【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい 作:風早 海月
あけましておめでとうございます。
今年も本作及び原作たる球詠を是非ともよろしくお願いいたします。
この話は物語の将来というifの短編集です。
ネタバレなどではなく、可能性のひとつという位置づけでお楽しみいただけると幸いです。
また、この作品で「男のいない世界」と定義している点や百合描写があります。苦手な方は読み飛ばして大丈夫です。……まあここまで読んできた読者の方々なら百合苦手な方はいないとは思いますが一応。
目次
・契約
・希vs息吹
・珍しい集まりの近況報告
・初詣
IF 契約
10月25日の木曜日。
2018年度プロ野球ドラフト会議が行われた。
私との交渉権を獲得した球団が決まった日。
それから約2ヶ月。
だけど、私はとても悩んでいる。本当にこのままプロになっていいのか…野球でお金を貰うことにビビってるのかも。提示された条件は契約金1億円+出来高、年俸1,500万円と、それぞれ新人として最大値の提示だ。ちなみにドラフト1位指名であっても満額を提示される人は少ない。
え?他の人?今年の新越谷からは珠姫、希、私の3人がプロ野球志望届を提出してるわね。ちなみに芳乃と詠深は希と珠姫の配偶者兼トレーナーになるからってプロ野球志望届は提出してない。稜と菫は大学野球に、白菊は大学では剣道に戻るそうよ。
……なんか去年先輩たちが卒業した時も…違うわね。去年の夏が終わった時と同じような悲しくはないけど寂しい気持ちになる。
「ただいま。チキンとケーキいっぱい買ってきたよ」
「おかえり。食べ過ぎて太って来シーズンで戦力外とか勘弁しなさいよね」
私は今年の2月に彼女から妻となった光ちゃんの家に住んでいる。光ちゃんも去年プロ野球ドラフト会議で1位指名を受けて満額契約をしている。今年は敗戦処理だったはずが自らのバットで勝ち投手となった試合を含め、一軍登板試合5試合の中で、2勝2H4HPを記録している。野手としては一軍の試合に42試合出場しており、バットで貢献した。
ちなみに、契約更改で1年契約で、年俸8,000万円+出来高を提示されて更新している。
「えへへ…」
光ちゃんが買ってきたチキンの箱はバケツ程の大きさで、ケーキは箱からして6~7号だよね。
「これは…理沙先輩と菫を呼ぶべきね」
理沙先輩にこれを勧めた時の顔が頭に浮かんで、私たちは顔を見合わせて吹き出す。
ちなみに菫はスイーツ好きなので、6号も7号もぺろりと食べられる……わよね?(偏見)
「編成の人が言ってたけど、まだ契約してないって」
「そうね…」
「学生野球から離れるのが怖いの?」
「……かもしれないわね。結局私のプレーで総額1億円超の夢と感動を見てる人達に与えないといけない。でも、そんなこと想像も出来なくて…怖いのかも、みんなと道を違えるのが」
プロ野球はそんなに甘くない。今回は高額契約を持ちかけられてはいるけど、結局一流企業のサラリーマンと比べれば、一軍と二軍を行き来するような選手ではさほど変わらないか、出費も考えれば就職した方がいいかもしれない。
でも、そんなことは私のプロ野球への躊躇いには関係ない。
ひとえにお金を貰って野球をすることで、私が野球を愛し続けられるかということ。そして、見ている人に頂くお金以上のパフォーマンスで魅せられるかこと。
光ちゃんは椅子に座っていた私をその小柄な身体で背中からそっと抱きしめる。
これがあすなろ抱きか…(感慨深め)
「大丈夫だよ。球団同じだし…何があっても私は一緒にいるよ」
NPBのプロ野球球団は全部で16球団。同じ球団に2人が所属できるのはひとえに監督のクジ運のおかげだ。
「たとえ息吹ちゃんがなにか道を踏み外したとしても、私が正してあげるから…」
光ちゃんは前に回ってきて、私の顔を包むように抑える。
「一緒に野球しよ?」
そう言いながら、光ちゃんの顔は近づいてくる。そして、距離がゼロになる。
どこか他人事みたいに感じる唇の感覚に、1拍遅れてジンジンとする感覚が追ってくる。
「……なんか、艦こ〇の川〇の『夜戦しよ』の夜戦バカと同じ類の野球バカな匂いがするわよ」
「違うよ……んー、違わないかも?」
「秋〇洲?」
「そうじゃなくて……夜戦、しよっか」
この後めちゃくちゃ夜戦した。(ピッチング勝負)
☆☆☆☆☆
IF 希vs息吹
2019シーズン。
この世代の新越谷出身新人選手3人のうち、2人は直ぐに一軍に上がっていた。異例とも言える高速定着に、世間を賑わせたこと間違いない。
高一の頃よりも身体が出来ている希はホームランバッターとしても、アベレージヒッターとしても、完成の域にある。高三の夏以降は息吹の指導のもと木製バットにも対応する練習をこなしていたこともあり、前半のペナントレースを終えて、希のファースト3番打者は磐石となっていた。
それに対して、ジャイロボール2種類とフォークの3種類の球速で落ちる球を思うがままに操る息吹もセットアッパー兼抑えとして一軍に居場所を確立した。バッターとしても希の木製バットにおける師匠として笑われないレベルの成績を残していた。
希がパ・リーグの福岡ヴァルチャーズなのに対して、息吹はセ・リーグの大洗アングラーズ。
2人が最初に対戦する可能性のあるセ・パ交流戦の最終戦。希のチームと息吹のチームはぶつかることになっていた。
試合は大洗のホームゲーム。大洗が1点をリードした状態で、9回の表、ワンアウト三塁のピンチに息吹が継投する。
「記録は残るけど、ペナントレースには影響無いから落ち着いてなげなよ」
「お願いします」
正捕手の人がそっと声をかけながら球を渡す。
『9回の表1点リードで、守り切れば交流戦最終戦に勝ちを刻める大洗は、ワンアウト三塁のピンチに新人川口を登板させます』
『甲子園では3種類の落ちる球を巧みに使って、夏の甲子園では大活躍。ドラフト1位で7球団競合の中、大洗にやって来た超新星です』
『1年目にしてセットアッパー兼抑えに昇格した川口。このピンチを乗り越えて、守護神の立ち位置を確立するのか!?』
福岡の打順は2番に代打が送られる。
これをきっちり3球で仕留めて打順は3番。そう、希だ。
『ツーアウト三塁で、新人としては異例のペナントレース前半終わったところで一軍のレギュラー3番に定着した中村が打席に入ります!』
『歩かせるのも手ですけど……勝負ですね。恐らく大洗としては川口が守護神を務めさせるかのテストを兼ねてるのでしょうね。新越谷出身同士の戦いですね。手の内をお互いに知っているでしょうから、どう転ぶか見ものです』
息吹は希の目を見る。身体は成長しているけど、キラキラとしたおやつの前の犬のような目の光は変わってないと、息吹は頬を緩める。
注目の新人同士の戦い。ドラフト1位指名は、息吹が7球団、希が3球団。好カードだ。
息吹の放った白球。天王星のようなジャイロ回転の球がミットに突き刺さる。
球審は右手を握る。ワンストライク。
2球目はフォークで、ボール…かと思いきや、希は珍しくハーフスイング。正捕手が三塁審を指差す。三塁審はスイングの判定。ツーストライク。
3球目、少し間をとった息吹がワインドアップで投げた…真っ直ぐ。
ジャイロとフォークの他はせいぜい抜き玉に詠深のあの球のコピーしかここ数年投げてない。希は意表を突かれて振ってしまい、何とか当てることは出来たもののピッチャーフライとなり、ゲームセット。
希はこの配球に、改めて考えれば心当たりがあった。
口パクで、「次は勝つけんね」と息吹に言って、ベンチに引き上げて行った。
☆☆☆☆☆
IF 珍しい集まりの近況報告
東京ヘッジホッグス…セ・リーグに属していて、東京の文京区、後楽園駅目の前に本拠地を構える名門球団に中田は支配下登録されている。この球団の一軍では若干力不足で、二軍では過剰という扱いづらい選手扱いで、トレードの噂が流れている。
「―――ふむ、つまり理沙のチームに移籍することになるのか」
「まぁうちの編成部とGMはその方向で話を進めてるらしいわ」
彼女と今話している藤原理沙はパ・リーグの琉球ドルフィンズに育成登録されている。強打力が持ち味ではあるが、木製バットに対応しきれていないのだ。守備はそこそこなので、育成ドラフトで1位指名を受けている。
「沖縄はいいですよ。知らない魚がよく釣れます」
「……そうか」
そして、もう1人。釣りといえばあの人。朝倉千景は琉球ドルフィンズの支配下登録選手で、ドルフィンズの一軍投手…敗戦処理要員だ。たとえ敗戦処理でも、一軍にいるのはすごいことなのだが…この釣りバカを前にすると、野球選手が大したことないように思われるので、やめて欲しいところ。
ちなみに、高校先輩の浅井花代子と付き合っているとか。
「そう言えば朝倉で思い出したんだが、柳大川越の大野はどうしたんだ?最近めっきり名前を聞かないが…」
「大野さんは育成契約で福岡ヴァルチャーズにいきましたが…今は後輩の大島さんの卒業を機に球界から引退して、大洗でピザ屋を始めたそうですよ」
「確か息吹ちゃんと光ちゃんが食べに行ったら美味しかったって言ってたわね。正確なピッチング技術のおかげか生地を伸ばす時の力加減や回転が良かったとかなんとか…」
「ほう…今度陽を誘って行ってみるか」
「…まだ付き合ってないの?」
「うっ…ま、まだだ」
「まだ終わらんよ、って続くんですよね」
「千景さん、余計な知識は必要ないわよ。で、どこまでいったのかしら?」
梁幽館を卒業した陽秋月は、大学へ。今は大学野球をやりつつ理学部で流体力学を専攻していて、野球の球の質を研究している。
「ど、どこまで?」
「手を握ったりとか、キスとかですか?」
「そうね…後はどんなところにデートに行ったのかとか」
「て、手!?」
「今の反応で完全に分かったわよ……奈緒さんボディタッチすら恥ずかしがってしたことないのね?」
「うっ…」
「そう言えばキス釣りたいですね…天ぷら…美味しそう」
「千景さん…沖縄の風にやられてマイペースに磨きがかかってるわね」
「そう…ですか?」
キスの天ぷらはあのほくほく感がたまらない。
「まったく…3年前のあの頼れる主将はどこに消えたのかしら。奈緒さんがこんなに奥手とは…」
「そういう理沙こそ岡田とは長いこと―――」
「そ、卒業の前に告白できてるからノーカンよ」
「まずは陽さんの名前で呼ぶことからですね」
朝倉のちょっと空気の読めないけど大当たりのセリフに、理沙は大きく頷く。
「ほらほら、今から電話して!」
「い、いや、また今度ということで……」
なお、中田は陽から既成事実を作られて、それを盾に迫られて結婚するのだった。
☆☆☆☆☆
IF 初詣
芳乃と私は少し大きな神社に初詣に来ていた。
「うーん、色々屋台が出てて美味しそうなのばかりね」
「…原価率とか料理人の技量を考えればこんなところで買うべきじゃないと思うけど…でも、野球と同じで、効率だけじゃ勝てないもんね!」
参道に並ぶ屋台で唐揚げやらわたあめやらりんご飴やらを買って、食べながら参道を行く。
「あ、このたこ焼き美味しいわね」
「ほんと?1口ちょうだい!」
「あっ、ちょ!」
宣言通り『1口』に3個のたこ焼きを放り込んだ芳乃に、私はもう落ちが見えているので、すぐ近くの屋台でラムネを買う。
「あ、あふい〜〜っ!」
「はいはい、ラムネでいいわよね?」
前世じゃ妹なんて居なかったから最初はどう接していいか分からなかったけど、今ではかけがえのない存在。なんだか世話を焼きたくなる。芳乃が熱いたこ焼きにラムネの冷たさで中和して一息つく姿に、なんとも言えない微笑ましさを感じる。
ひとえに…たこ焼き屋のおばちゃん、グッジョブ!熱々のたこ焼きじゃなきゃ出来ない芸当だったわ。
……そう言えば、ラムネって旧海軍が中心に広めたって聞いたけど、ホントなのかしら?確か瓶に水と砂糖を入れて、消火装置用の二酸化炭素を封入することで作ってたらしいけど…それって、いざと言う時に二酸化炭素足りなくて困ったりしないのかしら。
「あ、甘酒あるよ」
「飲みたいの?」
「うん」
「じゃあここで待ってるわね。私こういう屋台の甘酒ダメなこと多いから」
正確には酒粕を使った甘酒が苦手。
「じゃあちょっと並んでくるね」
芳乃が甘酒の列に並んでいく。
私は左手でたこ焼きを口に放り込み、ゴミを近くのゴミ箱に捨てる。
右手には芳乃謹製の毛糸の手袋がはめられている。ゆめふわ色の毛糸で編まれていて、親指とそのほかというミトンのような形。編み物に慣れてない芳乃が作るということで、指の数を減らしたタイプ。指を冷やさないように、と厚手に編まれている。
去年のクリスマスプレゼント…つい先日貰ったばかりのものだ。
姉妹としても選手としても期待されてるみたいでこそばゆいけど、なんか嬉しい。
「買ってきたよ〜」
「どうどう、走らない走らない。こぼすわよ?」
私は甘酒の紙コップを手に小走りにこちらに来る芳乃に、手袋に包まれた右手を振って静止する。
「さ、お参りに戻るわよ」
「うん」
熱々なのか、少しずつ減っていく甘酒。
そして、賽銭箱の前に伸びる人の列に並ぶ。
「そこそこ多いわね…」
「この辺だと結構大きめな神社だからね。縁結びの神様もいるみたいだよ〜」
「へぇ〜」
神社なんて初詣くらいしか行かないからそんなこと知らなかったわ。
10分ほど待って、ようやく私たちの番になる。
二礼二拍手一礼をして、願い事を念じる。
((今年も野球を楽しめますように…))