羽沢珈琲店の客寄せパンダは今日も女の子とお喋りします。 作:ARuFa
始まり方がどうしても単調になってしまいますね。
(2021年3/18 改)
「ひたきさんってさ、彼女いないの?」
「んー?」
ごりごりごり。
特有の音を立てて、コーヒーミルで豆を処理する。一定の早さで、熱が発生しないようにゆっくり回すことを意識する。
こうしないと粒度が均一になりづらい。地味ながら、大切なことだ。
「急になんだー、美咲ー?」
「いや純粋に気になってさ。どうなの?」
ペーパーフィルターをドリッパーにセットして、湯でドリッパー全体を温めた後、引いた豆を敷いて抽出していく。
蒸らしを含めて3段階に分けて湯を注ぐ。そして抽出を待つ。ドリッパーからコーヒーが落ちきるまでの数分間、美咲との間に穏やかな沈黙が流れた。
「はいコーヒー」
「ありがと」
コーヒーが入れ終わり、それを美咲に渡す。普段より幾分手間を掛けたので、是非とも味わって頂きたい。
モーニングが人気の早朝と必然的に人が多くなるお昼との間の時刻。この時間帯はいつも閑古鳥が鳴いている。
故に今は手動のコーヒーミルなんか使って、少し凝ったものを作ることが出来るのだ。
「…………」
それにしても……ふむ。
「で? えっとなんだっけか。彼女か」
「うん」
「いないな」
「だよね」
「え?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。言った美咲はさらりとした顔でコーヒーを飲む。
え? なに? 聞いておいてその反応はなんなの?
「やっぱり彼女いないように見える?」
「見えるというか、いたらびっくりするなって」
「それはそう言ってるようなもんでしょ」
「あーそうじゃなくてさ」
むしろ逆だよ、と。
美咲はあははと笑いながらそんなことを言う。
「ひたきさんモテそうだから。そういう人って逆につくろうとしないじゃん?」
「別にモテはしないけど。でもなるほど? 確かに本当にモテる人はそんな印象あるかも」
「謙虚だね」
「だっていつも蘭に男らしくないとか言われるし、実際そんなことないと思うよ」
実はあれ、結構気にしてる。
「でもほんと、なんでなんだろうな。モテるんなら相手なんて選び放題なもんだと思うけど」
「……モテモテの自分に満足してるとか」
「? というと?」
「相手が出来たらもうモテモテじゃなくなるからじゃない? 恋人持ちになると異性からのアタックも減るでしょ?」
「はぁなるほどな。でもそれって多数の女の子をいい感じにキープするためってことなんじゃ」
「ひたきさん最低」
「いやだからなんでボクなの。なんでモテる前提なの。ないから」
もしそうだとしても、しないから。
そんなことをしてるとつぐみに怒られてしまう。
「……ひたきさん、謙虚すぎるのも嫌味だよ?」
「だからないんだって。さっきも言ったけど男らしくないって再三言われるし」
「女の子慣れしてそう」
「ない。だって知らないもん」
「そうなの?」
「例えばデートとか何処がいいのかとか知らないし」
「ふむふむ」
「プレゼントも何喜ばれるのかもわかんないし」
「ほうほう」
「普段友達とは家で遊ぶことの方が多いから。自分の行きつけのお店くらいしか知らないんだよねぇ」
「なるほど。……なるほどね?」
ボクが言い訳? をすると、美咲はひとつひとつ噛み締めるように相槌を打つ。
「……なら、あたしが付き合ってあげよっか?」
「うん?」
そして少し目を逸らしながら。
ほのかに頬を朱に染めて、ぼそりと呟いた。
「なに? 今のは。告白?」
「ち、違う違う」
顔に紅葉を落としてそんなことを言いやがる。
無粋にも確認してしまうと彼女はさらに赤くなって首をぶんぶん横に振った。
「ほら、最近の女子が行きそうなところとか知らないって言うから」
「ああなるほど。そっちか」
「あたしはあたしで普通の女子って自負してるから。力になれると思うし」
「そっか。……」
「ん? なにどしたの」
「いや、やっぱりいざ考えると恋愛って色んなことを考えなきゃなって思って」
「あはは、ちょっとめんどくさいよね」
「正直言えばそうだ」
これはまだボクが恋愛をした事がないから言えるのだろうか。
実際に好きな人が出来れば、その人の為だと言って行動出来るようになるかもしれない。
「けどひたきさん、こんな甘酸っぱい気持ちでいられるのも今のうちかもしれないよ」
「え、なに急に。変だよ?」
「恋をして人は変わるって言うしね」
「それはあれ? 恋をしている女の子は綺麗になるっていう……迷信?」
「迷信とか言うな」
むむっと睨まれた。いやでも。ねぇ?
美咲がいきなり自身のキャラとは違うメルヘンチックなことを言うので、正直とってもびっくりした。
「さては恋の効能を疑ってるでしょ」
「いやまず耳を疑ってるんだけど?」
なんなんだよほんとに。恋の効能って、おま。何キャラだよ。
「恋をすることでオキシトシンやドーパミンといったホルモンが分泌」
「や、でもそういう話は聞きたくないなぁ」
やめて美咲。いや確かにそれが本来のキミのキャラかもしれないけども。
けどそういうのに理屈みたいなのは、正直やめて欲しい。さっきのキャラと違う発言は謝るから。
「そ、そうだよな、キミもメルヘンチックなこと考えるときもあるよな。うん」
「へ? 何言ってんの?」
「いやなんでもない。忘れて」
「なんなのさ……ま、まあとにかくあたしが言いたいのは今のうちに知っておかないと損することもありますよってことです」
「はぁ」
「例えば、あ、いやあくまで例えばですよ? ひたきさんに普通に普通の彼女が出来て何処かにデートに行くよってなった時にそういうこと何も知らないで彼女をエスコートすることが出来ないってなっちゃったらその女の子が冷めちゃうかもしれないじゃないですか。ああいや、決して全員が全員って訳でもないですけどねはい。例えばあたしとか。元々冷めてる方だからそんなの関係ないし。まあだから今のひたきさんでも何にも心配いらないんですけどね。でも個人的にはやっぱりあたしもそういう場面は男らしくエスコート出来ればいいなとも思います。うん。ええ。はい。というわけで時間のあるうちに最近の流行りとか知っておいた方がいいし、出来れば女ごころとかも把握しといた方が今後いろいろと都合が良くなるんで今度デートに行きましょうよひたきさんっ」
「ごめん。なんだって?」
「あたしと一緒に出かけることでひたきさんの成長に繋がるということです」
「なんかえらい説明口調だな」
「それは説明してるから……ね!」
「そ、そうですか」
「ね!?」
「…………」
なんだろう。圧が強い。
「いやけど、一理あるのかな?」
「! ……だったら?」
「うん、そうだね。今度お願いしようかな」
「……!」
きゃるーん。
そんな擬音が聞こえそうなほど、美咲の表情が明るくなった。
「し、しょうがないなぁひたきさんは。仕方ないので付き合ってあげますよ。ええ」
「頼もしいな」
「じゃあ次の日曜とか……どうで、しょう?」
「なぜいきなり敬語? 次の日曜なら空いてるぞ」
「じゃあ決まりですねっ」
そのテンションのまま。ルンルンっと上機嫌に。
普段クールな印象の彼女だが、実はこういう顔も出来るらしい。
なんか新鮮だな。こういうの。
違う一面を見ているとなんだか少し微笑ましい気分になってしまう。
まだお客さんはこないし……もう少しだけ、いいだろうか。
「どんな服来ていけばいいんだろうな」
「ちゃんとオシャレしてよ? できる?」
「できらぁ」
木漏れ日のような静かで柔らかい空間の中で。
ボクはしばらく、彼女との談笑を楽しんだ。
読了感謝でぇす。