違うんです!ㅤちょっと幸せに(以下略   作:紫芋

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こうして書いてみると、会話のみのSSが如何に楽だったのかを思い知らされる……。


シャルロットの話(1)

 静かな夜。今日の楽しい思い出と、あたたかい布団に包まれながら。

 心地よい疲労感と微睡みの中で、シャルロットはここ数ヵ月の出来事、その記憶の断片を、ちまちまと振り返っていた。

 

 亡くなった母親。葬儀が終わったあと、ひとりぼっちの寂しい自宅に現れた黒い背広姿の男たち。

 彼らは慇懃無礼に『貴女のお父様に雇用されている者です』と、そう告げ、自分はどこの何者かもわからない、存在すら知らなかった父親の元へと連れられ、そこで出自を教えられた。

 

 愛人の子供。それは、幼心になんとなく想像がついていたこと。母親にも(ただ)してはいけないことなのだと物心着く頃には了解していた、自分にはなぜ父親が居ないのかという疑問の答えだった。

 そんな事実を告げられたシャルロットが驚きショックを受ける暇もなく、父親は淡々と話を進めた。

 

 自分が父親に引き取られることになり、エミール・ロワの話題が出てきたのはその直後だった。

 その人は父親の兄、つまり自分から見て伯父の息子で年の離れた従兄なのだという。

『お前の気持ちの整理ができるまでは、彼の世話になりなさい』──結局、父親との会話はそれだけだった。

 

 自分が腫れ物のように扱われていると、シャルロットがそう感じたのは言うまでもない。

 母親が死んで悲しいのに、それ以上に自分の居場所がどこにもないような気がして、寂しくて、泣きそうになった。

 

 この調子だと、従兄も父親に言われて渋々自分の世話をすることになったのではないか。そう勘繰ってしまい、その日の晩はどうしようもなく気持ちが沈んだのもよく覚えている。

 

 せめてエミールという男性がどんな人なのか、それをあらかじめ確認しておきたくて、こっそり彼のオフィスに様子を見に行ったのも仕方のないことだろう。

 父親から貰った特別な許可証を見せて、受付の女性に彼がどこに居るか訊ねると、彼女は快く場所を教えてくれた。

 

 もっともそこが個人のオフィスだという説明はなく、部屋の規模からチームのワークブースだと勘違いし、特に警戒もせず入室したシャルロットは、速攻で彼と鉢合わせてしまったのだが。

 あの時の彼の表情と自分の慌てっぷりは、忘れたくても忘れられない恥ずかしい思い出だ。

 

 ……と、最初の出会いはそんなものだったが。

 

 結果から言って、従兄のエミールは自分に対してとてもよくしてくれた。

 

 初対面時の反応からすると、恐らく彼自身も従妹である自分の存在を一切知らされていなかったのだろう。しかしそれでも彼は突然降って湧いたような親戚の子供に、真摯に接し手探りながらも深い愛情を一心に注いでくれたのだ。

 

 甘い感情に胸を高鳴らせながら、シャルロットは頭の中にエミールの姿を思い浮かべる。自分の頭を優しく撫でてくれる、少しだけ年の離れた大人の男性の姿を。

 記憶に強く残っているのは、よれよれのシャツに、しわしわのチノパン。くたびれた白衣を上に引っ掛けて、屋内なのに大きなサングラスを掛けた奇っ怪な姿。

 

 初めて会った時の彼は特別格好いいわけでもなくて、どちらかと言えばちょっぴりダメな大人といった感じだった。

 今となってはそれすらも可愛らしく思えるが、最初は不安に思ったものだ。本当にこの人で大丈夫なのだろうか、と。

 

 もっともそんな心配を他所に、エミールに案内された自宅はお洒落で、家族写真や素敵な絵画が沢山飾られてたり、掃除の手が隅々まで行き届いていたりと、シャルロットの不安を颯爽と払拭してくれた。

 少なくとも、エミールはダメな大人ではなかった。ちょっぴり変わり者なだけで……。

 

 実際、彼のオフィスにある衣装ケースにはちゃんとアイロンがけされたスーツが入っている。ハンカチも。

 これについてエミールは、てきぱきと荷物の整理を進めながら、『ひとりで仕事する時は、楽な格好をするに限る』と言っていた。

 

 その三日後。彼は『休暇だから旅行するぞ』と自分を連れて、さっさと家を出てしまった。長い長い旅の始まりだ。

 

 楽しいことをするのが好き、と少年のように笑う彼は、言葉通りインドア・アウトドア関係なく、そんなものまでと驚くようなスポーツのライセンスを沢山持っている。

 特に派手だったりスリルのある物が好みなようで、彼は自分を連れて世界各地のバンジージャンプや、初めて聞くようなスポーツを色々と巡った。

 恐くて死ぬような思いも幾度となくしたけれど、それでも自分にとって大切な思い出だ。

 

 そうして一緒に世界各地を旅して回っている内に、最初は遠慮がちだったシャルロットも、自然とエミールに甘えられるようになっていた。

 

 そう。自分はここ数ヵ月で、大きく変わっている。

 

 記憶に新しいのは、まだ距離感を測りかねているシャルロットが、エミールのことを『ロワさん』とまだ他人行儀で呼んでいた頃のことだ。

 

 もちろん、それまでに沢山触れ合う機会があり、エミールと仲良くしたいと常々思っていたシャルロットだったが。

 より深い関係に踏み込む絶好のタイミングを、肝心なところでヘタれて逃し、以降はなかなか行動に出れずにいた。

 

 そんな折にポッと現れたのが、エミールの女友達である。

 彼女は有名な女性レーシングドライバーであり、なんとエミールの大学時代の親友だったと言うではないか。

 

『やあ、エミール。去年の同窓会以来かな。ボクに会いに来てくれるなんて、嬉しいよ』

『会社から長めの休暇を貰えてね。ちょいとひとっ走りしたくなったんだ。な、構わないだろ?』

『まあ、キミとボクの仲だものね。今晩飲みに付き合ってくれるなら構わないよ』

『よし決まりだ。まったく、持つべきものは親友だな』

『くく、だろう?』

 

 それまでに会ってきたエミールの友達はどれも男性で、ここまで親しげな女性が出てくるとは思わなかったシャルロット。

 ちょっぴり男の子っぽい女性と、気になる従兄の会話に僅かな嫉妬を覚えるも、しかし『これだ!』とシャルロットは閃いた。

 

(エミールは、同性っぽい女の人に親しみを持つに違いない!)

 

 彼の女友達のひとりがたまたまそうだっただけなのに、なにがどうしてそうなるのか。

 まあ、いつまで経っても他人行儀な自分に、いつかエミールが愛想を尽かすのではないかと焦っていた部分もあるのだろうが。

 

 ともあれ決め手はエミール本人が、見知らぬ──それはそれは女性らしい──女性にイチャモンをつけられて渋い顔をしていたことかもしれない。子供は大人の顔をよく見ているものだ。

 もちろん明確な根拠なんてものは皆無だったものの、試しに男の子っぽい口調を意識しながら『従兄(にい)さん』とシャルロットが呼ぶと、はたしてエミールは嬉しそうに笑うのだった。

 

 面倒を見ていた従妹が自分に歩み寄ってきてくれたのが嬉しかっただけであり、当然エミールは口調の変化に喜んでいたわけではない。

 もっとも、そうとは知らないシャルロットは心得たと言わんばかりに、少年のような言葉遣いを多用するようになっていった。

 

 程なくして『エミールさん』と呼ぶようになり、口調のお陰で心の距離が近くなったとも考えているようだが、それはあくまでプラシーボ効果のようなものである。

 段階を追って、親しくなって。見知らぬ他人から、親戚の優しいお兄さんへ、軽くない気持ちを寄せる初恋の人へ。

 

 この気持ちは生涯大切にしたい、といつの間にか自分のベッドから抜け出し、エミールの寝顔を眺めているシャルロットだが。

 その瞳に宿るのは真ッピンク色のハートマーク。口元はだらしなく緩み、端からちょっとした慕情(ぼじょう)が垂れ流しになっている。美少女が台無しだ。

 

(……えっちなにおい……ふへへ)

 

 これを恋する乙女の表情と言い張るには、相当な勇気が必要になるだろう……。

 

 

 残念なことに、この旅行も直に終わりを迎える。

 エミールの長い休暇が終わり、彼は本来の仕事に戻らなければならなくなるのだ。

 けれど、終わりを悲しむ必要はない。

 なぜなら、自分も彼と同じ職場で働くことになるからだ。

 今までのように二人っきりとまではいかなくても、立場は違っても同僚として一緒に居ることはできる。

 父にも無理を言って、お願いをした。

 ひとり娘の頼みくらい、一度くらいは聞いてくれてもいいじゃないかと。

 

 もし断るなら。どうなるか、わかるでしょう。

 きっと翌日のタブロイド紙の一面には、一大企業のスキャンダルが大きく掲載されているでしょうね。

 もちろん、自分だってそんなことはしたくない。本気でそんなことを考えてるわけでもない。

 ただちょっと、言ってみただけ。

 

 幸運なことに旅先の施設で敢行された適性検査にて、自分は高スコアを叩き出せたらしく父も二度返事でお願いを受け入れてくれた。

 おまけに本国の適性試験で合格することができたら、その時はエミールに言って、デュノア社が抱えているテスト機のひとつをシャルロットの専用機として仕立てさせるとも約束してくれた。

 ただしそれまではあくまでもテストパイロットの扱いだが、同じ場所で働けるなら文句はない。

 

「ふにゅ……おやしゅみなさぁい……」

 

 しばらく寝顔を堪能してから、シャルロットはエミールの懐に入った。

 こうしてベッドにこっそり潜り込んでも、まだ子供だからと許される。

 年の離れた従妹としてしか意識されてなくても、今はそれでいい。

 彼に甘えられるなら、それでも構わない。寧ろ役得とすら感じられる。

 

(幸せ……)

 

 エミールの温もりと落ち着く香りに包まれながら、ゆっくりと目を閉じ、安らかな眠りにつく。

 

 シャルロット・デュノア、十四歳。

 ある冬の夜のことだった。




※なお、それだけ従妹の事を考えている従兄が、従妹が学校にも行かずに働こうとしている件についてよく思っているはずもなく……。

感想ありがとうございました。
時間を見て返信しておきます。

このまま原作行っちゃう?

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  • 待て、夜這いについてkwsk
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