【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい 作:風早 海月
「こら、芳乃!その子困ってるじゃない」
「あっ、息吹ちゃん」
教室に入ると、既に芳乃は武田詠深の手を取っていた。素知らぬふりをしつつ、芳乃を窘める。
「知らない野球経験者にちょっかいかけるなっていつも言ってるでしょ」
「えへへ…つい……」
すると、詠深は私と芳乃の顔を見比べる。
「ちょっと待って、似てない?まさか双子!?」
「えへへ、そうだよ」
「姉の息吹よ。よろしく」
原作のように独特なツインテールにしているため、見分けは簡単だ。最悪太ももを触れば分かる。芳乃にはバレていそうだけど、秘密に走り込みや投げ込みやら壁当てやらをしているため、全体的に少し筋肉質なのだ。……まぁ女の子の身体なので、筋肉ムキムキにするのは難しいが、かわいさ維持のためにもそれくらいで良い。私的には筋肉ムキムキな女の子はちょっと無理なので。
「よろしく!双子にしては似てないね!」
「忙しい人ね…まぁ性格で表情も違うもの。一応見分けるポイントはテールの大きさね」
「あ、隣の席の、元野球部でエースのヨミちゃんだよ。投げ込みで手がすごいんだよ」
「どれどれ…へー、すごいわね!」
ここまで予定調和…うん、そうそう。原作を知ってる私だからね!つい芳乃のペースに巻き込まれた!とかじゃない…よ?そこ!ポンコツとかおもってないよね!?違うからね!
「ここに来たってことはもう野球はしないの?」
「不祥事とかで活動休止中だったじゃない。新学期からは解除されたらしいけど…部員もほとんどいないらしいわよ」
知っているだけにもどかしいが、詠深にそんな顔は似合わない。もっとイキイキした顔がみたい。(イキ顔では)ないです。
「……うん、野球はもういいかな」
詠深は一転して作ったように笑う。
「学校も制服で選んだようなものだし!」
「かわいいよね!」
「確かにかわいいわね」
女の子になって…いや、かわいい女の子になって良かったと思うのはここだ。かわいい服を自分で思いのままに着れる…あ、いや、元々女装願望があるとかじゃなくて……美少女に自分の好きな服を着せられるんだよ?制服もかわいいし!生足はJKの特権だよね!年増しが膝出しとかありえないし。もちろん若く見える人ならいいけどね。
「入学おめでとう!席について〜」
先生が来たっぽいからこの辺でお暇するよ。
「それじゃああとで」
ニコッと笑って手を振る。美少女は何をしても絵になるぞー!
☆☆☆☆☆
入学式が終わり、担任の紹介やらオリエンテーションの日程などの説明の後、その日は解散となった。私は直ぐに芳乃たちの所へ向かう。
「これからレイクタウン行かない?行ってみたかったんだよね」
「それじゃ昼ごはんそこで食べましょ」
「いいねー。お話もしたいし」
…ま、ご飯は後でになるんだけどねー。
「めっちゃ大きいらしいね」
「そう!入口から端っこまで1キロもあるのよ」
「マジ?大きすぎ!」
「ガチで回るとヘトヘトになっちゃうよね」
ヘトヘトにさせてるのは芳乃、貴女ですよ!(杉下右京風)
廊下を歩いていると、小柄な黒髪の女の子とすれ違う。彼女のトレードマークとも言えるピンクの髪留めが、『彼女』であることを主張する。この子が…へぇ
「ヨミちゃん…?」
すれ違いざまに詠深に声をかける。それに、反応して詠深たちも振り返る。
「やっぱりヨミちゃんだ。珠姫だよ。覚えてない?」
「タマちゃん…!…覚えてるよ。久しぶり〜!!」
「いっ!?」
珠姫に抱きつく詠深。……球詠…珠詠…珠×詠……なるほど、閃いた。珠姫が攻めるんだね。
「急に転校しちゃうんだもん。懐かしいなぁ。昔よく遊んだよねぇ。うん、なるほど。確かにタマちゃんの匂いだ」
珠姫の胸元に顔を押し付けている詠深。逆ちゃうん?球×詠やろ?(何故かエセ関西弁)
「知り合いみたいね?…ま、聞いてないわよね」
「山崎珠姫選手…なんでこんなところに…」
なお、芳乃の珠姫経歴説明はカットで。知ってるし。
「ファンです!サイン下さい!!」
どんな時もカバンに色紙とペンを。それが芳乃スタイル。
「へぇタマちゃんも野球してたんだね」
「ヨミちゃんもやってたの?」
「うん。1回戦負けだけどね〜」
珠姫はサラッと色紙にサインを書き、芳乃に渡す。
「そーだ。タマちゃん、アレしよっか」
「アレ?」
(アーッなやつでは)ないです。
「野球少女の再会の儀式といったらキャッチボールしかないでしょ!」
☆☆☆☆☆
「ってことでグラウンドに来てみたけど、誰もいないね」
「停部期間終わってるはずだけど…廃部になっちゃうのかな」
とりあえず芳乃に合わせてゆるーくキャッチボールをする。怪我でもさせたら申し訳ないし、選手になる気はなさそうだし。
「タマちゃんって
「ヨミちゃんは
2人とも用具を借りる時に無意識に自分のポジションのグラブを選んでいたのだろう。きちんとした捕球で、音が良い。
「やっぱり経験者のプレーはキャッチボールだけでもかっこいいね!」
「そうね」
球速こそ平凡だが、きちんとコントロールされている。取れない捕手に取らせる技術…つまり
「投球練習してみる?」
「うん!」
「はいどうぞ」
私は珠姫に防具を渡す。
「投げ込むだけだから要らないよ」
「私が打つから必要なのよ」
バットにチップして捕手に当たる可能性がある。私は打者用のヘルメットを被って珠姫の左前に立つ。そして、バットをくるりと回してオープンスタンスに構える。
正直な話、私の今のパワーではいくら鍛えていても
流石に私が打つと伝えたためか、芳乃は珠姫の防具を付け終えると直ぐに退避する。
「そうだ、ヨミちゃん。あの球は投げないの?昔カラーボールで投げてた魔球のことだよ」
「……投げていいの? 捕れるの?」
「投げられるの!?硬球で!?」
「………似たような球なら…」
「投げて! きっと捕るから!」
空気の変わったグラウンド。呼吸を落ち着かせて。左足を浮かせる。投手にお尻を向ける様に捻る。
「いくよ」
「こい」
ワインドアップして投げ込まれる白球。だが、それはすっぽ抜けた様に打者…つまり私へ向かう。そして…
「ここっ!」
スカッ!
空振り。そして、珠姫のミットには白球が収まっていた。
やっぱり来ると分かってても打てない…ま、初見だし、打撃練習はバッセンだけだし、仕方ない。
「もう1球!次は打つわ!」
あの球だけを何度も何度も詠深は投げる。だんだんとバットに当たる。最終的に単打くらいの当たりを出して打席を退いた。一旦休憩して次はネットに当てる!
芳乃は待ってました!と言わんばかりに珠姫の後ろに立つ。
「後ろ危ないよ」
「公式戦
さらに5球投げ込む。芳乃は満足したのか、私の隣に座る。
「すごい!あんな変化球見たことないよ!それに!1球も逸らさない珠姫さんもさすがだよ!…でも1回戦負けだったんだよね、ヨミちゃん」
「そうね…野球は1人じゃできないもの」
あの球を捕れるキャッチャーが同世代に何人いることか…初見でミットに収めた珠姫がどれだけのレベルか。
「ヨミちゃんすごいね!まさかほんとにあの球がくるなんてびっくりしたよ」
「タマちゃんこそ…ほんと上手だね。全部捕ってくれるんだもん」
この球と1回戦負け。ある程度野球に知識があれば分かるだろう。彼女の球が捕れるキャッチャーがいなかったことを。恐らく珠姫も芳乃もそれを察する。
「あの時は全然捕れなかったくせに」
「うるさいなあ」
珠姫とて、その守備力を楽に手にいれた訳では無い。
「転校したあとね、家の近くのチームに入ったんだ。そこが凄く強いチームでさ。めっちゃ練習させられた。ヨミちゃんとしてた野球とは全然違くて。辛い時間の方が長かったけど…ヨミちゃんの球を捕れるようになってたから、やっててよかったよ」
「約束覚えてる?」
「なんか言った?」
「…ううん。それじゃあ次、最後の1球ね」
「うん」
知ってるからあえて言おう。ここで出会えてよかったね、2人とも…ドラマみたいや。いや、ドラマというか漫画なんだけどね。
「あの二人、色々あるみたいね」
「うん」
「さて、最後の1球…今度こそ…!」
私は再度珠姫の左前に立つ。
「今度は打つわよ!」
「うん、簡単には打たせないよ!」
ワインドアップ。詠深の思いの篭もった球が、放たれる。でも……
やっぱりさ、こんな思いの乗った球って、何故か打てないよね……
「ナイスボール」
静かに珠姫が言った。結局、空振り。
私はそっと空を仰ぐ。
「ただの投球練習なのにね」
ポツリと詠深が言葉を漏らす。いや、絞り出す。
「誰かと真剣に野球やれたの、多分初めてだったんだ。だからもう思い残すことは――」
「ヨミちゃん、もう野球しないの?」
珠姫は詠深に球を手渡す。
「最後の球、気持ちの入ったいい球だったよ」
「悔しいけど、気持ちの入ったいい球って打ちづらいのよね…完敗よ」
珠姫と私の言葉に芳乃も追従する。
「2人なら良いバッテリーになれるよ!1年生とは思えないピッチャーに、守備力抜群のキャッチャーだもん!」
「芳乃は見たいだけでしょ…」
3人の言葉に、珠姫はポツリポツリ言葉が溢れてくる。
「芳乃ちゃんが見てくれて、息吹ちゃんが打って…タマちゃんが受けてくれるなら……やりたい」
……こんな時に閃いてしまうのは私の前世が男子高校生だったからなの?それとも……ううん、やめておこう。だって受けてくれるとか、やりたいとかさ!
「いいよ」
「タマちゃぁん……ふぇぇぇぇ」
珠姫が手を取ってその思いに応える。詠深は腰が抜けたように泣き出してしまった。
「投げてる時はかっこよかったのにね」
「もしかしてどこか痛めた!隅々まで検査しなければ!!」
芳乃、分かって言ってるよね?ね?
☆☆☆☆☆
「今日入学式だったの忘れてたよ」
「そういや私たち出会ったばかりなのよね…なんか色々あって忘れてたわ」
「でもこうして一緒に片付けしてると、もう仲の良いチームメイトだね」
桜の舞う季節。
少女たちは出会った。ここから、新越谷高校野球部の新たな物語が、正史を外れた物語が、始まる―――