その日、俺の幸せは終わった。
鮮血が飛び交う光景。天井も壁も赤黒く染まった。
目の前で死んだ父の目から生気ががなくなっていく。
手には母の臓物と妹の一部分の暖かさと生ぬるい感触があった。
あんなに力強かった父の死体の重さ。
体のあちこちは痛み、口には自分と誰かの血の味がひろがって。
むせかえりそうな血の匂いと兄のひしゃがれた声。
それは潰れるような音に変わって、しばらくしてただ肉を咀嚼する音が反復する。
やがてそこには唸り声だけが響く。餓えを際限なく訴える声。うるさい。うるさい。うるさい。
いつからか俺も唸っていた。俺も餓えていた。何に?何を欲している?
それは力だった。蹴りだけで父を殺せる力。無造作に手を払うだけで母を肉塊にできる力。
牙を立てれば口うるさい兄を永遠に黙らせられる力。残忍に妹を殺せる力。
誰にも生存を脅かされない力。自分を失うこともなくなるほどの力。
何故自分は死に瀕している?力がなかったからだ。
家族が死んだのは?彼らに力がなかったからだ。
そして奴らには力があった、ただそれだけのことなのだ。
俺にあったのは奴らへの怒りでも恐怖でも、家族を喪った悲しみでもなかった。
奴らの強さへの憧れだった。奴らの振るう暴力への憧れだった。奴らの立場への憧れだった。
俺は狂ったのだろう。もしかしたら最初から狂っていたのかもしれない。
家族のことは好きだった。人並みに愛していたし、疎ましくもあったし、
喧嘩もしていたし、愛されてもいたし、家業を手伝って貢献だってしていた。
でもこの時、俺は家族のことなど気にもかけていなかった。
襲撃者である奴らに対して畏敬の念を抱いていた。
そんなどうしようもない俺はまだ生きようとしていた。
奴らから逃れられるような体でもないし、逃げれるつもりでもなかった。
それでも逃げようとした。
激痛に身を悶えさせ、小さく声をあげてしまった。
たちまち奴らに見つかった。首根っこを捕まれ、壁に押し付けられ、
声もでないほどの万力で締め上げられた。
俺は死ぬのだろうな、とひどく冷めた頭で考えながら、
ただ惜しむらくは自分という存在も居なくなる、そんなことへの恐怖に襲われていた。
死にたくない。死んでたまるか。こんなところで死ねない―
奴らにとって不幸だったのは、今日は夏至で夜明けが早かったこと、外に通じる襖を壊していたこと、そして鬼にとって太陽の光は致死的なことを知らなかったことであろう。頸を締めていた万力はふっと消え、苦しみながら消えていく滑稽な奴らの姿がそこにあった。
その日の朝日は、きっと生涯忘れられないものだろう。
そう、始まりと終わりは同じで。幸せが終わったように俺にとっての新しい人生が始まったんだ。
回りは死体と血の酷い惨状なのにも関わらず、不思議と俺は落ち着いていた。
同時に、後に鬼と知る奴らも、案外人間と同じく中途半端な儚い生き物であることを知った。
不老不死でありながら、太陽の光、もしくは日輪刀で頸を切られれば死ぬ。
なんと脆い生き物だろう。そんな中途半端な力ならいらない。もっと強い力が必要だ。
太陽でも、日輪刀でも、人間にも、鬼にも、脅かされない、力が、欲しい。
変な黒いやつらに同情やら励ましなど、色々言われたがそんなことはどうでもよかった。
気に食わないクソ鬼どもを殺すのだけが俺の目的だと決めたからだ。
鬼を殺す方法や殺す奴がいるのか、その殺す奴にはどうやってなるのかを聞いた。
どうやら人員不足は常であるらしい鬼殺隊とやらに誘われるのは自然なことだったらしく、
ここから一番近い育手の所在を教えてくれた。文も送ってもらえるらしい。
まあ体はボロボロだったから、まずは治せということで病院に連れてかれた。
その病院で、彼女とあった。珠代さんという女性と、愈史郎君(さん?)という男性だ。
そいつが鬼であることが分かったのは何故か分からない。
ただの勘だったと思う。あの時の鬼よりは恐ろしさを感じなかったが。
それでも彼女に恐怖を感じている子どもを演じたのは、
そうして彼女の気を惹くことで自分をただの患者でない、自分の正体を知る存在として認識させる。かつ彼女は人間を助けていることから、恐らく鬼であることを隠しているだろう。
それを脅しに鬼に関して知識を得れるだろうと思ったからだ。
だがあの男が居るのを知っていたなら、あんなことをすることはなかったと思う。
流石にあの殺気にはヒヤリとした。様子を見るに余程彼女に心酔していると見える。
彼女の不利になるようなことをすれば、あの男は俺を殺すことを躊躇わない。
そんな雰囲気だった。
だがこちらには人間であるという強みがある。彼女は人を殺すことに強い忌避を持っている、
正しい倫理観をもった鬼だ。愈史郎君は…珠代さんの言葉には従うだろうから、大丈夫だろう。
少なくとも珠代さんから敵意を向けられなければ。だから協力も持ちかけた。
脅しで情報を得るのは最低だが、鬼の情報は喉から手が出るほど欲しい。
そうして色々な情報を得た。鬼が生まれる原因、弱点、血鬼術、自分たちの目的。
鬼舞辻無惨…それが鬼の始祖の名であり、すべての鬼を生んだ元凶。
鬼たちの頂点であり、俺の目指すものに最も近い存在。皆は彼を殺すのが目的の様だが。
そうはさせたくない、だが人間の感情ほど御せぬものはない。誰よりも早く彼を保護せねば……
まあ、彼は大昔から生き長らえていると聞く。そんなに急ぐことはないだろうが、しかし彼を捕まえる前に自分が衰えてしまっても、死んでしまっても元も子もない。準備が必要だ。
あらゆる手段を使ってでも生き延びろ。どんなことでもして彼を捕まえろ。これは孤独な闘いだ。誰にも理解されない、誰も賛同しない、誰もが自分を人間の敵だと思うだろう。
だからこそ、力が必要なんだ。その為の彼女で、その為の鬼殺隊だ。如何なる時も。