にじさんじ妄想トーナメント戦 鈴原るる全試合 作:りら_らるらりら
バシ――。
握りこんだ拳は、しっかりとその腹を捉えた。
ドサッと、たたらを踏んでさえ耐え切れない衝撃に《その人》は倒れる。拳の形のアザを中心に背中を折って転げ回る姿は、この上なく無様で。この一撃までにかけた試合時間実に30分を愚弄しているようにすら思える。体中に刻まれた刀傷や火傷も、今となっては一刻も早く治ることを祈るばかりだった。
楽しい試合だと思っていたのに少しだけ、裏切られた気分だ。
弱かった訳じゃない。
このトーナメントも伊達じゃないらしく、準決勝まで上がってきた彼女は弱くはなかった。だけど強くもなかったし、これまでの試合で隠してきた実力とかもなかった。剣、盾、その他の道具を巧みに使って戦う彼女は、戦闘技術――それもイヤに
だけど、その盾も準々決勝――前の試合で壊れて、無理矢理修復したものじゃ、やっぱり勝手が違ったみたいで。戦法はヒット・アンド・アウェイ。意外と広いステージを駆け回りながら爆弾やら弓矢やら……。時折盾を構えて突進してきたり。そんな感じで、開始十分。盾が割れたと思うと、今度は本当に遠距離戦法に切り替えたようだった。
「鈴原、時間稼ぎにしか思えません。
――あなたも、そう思いますよね?」
「それはどう……ですかねっ!」
今も言葉と共に投げかけられた火矢を拳の余波で消し、足で蹴り飛ばす。目下、何回の余波で火を消せるのかが私の遊びだった。
「およよよよよ…………やっぱり、普通のやり方じゃ難しいみたいですね」
「ということは……何か隠し球があるんですね?待ってました!鈴原、それを待ってた!」
「いえ? ありません。そもそも勝機など全く。手品は今まで見せたのがすべてですよ」
「えー……。じゃあ、これで終わりってことですか」
「そうなってしまいますね。最後の一撃というやつで」
ジュッという音を立てた矢を半ばから折る。飛んでいる途中の矢は結構怖い。向こうの弓はそんなの大きくないからこそできる芸当だ。もうちょっと大きめなら捕らえきれなかったはず。
弓矢にはちょっとギアのあがってない状態では困ったけど、ここまでかな。
と、おもうと。
「――ッ!!!」
チリチリ、と耳をくすぐる音。
危なかった。咄嗟に顔をそらさなかったら……だ。背筋に冷たいものが走る。まさか弓矢より速いとは思わない。
「火なんて出せるんですね」
「このやり方、あまり好きではなくて」
――『手品は今まで見せたものがすべて』。なるほど、今追った矢を拾ってみてみると、確かに矢が燃えていたはずなのに燃えるものがない。これも能力だろうか。彼女もこのトーナメントを勝ち抜いてきていたという事。Aグループの決勝は危なかった。それと同じくらいの激闘があったのだろう。
今の火球は危なかった。本当に焼かれるところだった。ギアが上がってない状態から出せる速さではギリギリ反応できないくらいだ。ほぼまぐれ避けみたいなもの。髪の一部、服の一部が焼け落ちている。矢よりもはやい速度で飛んだ来たのにこの温度。当たったらひとたまりもない。
「どうしようかな、――と。わ、わ、危ない……!」
鈴原るるに無数の火球を放ちながら、エリー・コニファーは内心焦っていた。
何せここまで勝ち上がってきた戦法が通じない。
エリー・コニファーは剣と弓を中心にした戦いで勝ち上がってきた。盾ではじき、剣で斬り、火矢を放ち、爆弾なんかも使った誰にでも対応できる器用な戦いこそ彼女の本領である。普通ならそれだけ使えば器用貧乏にもなるが、彼女はそれらをすべて高水準に使いこなし遂には鬼退治まで達成することになる。ギリギリまで敵の攻撃を待ち、絶妙な加減で盾を翻し攻撃そのものをはじき返すなんて芸当はもちろん彼女以外にできないし、相手のわずかなスキを抜群でとらえ、自身の限界すらも超えた連続攻撃を浴びせる反射神経には脱帽するほかないだろう。威力抜群の爆弾、遠距離用の弓矢など、彼女の強さはその戦闘技術の高さだけではない。多彩な道具を使いこなす判断力、どんな相手にも即座に戦い方を組み立てるカバー力。その能力はどれをとっても一級品。極めつけはその炎にある。炎は単に燃やすだけではない。吸血鬼も鬼もエルフも、生きるのに酸素を必要とする。鬼の肌すら焼き焦がす炎を浴び、生きていられる者はいない。確かに、腕力はない。スピードはない。空は飛べない。エリーはただの妖精に過ぎない。が、その素の弱さを補って余りあるそれら要素すべてが彼女の強さを保証していたし、現に人外ひしめくトーナメントを勝ち抜いてきた。ただの妖精でメイドに過ぎない彼女だが――間違いなく、本大会優勝候補だ。
戦況はエリーに味方しつつあった。鈴原るるの特性をエリーは見抜いていたのだ。それは彼女の隠れた欲求。現代においては縁もなく、抑圧され、生まれてから一度も表に出ることがなかった狂気について、正確な分析ができていたのだ。
第二の人格とも言えなくもない程度には大きくなっているその存在は戦闘の中にしか生まれない。その性質を逆手に取り、あえてヒット・アンド・アウェイを選択したのだ。今まで鈴原が繰り広げてきた血で血を洗う闘争とは少し毛色の違う戦況を作ることで、主人格たる彼女が第二の人格にギリギリで抵抗するような状態に陥れた。そこへ突然の全力攻撃を叩き込むことで人格がせめぎ合う鈴原を一方的に攻撃する。
エリーの立てた作戦はうまくいき、鈴原をうまく封じ込めることが今のところできている。むしろ、彼女にはこの作戦しかないのだが。鈴原が『血の欲』に負けた時点で彼女も必然負ける。『欲』をいかに回避しつつ戦うかというのを、エリーは常に考えていた。
そして今だが。
鈴原は炎に包まれ、エリーはしっかり立っている。
エリーは自分の勝ちを悟った。
「降参は、してくれそうにないですよね」
「――まだいけますよ、鈴原」
エリーの目が見開かれる。
完全に火だるまとなった鈴原るるが、なんと炎の中から声を上げたからだ。燃え盛る音でヒトの声など届かぬはずだが、嫌に大きく響く。その声に含まれた怪しい響きにいち早く気付いたエリーは大きく後ろに飛び退って、狙いも定めずがむしゃらに矢を放つ。奇跡か必然か、まっすぐに飛んでいく三つの矢。燃えている《モノ》は間一髪で身を捻って避けたのだろう、炎の中を矢が通過していく。
燃えながら突撃してくる《それ》にエリーは冷静に対処しようとした。
――炎を地面にはなって反作用で後退しようとするが、目の前で急に回転した《それ》の風圧で炎は消える。
――地面を蹴ろうとして、回転からの急停止をした《それ》に足を踏み抜かれる。
――爆弾による爆風を利用しようとするも、懐から取り出したはずの爆弾はいつの間にか遥かかなた、闘技場の端の方で爆発した。
ただの妖精たるエリーが、その反射神経だけでここまで反応できただけでも大健闘だろう。
回転の余波で身を焦がす炎をすべて消し去った鈴原は、何の躊躇もなしに、その胸を貫いた。
総合決勝の控室は荒れていた。
戦いなんてしたくない自分と、戦いたい自分。
そんなゲームのシナリオみたいな状況が、まさか自分に降りかかるとは思わない。
――認めたくない。あんな自分。
それでも確かに覚えている。『欲』に飲まれた自分、殺した人達。貫いた肉の感触、最後の言葉――。
あれは『私』ではない。『鈴原るる』じゃない。否定したい感情とどうにも忘れられない実感が心の中で争い合う。
「もう、やだ……」
この大会でほとんどのライバーが死んだ。その中で鈴原自身の手にかけたのは何人?
渋谷ハジメ、矢車りね、エクス・アルビオ、そしてエリー・コニファー。対戦して、降参を選ばせるという選択肢もあるのにあろうことか自分は例外なくみんな命を奪っている。
本気で命を奪い合わないと意味がない。その考え方は自分の考えじゃない。
鈴原るるはただの美大生だ。それ以外のものはない。なのになぜ。
普通の大学生は戦いとかそういうのに縁がないはずだ。どころか、ヒトと戦いたいなんておもわない。
これがVRゲームで、大規模な動画企画ならよかった。実際には、あの生々しい肉の感覚は。
「……誰か、鈴原を助けて」
一つ、戦いが終わる。悲しむ暇もなく次の戦いが始まる。鈴原はまた、鈴原ではなくなる。
――限界だった。多くのヒトを失った時、それが自分の手によって、明確な意思をもってこの手にかけた自覚。
もう、限界だ。あまりにも罪が多すぎて鈴原の心では受け止めきれない。きっと決勝でも我を忘れて暴走する。今度こそ、今までとは比較にならない『大きな波』に飲まれてしまう。そうなればもうだれにも止められない自覚があった。あの、決勝ステージに立てば。
決勝でこの衝動を抑えることができればいい。鈴原は多分やられてしまうけど、それよりももっと嫌なのは自分がまたヒトを殺めてしまう事。
自分が自分でなくなってしまう事。もう、内からくる衝動に負けるのはいやだ。仲間がやられるのをただ見ているだけなんて我慢できない。
……ほら、また醜い欲求が首をもたげた。
渇きがやってくる。次の獲物を求めている。そういうキャラではないのに。
早くだれかと戦いたい。誰かに殴られたい、殴りたい。誰かを愛したい。
向こうの準決勝はまだだろうか。確かアンジュ・カトリーナさんと樋口楓さん。アンジュさんは錬金術を使った派手なバトルが特徴で、見ていて楽しかった。錬金術で環境の変わるステージの中で飛び回りながら戦うことになるだろう。また新鮮な戦い方を学べるはず。
樋口楓さんはどちらかというと地味な戦い方をする。このトーナメントの初戦でこそそこまで強くなかったけど、戦いの中で成長して今やとんだもない強さだ。スピードはないけど、四肢の届く範囲の速さならエクスさんより速い。肉弾戦になった時、無類の強さを発揮する。どちらかといえば、楽しみなのは樋口さんの方。
嫌でも分からせられる。これは二重人格でもなんでもない自分なんだと。今まで気づくことのなかった、自分の中の確かな欲求。知らなかった自分のコト。
飲まれてはいけない。鈴原は、鈴原のままでいたいから。
でも、という気持ちもある。
鈴原的には『あの』自分は抑えておくに越したことはないけれど、どちらにせよ、こんなトーナメントが始まった時点でわたしたちは――。
結局救いがないなら、少しくらい自分の欲に甘えてもいいんじゃないかな……?
――それはダメ‼
いけない、また
今回のトーナメントで、鈴原の敵は自分の欲求だという事を忘れてはいけない。
でももう、グツグツと沸騰する脳は止められない。衝動が抑えきれない。戦いなんて知らなかった鈴原はあまりにも無力で、いてもただ心を痛めるだけ。
鈴原は――。