【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい 作:風早 海月
「ねえ、芳乃。私中田さんみたいになりたいんだけど、何が足りてないと思う?」
「…何もかも?」
「そんなズバッと言わなくてもいいじゃない…そうね…体格は明らかに足りてないけど…」
「うーん、とりあえず体力じゃないかな?」
梁幽館との試合に勝ったその日。学校に帰ってからの練習は私と詠深は免除だった。故障されても困るし…ということらしい。私は16球しか投げてないけど、次の試合でも投げてもらうからということで。
試合の録画を見て詠深が泣いて、それにつられて涙がこぼれてしまったこと以外は特に変わったことはない。
そして、家に帰ってきて、私は部屋の壁にサイン入りのバットを壁に飾った。そして、直ぐに芳乃の部屋へ突撃したのだった。
「そうね。…あ、あと胸も足りないわね。よし、牛乳飲みましょう!」
「それは関係ないんじゃない?」
「髪も伸ばして…」
「あのー、息吹ちゃん?」
「まずは下半身鍛えて…あのおしりをつくらないと」
「息吹ちゃん!」
「ぐへ…」
芳乃がまさかのチョークスリーパー。死ぬって。
「息吹ちゃんの求めてる
「……いつでも頼れる打力が欲しい。チームを牽引できるカリスマが欲しい」
最も足りてない所だと思ってる2点をあげると、芳乃は難しい顔をする。そりゃそうだよね…一朝一夕ではね……
「……カリスマは知らないけど、打力ならなんとかなるかもよ」
「本当に!?」
芳乃がこういったことで嘘はつかない。本当に手段があるかも…柳大川越戦に間に合えば…
「打撃フォームを直す…というか変える必要があるけど…やる?」
「それって…」
「失敗すればもちろん今シーズンヒット打てないかもしれないし、そもそも普通は最短1ヶ月は必要なことを大会期間中にやるリスクは大きい。でも、息吹ちゃんのコピーと理論が組み合わされば、多分大宮公園野球場でも柵を超えられる。今の成績は打撃成績だけなら正直
「ええ。変わらなければ……」
柳大川越には勝てない。
「分かった。4回戦までになんとかしてみよう!」
「ありがとう…」
「じゃあ…早速―――」
この日から、私の打撃フォーム改造が始まった。
☆☆☆☆☆
翌日。私と息吹を中心に、昨日の野球についてクラスメイトたちと話していたところに、我がチームのエース詠深が登校してきた。
「おはよー」
「おはよ」
「エースが来た!」
「テレビで見てたよ」
「新聞にも載ってるよ」
さっきまで話題の的だった地方紙の一面に昨日の梁幽館戦が記されていた。どちらかと言うと名門梁幽館、まさかの3回戦負け…という方が強い記事だけど、詠深の写真が大きく載っていた。ちなみに私も。まぁ詠深の勝ち投手の権利守ったの私だものね。
「本当に勝つなんて」
「めっちゃかっこよかった」
「そ…それほどでもないよ〜」
詠深、鼻が天狗になってる。
「勝てたのは応援のおかげだよ。嬉しかったし、めっちゃ力出た!」
「そうね。130球以上も投げちゃうくらいだものね」
「う…次からなるべく抑えます…」
「それは私もごめんね…リリーフに光先輩入れるべきだったかも…」
「ほらほら!私たち放置して反省会始めないでよ!」
「そうそう!」
詠深には監督から1試合で100球を超えたところの打者までしか投げさせないという球数制限を設けられた。これは詠深の故障防止と連戦の疲労を残さない配慮を兼ねている。
この世界でも球数制限についてのルール策定が色々と話し合われているけど、私からすれば高校野球の伝統を考えれば、指導者たちの良識と戦術眼にかかっていると思う。言い方を変えれば明文化したルールとするのは危険だと私は思う。なぜなら高校野球は
負けても次のあるプロ野球とは違って、高校野球は負けたら終わり。だからこそ何よりチームの勝利を優先する。個人の成績よりもチームの勝利。それが高校野球だと私は思う。
「次も行けたら行くね」
「うちらも行こっかな」
「ありがとー。でも次は私は投げないかもよ」
「守備には入るでしょ?打撃もあるし」
詠深の表情が固まる。
「どうしたの?」
「ヨミは打撃が苦手「わーーー!!!」
「なるほど」
「あ、次の試合ヨミちゃんはベンチだよ」
「ここでスタメン落ち発表!?」
芳乃は腰に手を当てて詠深の前に立つ。
「ヨミちゃん?夏大の現在の打撃成績は?」
「5打席、5打数、0安打、1三振です……」
「ちなみに練習試合も含めて安打1本と犠飛1本しか打ててないんだよ?塁打数は部内ぶっちぎりで最下位だよ?」
「もうやめて!ヨミのライフはもうゼロよ!」
クラスメイトの1人が芳乃を止める。
ちなみに、塁打数ランキングは以下の通り。
1位希、36
2位私、28
3位主将、27
4位光先輩、16
5位理沙先輩、14
6位珠姫、13
7位白菊、12
8位菫、8
9位稜、5
10位詠深、1
指名打者制があれば確実に詠深先発投手でDH付けるね。まぁ運がないのもあるけど…
チャイムが鳴ってみんないそいそと席に戻る中、私は打撃フォーム改造のために勉強しろと言われた
☆☆☆☆☆
その日の練習終わり、最後まで残ったのは希と光先輩だった。
「というわけで、今日からしばらくよろしくお願いしますね」
「ええと…うん。こちらこそお世話になります」
「頑張るけんね!」
2人とも左打ちの強打者。それがなんの関係があるんだろうか…?
「今日から光先輩と希ちゃんにはうちでお泊まり指導をしてもらいます!」
「聞いてないわよ!?」
「息吹ちゃんには言ってないよ?」
「なんでそんなに当たり前でしょみたいな反応!?言っとけば部屋片付けたのに…どうせ芳乃の部屋は片付けてないんでしょ?」
「えへへ…まぁ」
「はぁ…布団も干したかったのに…」
押し入れに入れたままのだとダニとか怖いし、そもそも寝心地が良くない。
「大丈夫ばい。最悪2人ん布団に入れさせてもらえばよか」
「それはそれで良くないなぁ…」
主に私が寝られるかという意味で。
「ほら!時間も限りあるんだから早く帰るよ!」
「しょうがないわね…」
とりあえず寝床という問題を先送りにして、私たちはまず家に帰ることにした。
我が川口家の庭は少し高めのネットが張られた野球練習場と化しているため、投球練習やトスバッティングくらいなら出来る。マウンドや本塁周り、LEDの夜間照明まで存在する本格派だ。
家に帰ってきて、まずは着替える。多めに持っているアンダーシャツを練習で使ったやつを洗濯機に突っ込み、新しいやつを身につける。
「希と光先輩もアンダーシャツ洗うから預かりますよ」
「ありがとう、息吹ちゃん」
「希?どうしたの?」
「な、なんでもなか!」
なんで顔を赤くしてる……あぁ、察し。
「別にわざわざ匂い嗅ぐわけじゃないから安心しなさいよ」
「ちが…そういう訳じゃ…」
「あれ、違うの?」
「あの、お願いします…」
希は私に練習で使ったアンダーシャツを渡してくる。そんなに顔を真っ赤にされて渡されると…なんか…ね。
とりあえず、練習着に着替え直した私たちは庭に出る。
「ごめんね遅くなって!息吹ちゃんいつも金属バット使わないから金属バット物置から引っ張り出してたんだ〜」
「私たちも今出てきたところよ」
本来なら2人が自前で持っているバットで良いはずなんだけど…?
「これは息吹ちゃんのだよ。息吹ちゃんには金属バットでホームラン打ってもらうから」
「でも私の力じゃ…」
「そこがミソなんだよ。さて、希ちゃん!希ちゃんがいつもしてるフォームで素振りしてくれる?息吹ちゃんはよく見ててね」
「うん、任せて」
希がオープンスタンス気味に素振りを行う。10回を数えたところで、芳乃が止める。
「じゃあ次は光先輩!」
「頑張るよ」
気持ちよくスイングする光先輩。練習で疲れてるだろうに、申し訳ない。こちらも10回で芳乃が止める。
「はい、息吹ちゃん。息吹ちゃんのバッティングフォームはどっちに近い?」
「うーん…そうね、光先輩かしら」
「そうだね。レベルスイングで、ボールを真横から捉えるタイプだよね。光先輩みたいにきちんと鍛えられた身体から来るパワーがあるタイプにはピッタリのスイングだよ」
「なるほど、私はパワーがないから長打狙いのレベルスイングはあまり合わないってことね」
「そう!逆に、希ちゃんのスイングはダウンスイングで単打狙いのスイング。でも、このスイングで希ちゃんは二塁打と三塁打を量産してる。その秘訣が、打球の回転にあるんだよ」
「なるほど…芳乃の言わんとしてることが分かった気がするわ。多分だけど、パワー不足を補うために木製バットの芯で捉える技術に走った結果、打球が無回転…または低回転に陥っていて、変化球で言うところのフォークのようになっているのね?」
「そうだね!」
昨日の夜に渡された変化球の回転という書籍に書かれていた話によれば、フォークボールが落ちる理由は回転がほぼ無いことによるボール後方にできる空気の渦が理由なのだとか。つまり…
「きちんと正常な打球の回転をかけられれば、ホームランバッターになれる素養が息吹ちゃんにはあると思うんだ。練習試合と公式戦合わせて33打席、25打数、17安打。これだけ見れば中田さんにも負けてないんだよ?」
「でも、ホームランが打てなければ意味ない…」
ホームランの記録は狭い学校のグラウンドでやった柳大川越戦の2本のみ。それでは中田さんのような得点力のある選手とは言えない。ツーアウトノーランで打席が回ってきて、あの人ならホームランを打つと願われる。でも、私は……
「そうだね…だから言いたかったのは、木製バットでそれだけの成績が出せるほどのバットコントロールが出来るなら…そして、コピーができる息吹ちゃんなら……素の打撃フォームも直ぐに直せると私は思うんだよ」
「…言われてみれば……」
どうも私は前世の固定観念に囚われていたみたいね。確かに前世ほどのパワーがないから前世と同じ打撃フォームじゃあホームランは打てないし、コピーの能力をコピー以外に使うことなんて思いもしなかった。
「光先輩と希のフォームを逆にして…いや、いっそ左打者に転向……こう、ね」
「えーと、息吹ちゃん?」
「ありがとう、3人とも。光明が見えたわ」
私はこの固定観念の破壊によってとうとうコピーという枷から解き放たれたのだった。
お気に入り登録、評価、感想、ありがとうございます。とても励みになります!
特に10評価が3人も入れていただけたということもあり、お気に入り数もハーメルンで公開中の球詠2次SSの中ではそこそこ多い方になってきておりまして、感謝感激であります。
調子乗って連日投稿、しかも12話と13話は同時投稿とかいう状況です笑
この作品を楽しんでいただけているのなら、とても嬉しい限りです。
まぁ柳大川越戦以降はまだ未定でございます。参考までにアンケに答えていただけると、幸いであります。