違うんです!ㅤちょっと幸せに(以下略 作:紫芋
(それにしても……驚きですね)
ㅤ副担任の山田さんが読み上げていく教科書の内容を、自分なりに修正しながらノートに書き起こしていく。と、ふとポチが独り言のように呟いた。
ㅤいつもの外部出力を介していない為、周囲の人間には聞き取れないような声だが、しかし主人である俺には丸聞こえだ。あいつもそれを承知の上でこぼしたんだろうが……。
(こうして席に着き、授業を受けている貴方を見る事になるとは思いませんでした)
ㅤほぉ、何が言いたいんだ。──いや、
ㅤするとお前はなんだ、あれか。学生諸君が必死こいて授業を受けてる真っ只中でだ、俺が他の事をおっ
(ええ、
ㅤおいポチ、なあポチ。よく考えてもみてくれ。
ㅤ子供の前なんだぞ。そんな事したら、大人としての示しがつかないだろ。
(……失礼。貴方はお嬢様をお預かりして以来、少しばかり変わったのでしたね)
ㅤっくぁー、本当に失礼なやつだ。
ㅤ誰だ、こいつを構築したやつは。……あ、俺か。
ㅤまあ、まるでその自覚がないわけでもない。以前の俺なら授業妨害とまではいかないまでも、一切関係ないような事をノートに書き連ねてたんだろうしな。
ㅤ何せ今やっている内容は俺たちの中じゃ常識で、学生が使う教科書の中身なんざ寝言で
ㅤそれで1時間弱も椅子に拘束されて正気を保っていられるかで言えば、ぶっちゃけ無理だ。人間ってのは退屈に弱い生き物なんだからな。
ㅤこれがまだ法律やら歴史関係の授業ならまだマシな方で、技術の分野に入ったらばもう地獄だ。
(そのわりにまだ余裕があるようですが、何故でしょう?)
ㅤいいね、何故と来たか。
ㅤまず第一に、俺が大人だから。まあ正気を保つのに、これだけじゃ少し弱いけどな。
ㅤもちろん、それだけじゃない。理由は他にもある。
ㅤ第二に、他人の粗探しが楽しいから……。おい待て、今クズ野郎だと思ったな?
(いえ、そのような事は。他人の定義にもよりますが)
ㅤ……まあ聞け。こう見えて大事な話だぞ。
ㅤこの場合、他人というよりは教科書の粗を探してると言った方が正しい。
(教科書ですか?)
ㅤそうこの粗製品。ただただ分厚く量があるだけで、委員会推奨の教科書が聞いて呆れる出来だ。
ㅤそれもこれも頭の固い連中が作ったものだからか、それともエリート(笑)志向だからなのかまでは知らないが、ともかくまどろっこしい表現が多いわその癖注釈もろくにないわで、とても学生が使うものには思えない。
ㅤまあ百歩譲ってこの辺は教師の手腕次第で如何様にでもなるんだろうが、それでもあくまで幼い頃から数年かけて地盤を踏み固めつつ、事前に知識を積み重ねてきた一般的な学生なら通用するかもってな具合なんだ。
ㅤ一般的。意味わかるか、百歩譲っても普通の学生ならばって話だぞ。
ㅤいや待てよ、俺はわかるが普通じゃない。……しかし、学生でもあるんだよな……。
(やはり正気を失いかけているようですね。発言を訂正し、お詫び申し上げます)
ㅤあー、今のナシ。ややこしく考えすぎだ。条件から俺だけ引っこ抜こう。
ㅤさてさて。すると残るのは、どんな普通じゃない生徒なのか、少しばかり考えてみようか。
(わかりました。織斑一夏ですね?)
ㅤおい……。早いぞ。個性的な生徒ならあの子以外にもいるだろ、もうちょっと会話に溜めを作るようにしろ。
ㅤどこの世界に開始5秒足らずで犯人を見つける探偵がいるんだ。適当な推理小説読んで出直してこい。
(失礼しました)
ㅤまあいいや。その通り。正解、おめでとう。
ㅤこうして修正した内容をノートに写しているのも、さっきから暗い表情を浮かべて俯いてる一夏くんに──。
ㅤ……ああ、なあ。これなんだか恩着せがましくて嫌なんだが。こっからの説明は省いても通じるか?
(声にして誰かに言わなければ問題ないかと。……それはさておき、確かに彼は前の授業からずっと不安そうな様子でしたね)
ㅤ実際、不安だろうとも。周りの生徒は授業に付いてけてるのに、自分だけ理解出来ないってのは辛いものだ。
ㅤ今の状況から脱しようと足掻こうにも、この教科書も難解さだけなら解読前のロゼッタ・ストーンも真っ青な一級品だからな。もれなく意味不明な文字の羅列に見えてるに違いない。
ㅤ教科書も、な。委員会の粗は多いぞ。何だか楽しくなってきちゃったな。
「織斑くん、何かわからないところがありましたか?」
「あ、先生……。えと……」
「わからないところがあったら、いつでも遠慮せずに訊いてくださいね。何せ私は先生ですから!」
ㅤふとそんな会話が聞こえてきたので、ノートから目を離して顔を上げる。
「先生!」
「はい、織斑くん!」
「ほ、ほとんど全部わかりませんっ」
ㅤ一夏くんの返事に、山田さんは困惑した様子を見せた。
(……だ、そうですよ)
ㅤそうは言うが、妥当なところじゃないか。
ㅤ潔く認めた姿勢も評価に入れるなら、寧ろ全部と言わなかっただけ及第点をあげてもいいくらいだ。
「え、えっと……。織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」
反応を伺う山田さんだが、当然ここで手を挙げる生徒がいるはずもない。
ㅤ実際1時間目からの山田さんの授業は、比較的わかりやすく、進行にも無理がなかった。
ㅤそれに加えて予備知識があればなるほど、
「……織斑、入学前に郵便配送された参考書は読んだか?」
「それ、読んでもわからなかったんだよぅ……」
ㅤ担任の織斑さんが問い掛け、一夏くんが不貞腐れたように返事をする。
ㅤちなみに彼女らは血の繋がった姉弟で、かつ我がクラス1年1組の担任である織斑千冬は初代ブリュンヒルデ、つまり第1回モンド・グロッソ──IS世界大会の優勝者でもある。
ㅤまあ、俺にはほとほと縁のない話だが。これが知り合いなら、まだ鼻高々だったかもしれない。
ㅤそれはさておき、そろそろ助け舟を出さないと彼が不憫だ。何せ件の参考書とやらも出来が非常に悪いんじゃ、わからなくても仕方がない。
「まあまあ。一夏くんがわからなくても仕方がないさ」
「……エミールさん?」
ㅤと、不安そうな様子で一夏くんがこちらを見た。
ㅤ携帯端末を弄りながら、まあ見てなって、とウィンクして返す。ここはお兄さんに任せなさい。
「前のモニターに注目してもらおうか」
ㅤ指をス、ス、っと端末の上でスライドさせる。
ㅤすると事前にデータにして端末に落とし込んでいた参考書の見本が、教室の大きな電子黒板を間借りして表示された。
ㅤ学園にある施設の操作権限は、非常勤講師の話を承けた際に理事長から頂戴していたので、一連の流れにこれといって不正はない。念の為。
ㅤえ、データの出処?ㅤ……不正はなかった、いいね。
「初の男性適合者向けに委員会が一冊の参考書を作成したって話を聞いたもんで、興味が湧いた私もデータで少しばかり拝見させてもらったが、こいつの出来ははっきり言って最悪だ。ご覧の通り、連中が何も考えてない事がはっきりわかったよ。──ああ、この辺なんて酷すぎる。これが私宛に提出された論文なら、最低評価も与えられないだろう。私ならあれと同じ分厚さで図解注釈増し増しで同じ内容のものをつ」
(あの、失礼ですが。こき下ろしが長すぎます)
「くれる……。ああ、そうだな。結論から言うと、今日の授業が終わった後に彼の様子を見て、場合によっては学園に掛け合って課外活動に参加しなければならない決まりを免除してもらい、かつその空いた時間を課外授業に充てようと思っていたのだが。……どうだろう。もう既に一夏くんもわからないと言っている事だし、早速今日の放課後からとりあえず試しに2、3週間ほどそうさせてもらうってのは」
ㅤひとまず提案するだけして、織斑さんたちの反応を見る。まず織斑さん、次に山田さん、そして一夏くん。
ㅤ……一夏くん?
「…………」
「あー……。君の勉強を放課後、私が手伝いたいのだが、どう思う?」
ㅤ肝心の一夏くんがぽかんとした表情で、要領を得ていないようだったので、わかりやすくまとめる。
ㅤ結局のところは彼がどう思うかであって、俺を含む大人たちの意見は大して関係ないのだ。
ㅤ嫌なら嫌でいいし、好きにすればいい。
「はぇ──勉強?ㅤエミールさんが、ボクの?ㅤ本当に?ㅤウソ……。どどど、どうしよっ」
ㅤすると突然、顔を真っ赤にして両手を忙しなく動かしはじめた。
(彼は極度のあがり症のようですね)
ㅤ……らしいな。
ㅤこちらが言ってる事を理解してくれたまではよかったんだが、これじゃ話が進みそうにない。
「シャキッとしろ。織斑、どうするんだ?」
「──っあ、えと、あの。よ、よろしくお願いしますっ」
ㅤ織斑さんが一夏くんに活を入れ、返事を促す。
ㅤなるほど、これで姉弟のバランスが取れてるらしい。
ㅤ次いで織斑さんは山田さんに授業を再開させるように言って、また教室の隅っこにある定位置に戻った。
「よろしく。とりあえず今日の授業は、頑張って内容をノートに書くなりして乗り切ってくれ。放課後に基礎の勉強をしつつ、復習も挟んでいこう」
ㅤま、程々に頑張ろうじゃないか。
お疲れ様でした。
白いのと黒いの、どっちが好み?
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何がとは言わんが、白いのかな
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いいや、ここはやはり黒だ
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どっちとも言えんので灰色だ
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素敵な色でオナシャス