【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい 作:風早 海月
梅雨入りして、しとしとと雨の降る6月中旬。
新越谷高校の野球部はかつて強豪であり、設備だけは一流並。当然のごとく屋内練習場を持っている。とはいえ、プロの球団並の設備が学校内にある訳がなく、練習スペースは限られている。せいぜいが投球練習やシャトル打ちくらいなもので、頑張ってもトスバッティングが限界な広さしかない。この人数でこれなのだから、大人数でこれを使わないといけなかった昔の部員は大変だっただろう。
「…なんか息吹ちゃん球速上がった?」
パシッ、と音をさせて投球練習で球を受ける珠姫がふとこちらに寄ってくる。
「そ、そうかしら?」
「うん、ヨミちゃんと光先輩には及ばないけど…なんかトレーニングしてるの?」
「うーん…そうね、野球部に入ってからは芳乃監修でだけど、そこそこハードにトレーニングはしてるわね」
筋肉ムキムキにならないようにという注文はつけているけど。光先輩みたいにはなりたくないな〜。ムキムキとか女の子として私は認めないぞ!…あ、いえ、あくまで性癖的にという意味であって、貶す訳では無いですよ?光先輩の肉体美に惚れた人もいるかもしれないし…いや、ムキムキ幼女先輩とか属性多すぎやで。
「だからかな…こころなしか球速も球威も上がってきた気がするよ」
「そうね。でも抑えとして使われるのならともかくとして、セットアッパーとして使うなら今の球威じゃ物足りないわ」
球威という意味で言うなら理沙先輩。だけど、理沙先輩の投球は『とりあえずゾーンに入る』レベルであり、あまり期待できない。詠深の投球は、球威という面ではごくごく一般的な投手より少し優れている程度で、とりわけ優れている訳では無い。逆に光先輩はその小柄な体躯もあり、その
「でもランダム投法*1なら―――」
「あくまでそれは意表を突ける程度。影森はともかくとして、梁幽館クラスには通じないわ」
「それは…そうだね」
「やっぱり決め球に欠けるのよね…」
私は実は今までの変化球は、コピーしていたとしても身体能力の限界により変化量と球速はオリジナルに劣る。それで何とかなってきたのだけど、詠深以外にも強豪校の打線を相手に投げられる投手が欲しいところ。光先輩はその豊富な変化球で打たせてとる野球ができるけど、私のランダム投法ではオリジナルに劣るため、強打者には打たれてしまう。カウント取りにはいけるかもしれないが、決め球がないのは強打者への対策としてはまずい。
原作で影森戦のコピーアンダースローをした時も、あれは珠姫の返球の上手さがあってこその代物だ。
「いっそ宜野座カーブでも投げるかしら」
「それはやめた方がいいよ。下手すると負担がかかるし…」
「そうよね…そもそもコピーじゃない変化球ってどうすればいいのよ」
最近の私はバッテリー陣+芳乃+監督で変化球の考案と練習を行っている。
詠深のツーシームとカットボール。理沙先輩のカーブ。光先輩の練習中のシンカーの練習は佳境を迎えた。
そんな中で私は未だに変化球…私がコピーする元のオリジナルに負けない勝負球を欲していた。梁幽館は何とか勝てるかもしれない。でも、柳大川越は難しい。コピーよりも鋭い変化球を。
「どうすれば…」
「まぁとりあえずランダム投法で変化球投げ込んで、探してみようよ!」
詠深が励ましてくれる。
「集合〜」
主将の集合の声にみんなは練習を終えて集まってくる。
「少し早いが、レギュラーも決まったからな…公式戦用のユニフォームと背番号を配布するぞ」
「待ってました!」
どんなに人数が少なくて、ほぼ確実にレギュラーかベンチが約束されているとはいえ、背番号を貰うということはとてもワクワクする行事だ。
「それじゃ、順番に取りに来てくださいね」
業者の注文なので、背番号順で箱に詰められている。
「1番、ヨミ!」
「ハ…ハイ!」
主将が詠深に1番の付いたユニフォームを手渡す。
「頼んだぞ、エース」
「ハイッ」
その後はほぼ順当に背番号が渡される。
2番、珠姫。
3番、希。
4番、菫。
5番、理沙先輩。
6番、稜。
「7番、息吹!で、8番は私。9番、白菊!」
正直なところ、私と白菊と稜と光先輩のポジションの問題から、背番号が変わるのじゃないかと心配したものの、何とかなったみたい。
「10番、芳乃」
「ええっ!?いいんですか!?それに光先輩よりも前…」
「そうだな。2番手投手はこの番号をつけて欲しいってのもあるし、コーチャーとか伝令とか出れた方がいい。というわけで、2番手投手の光、11番。影のエースとしても頼むよ」
最近の背番号トレンドでは2番手投手の実質エースが11番(ダブルエース)を背負うことが多い。それも加味してということか。もしくは芳乃が実質司令塔だからか…
「この肌触り、間違いない。
芳乃の暴走は練習が終わって、解散の時間となる頃まで続いた。
「芳乃ー、私たちもそろそろ…もー、汚れるわよ」
いや、まだ続いていた。ユニフォームに身を包んだ芳乃が、雨の止んだ外で素振りをしていた。ちなみに芳乃はバッティンググローブはつけない派。
「だって嬉しいんだもん。新越谷のユニフォーム!帰ったら歴代10番の選手チェックしなければ!」
意外と藤井先生とか着てるかも。
「あっ、芳乃ちゃんが抜け駆けしている!」
芳乃のユニフォーム姿を見た詠深が寄ってくる。
「かわいい〜、似合ってるじゃん」
「ありがと〜」
「いいなー、私も来てこよーっと」
せめて部屋の中だけにしなさいよ…汚れるから。せっかくなんだからピカピカの新品で開会式出たいじゃない。
しばらくして、詠深と珠姫の2人がユニフォーム姿で部室から出てくる。
「着たよ〜」
捕手の珠姫は防具でいつも隠れているので、なんか新鮮。まぁ打撃時は脱いでるけどさ。
「2人ともすごく似合ってるよぉ〜!強そう〜」
「ありがと。そーだ、芳乃ちゃん。私とキャッチボールしよっか」
「新越谷のエースと?」
「う…うん」
「ぜひお願いします!」
「じゃあグラウンド行こっか」
屋内練習場の鍵は既に閉まっているものね。
一塁側のベンチとその前の照明を点灯する。大輝度LEDを使用しているため交換はだいぶ先だし、消費電力も抑えられる。初期投資は高いけど。
「ちょっと濡れてるけどやれそうだね!」
私と珠姫は一塁側ベンチの中に座り、2人のキャッチボールを見る。
「ちょっとお節介かもしれないけど、敢えて言うわね」
「え?」
私は珠姫にそっと話し始める。
「投手は4人。内野手は私と詠深が、外野は光先輩と希が、それぞれ保険になってるわ。でも、捕手はあなた1人よ。打順下げた時に少し不満そうだったから言わせてもらうけど、正直言って珠姫が怪我した時点で没収試合になるわ。でも、他の人なら1人ならなんとかなる。光先輩が入って来てくれたおかげだけどね。最悪芳乃も突っ込めば2人まではなんとかなるかしら。まぁ芳乃を試合に投入する時点で敗戦濃そうな試合だけど、没収試合よりはマシね」
「……」
「珠姫が欠けた時点で、新越谷というチームは崩れるわ。私がコピーで座ってもいいけど…その結果はお察しね。だから繰り返しになるけど、危ないプレーは避けて。人数が少ないからこそ、私たちは危険なプレーは絶対に避けないといけないわ」
「…ごめんね、そうだよね。私ちょっと意地張ってたかも」
「ふふっ」
「なんで笑うの!?」
「だって…」
私は珠姫を横目に、ニヤリと笑いながら付け加える。
「珠姫っていつもヨミを諭す側だったから…珍しいなって」
「…むぅ」
「私たち投手からしたら、珠姫ほど頼れる捕手はそうそう巡り会えないわ。だから絶対に無理はしないで」
「分かったよ」
扇状に広がるグラウンド。その
私たちは詠深と芳乃に誘われてキャッチボールへ参加するのだった。
☆☆☆☆☆
蝉もうるさく鳴く陽気。
スカートだから前世と比べれば涼しいかと聞かれれば、そうでもないというのが答えだ。生パンだと涼しいのかもしれないけど、さすがにこの新越谷の短いスカートで見せパン履かずに…というのは、ね。
私と詠深と芳乃が週刊ペナント増刊号、埼玉大会特集を囲んでいると、珠姫が教室に来た。普段は違うクラスなのだけど、よく遊びに来る。
「おはよ」
「タマちゃん、おはよー」
「何読んでるの?」
「あぁこれ?」
芳乃が珠姫に見せびらかすように構える。
「週刊ペナント増刊号!!
「へぇ〜……大したことは書かれてないね」
1年生主体の新チームで再スタート
1年生8人、2年生3人と今大会県内で最も平均年齢の低いチーム。
1年生エースの武田はコントロールの良い直球と変化の大きいスライダー系の球で打者を打ち取る。スタミナもあり、試合を作ることも出来る投手。また、中継ぎには2年生で多彩な変化球を持つ川原が、抑えには千変万化の投球をする川口息が控える。捕手には美南ガールズで中学2年生時に正捕手を務めた山崎が座り、バッテリーに不満はない。
打線は俊足好打の1番打者中村の出塁が鍵。川原、川口息の好打者投手陣が
1年目の藤井監督は、かつて新越谷が全国へ駒を進めた時代の選手である。チームの刷新と共にかつての栄光を取り戻すことが出来るのか…監督の采配にも注目である。
監督 藤井 杏夏(教諭 部長兼任)
スローガン ゼロから
「まぁ変なこと書かれるよりマシよ。それに、不祥事の件に配慮してくれてるみたいだしね」
再スタート、チームの刷新、などなど、悪いイメージをなるべく流してくれるように書かれている。
「でもこの写真欲しいかも」
「今度私たちで撮ったらいいんじゃない?」
「だね」
梁幽館の吉川投手のデータを詠深が見つけてヤンデレ彼女化するのは別の話だ。まぁわかっててやってるんだろうけど…え、そうだよね?笑わせるためのジョークだよね?マジでヤンデレじゃあないよね?