違うんです!ㅤちょっと幸せに(以下略   作:紫芋

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駄弁る社員(1)

「最近の主任、様子がちょっとヘンじゃないですか?」

 

ㅤ社員食堂に新しいメニューが登場したとか、逆にお気に入りがなくなってしまったとか、行きつけのカフェの店員が気になるけれど、話しかける勇気がないだとか。

ㅤいつもの顔ぶれが集まって、休憩所で世間話をしていると、ふと若いニコラがそう言った。

ㅤ一昨年の春に入社した幼顔の彼は、エミールが引き抜きや発掘で寄せ集めて形作った精鋭チームの中で最も若く、二年経った今でもほかのメンバーから新人扱いされている。

 そんなニコラが何気なく振った話題に、他の面々は一人を除いて笑いながらも怪訝な顔をしてみせ、丸めていた背を少し戻す。

 

「確かに。ここのところ、いつにも増して挙動不審だ」

「ダー、ヘン」

 

ㅤメガネと刈り上げの男──フレッドが同意し、三人の中で最もガタイのよいスポーツ刈りの男──ドニもそれに続いた。

ㅤ二人ともエミールがどこからともなく発掘してきたずば抜けて優秀な人材だが、どちらも強烈な癖がある。

ㅤ関連する単語は爆発、あるいは大爆発だ。どこの部署も欲しがらない。

 

「これを見てくれ」

 

ㅤどこからともなくボードを取り出し、フレッドが鉛筆でどこそこと指し示す。

 

「ここ数日、主任が食べた昼食のメニューだ。たこ焼きとバナナ、納豆とミルク粥……これらを一度に食べている」

「マズソッ」

「それに対して普段のメニューは……持参した弁当や、サンドイッチとリンゴだ」

「ウマソッ」

 

ㅤ納豆とミルク粥……。

 想像するだけでも顔を顰めたくなる。

ㅤニコラの知るエミールはかなりの親日家だが、だとしてもだ。

ㅤいくらなんでも、その食べ合わせはないだろう。

ㅤだって、納豆とミルク粥だぞ。

 

「うげ……明らかにおかしくなってますね」

 

ㅤそう両手を上げて、一頻り騒いだところで一息ついた。

ㅤエミールは普段から頭のネジがひとつふたつ素で外れているような男だが、それでも自分たち変人チームの舵を取ることの出来る尊敬すべき立派な上司だ。

ㅤどんなことにもへこたれなかった彼が、部下である自分たちでさえ見てわかるほど浮き足立っていると、どうにも不安になってしまう。

 

「やっぱり、こないだの一件ですかねぇ……」

「うむ。その線は濃厚だな」

「ダー」

 

ㅤ異変の心当たりがないわけではない。

 

ㅤ数ヵ月前のある日、アーク・スフィアの完成を政府に報告したエミールが、研究室に戻ってきた時のことだ。

ㅤ三年と、そしてさらに半年、今まで以上に力を入れて完成まで走り続けた、その成果の詳細を見た政府の返事は、はたしてエミールたちが望んだものではなかった。

 

ㅤ言外に、それをどう兵器に発展させるのかという問い。

ㅤそんなことよりも、第三世代機開発の進捗はどうしたのかという頭の悪い催促。

ㅤ極めつけは予算カットが撤回されず、期限の変更もなしという通達だ。

 

ㅤ国としても余裕はなく、絞れる部分は絞りたい為。

ㅤ現状でここまでやれたなら、今のままでも第三世代機開発に支障はないだろうという、耳を疑う判断だった。

ㅤ当然、エミールは憤慨した。ナメているのかと。あいつら本当に脳ミソ詰まってるのかと。

 

ㅤドニの方がもっと賢い、というあんまりな罵りに若干一名の防弾ガラスのハートが傷付いたものの、ともかく研究室で大荒れに荒れていた。

ㅤなんなら体に不調をきたして、そのままぶっ倒れる程だ。

 

ㅤ最近までは『望み通りのもんをくれてやる!』と気丈に(?)振舞っていたが、やはり深いところでダメージを負っていたのだろう。

ㅤ今になって、いよいよ隠し通せなくなってきたのかもしれない。

ㅤそれがニコラたちの共通の認識だった。

 

「主任はアーク・スフィア完成にかなりの力を注いでいたからな。受けたショックは計り知れないが、考えるだけで痛ましい……」

「二年前の事故で一度凍結されたのに、主任はめげずに申請書を出してましたもんね」

「アガ、ウゥ……」

 

ㅤ二年前の事故。実験中の装置──アーク・スフィアが暴走し、発生した巨大なエネルギー域──アーク・ボーテックスにエミールが飲み込まれかけた事故。

 

ㅤアーク・スフィアは特殊な放電現象を発生させる巨大な装置で、ある特性を得た電子が複数の渦からなる球体を生み、これをアーク・ボーテックスという。

ㅤアーク・ボーテックスは取り込んだ物質を渦──球体の中心に留まらせる働きをし、かつ取り込まれた物質がその中でごく短いループ現象を引き起こすことが実験により判明している。

 

ㅤ例えばアーク・ボーテックスの中に安全ピンを抜いた擲弾(てきだん)を放り込んだとする。

ㅤ当然間を置かずに擲弾は爆発してしまうが、その直後に爆発する前の状態まで巻き戻り、そしてまた爆発し、戻り、またまた爆発……と、渦が消失するまでこの状態が繰り返される。

 

ㅤ爆発の際に放出される運動エネルギーはどういうわけかループしても消失しない為、これに目をつけたエミールは小型化に成功したジェネレーターに技術を応用しISに搭載、エネルギーの無限化──絶対防御ならぬ不死防御を開発しようとしていた。

ㅤ稼働限界のない、燃費問題が解決された光学兵器主体のIS。それがエミールが開発しようとしていた第三世代機のコンセプトだった。

 

ㅤ閑話休題──。

 

「主任、あんな調子で本当に大丈夫なんですかね」

「ああ。命に関わるほどのレベルではないとはいえ、事故の後遺症もある。私としてもあまり無理はしてもらいたくはないが……」

「ここで僕らが心配しても仕方ないのはわかってても、やっぱ心配になるなぁ……」

 

ㅤニコラたちの懸念。そのひとつが、エミールを苦しめる事故の後遺症だ。

ㅤ特殊な電流にさらされた際に負った火傷の痕は、幸い目立つようなレベルのものではなかったものの。

ㅤしかしその奇っ怪な爪痕は、渦の中に取り込まれたエミールの右上半身に顕著に現れている。

 

ㅤ例えば軽微な放電現象。体の表面が常に微弱な──とはいえ一般的な静電気よりも強い──電気を帯びるようになり、腕輪型の蓄電池を右腕に着けていなければ支障をきたすようになった。

ㅤ仕事にも私生活にも。精密機器を取り扱う今の職場で、この異常は正に致命的だ。

 

ㅤ特に発光する右目からの放電が激しく、極めて乾燥した場所だと、放出された電気が弧を描くのが見えてしまうのだとか。

ㅤ発覚してからは瞳の異変を誤魔化す為にカラーコンタクトをした上で、さらにサイズの大きなサングラスを掛けて放電を隠すようにしているらしい。

 

「確かなことは言えないが、今の主任は渦の影響を受けて発電能力を持つ魚類、例えば電気鯰のように右側の頭頂部がマイナス極、右腕の先がプラス極の発電器官になってしまっているか、或いは右上半身の部分だけ生体電気が過剰に増幅されてしまうようになっているのか……」

「わあ。まるでエレクトロみたいですね!」

「いずれにしてもこれらの電流が主任の肉体にダメージを与えずにいるのは……。何?」

「エレクトロですよ、エレクトロ。スパイダーマンの……え、知らないんですか?」

 

ㅤ本当に知らないのか、とキョトン顔で聞き返したニコラを、フレッドは生暖かい目で見た。

 

「ふふ。夢見がちなのはいいが、現実とアメリカン・コミックスを一緒にするのはやめるべきだ。バカバカしい」

「でも実際、主任は謎の放電能力を持ってるわけでしょ。前々からサム・ライミ版ドック・オクとMCU版トニー・スタークを足して二で割って、仕上げにシノノノ博士を振り掛けたみたいな人でしたけど……」

「アリ!ㅤアリ!!」

「ああうん。確かにシャルロットちゃんを預かってからは、MCU版のスコット・ラングっぽさもあるかも……」

「わかったわかった。ともかく、今の主任は常人以上の電気が流れる体なんだ。それがいつ主任本人に牙を剥くか……。或いは増幅された電気信号が脳に悪影響を及ぼす可能性も」

「──そうか、電気信号か!!!」

 

ㅤガタタッ──!

 

ㅤけたたましい音を立てて、それまで会話に参加せず静かに考え込んでいたエミールが、突然立ち上がった。

ㅤそのままブツブツと独り言を呟きながら、唖然とする部下たちを置いて、ひとり休憩所を出て行ってしまう。

 

「……やっぱりヘンだよあのおじさん」

「ふむ、やはり本人がいる真横で噂話をするのはマズかったか……」

「アア、ウー」

 

ㅤ慌ただしく立ち去るエミールの背中を見送りながら、ニコラたちは顔を見合わせ、上司の不調を心配するのだった……。




心配されてるとはいえ、散々な言われようである。


本当は捌ききれなくなるので、オリキャラを出すのは苦手なのですが。
そこそこ偉い立場の役職にいる人間に部下がひとりもいないのは、それはそれでおかしな話ですしね。
今後出番があるかはさておき、慕ってくれる変わり者がいっぱいいるよって感じです。

それはさておき、お待ちかねの週末がやって来ます。
週末という事はそう、感想への返信です。お待たせしました。
作者は基本的に土曜──たまに日曜も──休みなので、改めて皆さんの感想をゆっくり読ませてもらい、それから返信します。そういう訳なんですな。

エミールにアルコールを入れるか否か

  • 下戸、飲めない
  • 飲めないことはない、付き合い程度
  • ザル、酔わない
  • シャルロットがいるので飲まない
  • 大好きな実験に使う
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