【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい 作:風早 海月
「序盤の1失点は想定内だよ。主将もナイス守備です。まだ3点リードしてますから、このまま逃げ切りましょう!」
守備から帰ってきたみんなに芳乃が声を張る。
2回の表、新越谷の攻撃。ピッチャーの詠深から。
詠深は空振り三振でワンアウト。0割5分だもんね。
1番珠姫。初球を打ったがセカンドゴロ。ツーアウト。
私はネクストサークルから左打席に入る。
今回の打席はツーアウトノーランなので諦めて球数稼ぎにいく。
見逃し、見逃し、ファール、ボール、ファール、ファール……
「いいよ!ネバネバ!」
「数で勝負だよ!」
ボールカウント3になるまでの都合14球を投げさせて丁寧にセカンドへゴロを打ってあげた。スリーアウト。三者凡退となる。
2回の裏、梁幽館の攻撃。
打席には6番の大田さん。
ストライクを外角低めにとって、2球目。ツーシームで詰まらせてサードゴロ。
7番は投手の吉川さん。あの球で追い込む。最後はツーシームで見逃し三振。
「ツーアウト!」
8番は小林さん。数球で追い込まれてからツーシームでボテボテのショートゴロ。一塁アウトで三者凡退。
2回は双方共に
「守備も流れ来てるよ!クリンナップからだし追加点いけるよ!」
「梁幽館は主力の出入りが激しい分、夏は初体験の選手も多い。吉川さんもそうだし、
「タマちゃんの機嫌がいいから私も調子がいいんだー」
ほんと、2人とも仲良いよねぇ…
3回の表、光先輩はレフト単打で出塁。
迎えるは4番希。初球振っていってレフトへの痛烈な当たり。ノーアウト一・三塁。
5番主将はカウントを取りにきた甘いカーブを捉えてセカンドを抜いたライトヒット。1点追加で、ノーアウト一・二塁。
ここで梁幽館ベンチから栗田監督がベンチを出る。ピッチャー交代。
投球回2 0/3、投球数50、被安打8、奪三振1、失点5、自責点5という結果で、吉川さんはグラウンドを後にすることに。遠目だったけど、やっぱり泣いてたように見える。
「ここで中田さんがマウンド…」
「速球は得意だから私に任せなさい」
少し暗い顔になる芳乃に、私はそっと囁く。流石に中田さんの重い速球を柵の向こうまで持っていくのは難しいけど、柵手前まで持っていくのはできるはず。
6番理沙先輩は中田さんの速球と球威に空振りとファールで追い詰められ、3球で仕留められる。空振り三振。ワンアウト。
7番菫は芳乃の指示で球数稼ぎ。7球までは粘ったものの、ピッチャーゴロでツーアウト。だが、希の走塁技術と主将の快足で進塁打となる。
8番白菊。空振り2つで追い込まれてからボール球を振らされて空振り三振。スリーアウト。
「守備は今まで通りで大丈夫だよ!しっかり守って逃げ切ろう!」
芳乃の言葉に応えるように、3回の裏の梁幽館の攻撃を捌く…が、そう簡単ではない。
初球、9番の西浦さんは痛烈なゴロでファーストを抜き、ライトへ。
「ボールふたつ!」
「暴走だぜ!」
二塁走塁を見せたが引き返して一塁。ノーアウト一塁。
さらに1番打者陽さん。あの球を後ろに弾いてからツーシームを三遊間を抜いて連打。ノーアウト一・二塁。
2番打者白井さんは送りバントでワンアウト二・三塁。
あれれー、この展開見たことあるぞ〜?(棒)
スクイズを外した球に飛び出して当てた白井さん。キャッチャーフライ…だが、珠姫の視線の先には太陽が輝いていた―――
拾い直して一塁送球もセーフ。オールセーフで満塁。
4番強打者中田さんを前に、満塁。
タイムをかけてマウンドに芳乃が来る。私たち内野陣も集まる。
「ごめんね、詠深ちゃんの力を信じてないわけじゃないけど…ここで万が一柵を越えられると後がない。だから……」
「芳乃らしい作戦だけど、素でエグい」
「……ま、これも野球よ」
私はこの展開、嫌いじゃない。野球は1人じゃできないことを体現してるようにも思うのだ。
「ごめんね…私のエラーのせいで満塁に…」
「タマちゃんはいつも完璧すぎるからねえ。たまにはあってもいいのでは?」
詠深が珠姫を後ろからくっつく。
「今ちょうど真上だしねぇ。グラサンあるけどつける?」
「それはダメ!タマちゃんの顔が見えないとショボ球になっちゃうし〜」
「それもそうだね」
「まあ同じミスは二度としないよ」
いや、その前に、顔が見えないからショボ球になるっていうの、みんなスルーなの?ねぇ。
「最少失点でなんとか抑えよう!」
内野陣が散り、芳乃がベンチへ戻る。
「お待たせしました」
「なんだ、ワンポイントリリーフかと思ったが違うのか…」
中田さんが私を見ながら珠姫に言う。
そして、プレイが宣言されても、珠姫は座らなかった。
「は?」
「嘘でしょ?」
「オオイ!」
「有り得んって!」
「勝負しかないだろ!」
「交通費払って!」
「中田の打席観に来たのに!」
「抗議の空振りしてよー」
「新越監督変われ!」
「ボールフォア!」
5-2。点差はこれで3点。しかし、中田さんの打力を考えれば、満塁という守りやすい状態(フォースの状態)を維持しつつ最少失点を求めるなら敬遠が最適だ。
ザワつくどころか観客席は大変な騒ぎとなっていた。
それは続く5番笠原さんが打席に入っても同じだった。
空振り、ファールと追い込んでから、伸びの良い強い直球でピッチャーゴロ。1-2-3のゲッツーとなりスリーアウト。
3回の裏を終えて、なおも3点リード。
4回の表。新越谷の攻撃は詠深から。
詠深、珠姫と凡退してから私は左中間へスリーベースヒット。ツーアウト三塁。
続く光先輩は空振り、ファール、セカンドライナーでスリーアウト。
4回の裏。梁幽館の攻撃は6番大田さんから。
ライナー性のボールをレフトに飛ばした。光先輩は僅かに届かず横に弾いてしまう。主将が直ぐに拾って二塁走塁は防ぐ。
「ドンマイです、光先輩!」
「ナイスリカバリー
7番に入った谷口さんは打力はあまり無いのか三振。
8番小林さんはレフト前に落としてワンアウト一・二塁。
9番の西浦さん。さっき初球のあの球を打ってるから要注意…
ファールでよく粘る。
「ボール!
そして、強ストレートを捉えた西浦さんの打球はショートとセンターの間にフラフラと落ちていった。
ワンアウト満塁。ここで迎えるは6割打者陽さん。
ツーシーム、あの球、強ストレートを織り交ぜた投球で翻弄したが……
ライトへ大きな当たり。フライだが……
「バックホーム!」
白菊は少しお手玉してしまい、それが仇となる犠牲フライ。ツーアウト一・三塁。
続く白井さんはセンターライナーに打ち取ってスリーアウト。
4回を終えてグラウンド整備が行われる。
詠深は既に60球近い数を投げている。その中にはまだ万全でない強ストレートや決め球も含まれている。ある意味詠深が公式戦で全力投球出来ているのは初めてのこと。疲れが見え始めていた。
「タマちゃん、どうよ、私のピッチングは」
「まだまだかな。強ストレートど真ん中にきてヒヤッとしたし」
「むぅ…厳しいなぁ」
「ヨミちゃんは1日で最高何球投げたことある?」
「うーん…ダブルヘッダーとかもあったしなぁ…250球くらいかな!」
「は?」
一応言っておくけど、この世界の高校野球において、投手の投球数は多くても120と言われている。一般的な投手なら80~90球である。速球派は肩への負荷が、技巧派は疲れや集中力低下によるコントロール低下が、それぞれこの辺りで限界なのだ。中学ならさらに少ないはず。それを250という破格の数字をもたらしたのだ。珠姫がは?と言いたくなる気持ちは分かる。
「全力で投げられないからこその利点…というわけね」
「そうは言っても…よく壊れなかったね今まで」
「あはは…でも今日はタマちゃんが一生懸命考えてリードしてくれて、全力が出せているから…120くらいかな」
いや、それでも多いんだって。きっちり抑えることを考えれば恐らく途中の6回か7回でシート変更があるだろう。その辺は芳乃の頭に聞かないと分からないけど。
5回の表。攻撃は4番希から。
中田の投球と好守備に阻まれショートライナー。
続く主将も粘ったもののセカンドゴロに倒れる。
さらに理沙先輩は空振り三振を取られスリーアウト。
流れが中田さんというエースによって持っていかれている。
5回裏。梁幽館の攻撃は3番高代さんから。
センター返しで出塁。ノーアウト一塁。
4番中田さんは敬遠で。ノーアウト一・二塁。
5番笠原さん。ツーシームに詰まらされて6-5-3のダブルプレー。
6番大田さん。本日初ヒット。ライト白菊の頭を超える長いヒットでツーベース。1点を返す。5-4で1点差まで詰め寄られる。
ついで7番の谷口さんはライトへ当たりを出した。ツーアウト一・三塁。
8番の小林さんもレフト前にシングルヒット。満塁に。
詠深の投球に、梁幽館が徐々に合ってきている。尻上がりで良くなってきていた詠深の投球に、食らいついてくる打線。これが本物の梁幽館打線…知識とは全然違う手強さ。私が投げて抑えられるかは分からない。抑えられるイメージはない。
9番の西浦さんはピッチャーゴロで打ち取ってなんとかピンチを脱する。スリーアウト。
詠深の投球数は1~3回、4回、5回とだんだん多くなってきている。
6回の表。7番菫から9番詠深まで凡退。スリーアウト。
6回の裏。梁幽館の攻撃は1番の上位打線から。
1番陽さん。珠姫の巧みな配球もあり、ショートゴロに打ち取る。
2番白井さんはライトへ単打を放つ。ワンアウト一塁。
3番高代さんは送りバントでツーアウト二塁。
そして…4番中田さん。
「また敬遠か?」
「どうせ敬遠だって」
観客のボルテージが下がる。
「外野長打警戒ね!」
だが、外野の守備位置が極端な後退守備を敷いたことで、逆にボルテージが跳ね上がる。3打席敬遠からの勝負に、否応にも期待が高まる。
「詠深、落ちついて思いっきり投げなさい。ホームラン以外なら私たちに任せなさい」
私は1人だけで詠深の近くまで行って声をかける。1人だけならタイム扱いにはならない。
「うん、お願いね」
ツーアウト二塁で、迎えるは超高校級打者中田さん。
1球目、インハイに強直球。空振り。
「インハイ直球空振り!」
「中田がストレート空振った!」
「武田もいけるじゃん!」
「なんで敬遠してたんだよ!」
2球目、内角にもう一度強直球。今度はチップしてファール。
3球目、追い込んでからの仰け反らせるボール球。
オーソドックスな配球だけど、だからこそ打てない。
4球目、あの球…なんとかカットかと思いきや、かなりの飛距離で、角度さえ合えばホームラン確定な打球だ。正直カットっていう飛距離じゃないわ。
ここからボール球を次々と投げ始めるが、カットで粘る。
10球目の決め球…強ストレートを内角高め…高らかと捉えた打球はレフト方向へ。だが、光先輩は動かない。主将も動きを止めていた。
ホームラン。梁幽館がついに逆転したのだ。