羽沢珈琲店の客寄せパンダは今日も女の子とお喋りします。   作:ARuFa

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めちゃくちゃお気に入り等が増えてびっくりしてます。感謝感激です。

ただ今回はちょっとつまんないかもしれません。個人的にはあまり納得がいってないのです。地の文を少なくしてさくっと読めるものを目指しているんですが、如何せん多くなっちゃいました。


白金燐子Ⅰ

 

 

「弁当ほんとどこいったんだよ」

 

 

 別にこれといって何かをしたというわけではないというのに。しかし異様に疲れた自身の身体を引き釣りつつ、ボクはライブハウスの廊下をとぼとぼ歩く。

 廊下の両側で規則的に並ぶルームの扉を何気なく眺めながら。宛のない探し物を漠然と捜索する。

 

 弁当が、ない。つぐみのために作ってきた弁当が何処にもないのだ。

 

 そりゃあ来るなり早々気絶させられたのだから無理もないんだけど。だからって私物を本人が認知していない場所に移動させるのはどうなの? 

 そう思ってつぐみからの説教が終わってから、あの銀髪少女の元まで戻ったんだけど……。

 

 

『だいたい湊さんはちょっと常識がないと思います。どうして話も聞かないでひたきを縛るんですか』

『だってよく考えて異常じゃない。男の名前の音声ファイルを友人が聞いているのよ? 絶対悪い男に騙されてるって思うじゃないの』

『えぇ……』

 

 

 まだやってた。まだ、蘭と銀髪少女が喧嘩をしていた。

 ええ、長くない? ボクがつぐみと部屋を出てからもう30分くらい経ってると思うんだけど。その間ずっと喧嘩してたの? 他人のことで?

 

 

『あの、そろそろ喧嘩はやめた方が──』

 

 

 話を聞く限りどうやら蘭が銀髪少女がボクにした行為にキレているらしかった。

 であるので、その発端である自分が仲裁に入ったんだけど。

 

 

『『当人は黙ってて』』

 

 

 なんでだよ。

 

 そのセリフおかしいじゃん。ボクがもういいって言ってるんだからもうよいではないか。なんで当人ほっぽり出してヒートアップしてるんだよ。

 もしかしてこの子たち、ただ単に喧嘩したいだけじゃないだろうか。その証拠にモカや巴、ひまりの様子を見てみると『またか』みたいな感じ微笑ましく眺めている。

 

 

「あのふたりって仲良いのか悪いのかわかんないんだけど」

 

 

 なので埒が明かないので、ひとりで探すために廊下を歩いている。寂しい。その上若干迷いがちなのも笑えない。

 それにしても、さすがライブハウスといったところだろうか。周りのルームからは色んな音が漏れていた。

 鋭い電子音から打楽器特有の破裂音。さらにはなめらかな管楽器のような音色まで。多種多様な音が聞こえてくる。

 

 

「……ん?」

 

 

 聞きなれないものばかりの音の世界の中で。ふとひとつだけやけに耳に馴染む音が聞こえた気がした。

 その部屋の前で歩を止め、立ち止まる。

 

 

「ピアノか。懐かしいな」

 

 

 キーボードではなく、ピアノ。

 打鍵楽器の柔らかい音色。そのひとつひとつが連なって構成される節、曲。

 思わず懐旧的な気分になって、扉に細長く設けられたガラス越しの窓からちらりと部屋の中を見た。

 

 

「女の子だ。しかも結構かわい……あれ?」

 

 

 部屋の中には黒い長髪こひとりの女の子がグランドピアノを弾いていた。

 その姿に一瞬見蕩れつつも、しかしすぐに別のモノに視線が吸い込まれた。

 

 

「弁当あるじゃん」

 

 

 閉じられたグランドピアノの屋根の上。青い手持ちカバンが置いていた。中からぴょこりと黄色い風呂敷の結び目が覗いている。

 間違いなくボクが持ってきたお弁当だった。

 

 

「……! は、はい?」

 

 

 とりあえずノックを3回して部屋の中に入れてもらう。

 

 

「!? ひ、ひた……っ!」

「……?」

 

 すると演奏していた少女はビクッと身体を震わせて勢いよく此方を見た。

 

 

「あはは、ごめんね。えっと……」

「あれ? ひたきじゃん」

「……あ?」

 

 

 唐突に扉を叩いたため、驚かせてしまっただろうか。だとすると申し訳ない。

 少々申し訳なく思っていると、しかし扉を開けたのは例の黒髪ロングの少女ではなかった。

 

 

「……なにやってるのリサ」

「それこっちのセリフなんだけど。ライブハウスにいるなんて珍しいね」

 

 

 今井リサだった。いや、なんでおるん。

 

 

「つぐみのためにお弁当を持ってきたんだけどさ。そしたら謎の銀髪少女に簀巻きされたんだよ」

「はぇ? なんでそんなことなって──いひゃいいひゃいいひゃい!」

「いやキミのせいなんだけど。キミがめんどうな事したせいで、こちとらさっきまで冷たい床に転がされてたんだけど?」

「ふ、ふへぇ!?」

 

 

 のんきに理由を聞いてきやがるので、彼女の頬をびよーんと引っ張る。

 なんだそのふへぇって。なめてんのか。

 

 

「キミが紛らわしい名前の音声ファイルをずっと聞いてるから謂れもない誤解を受けたんだよねぇ?」

「あ、あれ? あれは、そのぉー」

「その?」

「自分用というか、ヒーリングミュージックというか……」

「…………」

「あ、あの声聞いてると、何かぞくぞくするって言うかぁ……」

「この変態が」

「あーごめんごめんごめんごめん!!!」

 

 

 ぐにぐにぐにぐにと。めいいっぱい伸ばす。

 柔らかい彼女の頬はお餅みたいだった。

 

 

「ふんっ」

「うう、いたたぁ……」

「もうリサの言うことは聞いてあげない」

「ええ!? そんなぁ!」

「つぐみにも、ほいほいキミの言うことは聞くなって言われたから」

「ああん、もぉひたきぃ〜怒んないでよ〜」

 

 

 知らん知らん。もう知らないからねキミは。

 

 

「まあいいや。それよりもいい加減弁当をだね」

「あ、あのっ」

「ん?」

「さっきは、ごめんなさい……」

「……え?」

 

 

 リサをいじめた後で弁当を回収していると、ピアノを引いていた女の子がおずおずと話しかけてきた。

 

 

「あっ、もしかして」

「は、はいっ」

「ボクを気絶させた人?」

「じゃ、じゃなくて……その……」

「じゃなくて? ああ受け止めてくれた人かな」

「は、はい……そうです……」

 

 

 見た感じ、大人しそうな子だ。

 もじもじと恥ずかしそうに俯いている。

 

 

「お礼を言うのもなんか違う気がするけど。ありがとね」

「い、いえ」

「おかげでケガしなくて済んだよ。ありがとう」

「うう……」

「?」

「こらひたき。それセクハラだよ」

「え。なんで?」

 

 

 それはワケがわかんないんだけど?

 お礼を言うと、何故かリサにセクハラ判定をされてしまった。

 

 

「何がセクハラなの」

「それは秘密だけど」

「はぁ?」

「ヒントを上げるのなら紗夜が受け止めてたらケガしちゃったかもね」

「また知らない人が出てきた……」

「その紗夜がひたきを気絶させた張本人だよ」

「怖い人じゃん」

 

 

 一体どんな手段で気絶させたのか聞いといた方がいいかな。でも、聞きたくないな……。

 あの銀髪少女は後遺症は残らないとは言ってたけど、不安だ。

 

 

「あの……ひたきくん」

「はいはい。……ん?」

「あれれ? 燐子?」

 

 

 名前を呼ばれて返事をし、ふと違和感を覚えた。

 ボクの名前を呼んだのは、黒髪ロングの子だった。

 

 

「あれ? えっと?」

 

 

 何故名前を。いやさっきからリサが言っていたなそういえば。

 そこで知ったんだろうか。

 

 

「あの……覚えてませんか? 私のこと……」

「はぇ?」

 

 

 そして、思いもよらぬ一言に面食らった。

 

 

「なに? なになに。ひたきと燐子って顔見知りだったの?」

「ん。いや?」

「…………!」

 

 

 燐子なる少女と、リサにはそう言われるが。しかし残念ながら心当たりがない。

 ボクがううん……と唸りながらそう言うと、燐子さんはビシッと固まった。

 

 

「む……!」

 

 

 しかしすぐに顔をぶんぶんと振って、此方の方へ駆け寄る。

 

 

「…………!」

「?」

「り、燐子!?」

「こ、これでどうですか……っ!?」

 

 

 彼女は近づいて来たと思うと、ボクの右手を取って、ぎゅっと握った。

 にぎにぎにぎにぎ、と。揉むように両手で此方の手を包み込む。

 いや……どうですか……とは?

 

 

「???」

「冷え性……治った、の?」

「なんでボクが冷え性だって知ってるの?」

「むむ……!」

 

 

 真意が分からないので首をコテンと傾けると、再び彼女は固まった。

 そしてこれまた再び難しそうな顔で唸り、今度はすたすたとピアノの方へと歩いていった。

 燐子さんはピアノの上の、弁当が入った手持ちカバンを手に取った。

 

 

「ああ。ありが」

「…………」

「と……う?」

 

 

 ボクはてっきりとってくれたのだと思い。その彼女の手から手持ちカバンを受け取ろうとして……。

 だけど、そのの手は空を切った。

 燐子さんは手持ちカバンを持つ自分の手を、自身の胸の前で止めたのだ。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

 再び面食らった。素っ頓狂な声が出る。

 てっきり返してくれると思ったんだけど……。

 

 

「……返してくれないの?」

「燐子?」

「あ、あの……」

 

 

 リサもきょとんとしている。

 おかしいなと思って彼女を見ると、ぷるぷると震えていて。

 

 

「これを返して欲しかったら……わっ、私と勝負してください……!」

「……なんと?」

「……勝負?」

 

 

 そして、意を決したようにばっと顔を上げたかと思うと、いきなり宣戦布告を行った。

 

 

「ボクに言ってるんだよねそれ」

「はい」

「なにで勝負するの?」

「も、勿論ピアノ……です」

「それは勿論なのか」

「いいです……よね!?」

 

 

 ずずいっ。胸元でぎゅっと手を握りながら詰め寄られた。う、思ったより強引だ。

 しかし何をそんなに熱くなっているんだろうか……。

 

 

「ひたきってピアノ弾けるの?」

「……つぐみは誰を見てピアノを始めたと思う?」

「へぇ〜? 知らなかったなぁ」

 

 

 いやまあそんな偉そうなことは言ってるけれど。

 実を言うと、ここ数年は弾いてはいない。

 

 

「そうしないと返してくれないの?」

「は、はい……返してあげませんっ」

「燐子? どうしちゃったの?」

 

 

 燐子さんの決意は硬そうだった。彼女の黒い瞳の中に静かな闘志が燃えていた。

 その姿はちょっと意外というか。ボクは知らないけれど普段の彼女とも違うのか、リサも大いに困惑している。

 

 

「まあ、そこまで言うんなら」

「…………!」

「いいよ。やってあげる」

 

 

 ただ、そうしないと返してくれないのなら。

 彼女の真意がどうであろうと、選択肢はひとつしかない。やるしかないのだ。

 

 

「お弁当は冷えても美味しいけど、出来るだけ早く食べてもらいたいからね」

「あっ、そういう理由なんだ」

「え? 逆にそれ以外に理由ある?」

「ないけど……目の付け所が完全に女子だよね」

 

 

 知らない知らない。知らないもん。あと、それ気にしてるからやめてね。

 リサの最後の言葉を無視してパーカーを脱ぎ、彼女に投げ渡す。

 グランドピアノに触れると懐かしい気持ちが感覚が上ってきた。久しぶりに触る木の感覚。黒鍵まで木製の、そこそこいいグランドピアノだった。

 

 ほんと久しぶりだけど。まぁなんとかなるでしょ。

 

 一抹の不安と、形容しがたい高揚感がかげるのを感じながら。

 ボクは燐子さんからの勝負を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、結果だが。

 

 

「……ボロ負けしたね」

 

 

 ぼこぼこにされた。完膚なきまでに。いや、あの子めっちゃ上手いじゃん。

 手も足も出なかった。お弁当はしっかり返してもらったけれど。ならば彼女が果たして何がしたかったのだろうかというと、分からない。演奏のあと顔を真っ赤にして部屋から出ていったので勝負の真意も聞けなかった。

 

 

「分からんなぁ」

 

 

 自分で言うのもなんだけれど。

 こんなに女っぽい顔をしてるのに、ボクは女心はミリ単位すらも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで覚えてくれてないのかなぁ……」

 

 

 廊下を歩きながらため息と共に、ぽそりと呟いた。

 ひとりしかいないけれど、ずーんと重々しい空気が流れている。

 

 

「でも……まさかほんとに再会出来るなんて……」

 

 

 最初友希那さんからその名前を聞いた際はびっくりした。口から心臓が飛び出そうだった。

 何年ぶりだろうか。小学生以来だから、約5年振りくらいだろうか。

 

 私はその5年間、ずっと彼を心の中で慕っていた。

 

 だから今井さんを口説いたという話を聞いた時、ちょっと良くない感情がふつふつと湧いてきた。

 だから……あんなことを……。ひたきくん相手にピアノ勝負なんて、なんて大胆なことをしたのだろう。思い出すだけで顔が熱くなる。

 

 

「でも……勝っちゃったな……ふふふ」

 

 

 ピアノに具体的な得点というのは無いし、本来勝ち負けもないんだけど……でも、今日は私が勝ったようにか思う。

 小さいころは、全く勝てなかったけど。

 彼と同じコンクールに出ても、金賞を取れた回数は少なかった。

 それは別に私が下手だったというわけじゃなくて、単純に彼が同年代の中で明らかに頭ひとつ抜けていた。あまりにも金賞ばかりを取り続けるのでレッスンの先生も悔しがっていたのも覚えている。

 

 

「ブランクかな……まあ、それは仕方ないよね」

 

 

 でも今日のひたきくんはちょっとだめだめだった。時々音を外していたし、なにより熱意が見えなかった。

 だけど、それでも彼の柔らかな指使い。天性の才能とも呼べるそれは、まだその面影を残していた。

 私の好きな彼のピアノの残滓が垣間見えた。それはすごく嬉しかった。

 

 

「…………」

 

 

 だけどだけど、やっぱり私のことを覚えてないのはショックだった。

 頬が膨らんでいく。先程とは別の意味で顔が熱くなるのが分かった。

 コンクール前、あんなに喋ってたのに。一緒に遊んだりもしたのに。連弾まで……したのに。

 だけどひたきくんは私のことを全く覚えてなかった。思い出すのを期待して昔やってたことを試してみたけど、それも空振りに終わった。

 

 

「しかも……い、妹さんのお弁当を作って持って来るなんて……」

 

 

 今更ながら、ふと考えると。

 妹に。しかも自らの手でお弁当を持ってくるなんて。そんなこと……最近の高校生がするのだろうか。

 

 

「もしかして……シスコンさん……になっちゃった……?」

 

 

 ひたきくんの妹は確か、羽沢つぐみさんだ。

 女性目線から見ても可愛らしい女の子。彼女が妹なのならば……可能性は無きにしも非ず、かもしれない。

 ひたきくんは子供の頃からあまり変わってないように思えたけれど。だけどそこはどうか分からない。

 もしも私のことを思い出してくれても、これではやっぱり意味が無い。

 

 

「……羽沢珈琲店」

 

 

 もし彼がシスコンさんになってしまったのなら。他の女の子に興味が無くなったのだとしたら、それは私的に非常によろしくない。

 

 

「羽沢……珈琲店!」

 

 

 よろしく……ないのだ……!

 

 

「……よし、通おう」

 

 

 この際彼に忘れられたことはまあいい。結局は思い出して貰えればいいのだから。

 しかし思い出して貰う前に、少しばかりやることが増えた。

 

 

「待ってて、ね……」

 

 

 いつも何事も決めるのに時間がかかる私ではあるけれど。

 だけどこれは……これだけは、逡巡することなく、即決断出来た。

 

 

 




読了感謝です。
今ポピパとRASとモルフォニカの勉強中です。頑張ります。

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