違うんです!ㅤちょっと幸せに(以下略   作:紫芋

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君らも好きだねぇ……。


シャルロットの話(2)

ㅤ目を閉じて顔を寄せた瞬間、自分たちの時が止まった気さえした。

ㅤ口と口が触れ合い、胸の鼓動が溶け合う。

ㅤお互いの息遣いのみが聞こえ、体の奥底から痺れるような熱が込み上げてくる。

 

ㅤなんて素敵なんだろう……今、僕は好きな人とキスをしているんだ。

ㅤそれはおとぎ話のラストには程遠い状況だったが、シャルロットには他の何よりもロマンチックに思えた。

 

ㅤ心臓が早鐘のように打つ。いけないことだと自覚しているのに、気持ちが抑えられない。

ㅤ強い背徳感が背中を撫でる。

ㅤまだ、起きてないから。彼が起きてないから平気。

ㅤ理由付けが適当でも構わない。理性を失い、行動を起こしたことで、歯止めはとっくに利かなくなっていた。

 

ㅤ溢れそうな衝動に身を任せ、閉じた口をこじ開けて舌をねじ込むと、キスの相手──エミールのくぐもった声が耳を(くすぐ)る。

ㅤ寝込みを襲う自分の前で、無防備に寝顔を晒している異性の声。それは幼いシャルロットに劣情を抱かせるのに十分すぎるほど扇情的で、大人の色気を孕んでいた。

 

ㅤテレビドラマで見たシーンを真似し、手探り──或いは舌探り──で深いキスを続ける。

ㅤエミールの唾液はどことなく甘い。きっと四六時中飴を舐めているからだね、虫歯に気を付けるように言わなくちゃ。

ㅤそんなことを考えながら。呼吸が苦しくなっても、シャルロットは一方的な、貪るような口付けをやめなかった。

 

ㅤ五分、いやもっと早かったかもしれない。

ㅤ当然荒っぽく情事を重ねようとすれば、相手にもシャルロットと同じかそれ以上の負担がかかるもの。

ㅤ寧ろ何故こうなるまで寝ていられていたのかと疑問に思うところだが、暫くして妙な息苦しさを感じたエミールがふっと目を開けた。

 

ㅤところが、初めてのキスに没頭しているシャルロットは、相手が既に起きてしまっていることに気付いていない。

ㅤそれどころかより密着して、相手を肌で感じる為に目を閉じ、まだ寝ているから大丈夫、とそんなことを考えているほどだ。

 

「ん……?ㅤ──んん゛!?」

 

ㅤ唸るような声と共に、引き剥がそうという意思が込められた手が、シャルロットの背に伸びる。

ㅤそこでようやくエミールが起きたことに気づき、離してなるものか、と必死にしがみつくも、性別以前に大人と子供という力の差があってはどうしようもない。

ㅤ抵抗むなしくシャルロットの口はエミールの顔から退かされ、まずお互いの息を整えることとなった。

 

「しゃ、シャルロット……何をしているんだ?」

 

ㅤぼうっとした思考が次第にはっきりとし、高まった興奮も急速に冷めていく。

ㅤ何をしていた。間を置いて発せられた困惑の声に、サッと血の気が引くのを感じた。冷や汗が背中を伝う。

 

ㅤ頭の中で、あれ……僕は何をしてるんだろう、と疑問がぐるぐる回り始め、気が遠くなる。

ㅤ肌寒さを感じて、シャルロットはぶるりと震えた。ついさっきまで興奮し、蕩けそうな熱に浮かされていたのがまるで嘘のようだ。

 

ㅤ今さら何を惚けてるのさ。

ㅤ何をしたかなんて、わかっているじゃないか。

ㅤいけないことだって、自覚もしてたじゃないか。

ㅤ好きな人が寝ているのをいいことに、好き勝手してたくせに。

ㅤましてそれが悪いことだと知りながら、知っていながら楽しんでたくせに。

 

「あ、ぅう……」

 

ㅤ口を上手く動かせない。舌が回らない。

ㅤそれもそうだろう。ついさっきまであんなことをしていれば疲れもする。完全に自業自得だ。

ㅤだがそれ以上に、エミールに何と言って謝ればいいのかがわからない。

ㅤ許されないことをした。今は、それだけが頭の中を埋めつくそうとしている。

 

ㅤ今でこそ学校に通わずにいるシャルロットだが、母親と死別するまでは他の子供と同じように机を並べ、学び舎で勉強していた。

ㅤだからこそ、当然キスの先が普通は何であるかを知っているし、あまつさえあのままエミールが起きなければことに及ぼうとさえしていた。その自覚があった。

 

ㅤことに及べばどういったことになるのか、それも知っている。自分には既に初めてが来ているし、周期も把握しているから、もし今日行動に移せば、どうなるかもわかっていた。

ㅤ夕飯からまともな心境じゃなかったとはいえ、自分は取り返しのつかないことをしようとしていたのだ。

 

ㅤ取り返しのつかないことをしてまで、確かな繋がりを得ようとしてしまった。従兄妹という繋がり以上の。

ㅤそれが何よりも正しいことだと、自分の都合のいいように考えて、相手の気持ちを無視しようとしていたこと実に、吐き気が込み上げてくる。

 

「どうした、また怖い夢でも見たのか。は、はは……こういうのはあまり感心しないぞ」

 

ㅤシャルロットの気持ちを知ってか知らずか、エミールは決してシャルロットを突き放そうとはせず、なるべく目を合わせようと努めていた。

ㅤさすがのエミールも、シャルロットが何をしようとしていたのか、薄々察しているのだろう。彼の上ずった声が全てを物語っている。

ㅤしかしそれでも、あくまで何かあったんじゃないか、事情があったんじゃないかと、そう心配しているようだった。

 

「……そうか、寂しくなったのか」

 

ㅤけれど、それがつらい。ただひたすらに、今はその優しさが針となって、自分の心に突き刺さる。

ㅤ彼の表情を見て、こんなつもりじゃなかったんだ、と泣きそうになった。エミールはあからさまに眉を下げ、困っているようだったから。

ㅤ恥ずかしいのと気まずいのと、罪悪感と深い愛情が綯い交ぜになり、胸の中で濁った色合いになる。とても人には見せられない、ヘドロのような汚い色だ。

 

「ああいうのはな。大人になって、そうして大切な時が来るまでとっておくものだ。……よしよし、おいで」

 

ㅤそっと、優しく抱き締められる。

ㅤ途端に心が溢れて、目から大粒の涙がこぼれた。

ㅤ年相応に泣いて、泣いて、泣いて……。

ㅤ喉が痛くなるまで、シャルロットは声を上げて泣いた。

 

「うぅ……うぐっ……ぐしゅっ……」

「…………」

 

ㅤそんな自分の背中をさすりながら、寝巻きが涙やよだれ、もっといえば鼻水で汚れるのも気にせず、エミールは何も言わずに受け入れてくれる。

ㅤ涙が止まらない。えっちなにおいがする。涙が止まらない。えっちなにおいが……。

ㅤ最低だ。この期に及んでまた興奮してる自分の浅ましさが恥ずかしいやら悲しいやらで、頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

ㅤエミールの胸元に顔を埋め、シャルロットは嗚咽する。

ㅤそもそものことの発端は、彼女の心の片隅に巣食った、小さな不安だった。

ㅤエミールに引き取られてからというもの、比較的恵まれた環境にいたシャルロットは、早々に意味もなく不安に駆られていた。

 

ㅤそれは少々強引に彼の自宅に転がり込んだ罪悪感や、思いのほか自分の望みに協力的とはいえ、父親相手に半ば脅すような真似をしてしまった後ろめたさ。

ㅤ意外にもあっさりと受け入れてくれたものの、義母を見て思い知らされる自分の立場、と自分でも知らない内に溜め込んでいた諸々のストレスから来るものだった。

 

ㅤあまりに気の早すぎるマリッジブルーのようなものだが、当人はあくまでも大真面目だ。日々シャルロットは不安に駆り立てられていた。

ㅤそうして訪れたのが、家にエミールがぱたりと帰って来なくなった地獄の数日間。

 

ㅤ同じ会社にいても会えないことは当然あるし、こういう帰れない日があるのも重々承知していた。

ㅤしかし結局のところ、シャルロットはエミールの不在にとても耐えられなかった。

ㅤとはいえ発狂寸前まで、よく頑張った方だろう。なにせ本気でエミール欠乏症になり掛けていたのだから。

 

ㅤ結果的に嫌な考えばかりが頭を過ぎり、不安に押し潰されそうになったシャルロットは、遂にエミールの研究室に乗り込み連れ帰ってしまう。

ㅤその日も今日のように抱きつき、一頻り泣いたものだ。

ㅤ翌日から、エミールはどんなに遅くなっても、毎日ちゃんと帰ってくるようになった。

 

ㅤそして暫くして、今度は夕方に帰宅するようにさえなっていた。作業効率を上げたんだ、とエミールは得意げに話していたが。

ㅤあきらかに無理をさせている。そうシャルロットは感じたものの、エミールが自分の為に頑張ってくれていることが嬉しくて、無理しないでとはなかなか言い出せなかった。

ㅤエミールと食卓を囲むのが、何よりも幸せだったから。

 

ㅤけれど、そんな無理が祟ったのだろう。

ㅤエミールが研究室で倒れたと、そう彼の部下がシャルロットに報せてきたのは、夏を目前にしたある日のことだった。

ㅤこれは、無理をさせた自分が悪い。せめてもの罪滅ぼしになればと懸命に看病し、その甲斐あってエミールは数日で何事もなかったかのように回復した。

 

ㅤそれからも相変わらず夕方に帰ってくるエミールだったが、シャルロットの心には大きなしこりが残された。

ㅤそして今日エミールが、夕飯の席で突然IS学園に行ってみないかと言い出したのだ。

ㅤIS学園は全寮制。つまりシャルロットが学園に入学すれば、向こう三年間は長い休みでもない限りここには帰って来れなくなる。

 

「ぼ、ぼくっ、僕が、重荷になってるからっ……それで、それでエミールは僕と居るのが迷惑でっ、嫌になったんだって、やっ、厄介払いされるんだって。おもっ、思ってっ……でも、でも……っ、仕方ないことだってわかるけど……っ」

 

ㅤ次から次へと涙が溢れ、シャルロットはしゃくり上げる。

ㅤエミールが何か言おうとするも、いやいやと顔を背けて、聞こうとしない。

 

ㅤどうせ離れ離れになってしまうなら。せめて自分の中だけでもいいから、一方的でもいいから。

ㅤどんなに離れていても、二人の間に切っても切れない繋がりがあると信じられる、縋れるような思い出が欲しかった。

ㅤそんな正常とは言えない思いが、彼女を今回の強行に走らせたのだった。

 

「いいか、よく聞け」

 

ㅤうわ言のように「エミールは僕が嫌になっちゃったんだ、僕は厄介払いされるんだ」と呟き続け、いつまで経っても耳を貸そうとしないシャルロットに痺れを切らし、エミールは動いた。

ㅤ真っ赤になったシャルロットの耳を、両の掌で包み込みゆっくりと顔を上げさせ、彼女の目を覗き込む。

 

「私は──俺は、君を迷惑だなんて思ったことは一度もないし、嫌ってもいない。まして重荷だなんて以ての外だ。厄介払いの為に他所にやろうだとか、その為にIS学園に入学させようだなんて、考えるはずがないだろう?」

 

ㅤ幼い子供を諭すように言葉を紡ぐエミールの瞳は、どこまでも優しい。

ㅤけれども今のシャルロットに、それを嘘偽りのない目だと判断するほどの正常な思考はなかった。

 

「で、でも……現に僕がわがまま言って無理させたから、エミールが体調崩して……」

「あの程度じゃ無理にはならんさ。それに体調を崩したのも、他に心底がっかりすることがあってな。だから、シャルロットが責任を感じる必要は欠片もないんだ」

ㅤぎゅっと胴に回した腕に力が込められる。

 

「なあ、聞いてくれ。俺がシャルロットにIS学園の入試を受けてみないかって、そう言ったのだって、君の為を思ってのことなんだ。あと数年くらいは少しだけ会社や仕事、しがらみを忘れて、学校に通って、色々なことを知って、友達を作って、楽しい思い出を沢山残して……もちろん全部やらなくったっていい、途中で投げ出したっていい。けれどそれらを経て、君はきっと素敵な大人になっていくはずだ」

 

ㅤそれまでは、寂しくなった時にはいつでも甘えていいから……。そう続けて、エミールはシャルロットを抱きかかえたまま、布団を引き寄せる。

ㅤ大きな手がシャルロットの背中を優しく撫で、心臓の鼓動が彼女を微睡みの中へと誘う。

ㅤそうしてエミールという揺りかごに揺られながら、泣き疲れたシャルロットが眠りにつくまで、さほど時間は要さなかった。

 

 

 

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「何故だー──!!?」

 

ㅤなお、エミールがデュノア社内でこのような絶叫をあげるのは、それから数ヵ月後のことである。




《建前》
でもこの作品、R15指定なんでスよ。
だからまあ、相応にね。あくまでも未遂って事で。

《本音》
会話オンリーのSSしか書いた事のない作者が、処女作で官能小説紛いのSSなんて書けるわけないでしょ!!?

まあサティスファクション出来ない人は、妄想代理人でも見てリフレッシュしやがってくださいな。

感想ありがとうございます。全ての感想に必ず返信しますので、もうしばらくお待ち下さいませ。

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