にじさんじ妄想トーナメント戦 鈴原るる全試合 作:りら_らるらりら
「続いてはAブロック決勝戦!
狂気の生物兵器鈴原るる、対! 復讐を終えた英雄、エクスアルビオ────!」
気づけば、ブロック決勝戦の控え室だった。全く記憶はないんだけど、心地よい倦怠感が消えて、代わりに次の試合への期待へ胸をふくらませていることが時間の経過を私に知らせる。
マスコットキャラクターの紹介に呼ばれて、舞台を歩き出ながら、私の胸中は、全く空白だった。また、戦いになる。よく分からないけれど、戦いになるということは、また、私も知らなかった鈴原るるに支配されてしまう。現に、今目の前の対戦相手を見て、ふつふつと、闘志が湧いてるる。
舞台の中心まで歩いて、英雄さんと向き合って立つ。憂鬱で吐きそうだった。
「復讐は終わったんですけど…………まあ、やりますよ、英雄なんて呼ばれてしまったので」
らしいけど、私は全然やる気なんて──、ない、とは言えないけど。よく、分からない。
戦いなんて、この歳まで出会ったこともなかったから、分からなかったから。今もよく分からない。でも、この試合が始まれば私は確実に流されて、欲求に飲み込まれてしまうことだけは、棄権するなら今ってことは、分かるけど。
「試合──」
今だ。
私が。手を挙げれば、棄権を──。
「開始ぃぃ!」
したくない。
したくない。
したくない。
どうせ、すぐ終わるから。相手は鎧を付けていて、それに重そうな大剣だって背負っている。すぐに負けて、終わる。
だから、ちょっとだけ。
チラ見だけ。
そんな気持ちだった。
──ズガン!
大剣が私より少しだけ軌道を逸らして振るわれる。遅れて風が横切る。髪が靡くのを抑えながら振り向いた。
剣は地面にめり込み、クレーターを作っている。二メートルくらい私と距離を空けて、柄を抱え込む形で、しゃがんだ体勢で、英雄さんもこちらを振り返っている。
「次は当てる気で行きますから、棄権していただけると」
反応ができなかったわけじゃない。逸れるのは知っていたから。
でも、完璧に対応はできなかったと思う。同じ速度でついていけたかと言われると、難しい。
だからこそだと思う。
今、私の目、口、毛穴、耳。全部が全開になって、そこから、歓喜と狂気と、闘気を取り込んでいる。
当然、棄権はなかった。
回転によって距離を詰め、同時に回し蹴りをする。パチン、と音がする。受け止めた英雄さんの左手を回転力と足の力でそのまま押し切って、手が離れると、向き直って構えた。油断はできない。
英雄さんの大剣の切っ先がキラリ、光る。受け切れないと思って、剣の横っ腹をアッパーではね上げ、一気に踏み込む。
英雄が下がるのをキックで妨害しながら、左手を揃えて突き出す。首の動きで躱される。
。
致命的な隙を見つける。撃ち合いで勢いを付けた本命の右を、私ですらもよく分からない速度で打ち出す。
早く。速く、はやく
風を切るような、音速を超えた──確実に──、手指での全力の突きは、恐らく英雄さんにすら完全に捉えることは出来ない。
!!
一筋縄ではいかない。英雄の名前は伊達じゃないみたいで、私の現段階の最大威力の攻撃は、頭突き一発で退けられる。
お互い、距離を取った。
と、言うか、衝突の激が強すぎて取らざるおえなかった。双方足は地についていたのに、流せないくらいの衝撃があったんだ。
何せ、私が今まで出したことの無い全力の突きだったから、他ならぬ私自身、体が全力の攻撃に慣れていなかった。ので、距離は私の方が大きく取っている。今まで披露したことの無い、私自身どこまで出せるか把握していなかった全力の貫手。全身全霊の攻撃を持ってして突けなかった。やっぱり《英雄》はレベルが違うんだなぁ、なんて考えつつ、未だ右手に残る発火するような熱をひらひらと振って冷まそうとしてみる。喜ばしいことに、私はここで敗退みたいだ。残念ながら。……でも、最低限傷跡は残せた。
私は目の前──試合開始前より大分距離の空いた位置に立つ英雄さんを見た。巻きあがった砂埃によって鎧は少し汚れているが、その他目立つ傷跡はない。手型すら残ってない、さながら新品のもの。でも。
視線を上にあげる。防具を付けていない、私の指を先程正面から受けた額は、その限りではなかった。私の中指の先の形に、弾丸が当たったみたいな跡を残して、軽く抉られていた。そこらで転んだような、放っておけばいいような傷ではあるけど、決して無視できるものじゃない。額、という場所である。
勝てない相手は、初めてだった。
同時に、そんな明らかな格下に一本取られたのがショックなのか、英雄さんは驚いたような声で話しかけてきた。
「鈴原るるさん…………危険ですね。
「…………」
その言葉に私は喋ることもなく、無言で構えることで応えとしておいた。左を前にした半身に、左手を若干前に傾ける。右手は掌の中心が自分の胸の中心に来るようにして。手指は柔らかく開いておく。これはどうでもいいけと、揃えているとかっこ悪い。
「これまでの戦いを見て、先輩の《特性》はよくわかりました。なので、早めに終わらせますから」
そう言って、大剣を肩で担ぐように持ち上げる。刃先を後ろに向け、攻撃的な構えだった。奥義だとか、そういった類のもの。
「──ひとつ、聞いてもいいですか」
「……なに」
手心なのか、英雄さんは、決着をつける前に少しだけ話をした。勿論、その一方では殺気の応酬が繰り返されている。
どっちにしろ好機だ、と判断する。無闇に突っ込むようなマネはしない。先程のようなまぐれ当りはない。観察し、分析し、予測する。体重の移動を、踏み出しからのベクトルを、速度・方向・斬撃が置かれる位置を。
「あなたは何故戦うんです? 見たところ、戦いが好きそうでもないですよね」
「勝ち上がってきてしまいましたから、負けた人の分くらいは頑張らないと」
「そうではなく」
黒目が左による。右に来ると予想し、体を一切動かさずに重心を左に寄せる。
「何故あなたはこの状況で──笑っていられる?」
脳を乱反射する轟音の中で、その言葉は明瞭に聞き取れた。
「あは」
目の前の『敵』……女の子は、不敵に笑う。どうやら、まだ何かスイッチを踏んでしまったらしい。勘弁してくださいよ、ほんとに。
鈴原るる…………先輩。正直、僕の全力の一撃を躱されるとは思わなかった。後からどうにでもなる、と、完全に体を真っ二つにする勢いで斬ったのに。
「あはははは、うふふふふ」
「なぜ笑うんですか? 痛いでしょう? 僕は、そう思いますけど」
笑っている。ニンマリと、限界まで口角を上げ、口も大きく開けて笑っている。うふふふ、と。
やりにくいですね。
戦闘狂、という人種には何度もあったことはある。英雄として呼ばれるようになるまで、そしてその後からの戦いの中で。
彼女は、自分の中のその欲求に、《性質》に気づいていないようだったから。この現代でそれは当たり前だ。
その上……。
彼女を見る。そのオーラは、殺気は、試合開始時よりも更に増しているように見える。いや、増している。素人がみても分かるはず。一合撃つ事に強く、早く、重い一撃を。試合は持ち込み自由だが、彼女が素人で助かった。変な武器を持たせようものなら手が付けられなかっただろう。
大きく息をする。
先程の一撃で左腕が飛んだ。彼女の肘の辺りからは大きく血が吹き出している。いや、同時に……治っている? 普通の目では見えないが、しっかりと血が固まっていくのが見えた。回復力も反則級か。
「いえ、すみません。鈴原…………こういうの初めてで」
そりゃそうだろう。実際、戦闘前の彼女は戦闘欲・闘争心に飲まれるのを恐怖すらしていた。今はもう、どうなのか分からないが。
「左腕が無いって、こんな感じなんですね。バランスが少し違いますね…………。くっつかない! 凄い!」
このような手合いとは何度か戦ったことはあるが、正直、今のタイミングであうのは……。
くっつかないならもういいや、と、彼女は大袈裟に、そしてなんでもない風に、その左腕を後ろに放る。アンダースロー。
まぁ、いい。左腕、つまり彼女の攻め手の、四分の一はなくなった。つまり、さっきより四分の一だけ、また攻められる。今度は首を狙う。いや、足でもいいかもしれない。最悪達磨にしてでも、彼女をここで英雄として止める。それがこの世界を救う方法。もはやこの世界、救おうとも思わないが、やはりそうしてしまうのは英雄として生きてきた癖だ。
とにかく、短期決戦、あるいは無力化を狙うべきか。また、戦闘技術を見て盗まれても困る。ここで変に守りに入って戦闘が長引けば、彼女はそれだけ強くなって、もう誰も止められなくなる。
殺す気でいかないと。
「えっと……お名前、聞いてよろしいですか?」
「エクス・アルビオ」
今から、先輩を殺す男の名前。短く答え、剣を構える。油断はできない。先程の一撃、左腕を狙ってはいないからだ。
先輩も油断なく構える。懐に隠した手刀はどの刀よりも斬れ味が良く、どんな鉱石よりも硬い。足の爪先だって刺すように蹴られれば地面に穴が空くほど。正直、一撃でも貰えば攻めの手は遅れるしまともに打たれればたたらを踏むだろう。
観察する。その動きを。足の筋肉。上半身の筋肉。上下する胸。呼吸。左腕の傷口はもう、塞がっている。
その必要もないくらいに、彼女はゆっくりと腰を沈め、足のバネを限界まで軋ませて。
「鈴原るるです。鈴原…………頑張るる!」
「あは」
自分が、怖かった。
斬られる、血が出る、楽しい! なんて言う、生きている実感! なんて表せばいい。勝てない。それが楽しい!
それは、学校では、普通の人生ではとても味わえないような──欠けていた心の半分を取り戻したような。
普通の人間なら死んでいる出血量、傷、ダメージ。それを超えて、今、楽しく踊っている。ランナーズ・ハイってこういう事なのかな。
そんな自分が恐ろしい。
「手が一本なくなって、更に強くなる人は初めて見ました」
対戦相手──エクスさんの大きな剣とぶつかり合うのは本当に自分の手だろうか。自分の足だろうか。
自分は、コケたら痛いし、タンスに指をぶつけて、痛い。泣いたこともあるはず。
なのに、なんで。
なんでなんでなんでなんで。
「かぁっ!」
「ぐぁっっ……
えへへ……。さすが英雄さん。とてもお強いんですね」
「何かの皮肉ですか、それ」
左腕に露出した骨で受ける。振動ですら痛い。ブチブチと、何かの切れる音。破れる音。当たり前か。
距離を一瞬空けるも、ピッタリと追いつかれ、その勢いを利用してカウンターで頭突きを入れる。あは。
先程の傷が癒えていないみたいで、流石の英雄さんにも隙が生じた。自然治癒ではこっちの勝ち。
隙をついてやりたいのを我慢しつつ、切り傷のついた左の骨を引き抜く。一瞬痛いが、さっきのでだいぶ千切れていたらしかった。
切り傷が丁度いいグリップになっていた。
「…………あなた、本当にお強いです。
その力で、剣で、私を、止めてくださると嬉しいんですけど」
「そのつもりですが」
ああ、彼は本気? 《先輩》だからって遠慮はない? 鈴原、本気の戦いがしたいです。彼が本気の本気。肉どころか、骨を断たれて骨を断つくらいじゃないと、多分、止まらない。
「うふふふふふふふ…………。嬉しいです。とても。
本気でお願いしますね」
「それも、そのつもりですよ」
またもや上昇した覇気を見て、また一つ、興奮のレベルが上がる。そうこなくっちゃ。同じような剣だと、飽きちゃうし。難易度が下がるのは困るし。
瞬き一つ、気配を感じて右を振るい、剣を弾く。鋭く蹴り、外れて地面に刺さるも、その足で蹴る形でゼロ距離をさらに詰め、再度の頭突きを狙う。これは外れる。
狙ったように、振り返った位置に突きが来るので手で叩きつけるように剣を捉える。
そのまま足のバネに力を入れてジャンプ。追ってくる剣閃を多少無理な体勢で躱し、右の足で突く。微かに鎧を捉えるが、今の体勢では鎧を抜けず、鋭く《戻る》剣に接触する。
「ああっ……!」
体を前と後ろで分けるように血の線が引かれる。何とか空中で寝返りを打ち、剣に右腕を打ち付ける事で逃れる。距離をとって、一度体勢を──。
──!
目の前まで迫っていた切っ先を咄嗟に頭突きで受けた。下手に避ければ致命傷だ。額からは勢いよく血が吹き出し、不快な音が聞こえる。金属と骨が擦れる音、肉が剣を圧迫する音。
目を見開いていた。
当たり前だけど、戦場でそれは命取りになる。今度こそ、右手を鞭のようにしならせて剣の腹を叩く。振動は私の頭の中にまで響き渡り、剣に大きく亀裂をいれた。
それらを後ろっ飛びになりながら確認し、追撃のタックルを──。
避けない。相手は左肩のタックル。こちらも左前に前進して避け、すれ違い様に裏拳を入れる。
これは受けられる。硬い篭手の感触を味わいつつ、右肩を押してタックルを仕掛ける。足払いを避けつつ、曲がった腕をさらに伸ばすように相手を突き飛ばす!
成功。
距離が開き、私は再び構え直した。息も入れ直す。
うん。左手がない感覚、バランス、体重移動……右に振られる感じ。
大体覚えた。
英雄さんは再び大きく剣を振りかぶる。今度は首を落とすつもりだろうか。
そう簡単にはいかない。
それはもう、一回見た。
斬撃の軌道を思い出して、横っ飛びに避ける。三足で闘技場の床を蹴って、ギリギリで回避する。
音の壁が足の裏を叩くが、これは対して痛くない。何もジェット機って訳じゃない。
しかし危ないな……。まだギリギリだ。あとちょっと早く回避に入らないと安定はしない。
視界端から驚いた顔で二激目を振りかぶる前動作。
弾かれたように、しかし即座に回避できるようジグザグに走る。
右、左、右で追いついた。ギリギリ──。
空中で姿勢を制御しつつドロップ・キックを放つ。英雄が、ニヤリと笑った気がした。
振り下ろされる剣。私は既に懐にいるけども、その衝撃を利用して逃げるつもりだ。
「あは」
そうはさせない。
ギアを一段あげる。
動きは早くなり、足を伸ばしきると見事に両足とも鎧に突き刺さる。
「えへへ」
「しつこいって、自分で思わないですか」
鎧に一瞬でヒビが入る。すぐに砕けるだろうけど、その前に行動すれば問題ない。壊れそうな鎧を足がかりに、体のバネを勢いよく縮めて、過去最速の頭突きを放つ。
ががぁん。
音にすればそんなもの。
私の額と彼の額が激突した音だった。
私は無理な体勢もあってお互いに勢いが殺され、至近距離から睨み合うだけの状態になる。
ギリギリギリ。
額は赤く赤熱し、彼の額を熱する。彼我の額の傷口から出た血が、蒸発して消えていく気がした。
「たぁのしいですね……。
もうすぐ終わりなんてもったいない」
「ええ、惜しい先輩を亡くすことになるんですからね……!」
「あは! 殺し合い……」
お互いがお互いを殺す気でかかっている。どんな手を使っても……!
ああ! なんて素晴らしい。
これぞ殺し合いの醍醐味! 魅力!
本気と本気、感情と感情が拳に乗ってぶつかり合う!
「最高……!」
私はペロリ、舌なめずりをする。
地についていた足を更に踏ん張り、力を込める。こんなのは、膠着とは言わない。私は《まだ上がる》。ギアはどんどん上がる。エンジンはどんどん回る。顔の筋肉を硬直して、額はさらにその硬度をあげた。
──ズッッ──ン
激しい衝突音とは違い、圧倒的な重さを持った音が鳴り響いたのは、頭突きで相手の体を吹き飛ばした後だった。骨にヒビくらいは入ってて欲しいな。
好機と見た私は今はない左手で体を庇うように距離を詰める。彼が起き上がったところを、貫手か拳か……いずれにせよ、王手をかけるつもりだった。
もう、彼は強くない。戦いのうち疲れたのか、さっきよりも少し弱い。勝てる。
飛びついて撃ち合った。
強くない、と言ってもさすが英雄、それなりに早いしそれなりに重い攻撃が来る。まともに受ければ、私なんて小娘、動けなくなること間違いなし。腕のアレは、恐ろしく研ぎ澄まされた斬撃だったからこその結果に過ぎない。
油断はできない。
──危ない!
剣線をギリギリで躱す。首を捻るのがあと少し遅れれば、剣先が突き刺さっていた。余計なことを考えすぎたかな。
そうだ、余計なこと考えた。
相手が英雄だとか、強いだとか、左手だとか、どうでもいいんだ。
この戦いは……楽しい。そう、楽しい。
さっきみたいに、狂気に、己の欲望に飲まれ、ただ無心で戦えばいい。楽しめばいいんだ。そうじゃないとやられるレベルの相手だから、というのは少し言い訳がましい気もするけれど。
死ぬのはいやだなぁ。
そう思って、いや、そんなことなど頭にはなく、ただ、今は《楽しいこと》をしていたい。
幼稚園、小学校中学校高校、美大にまで進学して、こんな所で思わずやっと見つけた幸せ。離したくはない。
だから、突く。躱す。蹴る。受け流す。
いつしか私のギアは上がりに上がって、過去最高の回転速度を更新していた。英雄さんの速さに追いつきつつある。つまり、張り付いているこの状態で、間合いの狭い私の方が有利だったりするのだ。
それに、あの私の打撃を一点に受けた剣じゃもうろくな撃も放てない。
明確な王手が見えてきた事に私は口角をつり上げた。
『な、なんとなんとなんとぉ! なんということでしょう! なんということでしょう!
た、倒してしまいました! 完膚なきまでに! ケチのつけようもなく!
あの! 英雄、エクス・エルビオ! 降参の手をあげる気力もありません!!!
Aブロック、決勝! 勝利したのは!
もはや人外のスペックを見せつけた、手に入れた! 鈴原ぁるる!!!!!』
やっちゃった、という感じ。
戦闘中はぼーっとして、私じゃない私が出てきて、私は手出しができず、ただそれを見守る感じがあった。彼を打ち倒したのは確かに私でも、もう一人の私は、頭の高いところでそれを傍観していた。や、二重人格じゃないけど。
仮にも異世界の英雄に勝っちゃうって私、どうしちゃったんだろう。今回ばかりは、『ホントにただの美大生か?』と私が聞きたいくらいだった。
さっきの、渋谷先輩とかの戦いは何かの間違いで、エンターテイナとしてのパフォーマンスという展開を期待していたところがあったけど、それも淡い夢だったみたい。
英雄さん。私は直接、彼から名前を聞いて、それで、勝った。
五体満足なのが不思議なくらいボロボロになった彼は、泣いていた。
血の涙を流していた。いや、涙の跡に血が流れているのか。
ともかく、それも分からないくらいにぐしゃぐしゃだ。
鼻血、鼻水。戦闘中の私が骨をへし折ってやった。
そんな彼を前にして、私は何も思わない。
悪いなぁとさえ思わず、あまつさえ高揚感なんて。
やったぞ! やってやった!
そんな考えだ。後は、まあ、可哀想だな、くらいには思う。ボロボロに負けてしまって。もう二度と彼は生き返れない。心が死んだのだ。
「…………勝敗に意味などないです」
まだ喋れるのか、と思った。歓声と野次の中、やけに鮮明に聞こえた声にあまり興味を抱かない。
顎も砕いとけばよかったのにな、嘆息して、私は自分の異常性を見つめた。
「ごめんなさい」
「なにを謝ったんですか」
「あなたと戦いたくなかった。戦ってしまった。勝ってしまった。…………自分を、止められなかったんです。ごめんなさい……」
膝から崩れ落ちていた。気付いたら。
やめて。私はそんなことがしたいんじゃないのに!
もう一人の私が叫ぶ。
「どうでも良い事です。僕は英雄で、頼まれたから戦った。それだけでもう目的は達成……しました。
だから、僕は……っ。 英雄としては、役目を果たしました。あなたに届かなかった……。
なら、もう、終わりです。そこで話は。師匠もおらず、英雄として期待にも答えられない」
「戦った意味はありますよ」
「あなたを満足させたことですか? いえ、あなたは満たされることなどありません。つぎの闘争を前にすれば、すぐに腹が減るでしょう……」
「──」
否定できなかった。だって、こんな、感想戦ですらない会話に意味などないと感じている。
「師匠がいない世界に。相手に勝つことが出来ない英雄に。生きる意味を失った男に。剣を折った剣士に。
鈴原るるさん。あなたは、価値があると思いますか?」
「私は──」
「僕は、《そう》は思いません。
思えないんですよ」
ああ。一つ。どうしようもなく破綻した私の琴線をくすぐるのは。
「──あなたのせいなんですがね」
あの、強かった英雄の身体と心を、ここまで私が叩きのめしたという事実だけ。