羽沢珈琲店の客寄せパンダは今日も女の子とお喋りします。 作:ARuFa
地の文少なめとか言ったんですけどね。思ってたより多くなりましたね泣
「ひたきってさー……」
「んー?」
「なんでいつも
「そうってなんだー?」
きゅっきゅっきゅっ、と。
手元に溜まっている皿を1枚1枚磨きながら、目の前に座る少女の声に応える。
「蘭っていつも言葉足らずなとこあるよな」
「なんであんたはホール番と……そこのカウンター席前担当ばっかなの?」
「いやぁ父さんはここでコーヒー入れたり皿磨いたり、あと注文取ってきてくれればいいからって」
大厨房は担当させてくれないんだよ。妹もホールと交代で入ってるのに、よくわかんないよね。
もしかして料理ベタだと思われているのだろうか。まあ任せられた仕事だからやるけれども。
「ふふ。ほんと、なんでなんだろうね?」
羽沢珈琲店には厨房がふたつある。
ケーキや凝った飲料物をつくる奥の大きな厨房。
そしてホール内にある、コーヒーやカフェオレなどの簡単な飲料をつくる小さな厨房。
ふたつのいちばんの違いは規模の大小だけで無くその場所で、大きな厨房はファミレス等の食事処にもよくある裏方みたいな感じ。小さな厨房はカウンター席の真正面にある、イメージするならショットバーのカウンター席前という感じだ。
羽沢珈琲店の羽沢家の長男であるところの、ボクこと、“羽沢 ひたき”はここの小厨房の番人を任せられている。
自分の都合のよい時……手伝える時は家の仕事であるこの喫茶店を手伝っているが、店主の父はいつもぼくをここを担当させる。
父曰く『ここはおまえにしか出来ないんだ』とのこと。はぁ。
「なんかよくわかんないけど、ボクがここやってるとなにかと都合がいいんだって」
「…………」
だから自分はホール番と小厨房。それしかやらない。
注文を取って、それを大厨房に伝え、簡単なメニューならここでつくる。
そして空いた時間はカウンター席でお客さんと他愛のない談笑に花を咲かせる。必然的にこちらの方が手持ち無沙汰になるので、そうする機会はかなり多い。
これも接客業のひとつなので、できるだけ対応している。それに苦ではないし。
「父さん口下手だから。それにボクは喋るの好きだし、だからなのかもね」
「…………」
「蘭? どうかした?」
「つぐみが言ってたの、本当だったんだ」
「?」
事情を粗方説明すると、蘭は怪訝な顔で眉を寄せた。なんだろう。
「! はーい、今いきまーす」
「あっ」
「ごめんね蘭。注文来ちゃったから、ちょっと行ってくるね」
ぼそぼそとなにかを呟く蘭をじっと見ていると、遠くから声がかかる。そこに視線を移すと8番テーブルの常連になりつつある花咲川生たちだった。
蘭の様子を気になったけど、今の自分は羽沢珈琲店の店員。しかもよく来てくれている子達。注文は取りに行く方が先決だ。
蘭と磨いている皿を一旦置いて、8番テーブル席へと駆け寄った。
「はぁ……まったく」
頬杖をついて、だらけたような姿勢で注文したオレンジジュースを飲みきる。ストローからずずず……と行儀の悪い音がなった。
今のあたしは、いったいどんな顔をしているんだろう。多分、あまり愉快な表情はしていない。
さっきコールした連中、たしか花咲川の生徒。と、いうことはあたしと同年代……。
仕事だから仕方ないけど、さっきまであたしと話してたのに……なんなの?
それにおもしろくない理由はまだある。今日はやけに女性客が多い。
もちろん今は休日の昼間である。客か多いのは当然といえば当然だし、つぐの家の喫茶店はどちらかと言うと女性客の方が多い。
けどいくらなんでもこれは多くないだろうか。
総勢で約8割くらい。しかも、皆若い。あたしと同い年くらいとか、ちょっと上の大学生っぽい人とか。そんな感じ。
「これみんなあいつ目的なの?」
つぐみから聞いていたけれど、まさかここまでなんて……しかも、こんなに……?
よく見れば大半の若い女性客はあいつに視線を送っている。思わずおののいた。さっきひたきとは対面方向でまったく気づかなかったけど、あたしと話してるときもそうだったの?
これならつぐみのお父さんがひたきをホール番にしか回さなかったりカウンター席前に居座らせるのかが露骨にわかる。
つぐみ曰く『お兄ちゃんは羽沢珈琲店のマスコット』なのだと。
ひとつ上のつぐみの兄。名前はさっきから言ってる通り“羽沢 ひたき”。
看板娘ならつぐみなんじゃ? と思ってたんだけど、やっぱりここは元から女性客の方が多かったみたいで。
この羽沢珈琲店では、どうやらひたきの方が人気があるらしい。
「いやぁ注文がケーキとかジュースとか蜂蜜入りコーヒーでさ、皆甘いものが好きなんだねぇ」
そんなことを考えていると、注文を聞き終わったのかひたきが大厨房の奥へと引っ込み、また小厨房のあたしの前に戻ってきた。
やけににこにこしている。そして胸元には両手いっぱいに何かを抱えていた。
「……それ、なに?」
「これ? お菓子だよ」
「……なんで?」
「いやさっきのお客さんに貰ったんだよ。あげる〜って」
「…………」
「蘭?」
ふーん。あっそ。あたしとの会話を中断してまで言ったのに、やけに楽しそうじゃない?
なんだろう。やっぱりおもしろくない。
形容しがたい悶々とした気持ちを抑えつつ、その例のブツを見る。
それらは塩辛いスナック系ではなく、彼の好きそうな甘いチョコレート菓子やキャンディなどが多かった。……明らかにこいつにプレゼントするために用意されたものだった。
「あんたさぁ、お客さんからお菓子貰うのってどうなの?」
「ダメかな?」
「なんか入ってたらどうすんの」
「え? 既製品だよこれ」
「知らない人からもの貰っちゃいけないって習わなかったの?」
「……あのねぇ蘭。キミはボクをなんだと思ってるんだい?」
子供扱いなんて心外だ。ひとつだけだけど、ボクはキミより歳上なんだよ? とでも言いたげに、ひたきは眼で訴えかけてくる。
じゃあもう少し周りの目に気づきなよとあたしは言いたい。
「……子リスかな」
「子リス……?」
「あとはなんだろ、クラゲっぽい?」
「く、クラゲ? なんだろう思ってた答えと全然違うんだけど……」
なんだと思っているのかと問われたので、正直な彼のイメージを答えるとひたきはええっ!? と驚いた。思わず拭いていた皿を落としかける。
ひたきはつぐのお兄ちゃんだけあって、女顔でリスっぽい。それにぽわぽわしてるのでクラゲって印象も間違ってない。まったく毒はなさそうだけど。無毒無害だ。
「あんた無防備なんだから。気をつけなよ」
「?」
ほらこんな顔してるし。無害どころか身を守る術すら持ってなさそうだった。ひとりで放していると、誰かに食べられてしまいそうなほどに。
「……首輪でもつけた方がいいんじゃないの」
「……蘭、何言ってんの……?」
あっと。口が滑った。すぐに手で覆う。
まずい。人に首輪つけた方がいいなんて、まるで倒錯した趣味を持ってるやつみたいじゃん。
ひたきのあまりにもの無防備さに、思わずぽろっと出てしまった。け、決してちょっと小動物みたいなこいつへの庇護欲だとか意外と可愛い顔をしているのを歪めたいだとかの嗜虐心諸々が発動したわけではない。いや、ないって。ほんと、なくて、その……えと……。
必死に言い訳を考えているが、うまく纏まらない。
そんな口をぱくぱくしながらふためくあたしより先に、ひたきが先に言葉を発した。
「──リスに首輪つけれるわけないじゃん」
「……へ?」
やばい、さすがに引かれる──と覚悟していたが……。
あたしに浴びせられたのは嫌味でも罵倒でもなく、ただのダメだしだった。
え……えぇ? あの、どゆこと?
「リスに例えた後に首輪って。そんな小さい首輪があるわけないじゃないか」
「…………」
「蘭って結構抜けてるよねぇ」
「…………」
ひたきにだけは言われたくないんだけど……。
安堵と気苦労からなるため息をつく。こいつ、本当にひとつ上なんだろうか。少し不安になってくる。
しかしこの天然さも常連の女子たちから人気の原因のひとつなのだろうが。他にも色々な要素でひたきはこの羽沢珈琲店を繁盛させている。
「やっぱ首輪、何かしら考えとこうかな」
「ん? 何か言った?」
「あんたを欲しがる人が増えても困るし……」
「干し柿? ははは、いくら甘い物が女子ウケするからって、さすがにそんなの置いてるわけないじゃん」
「……はぁ」
女子ウケしてるのはあんたなんだけどね。
そのことに、どうやらこいつは気づいてない。どうしようもない鈍感天然小動物野郎だった。
「なんであんたっていつも
「だから
だめだこりゃ。これはまたつぐみと一緒に作戦会議だね……。
再びため息をつきながら。
あたしは口直しに苦いブラックコーヒーを注文した。
読了感謝です。
↓みんなが気になってる質問に、店主(羽沢パパ)が答えてくれます。
Q.羽沢さんも可愛いので、一緒にカウンター席の小厨房を担当させてもいいんじゃないですか?
A.ひたきくんの隣につぐみちゃんがいるとね、いっぱい来てくれる常連の女子高生と女子大生が不機嫌になるんだよ。
Q.ではなんですか、羽沢さんには出来ないと言うんですか?
A.カフェや喫茶店というのはね、男子より女子の方がいっぱい来るんだよ。だから、そっち優先なんだよ紗夜ちゃん。