トリスタンの能力はなかなか強力だ。 遠距離に特化しておりその攻撃力は鋼鉄すら容易に切断する。 音を増幅、超圧縮して刃を生成し放つ奴の攻撃の対処は二つ。 武器破壊か、直接本人を叩くかだ。
しかし、あいつが今いるのはビルの屋上。 そこまで高くはないから壁を駆け上るくらいは出来そうだが、それのあいつがのんびり待ってくれるとは思えない。
事実、ビルの上からギターの旋律を打ち込んでくる。 それを紙一重でかわしながらあたりを見渡す。 しかし、あるのは腐った生ごみが入っているだけのごみ箱しかない。 俺の得物がもっとまともな物であればあいつの攻撃を受けながらビルを上る事も考えたんだが、あいにく今あるこの警棒だと受けきるどころか一撃で真っ二つになって俺まで斬撃が届くだろう。
圧倒的優位な状況から戦いを始める。 おおよそ誉れ高い騎士のすることとは思えない。 が、それこそが今の円卓の連中だ。
しょうがない。 こいつ、トリスタンがそんな戦いをするなら、俺もそれ相応の戦い方をするとしよう。
俺はポケットの中の催涙スプレーを取り出し、思いっきりぶん投げた。 トリスタンは咄嗟にそれに斬撃を放つ。当然それが当たるとは思っていない。 しかし、缶を破壊する為に一瞬だけ俺への攻撃の手が止まった。 その隙に路地を飛び出し、さっきのバーまで走る。 トリスタンもそれに気づいて攻撃してくるが、ギリギリ射程距離の外らしい。
「いらっしゃ……おや」
マスターが俺を見て眉をひそめる。
「奥、空いてる?」
無言でバーカウンターの中に入れてくれ、その奥の倉庫のカギを渡してくれる。 無言で礼を言い、倉庫に飛び込む。 おそらくトリスタンは高所の有利を捨ててまでここまで追ってはこないだろう。 倉庫の壁に背中を預けズルズルとへたり込む。 あの事件以降比較的平和に過ごしていたから運動不足だったのだろう。
「大丈夫かい? 今度は誰に?」
マスターも倉庫に入ってくる。 その眼には半分の心配と半分の好奇心が映る。
「ええ、ありがとうございます。 円卓の騎士様がちょっとね」
円卓の名前を出したら、マスターの眉が少し吊り上がる。 しかし、昔話をしている暇はない。 俺は倉庫の一番奥の棚に隠してあるルーン文字が刻まれた石と一振りの武骨な剣を取り出す。 よし、と剣を握りながら口の中でつぶやく。
歴史に残る勇者の時代から受け継がれているのは太古の時代の魔術だ。 今でも人の世のすぐ裏に魑魅魍魎が跋扈する暗い闇の世界が存在する。 世界中様々な組織や国がこれらに対応していたがこの魔術(様々な呼ばれ方があるがその根源は大体同じだ)を使っていない組織はほぼいないだろう。 この石に刻まれっているルーン魔術も古代の魔術でこれを刻むだけでこの石はさっきの催涙スプレーや警棒なんかより遥かに怪異に対して有効になる。
剣を持ちながら俺が師匠から言われ続けた事を思い出す。 満を持してトリスタンの下手糞な演奏をやめさせることが出来る。 防御用のルーン石を構えながらドアを開けると、さっきと変わらないビルの屋上にトリスタンは立っていた。
「よう、クズのくせに健気に待っていたのか」
「あまり被害を拡大させないようにと、アグラヴェインから言いつかっているので」
「はっ! あの堅物の言いそうなこった!」
悪態をつきながら周囲に目を配る。 やはり何もないがこれはもう癖だ。 師匠がずっと教えてくれた事の一つがこれだ。 常に戦いにおいて場を確認することが肝要である。 俺の師匠は剣術の腕は対してだったがなぜか一本も取れなかった。 最弱の剣士と言われ続けたが生涯無敗の円卓の騎士であった。
そんな男が俺の師匠なのだから俺がこいつごときに負けるはずがない。 真正面に剣を構える。
「剣を持っただけで私と対等に戦えると思ったのですか? 私の曲は鋼鉄すら切り裂きますよ」
「やってみろよ下手糞。 後俺は親切だから教えといてやると剣お俺が持ったら確かに対等じゃねぇな。 俺の方がはるかに強い」
それ以上は話すことがない。 どちらが先か俺が飛び出すと同時にトリスタンも音の斬撃を飛ばす。 奴の演奏は三小節で終わった。
ビルの下へと走る俺を牽制するように放った斬撃を加速して避ける。
ビルを駆け上る俺に斬撃を連射するが、あらかじめ投げておいたルーン石がそれを防ぐ。
駆け上がりざまに奴の右腕に切りかかる、と見せかけて裏刃でギターの弦を切断する。 この程度の攻防は接近戦の初歩中の初歩であるがそれゆえに大切な技術で効果も絶大だ。
そのまま後ろに回り込み、膝を横からローキックをかます。 そしてバランスが崩れたところを肩でタックル気味に押し倒し、首筋に刃を当てる。 戦闘が始まってここまで十秒程度。 俺は自分の手際の良さにわれながらうっとりした。
「分かったか? お前は前衛でお前を守ってくれる存在がいなきゃその程度だって事だ」
俺にミスがあるとすればここでこいつを殺さなかった事だ。 俺が数か月ぶりにこの街に戻ってきてすぐに円卓の連中に居場所がバレた事。 そして単純に俺が油断していて久々の圧勝にちょっとだけ酔いしれていたのだ。 だからヤサが俺の後ろに回り込んでナイフを突きつけて来たのに気が付かなかった。
「……ヤサ。 お前、何のつもりだ? 今までの事を恩に着せるつもりはねぇが……それでも俺はお前を可愛がってきたつもりだぜ?」
こいつはそこいらのケチな情報屋とは違い、仁義と言うか、義理と言うか、とにかくそういうのを大切にしている奴で俺もそこが気に入って付き合いが始まったのだ。 円卓の騎士が相手とはいえ、簡単に俺を売るとは思えない。
「アニキ……。 いえもうアニキとは呼べませんね。 兄上」
ヤサがナイフを引く。 俺もトリスタンから剣を引いてやる。
「訳を話してくれるんだろうな」
「はい。 その前に改めて挨拶を」
そう言ってヤサがナイフを胸の前に構える。 まるで騎士の構えだ。
「ヤサと言うのは仕事で使う家での名前です。 私は円卓の騎士の一人。 役職は『ガレス』を賜っています」
ヤサが円卓の騎士!? しかし……。 円卓の騎士は全員武芸に秀でているはずだ。 ヤサに道場で訓練している時もこいつは実力を隠しているとは思えない弱さだった。
「私は諜報活動が主たる任務なので。 戦闘は人並み程度でしかいないのですよ」
なるほど、それならこいつの弱さも、情報屋としての腕にも納得だ。
「じゃあずっと俺は円卓に関しされていたって事か。 負けたぜ」
それで、と剣を収めながら話を続ける。
「数カ月俺をストーカーして何の用だよ」
「実は……あなたに仕事の依頼です。 あるものを集めていただきたいのです」
円卓の騎士が俺に持ち込んできた仕事の依頼はあるものを集める事。 その秘宝をめぐって俺の運命は再び回り始めた。