【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい 作:風早 海月
6回の表。
私は右投の栗橋さんに対して金属バットを手に左打席に入る。
そして、普段と違うスクエアスタンス…クローズよりで構える。手元で変化する栗橋さんの球を、私のバットコントロールで微調整して当ててやれば単打か二塁打は狙える。球威自体は私のストレートとそう変わりないもの…打てる。
カンッ、と軽い打撃音と共にレフト線に沿って打球が飛ぶ。
「抜いた!」
「走れー!息吹!」
だけど、サードの皆川さんのバレーボール選手並の大ジャンプのファインプレーで止められる。
ワンアウトノーラン。
2番菫。
粘りに粘ったものの、最終的にはカットボールを打たされてショートフライ。
ツーアウトノーラン。
3番希。
今日はまだノーヒットの希。だけど、栗橋さんの球筋は希との相性が良かったのかツーストライクに追い込まれる。
原作でも言われてた通り、選手の疲労蓄積が大きい。2球目のストレートはいつもなら打てているはず。
とはいえノーヒットは癪に触るとでも言うのか、意地の一振りが3球目を捉えた。二遊間を抜けてセンター前へ。希は安定の走塁で一塁を踏む。
ツーアウト一塁。
4番主将。
初球のカットボールをライト線外に転がしてファール。
2球目、ツーシームを引っ掛けさせられてセカンドゴロ。スリーアウト。
みんなが守備に散る前に、芳乃が全員をベンチ前に集める。
「珠姫ちゃん、ヨミちゃんの調子はどう?」
「そうだなぁ…まぁ絶好調とは言い難いけど、不調という程ではない…かな。この大一番で精神的に崩れる心配もヨミちゃんは少ないしね」
「良かった」
実はさっきの攻撃中から詠深はプルペンで珠姫相手に投球練習を始めていた。
「残り2回、きっちり抑えればうちの勝ちだよ!とはいえ、そろそろ理沙先輩は捉えられ始める頃合。ここからはヨミちゃん、お願いね!」
「待ってましたー!やっと投げられる〜!」
「ヨミちゃん、後はお願いね」
6回の裏。
美園学院の攻撃は8番福澤さんから。
ここで新越谷は選手交代。
ピッチャーの理沙先輩がサードに。
サードの詠深がピッチャーに。
投球練習を終えて、球審のプレイがかかる。
初球、まずはあの球。鋭く落ちるボールに、福澤さんは空振り。
2球目、遅い真っ直ぐ。内角高めに攻める。が、福澤さんは配球を読んでいたのか快音1つ。三遊間を抜けて私は前へ出る。捕球した時には、福澤さんは一塁を踏んでいた。ノーアウト一塁。美園学院の吹奏楽がファンファーレを響かせる。
私はあえて理沙先輩に送球する。
理沙先輩はそれに受け取ってから頷き、一塁二塁にいつでも送球できるように視線を向けたままマウンドへ向かう。そして、詠深に一言二言声をかけてから球を渡した。
理沙先輩ってどこか落ち着けるような雰囲気持ってるから、こういう時には重宝するわよね。1家に1台ならぬ、1チームに1人欲しい人材。
9番船渡川さんに、美園学院は代打を送る。
3年生の右打者小濱さん、背番号7が打席に入る。送りバントの構え。おそらく船渡川さんが投手だから送りバントに使って手に怪我をさせたくなかったんだと思う。
きっちり送ってきて、ワンアウト二塁。
1番皆川さん。
初球、強ストレート!高めに浮いてボール。
詠深の強ストレートのイメージは、遠いところのミットに届けるイメージ。回転数が増えていて、光ちゃんのストレートのようなポップアップする軌道。しかも遠いところに投げるから、気持ち上めに投げてしまっているのだ。それが強ストレートが高めに浮くことが多い理由。
私みたいに、シーズン中に修正なんて普通の投手には不可能。特に長年投げ込んできている投手には。
理沙先輩みたいに即席投手ならなんとかなるかな?無理か。
2球目、ツーシームを外角低めに。皆川さんは手を出さず、ストライク。
3球目、あの球を内角高めに。
遠目で本当か分からないけど、何故か皆川さんがニヤリと笑う気がした。
カァン!という大きな打撃音を響かせて、大きく打ち上げる。
センター方向。
フェンス際まで下がる主将。私は中継に備えて動く。
二塁走者福澤さんは、二塁を踏みしめている。入れば帰れるし、入らなければ直ぐにスタートを切れる体勢、万が一捕球された場合も考えてタッチアップで進塁するつもりなのだろう。
ふわりふわりと風に揺れる打球。正直、回転もあまりないフライ性の打球でフェンスまで運んでくるパワーはとても羨ましい。
だが、詠深の長打級をフライにした南風は時折吹いている。間隔的にはそろそろ…ほら。
主将のグラブに収まって、福澤さんがスタート。
「主将!中継!」
私がセンター守備位置ちょっと二塁よりでボールを呼ぶ。二塁とマウンドの間には菫が、本塁には珠姫が、本塁の後ろには詠深が、それぞれ待機している。
とはいえ、中継数はなるべく減らした方が早く本塁にボールを届けられる。これは投げる人の自信と状況で投げる先を変える。
「菫!頼む!」
主将は私を飛ばして菫へ送球。
菫は僅かに位置を変えると、ボールをグラブで受ける…が、こぼした。
「任せろ!」
ショートの稜がフォローに拾い、本塁送球。だけどいきなりのことで慌てたのか、送球は本塁を飛び越して詠深がなんとか捕球。その隙に福澤さんは本塁に駆け込み生還。
記録はエラー2つ。スコアはこれで降り出しに戻ってしまった。
「菫!」
菫がエラーしたところで倒れていた。二塁審がタイムを宣言して、救護班を呼ぶ。新越谷のみんなも菫の方に駆け寄ってくる。観客席もザワザワする。アナウンスで熱中症に注意と言っているけど、多分その通り。
「君、動いちゃダメだ。今立ち上がると今度こそ落ちるよ」
二塁審は熱中症の選手を何度か見たことがあるようで、立ち上がろうとする菫を静止する。
「芳乃、アイスバック!菫に!」
「うん!」
脇の下と首筋にアイスバックを当てる。
「みんなもスポドリと水持ってきてるから飲んでね!」
うちは人数が少ない分、これ以上倒れられるのは困る。私もスポドリを飲んで、水をうなじに引っ掛ける。
そうこうしている内に、救護班が担架を持ってグラウンドに入ってくる。
救護班の人は、1人が菫の頭側から脇に腕を通して支え、もう1人が膝裏と腰を支えながら担架に乗せて、グラウンドから出ていった。
「菫ちゃんの代わりに、私がセカンドに入るか、光ちゃんをレフトに入れて息吹ちゃんをセカンドに…どっちがいいかな?」
「そうね…」
芳乃の案は、戦力的には光ちゃんを入れたいという思いもあるのはよく分かる。でも…
「主将はどう思いますか?」
「そうだな…光はもう少し様子を見たい。芳乃、頼めるか?」
やっぱり主将も同じ意見みたいね。
「わかりました。監督と球審に伝えてきます!」
セカンドに芳乃がそのまま入り、2番セカンド芳乃となる。
そして、2番白咲さんは詠深の流れに引っ張られない強気の投球でショートゴロに打ち取ってスリーアウト。なんとか攻撃を断ち切る。
「ドンマイドンマイ!次の回、絶対に点を取るぞ!気合い入れて行くぞ!菫の分まで、光の分まで、全部出し切って勝つぞ!」
「おう!」
みんなで円陣を組んで声を合わせる。掛け声の強さは、一体感が出て良い。
7回の表、新越谷の攻撃。
美園学院は選手交代。
ピッチャーの栗橋さんがライトに。
代打の小濱さんがベンチに下がって、ピッチャーに1年生の美園学院の守護神、背番号20が入る。
そう、彼女こそ、もう1人の最注目選手…時風さなだ。
これまでの試合と今の投球練習で分かっているのは、彼女が
私と芳乃の共通見解として、彼女の変化のポイントはリリースタイミング。早ければスライダー、遅ければシュート…だけど、僅かな差であり、おそらく見抜けるのは私と芳乃くらい。打順を考えると頭が痛い。
5番理沙先輩から。
見逃し、空振り、ファール、空振りで三振。
6番白菊。
5球目、レフトフライに倒れる。
7番稜。
空振りで追い込まれてから、ナチュラルシュートを打たされてショートゴロ。
スリーアウト。
「嘘だろ…芯に当たらないぞ」
「でしょうね…あれは難しいわ。それより守備はどうする?一応私はジャイロほとんど使ってないからまだ投げられるわよ?」
「うん、でもそれはうちが勝ち越し点あげてからがいいよ。それまでヨミちゃんに頑張って貰うね」
「まっかせて!」
詠深が鼻息をふんすっと鳴らして胸を張る。
「まずは延長戦に持ち込むぞ!絶対に点は渡すなよ!」
「おう!」
7回の裏。
美園学院の攻撃は3番梅郷さんから。
初球、強ストレートでブラッシュバックさせてから…
2球目、あの球の緩急と落差で打ち取る。セカンドの芳乃が少しぎこちないけど、きちんとファーストの希に送球してアウト。
4番黒木さん。
初球、同じように強ストレートを印象づけさせる…という配球を読まれたのか、初球打ちをしてきた黒木さん。だけど、強ストレートの威力に負けて、セカンドフライ…いや、芳乃じゃなくて希が落球点に入ってるからファーストフライだ。ツーアウト。
芳乃と希はイチャイチャしてないで守備位置戻りや(八つ当たり)
5番鶴見さん。
遅いストレートを外角低めに。これはスルー。
2球目、ツーシームを外角低めに。同じ球筋と判断したのか、振った鶴見さん。ショートゴロに倒れる。スリーアウト。
「ナイピ、ヨミ!」
「良かったぞ」
「さすがエースね」
私も詠深を持ち上げるけど、他意はない。持ち上げとけば機嫌が良いとか思ってない。
延長戦に入る。
延長8回表。新越谷の攻撃。
8番詠深はアウト献上。ワンアウト。
9番珠姫。
初球、力強いフルスイングで空振り。豪快なスイングはどこか光ちゃんを思い出す。
2球目、バッテリーはそのスイングに少しびびったのか、低めに集まっていた球が少し浮いた。珠姫はセーフティバントで三塁線に転がす。走り抜けた一塁。ミットにボールが入ったのとほぼ同時!判定は…一塁審の両腕が広げられた。セーフ!
ワンアウト一塁。
私はバットをひと撫でして、右打席に入る。1番私。
私は
時風さんがどう投げてくるか、福澤さんがどうリードするか予測。そして時風さんの投げた瞬間にシュート軌道かスライダー軌道かを読み取って、バットを上手く当ててやる…言うは易し、だけどそれを可能とするのが川口姉妹の観察眼と私のバットコントロール。どうにか珠姫を三塁に進ませれば点が入るかもしれないから…!
時風さんがセットポジションから、投げた…シュート!
ここね!…キンッ!
金属バットを持つ手に鋭い衝撃と、耳に打撃音が響く。
打球は右中間!
私は一塁、珠姫は三塁に進んだ。
ワンアウト一・三塁。
私はプロテクターを一塁コーチャーに出てた光ちゃんに渡す。
「さっきの珠姫のスイング…光ちゃんが教えたの?」
「ううん。見取りはされてたかもしれないけど…びっくりしちゃった」
「すごいわね…」
「すぐにコピーできちゃう息吹ちゃんには言われたくないんじゃないかな…」
見取り…つまり見取り稽古だけであのスイングを作った珠姫。それはすごいことだと思うわよ。この体の才能がおかしいのは自覚してるからモーマンタイよ。
2番芳乃。
芳乃も、ミート力はともかく眼は持ってる。後はバットに当てられるかどうか…
初球、スライダー気味の球。でもあれくらいなら…!
芳乃のバットのスイートポイントでボールを内野に転がした!ボテボテだけど、ピッチャー・サード・ショートからほぼ等間隔の面白い位置に転がる!
結局ショートが捕球し、珠姫は本塁生還。二塁送球も諦めて一塁送球!芳乃はチーム内では足が遅い方だけど…一塁にヘッスラをかました!どっちだ…
「アウト!」
まぁ、妥当なところね。
ここで美園学院は選手交代。最後に頼れるのはエースということね。
センター園川さんがピッチャーに。
ライト栗橋さんがセンターに。
ピッチャー時風さんが下がって、背番号16の淡谷さんがライトに入る。
3番希。
希はエースの園川さんを前に、ニヤリと口角を上げる。ほんと、楽しそうに野球するわよね、希って。
初球、スローカーブから入った美園バッテリー。希は思わず手を出してしまう。タイミングのズレた打撃をしてしまった希が打った打球はフラフラと左中間に飛ぶ。センターに入った栗橋さんがきちんと捕球して、スリーアウト。
延長8回の裏。
守備に散る前にみんなで円陣を組む。
「待望の勝ち越し点だ。あと3人アウトにすれば、甲子園だ。きっちり3人で抑えて、光と菫も含めて全員が万全の状態で全国に行くぞ!」
「おう!」
私たちは守備位置を変更する。
私はピッチャーに。
ファーストの希はレフトに。
ピッチャーの詠深はファーストに。
それぞれ移動する。
6番園川さん。
初球、2球目とフォーシームジャイロで追い込んでから、3球目は真っ直ぐ。空振り三振を奪う。
7番栗橋さん。
ツーシームジャイロ、フォーシームジャイロ、真っ直ぐの3球で空振り三振に打ち取る。
8番福澤さん。
初球のフォーシームジャイロを捉えたものの、セカンドの芳乃がきちんと処理する。
福澤さんはアウトの確定していた一塁に、ヘッスラをした。
ゲームセット。
みんながマウンドに集まってくる。
私の頬に、一筋の涙が溢れた。
何故か、視界は滲んでいた。
「…そうか…本当に甲子園なのね……」
嬉しかったのね…私。
第98回全国高等学校野球選手権
埼玉大会優勝 新越谷高校
(8年ぶり、2度目)
ひとまず、試合は一区切り。
次回から日常?回を1~3話挟んでから甲子園に向かいます。1回戦が始まるまで試合はお預けです♪
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また、息吹ちゃんの挿絵やアイコン作ってくれる方募集中です。誰か描いてくれないかな〜?|´꒳`)チラッ
追記
アンケについて、指摘を受けまして訂正と改訂を行いました。