【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい   作:風早 海月

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第14話 負けられない戦い

高校野球の公式戦において、ほとんどの場合負けたら終わりのトーナメント戦が採用されている。負けとは常に()()()と向かい合わせなのだ。

 

 

 

6回の裏、二死無走(ツーアウトノーラン)、5-6で、梁幽館が逆転。

お通夜とまではいかないが、絶望的な空気が守備に散っていた新越谷に流れる。

 

私はベンチの芳乃…または監督の指示を確認する。

 

(6回はヨミちゃんで引っ張るよ)

 

芳乃は延長にもつれ込むことも想定し始めた様子。

 

 

5番笠原さんはレフトへ単打、6番大田さんはセンター前に落としてヒット。

 

7番の谷口さん。

詠深から負けられないという思いが乗った強烈なあの球が放たれる。珠姫はそれを逸らしてしまう。その後、制球が乱れたあの球を捉えられて追加点。

 

あの珠姫が逸らしたボール…あの球はさらに進化した。お祭りのようなこの時間を一時でも長く過ごせるように…

 

芳乃を見るけど交代や他の指示はない。

 

8番の小林さんを相手に、四球。

キレと変化量と球速が以前と段違いなあの球。進化したあの球も、数球で制球を取り戻し始めていた。

 

事実として1打席目であの球を初球打ちした9番西浦さんを三振に追い詰めた。珠姫が落としてしまったため振り逃げとなったが、一塁アウト。スリーアウトだ。

 

 

 

「みんな、ごめん!」

「私もごめん」

「ドンマイ!」

「調子は悪くないどころかいい感じじゃない!」

「最後の守備も頼むぞ」

 

謝るバッテリーに、稜と理沙先輩が励ます。

そして、主将は遠回しに絶対に逆転するという意志を全員に叩きつける。7回の表で点が取れなければ守備はないし、同点でも最後の守備にはならない。絶対に勝つという意志表示だ。

 

1番打者、珠姫。

 

(そうそうに中田さんに投手が代わって、吉川さん対策だった私は大して打撃では初回以外結果を残せず、守備では痛恨の失策(エラー)捕逸(パスボール)。イイトコ無しでどうにかして貢献したい!まだまだヨミちゃんのボールを受けたい…!だからこんな所で負けられない!)

 

1球目、チップした球が捕手に当たる。ファール。

2球目、思わず手が出そうになるボール球。ノースイング。ボール。

3球目、高めに外れた球を避ける。ボール。

4球目、アウトローに投げ込まれた重い直球をレフト前に飛ばす。シングルヒット。ノーアウト一塁。

 

2番打者は私。ネクストサークルからバッターボックスへ。左打席に入る。

私だって内野手としてはあまり良い選手ではなかった。あの球は高代さんなら捕れてたとか、守備範囲が稜の方が広いとか…それに、私だって負けたくない。詠深が主人公だとか、そんなの関係ない。私は詠深みたいに梁幽館打線に打たれても平然と後続を抑えるメンタルの強さは無いし、主将みたいにチャンスで決めてくれる!みたいなストライカーではない。でも、公式戦を通じて成長する機会は増えてくはず。それに、芳乃や希や主将や理沙先輩…みんなに暗い顔して欲しくない!だから負けられない!

初球をセンターの頭を超えるヒットとなり、ノーアウトランナー一・三塁。

 

私はネクストに入る希とベンチの芳乃に握りこぶしを向ける。あとは頼むよ。

 

 

3番打者は光先輩。

 

(2年生だけど、去年から在籍していた怜と理沙とは、壁1枚あることは否めないし、1年生とも違う。本当は孤独。でも、そんなこと気にせず誘ってくれたあの子と…あの子たちのために、そして普通の人より短い高校野球人生少しでも長くこの子たちと一緒にプレーしてたい!だから…)

「負けられない!」

 

光先輩のフルスイングは芯から外れたもののスイングと打球が噛み合わず、守備陣を翻弄。ショートへのポテンヒットとなった。三塁ベースコーチに入っていた菫は内野安打で走塁を断念で三塁ランナー珠姫を制止。満塁。

 

再び満塁で回ってきた希。

 

(私、本当は新越谷の野球部入らんですぐ強い所に転校するつもりやったっちゃんね。人数も少ないし、弱そうやった。芳乃ちゃんがいなければ転校して梁幽館のスタンドにおったかも。でも…あの双子にはなんだかんだ助けられとーな…息吹ちゃんはいつの間にか欲しいもの差し出してくれとーし、芳乃ちゃんは私の精神的支柱みたいなもんやし…2人と一緒にまだまだ野球したりん!ベスト4常連だろうと関係なか!こんな所で負けられない!)

 

初球、内角高めに入ってきた鋭い直球を正確に力強く捉えてレフトスリーベースヒット。

これで逆転。ノーアウトなおも三塁。

 

 

追加点のチャンスに回ってきた5番主将。

 

主将(キャプテン)として…まだまだ場数が足りない私をみんなが押してくれる。夏の大会はまだまだ終わらせん!1年も待ったんだ!このチームが運命だとするならば…私の役割は、チームを引っ張ること…故に…後輩たちには負けてられん!)

 

初球スプリット見逃しボール。2球目の低め直球を捉えてライトヒット。追加点。ノーアウト一塁。

 

 

6番理沙先輩。

 

(私の打撃は怜や希ちゃんたちと比べたらそう大したことはないけど…でも……世界で1番怜に負けたくないって思ってるのは、絶対に私だって言える。だから…それを証明するには、ここで終わるなんて短すぎるの!負けられない!)

 

理沙先輩も初球を捉えてライト方向。のびてのびて、打球は柵を超えた。ツーランホームラン。

 

 

7番菫。

 

(小技も打撃もそこそこ出来る。それが私の持ち味。でも、それだけ?私は安定していると言われるけど、それって稜みたいに流れを変える力はないってこと…正直悔しい。負けたくない…けど……)

 

菫は粘って四球を選ぶ。ノーアウト一塁。

 

 

8番白菊。

 

(いっぱいエラーして、打撃でも安定した成績は残せない初心者の私をみんなは温かく迎え入れてくれました……それに報いる力は、ここにあります!神仏照覧!これが今の私の精一杯です!)

 

綺麗に当てた打球は失速し、フェンスギリギリでレフトが捕球。と同時に一塁菫スタート。二塁へ。ワンアウト二塁。

 

 

9番詠深。

 

(みんな抑えられなかった私を責めないでくれた。その分お返ししたいけど…まぁ芳乃ちゃんのサインはバント…そうだよねぇ…正直7回裏はどこまで投げれるかは分からない。だからここは繋げたい!)

 

バントは高く跳ね上がりキャッチャーフライ。タッチアップを試みた菫もサードにタッチアウト。スリーアウト。

 

 

 

 

 

点差は4点。4点を追うことになった梁幽館の攻撃。

 

「いよいよここまで来たね。最後までま何が起きるか分からないけど、足元ならして風向きチェックして、やれることだけいつも通りやれば何も起きないことの方が多いよ!最終回、絶対勝とう!」

(とは言っても…夏の大会の3年生は変なほど力を発揮する……私たちにはない後がない気持ち……最悪延長の準備も必要…そしたら…)

 

梁幽館の攻撃は1番陽さんから。

 

「陽さん出て!」

「負けるな!」

「がんばれ!」

投手(ピッチャー)1年だぞ!意地を見せんかい!」

「まだ3回戦だぞ!逆転してくれ〜」

 

陽さんが打席に立つ。

詠深と珠姫が話を終えて、守備位置につく。プレイが宣告される。

 

1球目見送って、2球目。あの球を綺麗に捉えてセンター前に落とした。名門梁幽館の意地の反撃の狼煙(のろし)が上がる。

 

 

2番白井さん。

さすがに名将栗田監督もこの場面では強攻指示だったようで、1球目をフルスイング。空振り。

2球目、若干後退守備を敷いていた新越谷の意表を突いたセーフティバントを成功で一・二塁。

 

 

3番高代さん。

負けられない、ベンチにも入れなかった先輩の分まで、という思いを感じるフルスイングでレフトヒット。一塁上から握りこぶしを応援席とベンチに向けていた。

 

「3連続安打!」

「名門の意地!」

「中田に繋いだ!」

「ホームランで同点!」

「勝負!」

 

満塁。そして、4番中田さん。

私はチラリとベンチを見る。詠深への指示は無い。

 

「外野長打警戒!」

 

2度目の対戦を選択した珠姫と詠深。そこに異を唱えるメンバーはいない。

 

1球目、あの球を後ろに弾く。ファール。

2球目、レフト線外の強烈なファール。

3球目……強直球を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボール!カウント1-2!」

(まだ終わらせん!)

 

4球目、ツーシームの内角外高めに外した球…これをレフト線方向に飛ばした。

 

強烈な打球はレフト線内側に落ちた。タイムリースリーベースヒット。点差は1点差まで詰め寄られ、同点ランナーは三塁。詠深の投球数は既に敬遠球を入れても140に迫る数だ。

 

 

 

ベンチに動きがある。ここで交代……私か光先輩か……私かな、ほら呼ばれた。でも…中田さんは終わったとはいえ今の梁幽館打線を抑えられるか分からない…自信はない。

 

「ごめんね息吹ちゃん…あとはお願い」

「これ以上は詠深ちゃん故障しちゃうかもしれないしね。息吹ちゃんには悪いけど…」

 

詠深はベンチに下がり、稜がショートに入る様だ。

ノーアウト三塁で、三塁ランナーは同点ランナー、打者はサヨナラランナーってかなりきつい。でも…

 

「任せて。精一杯やるわ」

 

この場面で光先輩じゃなくて私を選んでくれた芳乃のためにも、ここは絶対に死守する。

 

 

 

 

『新越谷高校、守備の変更をお知らせいたします。投手(ピッチャー)武田さん退きまして、川﨑さんが遊撃手(ショート)遊撃手(ショート)川口さん、投手(ピッチャー)へ。それぞれ代わります。2番、投手(ピッチャー)川口さん、背番号7。9番、遊撃手(ショート)川﨑さん、背番号6。以上のように代わります』

 

 

そして、私が投球練習を終えると、再びアナウンスが入る。

 

 

『5番笠原さんに代わりまして、代打宮野さん、バッターは宮野さん、背番号13』

 

聞いたことない…私が知らないということは、原作に名前が出てこなかった人…芳乃が言うところの「打撃偏重型、代打専門」ってところかな。サヨナラのチャンスだもんね、あっちからしたら。

 

影森のアンダースローを投げ込む。意図を察した珠姫が高速プレーに入る。

初球ストライク。2球目ファール。3球目セカンドゴロ。ワンアウト三塁。

 

 

6番大田さん。

サードに内野安打を出すが、三塁ランナーの中田さんは走塁せず。一・三塁。

 

 

『7番谷口さんに代わりまして、代打堀さん、バッターは堀さん、背番号20』

 

堀さんは本来投手の1年生。代打で起用するのは経験のためか…

だが、彼女は独特なテンポに打てない。そして、いきなり朝倉さんのコピーに切りかえたところで三振。ツーアウト。

 

(あとひとつ…)

(あとひとつ…)

(((あとひとつで……)))

 

新越谷サイドの意志が私を押す様な気がする。正直そうじゃなければ影森コピーだって通じるとは思えなかった。

 

8番小林さん。

中田さんをコピーする。捕手だからこそ分かる中田さんの幻影。だが、球速は意図的に落としている。当たらない。だが、粘る。

7球目。いきなり吉川さんに切り替えて、投げたが、逆に当てられた…

 

ゴロだ。中田さんと大田さんが走り出す。

 

稜が横っ飛びで拾って、二塁ベースカバーに入った菫が受ける。二塁フォースアウト。スリーアウト、ゲームセット。

最後はいつもの二遊間に助けられた。

 

「稜!ありがとう!」

 

あそこで稜が飛んでなければ、中田さんのホームインの方が早かっただろう。

 

「へへへ、見直したか?」

「ええ、これ以上になくね!」

 

全員本塁を挟んで整列して、挨拶をする。私は目の前にいた大田さんと握手を交わす。

 

「次どこかで勝負出来たら打たせません」

「本当に初心者だったの?私は今度こそ長打を打たせてもらうわ」

「まぁ野球に触れたのは前ですけど、」

 

私と大田さんは強めに握手をして離した。二度と打席とマウンドという関係では会えないかもしれないが、それでも、双方からして悔しい相手であった。

 

 

 

そして、観客席に向かってもう一度礼をする。

 

「ナイスゲーム」

「ヤジってすまんかった」

「武田後でサインくれ!」

「大宮でやる時は応援するわ」

「息吹ちゃんもサインください!」

 

女性ばっかなのに、ヤジがおっさん…ちょっと面白い。

 

 

本当ならこの応援席の上に光先輩はいるはずだった。本当に良かったのかな…本人の本来のポジションでの活躍はそんなに出来てないし……なんかちょっと申し訳ない様な気がする…でも、後悔はしてない。同じクラスの子達も応援してくれてる。

 

そして、負けた相手の分まで、上を目指して進んで行こう。

梁幽館のベンチを見れば泣き崩れている選手ばかり。それだけ青春を捧げてきたのだ。私たちがチームのために捧げてきた3ヶ月とは厚みが違う。

 

 

 

 

 

私たちは制服に着替えて球場の外でみんな揃って監督を待っていた時だった。

 

「お疲れ様です」

 

と声をかけられて振り向くと、梁幽館の中田さんと、マネージャーがいた。

 

「お疲れ様です!」

 

こちらは慌てて挨拶を返すと、中田さんは主将の前に進む。

 

「これを連れて行ってください」

「ありがとうございます!」

 

高校野球で敗者が勝者に渡す鶴渡し。自分たちの分まで勝ってくれという思いが込められている。最近は自粛する高校もある中で、私はこの伝統が高校野球の負けたら終わりを表している皮肉な文化だと思っている。私はこの皮肉めいた文化が好きだ。

梁幽館という強豪校のかけてきた情熱を受け取った様な気がするし、負けられないという気持ちの裏付けのようにも感じるのだ。

 

中田さんは私と詠深に向き直る。

 

「試合は負けたが、打席では負けたとは思ってない。だが、君たちはこれからより強く成長できる時期だ。これからどう成長するか楽しみにしているよ。またどこかで勝負がしたいな」

「はい…」

 

マネージャーの方は芳乃に用があるようだった。

 

「あなたですね、サインを決めていたのは。満塁敬遠は見事でした。これをお収めください」

 

ファイルを渡された芳乃。それの中身は今後当たりそうなチームのデータだった。

 

「す…すごいです!いいんですか?」

「半分趣味のようなものですが…お役に立てば幸いです」

 

そこには趣味にしてはいささか度が過ぎるデータ量が記載されていた。

 

「ではさらばだ」

「勝ってくださいね。できるだけ多く」

「あ、待ってください!」

 

私は中田さんにペンと新品の木製バットを取り出した。

 

「サインください!」

「…ふふ、分かった」

 

中田さんはサインをバットに書くと、今度こそ自分のチームの方へ帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく見つけたかもしれない。

 

 

私がこのチームにおいて目指すべき役割。その完成形を。

威風堂々とした雰囲気を纏い、どんな時でも回せば打ってくれる、チームの支柱となるプレイヤー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は中田奈緒(理想)になる。

 

 

 

 

 

 




なんかバトル系になってません?

そんなことはさておき、評価バーに色がつきました!しかも赤!感謝極まりない。そして原作球詠のSSの中でもお気に入り数が上位に来るように…嬉しい限りです。

これにて梁幽館戦は終わりです。馬宮戦は軽く終わらせますので、ご了承ください。
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