ドラえもん のび太の異空幻想伝   作:松雨

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大異変の予兆

「全く……想像以上に凄い力ね。回避能力もさることながら、加減しているとは言え素早く動く私を捉え、命中弾を叩き出すなんて驚いたわ。体力はあまりないみたいだけど、人間にしてはかなり優れた空間認識能力と動体視力を持っている様ね」

 

 のび太とドラえもんが幻想郷に訪れてから5日目となった日の昼間、紅魔館の上空にてのび太は大鷲を模した『バードキャップ』と『ショックガン』を使い、レミリアと擬似的な弾幕ごっこを行っていた。こうなった発端は、フランの過剰な程の心配による提案があったためである。

 

 大異変が発生し、いざ戦闘となった時にもしかしたら咄嗟に動けず、最悪の事態が起こってしまう可能性が恐ろしくて堪らないための提案に、のび太もレミリアも了承して今に至っていた。

 

 ただ、手加減しているとは言え吸血鬼であるレミリアの素早い動きを捉え、威圧感を乗り越えて攻撃を続け、時折命中させる事すら出来るのび太の高い能力をまざまざと見せつけられたフランの心配は激減する事になったが。

 

「うん。苦手な事ばかりがある僕だけど、射撃だけは飛び抜けて得意だしね。まあ、普段の生活じゃ殆んど意味がないんだけど」

「でしょうね。普段の生活でも活きないと言う事はないだろうけど、全て活きるとしたら戦闘の時位しかなさそうだし。ただ、その能力のお陰で過酷な冒険でも生き延びる事が出来たのだから、誇っても良いと思うわよ。現に、私に攻撃を当てる事が出来ているのだから」

 

 そして、手加減しながらとは言え対峙したレミリアも、人間にしては類い稀な空間認識能力と動体視力を持つのび太に対して、純粋に褒め称えていた。

 体力と身体そのものの強さは一般人の範疇であるものの、数々の冒険をくぐり抜けてきた経験に加え、前述の2つの能力がかなり強力だと実感し、幻想郷でも何とかやっていけるだろうと確信が持てたと言う理由からだった。

 

 実際、そのお陰で数々の危機を乗り越えてきた訳なので、レミリアの認識は概ね正しいと言えた。そして、体力と身体そのものの強ささえどうにかカバー出来れば、中位の実力者として名乗り出てもおかしくはない。

 

「さてと、結構疲れてるみたいだからそろそろ終わりにするわよ。そうでなくても、練習ばかりしていたらつまらないでしょう?」

「確かにそうだね。じゃあ、そうする――」

「お兄様お疲れ! 休憩するなら、早く私のお部屋に行こ!」

「あっ……」

 

 で、レミリアはのび太を褒め終えると、空中を縦横無尽に駆け巡って擬似的な弾幕ごっこを全力で行い、疲れ果てている様子を見て今日はもう終わりにしようと判断を下した。

 

 のび太自身も、言われなければもうそろそろ休みたいと言おうと思っていたため、練習を終わりにすると言うレミリアの判断に従うと言った瞬間、待ってましたと言わんばかりに登場したフランによって有無を言わさずおんぶされ、彼女の自室へと運ばれていく事になる。

 

 あまりにも素早い一連の行動にのび太はもとより、レミリアですら一瞬反応出来なかった程であった。まあ、フランがのび太をおんぶした際にとても嬉しがっていた事から、特に追いかけて止めはしなかったが。

 

「えへへ……今日の戦い、凄かったなぁ。流石は()()()()()! お姉様に褒められてるのを見てて、自分の事の様に嬉しくなっちゃった!」

「そうなの?」

「うん! これって本当に凄い事だから、お兄様はもっと誇っても良いんだよ! あっ、麦茶どうぞ!」

 

 で、幸せな気分のままにフランは自室へと疲れきったのび太を運ぶと、レミリアとの擬似的な弾幕ごっこの結果を褒めちぎりながら、世話をし始めた。

 麦茶を持ってきて渡す、手加減弾幕による軽い怪我の回復魔法での治療、ハンカチで少しだけかいていた汗を拭う、退屈させない様に会話を出来る限り途切れされないなど、楽しそうである。

 

「えっと、フラン。流石にそれは自分で出来るから……」

「良いの良いの! 私がやりたくてやってるだけだし! それとも、お兄様は私にお世話されるのは嫌……?」

「ううん、嫌なんじゃなくて、何だかやらせっぱなしなのは申し訳ないなって」

「そっか! じゃあ、このまま私に疲れが癒えるまでお世話させてね!」

 

 ただ、世話をされている本人であるのび太自身、嫌と言う訳ではないが全く動けなくはない事もあって、流石に怪我の回復以外は自分でやった方が良いのではと思っていた。

 だから、実際に自分で出来るからとフランに言っていた訳だけど、今にも泣きそうだと思える様な表情と仕草によって断れず、世話されの続行は確定事項となる。

 

「ねえ、お兄様」

「フラン? 急にどうしたの?」

「本当なら冬休みの間、幻想郷で沢山遊んだりして思い出作りをするはずだったのに、大異変の解決に巻き込んじゃって……その、ごめんね」

 

 そうして、世話をされ始めてからある程度の時間が経過した時、唐突にフランはのび太に対し、これから起こりうる大異変からの幻想郷防衛に巻き込んでしまってごめんねと、自分のせいではないのにも関わらず謝り始めた。のび太が紫からの願いを聞き入れた理由に、フランの存在が含まれていた様な事を言っていたのが、ふと頭をよぎったからだ。

 

 一旦よぎってしまえば、紫の心の内を読み取って先に伝える事が出来ていれば、自分が傷ついてでものび太を現代の町に戻す力と勇気さえあれば、大好きな人を死ぬ危険のある戦いへと向かわせる事なんてなかったのではないかと、そんな考えがフランの頭から離れなくなっていた。

 

「君のせいじゃないから、謝らないで」

「お兄様……」

「僕の事を心配してくれてるんだよね。ありがとう、フラン」

「……うん!」

 

 しかし、こうなったのは決してフランのせいではない。どう言う経緯であれのび太を幻想郷へと招いたのは紫であるし、紫がのび太に協力を要請したのも、大異変を起こそうとしている何者かの仕業だからだ。

 

 のび太もそれを理解しているため謝る必要なんてないと言い、その後すぐに自分の身を心配してくれているが故の発言であると察し、いつもの様に頭を優しく撫でながらお礼を言って落ち込むフランを笑顔へと戻した。

 

「さてと、ちょ――!?」

「うぅ、何このやかましい音……あっ! お兄様、大丈夫!?」

「大丈夫だよ、ありがとう。それにしても、今のは一体何だったんだろうね? ほんの一瞬だけだけど、凄く頭に響く不快な音が……」

「うーん、本当に何だろうね。もしかして、これが異変の前兆だったりするのかな?」

 

 そんな感じで色々しながら2人だけの一時をお互いに楽しんでいる時、何の前触れもなく一瞬だけかなり大きな不快音が襲うと言う怪奇現象が発生した。

 例えるなら、黒板を爪で引っ掻いた時に出る身の毛もよだつ音が1秒程度、耳を塞いでもハッキリと聞こえてくる位の不快度である。

 

 当然、こんな音をまともに聞けるはずもなく、聞こえてきた瞬間に耳を塞ぐ体勢に2人はなっていた。今までこんな経験をしてこなかったのと、紫から幻想郷に大異変が起こると聞いていた事もあり、もしかしたらその前兆なのかもしれないと言う考えが浮かんでいた。

 

 ただ、幻想郷全体に影響のある大異変の前兆としては、いささか規模が小さすぎるとの考えもあったため、そうであるとは断言出来ずにいるらしい。

 

「お兄様見て! 窓の外、真っ白で何も見えないよ!」

「うわっ、本当だ凄い霧……ついさっきまでは気持ちいい程の晴れ間だったのに、やっぱり紫さんの言ってた『大異変』の前触れなのかも」

「確かに。霧の湖でもここまで酷くならないし、そもそも普通の霧から魔力なんて感じないし……部屋の中にまで響いてきたさっきの気持ち悪い音も合わせると、そうとしか思えないよね」

 

 しかし、ふと閉まっていたカーテンを開け、目の前すら見えない程の魔力を帯びた濃い霧に包まれた窓の外を見たり事によって、ここまでに起こった現象は大異変の予兆だろうと、そう確信を持つ事となる。

 

 とは言っても、この時点で2人に出来る事は全くと言って良い程なかった。いくらフランと言えど、幻想郷全体を覆っているであろう魔力を帯びた濃い霧を消せる力は持っておらず、それならばとひみつ道具を使おうとしたとしても、どう言う訳かのび太がスペアポケットに手を入れようとしても、謎の力で弾き返されてしまうと言う事態に陥っているからだ。

 ちなみに、既に外へ出してあるひみつ道具のテキオー灯や大鷲のバードキャップは、問題なく使用可能である事が判明している。

 

「スペアポケットが使えなくなってるって事は超空間が封じられてるって事だから……今回の大異変、『ギガゾンビ』みたいな時空犯罪者の仕業とか……?」

「ギガゾンビ? 時空犯罪者? でも、この霧からは魔力を感じるから違うとは思う。未来の道具って魔法みたいな事は出来ても、魔法そのものじゃないしさ」

「うーん、確かに神様みたいな存在が居る可能性だってあるし……分かんなくなってきたなぁ」

 

 そんな中、スペアポケットが使えなくなったと言う事態、魔力を帯びた霧の規模が大き過ぎる事から、のび太はこの大異変に未来人……その中でもとりわけ厄介な『時空犯罪者』が絡んでいるのではと考えていた。

 

 ただ、いくら魔法じみた事が出来る未来のひみつ道具を筆頭とした機械とは言え、魔法ではないので魔力を発する事はない。魔力を生み出す道具も聞く限りではない事も分かっている。

 故に、のび太やドラえもんとそれなりに付き合いが長いフランは、未来人が一枚噛んでいると言う訳ではないと思うと、キッパリと断言した。

 

 結果、この現象を引き起こした外部の存在が一体何者であるのか、余計に分からなくなってしまう事となった。まあ、例え分かったとしても、たった2人で挑むには強敵過ぎるのが明白であるため、分からなくても今のところは問題はない。

 

「あっ、お兄様。だんだん薄くなり始めてきたみたいだよ!」

「本当だね。それにしても、随分と大がかりな異変……」

 

 そんな感じで部屋の中でのんびり過ごすこと30分、ようやく目の前すら見えなかった濃い霧が急速に薄まり、外の景色が見えてくる様になったものの、その際に見えてきた景色を見た2人はかなり驚く事となった。

 




ここまで読んで頂き、感謝です。お気に入りと評価をしてくれた方も、ありがとうございます。

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