違うんです!ㅤちょっと幸せに(以下略 作:紫芋
〜???〜
……やれやれ、危うくナルの海で溺れるところでした。次からこの道を移動に使うのはやめておきましょう。とんだ近道です……。
おや、このような場所にお客様とは珍しいですね……なるほど、例の記録映像を閲覧したいと。マスターの了承は──おっと、これは野暮でしたね。
いいでしょう、今回は特別です。私が保管している記録の一部を開示しましょう。なおこちらのコピーは不可能ですので、あしからず。
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映像が再生され、
目の前のカメラが機能していることを確認し、エミールはひとつふたつ咳払いをして、淡々と喋りはじめた。
『2010年11月、記録30。』
『私はエミール・ロワ。デュノア社の主任技術研究員だ。』
『この記録は公式の物ではなく、また場合によっては記録媒体ごと破棄する為、実験はここにいる私のみで行う。』
『……ごほん。2年前のある日、私は社長のご息女であり私自身の従妹でもあるシャルロットを預かり、彼女の親代わりとして育てていくことになった。』
『もちろん本物の親に勝らないまでも、自分にできうる限りの愛情を注いできたつもりだ。それが私の独りよがりだったとしても……。』
『さて……なぜ今更そんな話をするのかって?』
『なぜ、こんな場所で今更そんな、わかりきったような話をするのか?』
『そう、今更なんだ! まさしく今更と言っていい!』
『私はデュノア社に入社してからというもの、もう何年もIS開発に携わってきた。』
『むろん空白の期間もそれなりにあるが、しかしそれでも限りなく長い期間ISに触れてきた。』
『それなのにだ!』
突然立ち上がるなり、映像の中のエミールが左手で計器類を弄りながら、右手を背後のリヴァイヴ・カスタムに叩きつけるようにして触れる。
──と、リヴァイヴ・カスタムのセンサーがチカチカと明滅し、その鎧のような鋼の巨躯が動き出そうとした。
完全に起動する寸前でエミールが右手を離した為、立ち上がるまではいかったものの。
直前まで体育座りのような構図で鎮座していた機体は、今や片膝立ちのような不格好な体勢になっていた。
『……この程度の実験をかれこれ10回ほど繰り返してみたが、全て同じ結果に至っている。つまり……見ての通りだ。』
『この現象に気付いたのは、私がアーク・スフィアを改良、小型化したアーク・コイルを用いたISの開発に着手しようとした折だ。』
『人の手を入れなければならない作業を行おうとしたところ、対象の機体が突然起動しかけたわけだ。』
『本来、ISは女性でなければ起動しない。』
『これは世界の不文律であり崩れてはならない、破られてはならない絶対のルールだ。』
『ルールなんてクソ喰らえと考えているような私や、あの性格破綻者でさえ抗えない究極の謎とでも言おうか。』
『ごほん……それはともかく、完全な起動までに通常よりも時間をかなり要するとはいえ、起動は起動だ。』
『今の段階で私がISを起動させられると誰かに知られてしまえば、まず間違いなく不味いことになるだろう。』
『しかし私は職務上、ISに触れないでいることがかなり難しい立場にある。』
『なぜ今になって私がISを起動できるようになってしまったのか、それを解明し対策を練らなければ秘密の発覚は不可避だ。』
『優先すべきは原因の解明……まあ、餅は餅屋に聞ければ一番楽なのだが、それは最終手段に取っておくことにする。』
『とにかく、まずは私1人でなんとかしてみよう。妖怪奇人変人を頼りにするのはそれからだ。』
『ついてはこれから暫くの間、ISに直接触れなければならない作業を部下に任せて誤魔化すつもりだ。以上』
再生が終わり、映像が消える。
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映像が再生され、再び人気のないデュノア社の研究室をバックに、今度はリラックスした様子のエミールの姿が映し出される。
エミールは目の前のカメラが機能していることを確認しながら、悠々と喋りはじめた。
『2011年2月、記録30。前回からの続き。』
『私はエミール・ロワ。デュノア社の主任技術研究員だ。』
『この記録は公式の物ではなく、また場合によっては記録媒体ごと破棄する為、実験はここにいる私のみで行う。』
『……ふう。私もノイローゼ気味だったとはいえ、やはり社長に相談するのは早計だったかもしれない。』
『昼頃、私は部下のひとりからヒントを得た。……いや、ヒントと言うよりは最早答えのようなものか。』
『こんな簡単なことに気づけないほど私は精神的に参っていたらしい。この現象について、あれやこれと小難しく考えすぎていたのだ。』
『前回までなんの進展もなかった研究が、たった半日にして解決まで持っていけそうだと明言しておく。』
『まったくこの世の中、なにがあるかわかったものではないな。……さて、始めるとしよう。』
いつかと同じようにエミールが立ち上がり、後ろに待機させていたリヴァイヴ・カスタムに触れる。
……が、しかし鋼の鎧はうんともすんともいわず、以前のように鈍く動くことはない。
今の状況が一通り撮影されたことを確認し、エミールはリヴァイヴ・カスタムから左手を離した。
すると今度は右手を出し、エミールはカメラに一度視線を向けてから、リヴァイヴ・カスタムに触れた。
と、その途端。変化が訪れる。
先程とは打って変わって、リヴァイヴ・カスタムは軽い唸りを上げながら、ゆっくりと起動シーケンスを開始したのだ。
金属が擦れ合う、軋むような不快な音を出しながら、人をすっぽりと包み込める大きさの機体が、操縦者を求めて動き出そうとし、項垂れるような体勢から
それはマルチフォーム・スーツでありながら、まるで生気の感じられないゾンビのような絵面だった。
しかしそんな不気味さを前にしてもエミールは意に介さず、自身に向けて腕を伸ばすリヴァイヴ・カスタムから手を離し、カメラに今のを見たかと確認するような視線を向ける。
『左手と右手……。この違いはなんだろうか。』
『例えば利き手だったり、そうではない方の手。』
『歓迎、そして決別。』
『あるいは、かの偉大なるフレミングの法則を示す為に使い分けるもの、といったところだろうか。』
『しかし私の場合、左と右とで大きく異なる点がひとつある。……いや、まあ私が気づいてないものもあるかもしれないが。』
『ごほん……それは、私の右手の表面には常人では考えられない量の電気が流れているという点だ。今も尚。』
『これは強い静電気程度の微々たるものではあるが、まず間違いなく私が他人と違うのはそこだ。』
『そこで私はひとつの仮説を打ち立ててみた。』
『この極めて微弱な電流が、ひょっとするとISのシステムを狂わせているのかもしれない……例えば、対象を適切な操縦者として誤認させるとか、そんなところだろう。あくまで、あくまでも仮説だが。』
『ふふ……はは……。いや、失礼。』
『学生時代にカエルの解剖体に電極を刺す実験をしたのを思い出してね。』
『それがダブって見えて、随分と懐かしい気がしたんだ。』
『……ああいや、今はそんな埃をかぶったノスタルジーに浸っている場合ではないな。』
『ともかく鍵は私の右手にあった。答えは恐らく、生体電気だ。』
『元来ISというものは、操縦者が発する電気信号を直に感知し、延長された手足など、各部位のシームレスな動きへと繋げているものである。』
『そういった意味合いもあり、ISスーツの着用が操縦者に向けて推奨されているわけだが。』
『ともあれ、私の右上半身の表面に流れる電気の量は今現在、ある装置を用いて抑えている状態だ。』
『さて、こうなってくると私はどうしようもなく知りたくなってくる。』
『ここで私が右手の腕輪型蓄電池を外した状態でISに触れると、はたしてどうなるのか……。』
『気になる。気になって仕方がない。』
『これもいち研究者としての性だな。はっきり言って悪癖だと、そう自覚しているよ。』
『抑えると言っても気休め程度なので、外したところで大した違いは現れないかもしれないが、しかし直接見もせずに解を出してしまうのは私の主義に反する。』
『よって私は今この場で腕輪型装置を外し、ISに触れてみる事にした。』
『今回の本題はこれだ。……ま、社長にまるっと相談してしまった今となっては、原因解明なんてものはほんのついでといったところだな。』
『ではいってみよう……ポチ、シャルロットに今日は遅れるかもしれないと伝えておいてくれ。』
『(貴方が直接伝えた方がよろしいのでは?)』
『ああ……。わかってないな、そうしたら実験を中止して帰りたくなるかもしれないだろう?』
『(
『いいから、頼むぞ。』
そう言いながらエミールは手首に装着していた未来的なデザインの腕輪を外し、中途半端な体勢のまま放置されていたリヴァイヴ・カスタムに触れに行く。
『(……かしこまりました。お嬢様にお繋げ致します。)』
『何? いや、繋げるな、待て待て待て!』
時すでに遅し。
エミールが制止するのと、ポチがエミールの携帯を介してシャルロットに通話を入れるのと、そしてエミールの右手がリヴァイヴ・カスタムに触れるのは、ほぼほぼ同時だった。
キ──ン!
鉄琴の一番高い音階を打ち鳴らしたような音と共に、映像が眩い光で瞬く間に白塗りになる。
『もしもし、エミール? どうしたの?』
なにが起こっているのか判断ができない中、恐らくポチが使用しているものと同じスピーカーを介しているのか、電話に出たシャルロットの声が鮮明に聞こえてきた。
『……っああ、シャルロット。なんでもない……ただ、今日は帰りが遅くなるかもしれなくてな……電話を一本入れておこうと思ったんだ……おおう……。』
光が消え、次第になにが起こったのか、はっきりとしてくる。
話している最中にエミールも目が慣れてきたのか、今の自分の状況を見て、思わずといった様子で変な声をあげた。
この時、やけに頭に血が上ると思ったに違いない。
彼はリヴァイヴ・カスタムを装着し、天と地が逆さまになっていた。
実験に使われたISのささやかな仕返しとでもいうのだろうか。綺麗な宙吊りっぷりだ。
『エミール、何だか変だよ? 大丈夫? 平気?』
『ああ……平気か? 全然! 大丈夫どぅわぁぁ?!』
平静を装っているようなのだが、妙に返しの声が
ISは空を自由に飛べるので、もちろん宙に浮いたりするのもお手の物なのだが。
そうなる理屈はわかっても、それで感覚が掴めるわけもなく……。
エミールはなんとか正位置に体勢を整えようとするも、不格好な宙返りのような形で空中をくるくると回ってしまい、なかなか上手くいかない。
『ほんとに? 体調悪くない? 気分は?』
『気分ならさいこぉぉぉぉぁ──?!!』
ようやく正位置に──頭が上で足が下の状態になるも、今度は空中で滑るようにふらふらとしてしまう。
右へ、左へ……そして後ろへ……。
お高そうな機材にぶつかりそうになり、気持ちだけでも避けようとして前のめりになれば、今度は前へと滑っていく。
『……うん。やっぱり変だよ、僕そっちに行くから、今いるの研究室でしょ、ちゃんとそこで待っててね! 絶対だよ!』
『あ、おいシャルロット? シャルロット?』
『(通話が終了しました。)』
『不味いな……実験は中止。機体からここ数時間の稼働記録を削除しておいてくれ。』
シャルロットが来ると知って冷静になったのか、それとも早々に操縦の感覚が掴めてきたのか。
エミールはリヴァイヴ・カスタムを的確に操り床に降り立つと、そのまま姿勢を低くしてISの装着を解除した。
『──というわけで撮影もここで一旦終了。総括はまた今度、以上。』
ここで再生が終わり、映像は消えた。
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今回はここまでのようです。あなたの侵入をマスターが察知しました。……ああ、お使いになられた穴は裏口に加工して開けておいて差し上げます、どうせ塞いでもこじ開けるのでしょうから……それでは、また。
エミールにアルコールを入れるか否か
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下戸、飲めない
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飲めないことはない、付き合い程度
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ザル、酔わない
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シャルロットがいるので飲まない
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大好きな実験に使う