「あの、それもう五杯目ですよ?」
もう五杯目らしいウイスキータンブラーの中の液体を呷る。 そうしてダーツ版にダーツを適当に放った。
「おかわり、くれよ」
「大丈夫ですか?」
そう言いながら六杯目のウイスキーを注ぐ。 しかし、俺の事をこの店で知らないとは、新人か? 数か月来ないだけでだいぶ変わるもんだ。
そうして俺が六杯目のウイスキーを呷ったら勢いよくドアが開いた。
「アニキ! やっぱりここにいたんスね! ここんとこずっといなかったから遂に死んだのかと思ったッスよ」
「ヤサ。 俺がそんじょそこらのチンピラやヤクザに殺されるとでも思ってんのかよ」
ヤサは俺に断りもなく隣のストゥールに腰を落として俺と同じウイスキーを注文する。 そして一息に飲みほし……いや、飲み干そうとしてむせやがった。 もったいない。
「ゴホッゴホッ! よくこんなきつい酒飲めますね」
「別に普通だ。 お前が弱すぎるんだよ。 で、何しに来たんだ? 酒飲むために数か月探してたんじゃないんだろ?」
俺がそう言うとヤサは思い出したように俺を指さす。
「そう! アニキの事をまた円卓の奴らが探してるらしいッスよ」
「円卓の連中が? 誰だ?」
「噂ではトリスタンらしいッスよ」
ヤサに言われていけ好かない野郎の顔を思い出す。 基本正面から戦おうとしない奴だが、まだ話が通じる奴だ。
「あいつなら大丈夫だろ。 円卓の中でもまだマトモな部類だし、俺の方が強いし」
最後に重要な事を付け加えてから七杯目を呷る。
「お前の方こそ、闇金の連中から殺されないように気をつけろよ」
「大丈夫ッス。 金借りるときはいつもアニキの名前で借りてるんで」
「よし分かった。 今すぐ殺してやる」
そう言いながらヤサの首根っこ抑え、財布を抜き取りマスターに投げる。
「また来るわ」
「ありがとうございました」
財布の中身を受け取り、空っぽになったそれを投げ返しながら優雅にお辞儀をするマスター。
お気に入りのチェスターコートを羽織り、ヤサも安物の革ジャンを羽織りながらついてくる。 先週くらいから急に冷え込みが厳しくなってきやがる。
「ヤサ、なんで俺が円卓の騎士に狙われてるかわかるか?」
ヤサはこう見えて情報屋で戦闘の腕はからっきしでいくら鍛えても俺と三合打ち合うことが出来ない。 だが、本業の方の腕は確かで流石俺をこの街に戻ってきて最初に見つけるくらいは出来るのだろう。
人目の付かない裏路地にヤサが入り込む。 俺もそれを追いながら質問する。
「それが……」
ヤサにしては歯切れが悪い。円卓の騎士の名前を出して来たくらいだからある程度裏の取れているはずだ。
「おい、どうしたんだよ?」
「……」
答えないヤサの肩を掴み、問い詰めようとしたとき、不意に周囲の空気が震えだした。咄嗟に横っ飛びすると、俺のいた所。 ヤサの真後ろを衝撃が突き抜ける。
「……っち! 外したか」
金色に染め上げた長髪。 レザーのジャケットにダメージ加工のスキニー。 エレキギターを背負った男がビルの屋上から見下ろしていた。
「ヤサ……」
「……すんません」
項垂れながら裏路地を駆け抜けていく。 追いかけて一発殴ろうかとも考えたがやめた。 どうせむかつきは晴れないしなによりこいつの相手をしなければならない。
「久しぶりですね。 探しましたよ。 隠れるのだけは上手いですね」
「久しぶりだな。 俺は会いたくなかったぜ」
円卓の騎士。 竪琴と悲しみの騎士、トリスタン。 見た目と言葉使いが致命的にミスマッチだ。
「俺になんか用かよ? 俺は高いぜ?」
茶化すつもりで言ったが意外なことにトリスタンは首肯する。
「ええ、王があなたの力が必要としています」
「あいつが? 冗談だろ?」
「私も冗談だと思いたいですよ。 しかし、王は決して冗談などおっしゃられないお方です。 ならばあなたが呼ばれたことは何か意味があるのでしょう」
しかし、とトリスタンはギターを構える。 俺も腰から折り畳みの特殊警棒を抜いて構える。国から超法規的に武器の携帯を許されている円卓の騎士や、その部下どもならいざ知らず。 善良な一般市民である俺が日頃持ち歩いているのは催涙スプレーとスタンガン。 あとはこの警棒くらいの物だ。
「おい、お前の仕事は王からの仕事の依頼することだろ? なら戦う必要はないんじゃないか?」
「はい、ですが私個人としてはあなたが嫌いなので」
理不尽が過ぎる。 しょうがない、俺の輝かしい未来のためにもこいつをボコボコにするしかなさそうだ。