【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい 作:風早 海月
8月7日は私と芳乃の誕生日。
開会式後の午後、私と光ちゃんは神戸のケーキ屋さんをハシゴしてから学校に戻ってきた。
なんかさ、前世も高校球児だったはずなのに、光ちゃんの方が
さて、私と光ちゃんは特大ホールケーキ…7号のを2つほど持って帰ってきていた。これは私が買ったもので、光ちゃんの奢りでは無い。
そう、芳乃へのプレゼント…兼みんなへのお土産だ。
バタバタしてて県大会優勝兼甲子園出場のお祝いもろくに出来てなかったもの、これくらいしてもバチは当たらない。
「息吹ちゃん、ベタベタしちゃったしお風呂行かない?」
「い、いいわね」
光ちゃんと希がお泊まりに来た時よりも、なんかドキドキしてるのは、きっと大きいお風呂に胸が弾んでるだけ…よね?
☆☆☆☆☆
この学校には合宿施設が併設されていて、なんと浴場が複数存在する。
大浴場は泊まってる部屋毎に入って良い時間が決めてあるけど、私たち野球部は小浴場…5人6人くらいしか入れない小さい浴場を貸し切ってる。だからすぐにお風呂に入れる。お風呂好きだからこれは嬉しい。
脱衣所に入ると、既に2人お風呂に来てたみたい。
服とかが置いてあるカゴを見ると、どうやら希と芳乃のようね。
……ちょっとそっと覗いて見よっと。
……うん、順調に仲を紡いでるみたいで何よりだね。いくら小浴場と言っても、大きい浴槽でわざわざ肩寄せあってるとか、もう「キマシタワー」よね。
キマシタワーってカタカナで書くとなんか電波塔みたいでちょっと面白い。
扉をわざと音を立てて開けると、希と芳乃はビクッとしてから30cmほど距離を開ける。…ふーん、そんな反応しちゃうとつつきたくなるわよね?
「あぁ、芳乃と希だったのね。おじゃましたわね」
「ちょ、ちょっと待って!ちがうっちゃん!」
「え、何が違うのよ」
私が背を向けて浴場から出ようとすると、希が引き留める。
私がニヨニヨ笑っているとわざとだと理解した様で。
恥ずかしいのと怒ってるのとお風呂で熱くなったのと…多分興奮してるのもかな?で、顔が真っ赤になってる。
「息吹ちゃん…」
洗い場にある鏡に写る私の後ろから困った顔をした光ちゃんが見えた。
私は一息つくと追撃をそこまでにして、洗い場でシャワーを浴び始めるのだった。
カポン…
4人で湯船に浸かると、少し狭く感じる。
お湯の循環で起こる水流で、足が揺れて隣の人と触れ合う。
私は光ちゃんの足をガシッと掴んだ。
「ひゃっ!?何してるの!?」
「…やっぱり。光ちゃんの足…柔らかい」
筋肉質だから硬いと思ってたけど、お湯で太ももが揺れたように見えたのだ。
だから触って確かめようと思ったのだけど…これ本当に筋肉なの!?
「光先輩の筋肉はね、アスリートとして最高の資質があるんだよ!」
芳乃の筋肉談義が始まった。
「力を入れてない時に硬い筋肉は、しっかりと弛緩できてないんだよ。しっかり弛緩出来てないと力を入れた時に最大限の発揮はもちろん、怪我のリスクも高くなるから、アスリートとしてはいかに筋肉を休ませるかが重要なんだよ!」
「私、時間の空いた時はヨガ教室行ってるから…それもあるかも」
「私もマッサージしてもらっとるよ…芳乃ちゃんに」
「あっ、惚気は結構です」
「惚気やなか!?」
自分の太ももと、光ちゃんの太ももと、芳乃の太ももと、希の太ももと…筋肉の質がやっぱり違うみたい。
芳乃、お互い好き合ってるのは知ってるけど、ちょっと希の太もも触っただけで黒いオーラ出さないで!?
「うーん…あまり鍛えてない芳乃は除外するとしても…私と光ちゃんと希とでやっぱり筋肉の質が違うのね」
「うん、そうだね。息吹ちゃんと光先輩はぷにって感じで、希ちゃんはふにっって感じかな。でも、うちのチームで1番凄い筋肉はやっぱり光先輩だよ!」
確かに、芳乃は前に言ってた。
この11人の中で高卒時の段階でプロ野球選手としてドラフトで声がかかりやすいのは意外にも光ちゃん、次点で私と主将なのだとか。
光ちゃんは投打そして外野手としても安定して好成績だから、少なくとも育成にはかかるはず。
私は…まぁジャイロとどこでも守れるマルチ性と話題性。
主将は代打代走要員。
理沙先輩や珠姫や希は悪く言えば、代わりのいる存在だ。プロを目指すなら成績に加えて「話題性」か「唯一性」のどちらかを必要とするのだとか。
それにしても…
「うん、光ちゃんは抱き心地いいわね…」
光ちゃんが小柄なので、ちょうど抱きしめて良し身体を絡ませても良しな素晴らしい抱き枕と化していた。これはもうこのぷにぷにした筋肉ともちもちな肌が悪い。
「あっ…息吹ちゃんも肌もちもちしてるよ」
「見せつけとーと!?」
…ふむ、希と芳乃はほとんど身長差が無いからなぁ…でも芳乃の方が鍛えてない分軽いわね。
「ほいっ」
私が芳乃を抱えて、希の膝の上に座らせる。
「ちょっ…!息吹ちゃん!?」
「…もちもちしとーと」
「ひゃっん…そこはダメだよ!」
「希…流石にそこまで進展してるとは思わなかったわ」
「はっ!?ちゃ、ちゃうねん」
「いや、何故いきなり関西弁?福岡だよね?」
なお希のしたことによって、ちょっと刺激が強かったのか、光ちゃんは顔を真っ赤に染めていた。
希はきっちりもみじを作られたが、満足そうに鼻血を垂らしていた。
……希の変態化が進んでる気がするのは気のせいかしら。
え?何してたか?ご想像におまかせよ!
☆☆☆☆☆
お風呂のひと騒動を終えて、私たち4人は野球部の借りてる教室に戻って来た時だった。
ガラガラ…パァン!
扉を開けた途端、破裂音がして、思わず隣にいた光ちゃんごと地面に押し倒し伏せた。
「「「ハッピーバースデー!息吹!芳乃!」」」
よくよく見ると、クラッカーのようだった。
「わぁー!みんな、ありがとうー!」
「もう…驚かせるんじゃないわよ…ありがとう」
光ちゃんと希が小さくハイタッチしているのを視界の端に捉える。
「もしかして2人も仕掛け人なのね?」
「うん、息吹ちゃんと芳乃ちゃんを誘導してたんだ。ごめんね」
なるほど。だからあんな計画的なハシゴ旅になったのね…
「それにしても芳乃と希もだけどさー、息吹も隅に置けないなぁ!」
「へ?」
私の背中を稜が叩く。
「たかだかクラッカーの音でも、思わず光先輩のこと守ろうとしたんだろ?いいなー、そんな相手がい―――いてぇ!」
「あんたは少し黙ってなさい…」
「いてっ!いてててて!ちょ、やめ…!」
顔を赤くした菫が稜の耳を引っ張りながらテーブルに戻っていく。
テーブルの上には豪華な料理が並んでいた。
「菫ちゃんと稜ちゃん中心に、私のレシピで作ってくれたんだよ」
どうやら今回の1番の立役者は光ちゃんらしい。
「これ、みんなからのプレゼントね」
珠姫と白菊が私と芳乃な包みを渡してくる。
この重さと大きさと重心は多分…
包みを開けると、黄色い内野用のグラブだった。
「息吹の方の型付けは理沙が内野全般向けにやってあるぞ。芳乃の方は外野用だから私がやったぞ」
主将と理沙先輩が型付けしてくれたんだ…
芳乃の方を見ると、私のと同色の外野用グラブを手に取っていた。
「嬉しいよ〜!外野用は持ってなかったんだ〜!」
だが、驚くにはまだ早い。
そう、私には7号のケーキがふたつもあるのだ。
冷蔵庫からケーキをふたつテーブルに持っていく。
「じゃあこれ、私から芳乃に誕生日プレゼントね」
ジャーンと蓋を開けると、みんなからため息がこぼれる。
「デカ…」
「何号だ?」
「7号だよ?」
6等分ずつに切れば、藤井先生を含めて全員分に行き渡るはずだ。
こうして私と芳乃の誕生日の夜はどんちゃん騒ぎとなったのだった…
☆☆☆☆☆
「息吹ちゃん…起きてたらちょっと着いてきてくれる?」
夜、既に消灯していた時間に耳元で囁かれた声。
この数ヶ月でよく聞いた声。
そして、ひたむきに慕ってくれる声。
ほんと、私には勿体ない子の声。
そっと起き出した私は、薄暗い照明の中彼女に着いていき、自動販売機の明かりで少し明るいロビーで止まった。
「息吹ちゃん、改めて誕生日おめでとう」
光ちゃんは緊張した面持ちだった。
「実はね、神戸に出かけた時はケーキ奢りって言ってたけど、あれはみんなから預かったお金だから、私だけのプレゼントではなかったんだよ。グラブと同じ…かな。だから、私だけのプレゼントを送りたかったんだ」
「あはは…なんか貰ってばかりね」
「ううん。私もいっぱい息吹ちゃんに貰ってるんだよ。だから、これを受け取って欲しいんだ」
リボンで包まれた袋を差し出してくる。
「開けても?」
「もちろん!」
開けて確認すると、キャッチャーミットだった。
「今まで部の備品使ってたでしょ?だから…『私の正妻になって欲しい』なって」
この世界で、芳乃と共に野球の知識を追いかけてた私はピンと来た。
『私の正妻になって欲しい』というセリフは、昔流行していたらしい野球青春マンガの主人公がヒロインに告白した時に言ったセリフだ。
そして、その時に送ったのが…
「赤いキャッチャーミット…」
この世界での高校野球では、女の子が野球をしているからか、グラブの色に赤と水色も許可されている。このミットは確かに試合で使える。
だが、問題はそこじゃない。
「やっぱり知ってるよね。気付かなければそれはそれでいいかなとも思ってたんだけど…」
その野球青春マンガを知ってる人が赤いキャッチャーミットを使ってるキャッチャーをみたら、そのピッチャーとの仲は容易に想像付くだろう。
「これは冗談じゃなく?」
「うん。私の恋人になってくれませんか?」
やばい、すっごい男前なんだけど。胸の当たりが凄いことになってる。
筋肉だからなんだとか言ってたけど、前から何かと慕ってくれてたのは知ってる。私より小さいのに、手を引く姿は凄い頼もしかった。
答えなんて最初から知ってたくせに…
私は何も言わずに、ポケットに入れていた未使用のボールを1個手渡した。
野球青春マンガでのヒロインがそうしたように―――
光ちゃんは泣きながら、とても良い笑顔で喜んでくれた。
そして、自動販売機の光で出来た影はひとつに重なった―――