【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい 作:風早 海月
6日目第4試合。
東祥大東祥との試合は初回の大量リード以降、新越谷のペースで中盤を終えるところまで進んでいる。
1 2 3 4 5 6 7 計
東祥大東祥 0 0 0 0 1
新越谷 6 0 1 0 3
希もあの後3打席立って3安打1打点と頭部死球の影響を見せない素晴らしい結果を残していたし、芳乃も内野安打ながら1打点を加える活躍をした…まぁ主将の足のおかげの打点だったけど。
光ちゃんの投球も良く、5回、1失点、投球数34、被安打3、奪三振1、と好調だったおかげもあり、東祥大東祥に波に乗らせない試合運びだった。
6回の表。
芳乃と藤井先生の意見の一致を得て、消耗抑制を目的とした布陣に切り替える。
投手に理沙先輩。
捕手に珠姫。
一塁手に希。
三塁手に私。
左翼手に光ちゃん。
以上に変更となる。
東祥大東祥の攻撃は、8番、ライト横山さん。
珠姫の守備サインはニュートラル。
まぁ理沙先輩は一定の方向に打たせるタイプの投手ではないから仕方ないわね。
初球、高めに浮いてボール。
2球目、外角に入ってきた甘い球だったものの、横山さんはファウルチップでストライク。
3球目、低めのスプリットでショートゴロを打たされて、ワンアウト。
9番、キャッチャー高槻さん。
前打席で好打を見せた高槻さんに、長打警戒を敷く。打たれても単打に抑えるため。
初球、ストレートを狙いに行ったようで、快音1つ。
主将の前に落ちてセンター前安打。
ワンアウト一塁。
1番、ショート岩貞さん。
初球、ランナースタート、見逃してストライク、珠姫の牽制球は…二塁盗塁失敗で刺殺成功。ツーアウト。
2球目、外角低めのカーブを捉えられ、ライト前安打。
ツーアウト一塁。
2番、セカンド双葉さん。
ツーアウトということもあり、小技は使えない。
…と思わせられた。
初球、振りかぶった段階でランナースタート。そして双葉さんはセーフティバント気味にサード方向に転がす。
ツーアウト一二塁。
3番、レフト芦立さん。
初球、カーブを打ち上げ三塁線を超える。私はフェンスギリギリで捕球してスリーアウト。
6回の裏。
さて、野球の不問律に『大量得点差での盗塁をしない』というものがある。2007年にプロ野球でも乱闘騒ぎとなった発端でもあるのだけど、私は高校野球においてはこの不問律は無効であると考えている。
なぜなら、大量得点差からの逆転は甲子園では多々発生するから。
そして何より、大量得点差での盗塁を認めないのは試合が「冗長化」するからとされているけど、つまり「冗長化」は試合を諦めて投げやりになってつまらない試合になってしまうから…と私は解釈している。確かにその考え方は分かる。
でも、それをアマチュア野球…特に高校野球にそれを適用するのはいささか畑違いと言わざるを得ない。高校野球において大量得点差がついているからといって、プレーに全力を出さない高校球児―この世界では高校球女だが―はいない。
それこそ、決勝戦のスリーアウト目と負けの確定した一塁にヘッスラをするのが伝統であるとされるほどには、最後まで諦めない精神が根付いていると思う。
だから、私は少しイライラしている。
芳乃が盗塁の指示を出さないから。
確かに無理をする場面じゃないけど、それを押しても主将と稜の足なら二盗はほぼ確実に取れたはず。いつからそんなに腑抜けた野球をするようになったのか…
6回の裏。
5番、私。
本日3打席、1本塁打、1四球。
そして、アウトになった打席も投直の鋭い打球だったので、強打者アピールは十分。
6球粘ってから、三塁線に転がしてセーフティを決める。
ノーアウト一塁。
6番、光ちゃん。
本日わずか34球で5イニングを投げきった光ちゃんは、打者としても絶好調。
左中間抜けてタイムリーツーベース。
ノーアウト二塁で、得点1-11。
7番主将はレフト奥に大きく打ち上げた結果、キャッチアウト。だけど、二塁ランナー光ちゃんを帰還させるには十分。犠牲フライとなる。
ワンアウトノーラン、得点1-12。
8番白菊、9番芳乃は共に内野ゴロに打ち取られる。スリーアウト。
7回の表。
既に8時前で、照明施設を利用しての試合となっている。
その最後のイニングが始まろうというところで、東祥大東祥の打順は4番は先程代走に入っていた岡川さん…のところに代打を送ってきた。
それに対して、新越谷も布陣を変更。
あと3つアウトを取れば3回戦進出の新越谷は、守備を最大限固める守備配置に。
二塁手に菫。
三塁手に詠深。
左翼手に私。
右翼手に光ちゃん。
芳乃と白菊をベンチに下げた。これで、新越谷は全ての交代カードを使い切った。
抑えとして今大会注目の私と、1年生で
代打、飯田文さん、背番号16。
芳乃のデータによると、彼女は打撃成績優秀なピンチヒッターの様子。
初球、スプリットから入る。ガクッと落ちる球に驚きつつも、バットに当ててボールを後ろに弾いてファールとなる。
2球目、ストレート。バットはボールの下を通過した。カウント0-2。
3球目、ストレートをインコース高めに放り込み、打ち上げさせる。ライト線方向に打ち上げて、線から切れるも光ちゃんはダイビングキャッチ。右邪飛となる。ワンアウト。
5番の山本さんに、代打が送られて大島真菜さん、背番号17。
彼女は名門東祥大東祥というチームで、唯一の野手2年生。その実力は推して知るべし。
初球、アウトコース低めにカーブ…ここで引っ掛けてという狙いは大島さんの選球眼に見破られボール。
2球目、カーブをアウトコースに。これは手を出し、一塁線方向に切れてファール。
3球目、若干甘く浮いたストレートに反応した大島さん。左中間を抜いてツーベースヒットとなる。ワンアウト二塁。
6番で投手の荒川さんに代えて、代打船島翡翠さん、背番号18。
サウスポー2年生で、打撃もそこそこという評価の彼女。アウト1つと引き換えの進塁は無さそう。
初球、スプリットを捉えられて二遊間を抜く…かと思いきや、ここで野球の神様のイタズラが起こった。
ライナー性の当たりが二塁に直撃して、大きなイレギュラーバウンドが発生。球は誰もいないサード後方…私からも少し遠い…!
私が捕球して、理沙先輩に送球。何とかツーベースに留められたけど、タイムリーツーベースとなり、1点を返された。得点は2-12。ワンアウト二塁。
7番の村田さんにも代打が送られる。
関根菜摘、背番号3番の正一塁手。
度重なる代打攻勢にイレギュラーバウンド。ここで流れは切りたいところ。
だが、ストレートとカーブを組み合わせた配球が外れてカウント3-1。
5球目、珠姫の要求したカーブを流し打ちにされ、私の前に落ちた。幸い単打で、ワンアウト一三塁。
……もしかして、珠姫のリードが分析されてる?確かに、理沙先輩の投げ分け力と球種ではある程度山は張れるわね。
私はこちらを見ていた珠姫にタイムをとるようにサインを送る。
タイムがかかる前から、私はマウンドに走る。本来、外野手はタイムがかかってもマウンドに行かないので、駆け寄る時間も限られている。
「珠姫のリード読まれてるわよ」
「ごめん…」
「タマちゃんはガールズの頃から全国区だもんね〜」
詠深の珠姫自慢は放置。
「芳乃!どうする?」
伝令に走っていた芳乃に投げかける。
「珠姫ちゃんはリズム変えられる?」
「一応。でも、そこまで読まれたらもうどうしようもないかな」
「…点差もあるし、次の打者で見極めよう。とりあえず、何とかなったら続投で、ダメなら光先輩に再継投で!」
タイムの時間も短いので、それだけ聞いて私は定位置のレフトに戻る。
芳乃も走ってベンチに戻っている。
気を引き締めて、再開。
8番、横山さんに代えて、小沢姫那さん、背番号15。
初球、ど真ん中のストレート。後ろに飛ばしてファール。
2球目、アウトローのカーブでカウントを取りに行く…筈が、センター前に返されてタイムリーとなる。ワンアウト一三塁。得点は3-12。
ここで芳乃が守備位置変更を告げて、守備位置を変える。
投手に光ちゃん。
捕手に私。
一塁手に詠深。
三塁手に理沙先輩。
ライトに希。
レフトに珠姫。
私は投球練習を2球だけで終えた光ちゃんに、ボールを手渡しに行く。
「まさか今日もう1回とはね」
「そうだね。でも、ちょっと嬉しいな。私と息吹ちゃんじゃないとダメだって言われてるみたいで」
「まぁ余裕よ、私たちなら」
9番のキャッチャー高槻さんは、本日2打席2安打の好調。
ただし、2度の出塁とも盗塁失敗で刺殺されてる。
だけど、この場面での単打はチャンス継続になるので、何とか抑えたいところ。
初球、チェンジアップでタイミングをズラす。高槻さんは初球は見るつもりだったのか、バットを出さずにストライク。
2球目、クロスファイアのストレートを低めに放る。打者からすると距離感の狂いやすいクロスファイアもスルーしてツーストライク。
3球目、アウトコースにシンカーを要求。逃げていきつつ落ちるので、ストライク・ボールの判断の難しい配球だけど…ここも見送りでボール。カウント1-2。
4球目、低めにスプリット。これに反応した高槻さんだけど、運悪く三塁線方向に転がる。
サード理沙先輩が捕球して、三塁走者の関根さんが帰塁しているのを確認してから二塁送球。と同時に関根さんはスタート。二塁はアウト。
菫はキャッチャーの私に送球。三塁走者の関根さんは三塁に帰塁。
記録はサードゴロ。
ツーアウト一三塁。
「あとひとつ!」
「あとひとつ…!」
「あとひとつで…!」
新越谷初の3回戦進出まで、アウトカウント1つ…
だが、ここに来て光ちゃんの制球定まらず。
連続四球で押し出しの点数を与える。
1番の岩貞さんと2番の双葉さんに四球を与えて、ツーアウト満塁。点数は4-12。
私はボールを手渡しに行く。
「打たせても大丈夫だから、落ち着いて」
「う、うん。現実味がなくて…ふわふわしちゃった。ごめんね」
「ここから逆転されても、最悪最後の攻撃もあるもの。変に気負わず、私のミット目掛けて投げて」
「うん!」
3番芦立さんに代えて、代打大西ゆかりさん、背番号7。正左翼手。
これで東祥大東祥も選手を使い切った。
初球、シンカーを逃げるようなコースで要求する。大西さんはこれを打ち上げたけど、三塁側アルプススタンドに切れてファール。
2球目、シュートを同じく逃げるようなコース。詰まらせた当たりになり、ショートゴロ。二塁送球アウト。
ゲームセット。
両チームの選手が整列して、礼をする。サイレンが鳴る。
本塁を前に整列して、アナウンスに耳を傾ける。
『ご覧の通り、4-12で新越谷高校が勝ちました。ただいまから、同校の栄誉を称え、校歌を斉唱し、校旗の掲揚を行います』
あれだけの大差を序盤から作っていたにもかかわらず、新越谷高校初となる全国ベスト16…それも、この人数と3年生無しというハンデを背負った上で夏の甲子園の舞台でそれを達成したのは、歴史的快挙だ。
私たちは、全国ベスト16となった事実を、まだ頭が認識出来ていなかった。