【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい   作:風早 海月

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第27話 伝説は実は残念

 

 

試合を終えて、私と芳乃と希と主将は午後始まる第2試合…もうひとつの準決勝を観戦することにした。

本当なら光ちゃんと理沙先輩も来る予定だったのだけど、光ちゃんの病院とその付き添いに行くとの事だった。私もそっちについて行く予定だったのだけど、藤井先生から戦術指揮の執れる人は見た方が良いと言われてここにいる。なお、希は芳乃についてきただけである。

 

試合時間にして2時間38分。影森戦の何倍かという長さだけど、7イニング制のこの世界の高校野球は2時間いかないくらいが平均的なので、これでも結構長い方。

 

ちなみに、7イニング制に伴って勝ち投手や点差コールドのルールが微妙に違うのはご存知だろうから割愛するけど、延長戦についても微妙に異なる。

前世では15イニングで引き分け再試合となっていた*1けど、この世界では12イニングで引き分け再試合。とはいえ正直、体力面では延長12回まで戦うのは大変だ…特に交代枠の少ない新越谷では。

ついでに、延長戦における投手の登板制限も存在していて、1試合の中で1人の投手が登板できるのは10イニングまでとされている。延長11回以降にもつれ込んだ場合、完投はありえないということ。

 

熱中症で倒れないように、まずはお昼ご飯を食べに行く。

 

 

「みんなは何食べたい?」

「とんこつバリカタ油多めニンニク抜き!」

「お、おぉ…」

 

主将が私たちに問いかけると、食い気味に希が答える。お腹すいてたんだね…

 

「…じゃあ中華でいい?」

「私は大丈夫です」

「私もどこでもいいですよ!」

「了解」

 

私たち姉妹が揃ってそう答えると、主将はスマホで中華屋を調べだした。

 

 

大宮駅まで出るのは次の試合までに戻れないので、近場の町中華に入る。

 

「こことんこつなか……」

「大宮まで出ればあるみたいだが…そうすると第2試合を見れないからな……」

 

主将は申し訳なさそうに言うが、私たちの目的としては良いだろう。

 

球場に近い手軽に食べられるお店ということもあり、ほとんどが高校野球関係者またはファンで、私たちは色々な人に話しかけられた。ちょっとしたサイン会みたいになってた。

 

 

 

しばらくして、やっと落ち着いてきた時だった。

私たちはテーブル席で、希と芳乃、主将と私という組み合わせで座っており、入口を見れる位置に私と主将が座っていた。誰かが入ってきた時には直ぐに見れる位置だから、その人が入ってきた時、バッチリと目が合った。

 

「あれ?息吹じゃん!さっきの試合見てたよ〜!」

「美波!わざわざ見に来たの!?」

「もちもち!」

 

一見女子高生なギャルに見えるが、これでも社会人だ。

 

「お、芳乃ちゃんもいたんだー!ちぃーす」

「あ、どうもです」

「そっけないなぁ」

 

美波は周りを見渡して、テーブル席の相席しか空いてないことを確認すると、希と主将にご一緒していいかな?と問いかけ、2人が承諾してから隣のテーブル席の人に声をかけてから椅子を持ってきた。

 

「息吹、こちらは?」

「あ、すみません。こちらは私の親戚で趣味仲間の今井美波です。美波、こちらが私の所属してる野球部の主将の岡田怜先輩で、こっちがタメの中村希」

 

どうもと双方頭を下げる。

 

「まぁあたしはそっちの2人のことも知ってるけどね。試合見てたし」

「あぁ…なるほど」

「あの奇跡の三重盗は華麗だったね…もちろん1イニング4三振の変な記録を立てた息吹も面白かったよ」

「あはは……」

 

お冷を1口飲んで、1度間をとる。

 

「まさかあの息吹が今や敬遠されるホームランバッターで、防御率0のクローザーだもんねぇ」

「そういえば美波も野球やってたわよね?」

「まぁね」

 

美波はバツが悪そうに頬を掻く。主将が美波の顔をじっと見つめて、ポツリと呟いた。

 

「もしかして星光学院高校伝説のキャプテンの今井美波さん…ですか?」

 

主将の問いに、バレたか〜と額に手を当てる。が、もとより隠してはいない。

周りの高校野球関係者及びファンの一部が肩をピクリと反応させた。

 

「星光学院高校伝説ってなに?」

 

希は知らないのか…

 

「高校通算本塁打本数が統計開始後初めて100本を超えた伝説の人だ。特に彼女の所属していた星光学院高校は加盟校が少ない分試合数が若干少ない。それで100本の大台に載せた打力は正真正銘伝説を作ったということだ」

 

いつもなら芳乃が説明してるはずなんだけど、この人の説明を身内がするのはなんか違う気がするのだろう。

 

「だけど、彼女が3年生の時のドラフト会議を前に、彼女は2巡目以内に声がかからなければ就職すると宣言していたにも関わらず、声がかかったのは3巡目。驚異のホームランバッターが球界から消えたということだ」

「まぁそもそもプロ野球なんてやるつもりほとんどなかったしねぇ。私はコツコツ真面目に働く方が性にあってるし」

 

のほほんとした顔で出された餃子に味噌ダレをかけて美味そうにパクつきつつ補足する美波。

 

「今は何をされてるんですか?」

「んー、今は芸術関係だね」

 

他人の目と耳が多いのではぐらかしてるけど、美波の職業は作詞家と作家と書家…まぁ芸術方面で色々してるのは間違いないけど、特に有名なのはアニソン系の作詞家としてで、作詞家としての名前を出せばヲタクならすぐにピンとくる名前なのだ。……そこそこ儲かってるとか。

 

「そもそも趣味仲間って言うとった…どげなことと?」

「あぁ、それはねぇ…登山よ」

「登山?」

「正確には違いますけどね」

 

私は出された味噌ラーメンをすすりながら、主将と希に注釈をする。

 

「私、元々『酷道』に興味があって、その関係から登山にも手を出してるんです」

「この間は2人で清水峠の国道291号の新潟県側を登山しに行ったんだ〜。地形図とにらめっこしながら3日かけてね」

「あれはもはや登山じゃなくて探検よ」

 

登山は登山道があるけど、あの酷道はもはや国道指定されてるにも関わらず道無き道となっていた。物理的に。今どこにいるのか分からなくなる。GPSの発達はマジで神。

 

私たち2人とも登山者と言うよりはアウトドア関連全体を楽しんでいる。先の探検然り、登山然り、ドライブ然り、キャンプ然り。

 

「コクドウ…?国道…?」

「違う違う。希、コクドウの漢字は酷い道と書いて酷道よ。国道指定されてるにも関わらず1.5車線の未改良道路だったり、洗い越しのある国道とか、階段とか。結構多いのよ。1993年から2012年にかけて175kmあった自動車通行不可延長が143kmになってるから、徐々に減ってはいるんだけど」

「意外な趣味だな」

「元々は地形図とかが好きだったんです。そこからですね、そっち関係にのめり込んでたのは。私の足腰体力面がそこそこ鍛えられてるのもそれが理由ですね」

 

ちなみに1番楽しかったのは国道157号。路面の荒れ具合の酷い箇所や崩れ落ちていたところ、果てには大きな洗い越しも存在する、日本屈指の酷道。気象条件などによっては通行止めとなるので、泊まり込みで何度かトライしたのはいい思い出。

ちなみにその時は美波の運転するバイクの後ろに乗せてもらって行ったので、洗い越しの辺りでちょっとした水遊びをしたのを覚えている。

 

「ふむ…私も野球以外の趣味も持ってみたいものだ。これといってなにか好きなものが野球以外にはないからな…」

「うっ…う、うちも……」

「た、他人事じゃないよね……」

 

何故か3人ともダメージ受けてる……

確か、主将は道具の手入れが趣味で、希は打撃研究、芳乃は研究…よね。見事にみんな野球関係だけだけど……

 

「それはそれでいいと思うよ?それだけ野球に打ち込んでるってことじゃん?」

「そうね。もしそれでも他に趣味欲しければ、今度は夏合宿はキャンプにしましょう」

「よかったらうちの別荘使ってくれてもいいし」

「……美波、また新しい別荘買ったの?相当羽振りがいいわね」

「まぁね〜」

 

こいつ頭の中は女子高生並のくせに、なんでこんなに売れるんだろう……くっ…私だってプロ野球で年俸億超しちゃうもん!(なおプロになりたいとは言ってない)

 

話しながらも、ちょこちょこと食べながら話していた私たちが食べ終わり、お冷を飲んで一息ついたところで、なんやかんやあって結局美波が会計を持ってくれた。

 

「じゃあ4人とも、私はこれでお暇するよ。熱中症には気をつけてね」

「椿峰と美園学園の試合は見ないの?」

 

芳乃がポカンとした顔で問うと、目線を逸らした。

 

それを見た私はスマホで美波の担当に電話をかけた。

 

「ちょ!誰に電話かけてるの!?」

「担当さんよ」

「さらばだ!」

「逃がさないわよ」

 

右腕でバッチリと美波の服の襟を掴み、拘束。

 

「そこで正座!………あ、もしもし、息吹です。お久しぶりです。美波が逃げてるんですよね、県営大宮公園野球場の近くにいますから、捕まえに来ていただけると。あ、はい。じゃあお願いします」

 

電話を切ると、美波が絶望した顔でこちらを見ていた。

 

「仕事は請け負ったものくらいしっかりやりなさい」

「はい……」

 

 

 

 

20分後、迎えに来た担当に連れていかれた時に、私の頭の中でドナドナが流れたのは前世の偏った知識のせいだと思いたい。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

球場に戻った私たち4人。

既に試合は5回表に突入していた。

 

     1 2 3 4 5 6 7

椿峰   0 0 0 0 0

美園学園 0 0 0 0

 

両チーム4連続で三者凡退に終わっている様で、掲示板にはヒット0、エラー0の表示が両チームに並んでいる。

 

5回の表、椿峰の攻撃。

ノーアウトで打順は4番。

 

流石は守備の堅い椿峰に、投手力の美園学園。

両チーム共にチーム防御率はここ2年の統計上1点台だ。

 

今大会チーム防御率3.68の私たちとは大違いね。

 

「おいおい、こりゃ延長再試合もあるぞ」

 

先に説明した通り、延長12回で決着がつかなければ再試合。

私たちとしてはそっちの方が相手の疲労的にありがたいけど。

 

「でも美園の方が優勢です。こっちはエースの園川さんを温存してますから…春の甲子園に選ばれたのは伊達ではありません」

 

芳乃がメンバーなどを確認しながらそう分析する。

 

2年生エースの園川萌さんと言えば先発でもセットアッパーでも抑えでもマルチに投げられる『完成された投手』と評判で、去年の秋からの通算でも防御率1.00を記録する名投手だ。

 

「とはいえ椿峰から美園が1点をもぎ取るのは再試合でも難しいな」

 

双方共に高い防御の気風なので、どう転ぶかは分からない。特に椿峰は控え選手も含めて質の高い守備力があるため、再試合でも問題なくプレー出来ると思う。

6回の表まで双方凡退を続けていた。

 

「でもいかに守備範囲が広くても…穴はあります」

 

芳乃がそう主将に言った途端、美園学園がこの試合初の安打を出す。守備と守備の間に落とした形になって、ノーアウトでランナー一塁。

そのランナーに代走を送り、代走が咲桜バリの盗塁でノーアウト二塁へ。

二塁走者に送りバントを成功させて、ワンアウト三塁。

次の打者はライトへフライを放ち、犠牲フライで1点を先制した。

 

「これが美園学園の戦い方か…」

「決勝点ですね」

「この場面で出てくるならば…な」

 

7回の表、1点差の中で抑えに出てきたのは園川萌さん。

 

椿峰の打線で園川さんから点を取るのは難しい…と思いきや、先頭がフォアボールで出塁して、ノーアウト一塁。

そして、テンポと流れが急激に失われ始めたのか、ショートがこの試合初のエラー。ノーアウト一・二塁。

椿峰は逆に勢いが出始めて、送りバント成功でワンアウト二・三塁にしてから、スクイズを決めて同点に。ツーアウト三塁。

だが、椿峰の猛攻もここまで。2年生とはいえエースを任されてる園川さんが意地を見せる。

椿峰も負けじと好守備を連発し、延長戦へ突入。

 

延長11回表、椿峰が1点を加える大きな追加点を決める。

 

勝負は決まったか…も思いきや、その回の裏に美園学園も1点を返して、なおもツーアウト三塁でサヨナラのチャンス。

これをきっちりと返すサヨナラタイムリーを代打の選手が放ち、決勝戦の相手が美園学園に決まった。

 

「…決まったな。ヨミには頑張ってもらわないといけないな」

「それはどっちが勝っても同じよ…」

 

理沙先輩では投手力が足りてないし、光ちゃんは利き腕側の肩に被弾してる。

 

「大丈夫!どげん相手でも、うちは打つけんね!」

「うん、期待してるよ〜っ!」

 

 

とうとう決勝戦………なんか……前世でも甲子園の土は踏んでないから、なんか変な感じね。

 

 

 

 

*1
2018年から決勝戦以外は延長13回以降に無死一・二塁のタイブレーク方式が採用されているものの、本作の時代設定を球詠の原作が連載し始めた2016年としているため、引き分け再試合制が採用されている。




あまり活用してないTwitterを開設しています。
今後は本作の更新前に予告を入れていく予定です。他にも下見などの報告も入れてまいります。よろしくお願いします。

https://twitter.com/Mitsu_Kazahaya
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