが、それは蛮勇というのだ!」

 

 緑色の巨人は闇雲に突っ込んでくるそれをさっと避けると手にした戦斧で軽く撫でた。それで十分だった。

 

 星々が輝く音なき宇宙で機械仕掛けのアンモナイトは静かに爆散した。ザクがヒートホークを振るうまでもなく、作業ポッド自身のスピードが刃に触れた部分の損傷を致命的なものにしたのだ。

 

(化学ロケット燃料でもあの爆発。ならば、核融合炉が損傷した日にはどんなことになるのやら)

 

 ザクのパイロットは勝利の喜びの中にあってさえ、寒さを感じずにはいられなかった。

 彼の駆る巨人は彼を何百回も木っ端微塵にできるエネルギー源を積んで動いているのだ。

 

「……作戦成功、繰り返す作戦成功。ユピテル号は降伏した。作戦成功、繰り返す……」

 

 地球を遠く離れた虚無の中で始まった、のちに5ヶ年戦争と呼ばれる戦いの最初の戦闘はあっけなく終わった。

 

 

 

 宇宙世紀0079年。

 ジオン公国は宣戦布告から僅か1ヶ月の間にヘリウム3を満載して地球圏に向かう輸送船の6割を拿捕、または撃沈した。

 しかし、それがもらたす歴史のうねりについて考えを巡らす余裕があった者は生き延びた半数の人類の中のごく少数だった。

 

 人類は自らの行いに恐怖することで手一杯だったのだ。




【オリジナル・メカ】
○パプア改造惑星間襲撃艦
 パプア級ミサイル戦艦の戦略航行能力を限界まで向上させたもの。開戦直後の戦果から地球連邦軍は宇宙襲撃艦(Space merchant raider)と呼び、その存在を非難した。南極条約によって禁止されそうになったが、条約そのものの締結が白紙化したことで5ヶ年戦争終戦まで酷使されることとなった。ジオン公国では単に「パプア改」「改造パプア」などと呼ばれた。同型艦6隻。

○重作業ポッド「アンモーン」
 木星圏での活動を想定して設計された作業ポッド。のちに地球連邦軍が運用するRB-79「ボール」よりも強力なスラスターと大型のアームを持つが武装らしい武装は持たない。順調に発展した木星軌道コロニー群における工業自立政策のひとつとして大量に生産され、その特異な外見はEMA-07「ノーティラス」に受け継がれることとなる。
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