【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい   作:風早 海月

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第29話 頂点への登山道 ターニングポイント

 

 

 

 

県営大宮公園野球場は、夏の日差しと観客の熱狂で熱かった。暑いのではない。熱い。

 

私たちは事前に閉会式の進行を説明されてから決勝戦のゲームに入る。

これに勝った方が甲子園への切符を手にする。

 

埼玉県にある160超の校数の中から、甲子園への切符はただ1枚。

準優勝も閉会式で表彰されるけど、甲子園への切符は貰えない。

 

 

逆を返せば、これさえ勝てれば全国なのだ。8年振り2度目の全国へ、あと1試合。

 

 

 

気負わないわけが無い。

 

 

 

前世だって、私は結局甲子園の土を踏んでないのだ。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

シートノックの時アナウンスされた両チームのオーダーに、満員の観客席に動揺と衝撃が走る。

 

 

――――――――――

新越谷

1 投 川口息 1年

2 二 藤田  1年

3 左 中村  1年

4 中 岡田  2年

5 三 藤原  2年

6 右 大村  1年

7 遊 川﨑  1年

8 一 武田  1年

9 捕 山崎  1年

 

 

美園学院

1 三 皆川  3年

2 遊 白咲  3年

3 一 梅郷  3年

4 二 黒木  3年

5 左 鶴見  3年

6 投 園田  2年

7 中 栗橋  1年

8 捕 福澤  2年

9 右 白砂  2年

――――――――――

 

 

そう、この大舞台の先発に私が起用されているから。

 

 

まずはオーダーの理由を説明するわね。

 

先発投手として私が起用されているのは、防御率ゼロの私がきっちりと試合を作って、試合を安定させるため。ついでに1番なのは、初回に必ず点をとるため。

 

2番の菫は緊張の影響を受けることを考慮して、3番に高確率で単打の打てる希が配置される。

 

この時点で二塁か三塁に私が進んでいるはずなので、4番の主将で確実に返すという、単純な作戦。

 

5番の理沙先輩まで回れば長打を望める。

 

6番に打率の低い白菊が起用されているのは、異種競技とはいえ全国覇者の経験を持ち甲子園出場を賭けるこの試合で縮こまらずにプレーできると思われるから。

 

8番にはロングリリーフを期待する詠深が、1番以降の上位打線に繋がる9番には珠姫が座った。

 

 

 

両チームと審判が整列して、礼。

 

ちなみに、一塁側が新越谷で、三塁側が美園学院だ。

 

後攻の美園学院が守備につく。

美園学院が後攻を選択したのは、後攻有利の原則と、守備…というよりエースの投球で試合を作ろうとしているのだろう。この試合に出場している美園の約8割の選手が、春の甲子園を経験している。特にエース園川さんはあの大舞台で21イニングを投げている。

 

攻撃の前に、私たちは円陣を組んだ。

 

 

「…正直、私はここまで来れるとは思ってなかった。ヨミや珠姫と芳乃に息吹、菫と稜、私と理沙、白菊に希、そして光。ほぼ解体されて、土台もほぼない更地に、とても強く輝く才能の塊たちが集まった。これが奇跡と言わずしてなんと言う。私はこの新越谷で、新越谷高校野球部として、このグラウンドに立てたことをとても誇りに思う。ありがとう、みんな」

 

主将が目を瞑って、一呼吸置いて、目を開く。

 

「だけどな、私は…私の魂は、まだまだ足りないと叫んでるんだ。11人全員で、甲子園の土を踏みたい……」

「怜、それはきっと私も、きっとみんなも同じ。ね?」

「あったりまえっすよ!」

「ですよ!」

 

理沙先輩の言葉に、稜や詠深を中心に同意の言葉が響く。

 

「初回、必ず点を取る!いくぞ!」

「おう!」

 

私たちは、決戦の地…県営大宮公園野球場のグラウンドで、神風を吹かせるのだ。

 

 

 

1回の表。

 

先頭打者の私は左打席に入る。

 

「お願いします」

 

持つのは金色の金属バット。バットを長く持ち、オープンスタンスに構える。

 

第1球…はとりあえず見ていく。ストレート。カウント0-1。

2球目は見逃してボール。球種は逃げてく球だからスライダー。

3球目…速球が抜けてド真ん中!レフト線に流すイメージで…!

 

当たった!

バットをファールゾーンへ投げ捨てつつ走塁する。

 

一塁コーチャーに入っている光ちゃんが手を振り回している!

一塁の角を蹴って、二塁へ!

三塁コーチャーの芳乃はノースライディングの指示。つまり二塁止まり。

 

二塁を踏んで、ツーベースヒット。先頭打者二塁打だ。クラスメートの歓声が響く。1年生主体の吹奏楽も、おなじみのファンファーレを鳴らす。

 

二塁審がタイムを宣言して、一塁コーチャーの光ちゃんを呼ぶ。

プロテクターを外して、光ちゃんに渡す。

光ちゃんと拳を合わせて、喜びを分かちあって、光ちゃんは一塁側に戻っていく。

 

 

2番、菫。

右打席に入った菫は、バットを寝かせてバントの構え。私はリードを広くとる。

菫は一塁線に的確に転がして、私は三塁へ進む。……それにしてもやっぱり職人よね、菫って。投手にベースカバーに入らせる距離感で転がして、少しでも投手に負担を強いるプレーが意図的に行えている。

 

 

3番、希。

初球、スローカーブをひっかけてファール。

2球目、外に外したボールは的確に見送る。

3球目、内角低めにツーシームが入るけど、希は食らいついてファール。

4球目、外いっぱいのシュートは左打者の希から逃げてく球で、それが外角低めに突き刺さる。三振で、ツーアウト三塁。

 

 

希が三振を取ったことはかなり少ない。新越谷のベンチに絶望感が広がるけど、みんな忘れてる。

 

絶望感が広がっていても、三塁ランナーを絶対に帰すバッターがいることを。

 

 

4番、岡田怜主将。

 

「お願いします」

 

右打席に入った主将は、バットをきれいに構える。

初球、空振りストライク。そもそも当てる気が無い様な気の抜けたスイングだけど、あれはタイミングを測るためのスイングだと、私の直感が囁いている。だとすれば…

2球目、園川さんもそれを感じたのか、同じタイミングで外に外した球を投げる。あわよくば詰まらせてアウトを取る配球だけど、主将は手を出さず。カウント1-1。

3球目、スローカーブでタイミングを抜いて、これを狙うもファール。

4球目、園川さんの手から離れたボールが、真っ直ぐにミット目掛けて進む。だけど、私の目は回転がストレート…フォーシームでは無いことを見抜いた。あの球速で回転がフォーシームでないなら、ツーシームに他ならない。

既に振られている主将のバット。これは詰まるか…と思いきや、主将のバットは最初の軌道よりボール半個分下に修正された。

 

カァン!という快音と共に、引っ張り方向に打球が飛ぶ。私は本塁に向けて走る。

 

「ノースライ!」

 

ネクストサークルの理沙先輩が、私に指示を出す。本塁をゆうゆうと踏んで、1点を先制した。

 

主将のタイムリーツーベースとなる。

 

 

5番理沙先輩は空振り三振で、スリーアウト。

 

 

1回の表の攻撃は、1点の先制で守備に移る。

 

 

 

1回の裏、美園学院の攻撃。

 

先頭打者は1番皆川さん。

右打者の3年生。

 

私がマウンドに立つ。

 

初球、ジャイロ警戒していたのだろう皆川さんに、私は詠深のツーシームをコピーする。引っかかった皆川さんの打った打球は三遊間…!

 

「三遊!」

「ぬぉ!」

 

稜が飛び込んでキャッチ。一塁送球アウト。

 

「ありがとう、稜」

「おう!どんどん打たせていけよな!」

「稜がエラーしそうだから三振狙うわよ」

「なんだとー」

 

私は冗談を言いつつ、一塁の詠深からボールを受け取る。

 

 

2番、白咲さん。

 

(珠姫、やるわよ)

(うん、了解)

 

私は()()()()()()()()()()()()()()()()。白咲さんは見逃してストライク。

珠姫からの返球を受けてサッと構えて投球。白咲さんはタイミングを逃してファール。

 

そう、影森戦法だ。

 

否。影森戦法に変化球を織り交ぜた、コピーでは無く改良型だ。

 

これが理沙先輩の計画なのだ。ほぼ確実に先攻となるので、1回の表に先制して、それ以降を改影森戦法で中盤までをやり過ごすという計画だ。

 

2番白咲さんはタイミングが掴めず、三振。

 

 

続く3番の梅郷さんも、微妙に違うタイミングにずらされて三振。スリーアウトだ。

 

 

「ナイピ、息吹ちゃん!」

「ちょっとくらい崩れてもいいのに〜」

 

詠深、あなたの出番はまだ先。

 

 

 

2回の表。

 

6番の白菊は、シュートとスライダーの横変化に対応出来ず、サードライナー。

 

 

7番稜も左打席から遠いシュートで凡打を打たされてショートゴロ。

 

 

8番詠深はアウト献上機で、三振。スリーアウト。

 

 

 

2回の裏。

 

美園学院の攻撃は4番黒木さん。

さすがに高速プレーとタイミングのずらしだけでは対応される。ライト前に返されて、ノーアウト一塁。

 

本当なら珠姫は手渡しにボールを渡しに来たかったタイミングだけど、ハイペース野球のために我慢してるはず。でも、大丈夫。ちゃんとわかってるから。

 

 

5番鶴見さんに、低めに抑えてレフトフライにうちとる。タッチアップで黒木さんは二塁へ進塁する。

 

 

6番、園川さん。

2球ファールが続き、追い込む。

3球目は超クイックでチェンジアップを投げた。タイミングのズレた園川さんはライトに打ち上げる。キャッチアウトで、黒木はさらにタッチアップ。ツーアウト三塁となる。

 

会場は防御率ゼロの私が三塁にランナーを置かれたことにザワつく。

 

 

7番、栗橋さん。

1年生の右投手でもある彼女。概して、投手には身体能力の高い選手が転向する傾向があるので、彼女もその手のタイプ。多分野手としてもかなりの選手。嫌な打順にそこそこ打てる打者を置いてくる…

 

でも、私の投球理論には全力投球の文字はない。力んでゾーンに入らないし、球速は私の武器ではないから。私の武器はコントロールと変化だ。

 

気負わず、作り上げた改影森戦法投法で投げ込む。

 

右手から放たれたボールは下から浮き上がるような軌道を描いて、本塁に向かう。栗橋さんの振ったバットに当たるけど、音は芯を外したことを示す。

 

打球音と共に、三塁ランナー黒木さんはスタート。ツーアウトだし走者三塁だから、インフィールドフライや故意落球は適用されない。だから、黒木さんはエラーを信じてスタートを切るしかない。

打球は私の頭を超える辺りで落下してくる。外野手としてフライの処理は慣れている私は、落球点に素早く入る。

 

「オーライ!」

「任せたわ!」

 

セカンドの菫が私に落球点を譲り、フォローの体勢に入る。

 

乾いた音と共に、左手のグラブにボールを収める。二塁審によってアウトが宣告される。

 

「ナイピ!」

「ありがと」

 

私たちは3回の表の攻撃に移る。

 

 

 

 





今年の更新はこれで終わりです。
数ヶ月ほどではありますが、お世話になりました。

Twitterでは告知しておりますが、本日24:05…元旦の00:05に年末年始特別短編集を投稿致します。是非お楽しみください。

それでは皆様、良いお年を。
来年も本作をよろしくお願いいたします。
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