【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい 作:風早 海月
さて、私の前世が器用貧乏に全守備位置対応できることは知っての通りなんだけど、ここ新越谷高校野球部では選手の人数がたった9人しか居ないことと、メンツの多くが自分のポジションを持っていたことから、表向き初級者である私と初心者である白菊は残っていたポジション…つまり、外野の両翼に回されることとなった。白菊と私のポジション決めは、比較的経験があり大した欠点もない私がレフト線対応の
もちろん、この守備位置は主将の広大な守備範囲があってこそのものだ。チームトップの韋駄天でもある。
主将指導の下、フライやライナーの捕球練習をこなす。白菊はまだまだ初心者の域を出ないが、その体にはかなりの
さて、今日の自主トレに希も参加することになった。といっても素振りとランニングだけだが。
私は希と芳乃の前を走る。
なんでかって?あの2人を2人っきりにして…てぇてぇ見たいだろ?見たいよね?ね?
球詠という漫画の中でも随一の百合カプなんや!見ないと損やで!え?詠深と珠姫?あれはほら、あくまで親友だと思うんよ、私。まぁそっちも見るんだけど…ほら、噂をすれば……
「あれ…詠深と珠姫じゃない?」
金髪3人組の私たちは何故か物陰に隠れて様子を伺う。
「なんで隠れるのよ…まぁ興味あるけど」
「あはは…」
私たち3人は揃って詠深と珠姫の会話に聞き耳を立てる。
「私…最初はね、ヨミちゃんとなら勝ち負けとか関係なく楽しくやれればいいかなって思ってたんだよね。もし人数が集まらなかったらキャッチボールするだけの部活でもいいと思ってた。頑張っても頑張っても上には上がいたりレギュラー外されたり、誰より頑張った人が1回戦で消えてしまったり…」
「それ、私…?」
「そういうのは中学でやめたはずだったから。でもね、いざ人数が揃って本格的に部活をするようになって、全国と言う言葉まで聞いちゃったら…なんでだろ…中途半端は嫌なんだ。いつの間にか本気になってる」
「それはタマちゃんが知ってるからでしょ、みんなで勝った時の味を」
「そうだね…勝ってみたい…このチームで。私も好きだから」
珠姫は顔を赤くして、それを見て詠深は嬉しそうに笑う。
「とにかく!これから練習時間増えてくだろうし、ヨミちゃんはついてこれるのって話だよ」
「まさか心配してくれたの?」
詠深は意外そうに眉を動かす。
「ほんとは帰らずに、ずっと練習していたいくらいなんだよ。その上勝てたらどんなに楽しいんだろうね。だから…」
少し前かがみになって珠姫と目線を合わせる。そして、その顔はいい笑顔になる。
「私を連れて行ってよ。きつい練習でもなんでもするから」
今なんでもするって(ry
「うん。わかった」
珠姫は詠深の手をとる。
「一緒に行こう」
満点の夜空が、彼女たちの門出を祝福するかのように瞬く。こんな街中の明かりの中でこんなに見えるのは、きっと天も彼女たち…いや、私たちを祝ってくれているに違いない。
「素晴らしいよ〜!混ざりたい〜」
芳乃、まだ早い。
「明日からやることいっぱいあるよ。クイックとか守備とか」
「イエッサー!」
「基礎トレと増やさないと、2倍くらいに」
「ええ!?」
詠深の笑顔が硬い。冷や汗かいてそう。
「なんでもするって言ったよね」
「基礎トレ1人だからあんま楽しくない…」
「息吹ちゃんと一緒になるように調整するから。あの子も…ううん、今はいいか。総合メニューは芳乃ちゃんと相談してから…」
あ、芳乃の名前出しちゃったら……あっ。
「呼んだ!?」
「みんな…なんでここに?」
「ランニングしてたんだよ。私たちの家すぐそこだし」
「へぇ」
そして、詠深は今話していた内容を思い出してぱっと珠姫を振り向くが、既に珠姫は理解して顔を赤くしていた…うーん、でもあんまり恥ずかしがることあった?友達なら普通じゃない?それくらい。
「どこから聞いてた!?」
「さあ…今来たばかりよ」
「ちくわ大明神」
「そんなことより練習の話しよう!」
珠姫と詠深は顔を赤くしながら慌てて、芳乃は興奮してて、私が苦笑いして、希もつられて笑う。これが青春の1ページなのだろう。私は柄にもなく心が温まるような、そんな気がした。
あ、これは言っとかないと。
「誰だ今の」
☆☆☆☆☆
「みんな集まって〜!新しい練習スケジュール配るよ〜!」
珠姫たちと話し合って、芳乃が確定させたスケジュールだ。
「文句がある人は遠慮なく言ってね」
この練習スケジュール、どれくらいのものかと言うと…
「これはこれは…」
「なかなかハードね」
と2年生コンビが冷や汗を流すレベルだ。
「やった!守備練習が増えてる!」
「………」
稜の言い方を、相方である菫は聞き流す。
「練習内容はともかく…食事の献立まで決められてるんだけど」
「もし無理なら私が作ろうか?」
「そういう問題じゃなくて!」
通い妻か。
「ふふ…1年生、頼もしいわね」
その日の練習の終わりに、それはやってきた。いや、ネタばらしすると…
「先生、お願いします」
「引き継ぎが遅れましてすみません。顧問の藤井です。皆さん自主的に練習されていて偉いです!」
そう、藤井先生…監督だ。白菊がそっと家庭科の先生だと教えてくれるけど知ってるのよ。
「ふふ…もう授業で会った子もいますね。さて……」
そこまで言うと、雰囲気が変わる。
「どうやら全国を目指しているらしいですね。そこで、1週間後に試合を組みました」
「試合!?やった!」
「どこまでやれるか見せてくださいね」
☆☆☆☆☆
練習試合の相手は…
「柳川大附属川越高校、通称柳大川越。以前は弱小だったけど、去年の夏は1年生エースの朝倉さんを中心に1・2年生主体のメンバーで県ベスト16、秋大会はベスト8!今年イチオシのチームだよ!」
「試合、よく受けてくれたわね…」
柳大川越の守備練習。ノックは乱れなく、守備の厚いチームだ。
「左のサイドスローか」
「カッコイイ!あの人が朝倉さん?」
「違うよ。あの人は大野さんだよ」
芳乃は大野
「朝倉さんは怪我かなぁ。最近見ないね。代わりに春は大野さんが投げてるよ。28イニングを5失点!防御率で言えば1.25だね!ベスト16で惜敗してるけど、今のエースは大野さんと言っても過言じゃない!実際1番付けてるしね。サインくれるかなぁ…」
芳乃の大野さん情報と、サインくれるかなぁの言葉に珠姫はマジか…という目線を送る。
「
今回の練習試合用のユニフォームはかつて全国に行った時のデザインに「新越谷」の新の字を少しだけ大きくしただけのものだ。
「ほんとだ…気づかなかった…」
菫は、稜の胸元を掴んで新の字を見る。いや、それ胸ぐら掴んでるみたいだからやめてあげて。
「さあ!お待ちかね!打順を発表するよ!」
「待ってました!」
打順 名前 守備位置 背番号
1 中村希 一塁手 3
2 藤田菫 二塁手 4
3 山崎珠姫 捕手 2
4 岡田怜 中堅手 8
5 藤原理沙 三塁手 5
6 武田詠深 投手 1
7 川口息吹 左翼手 7
8 川﨑稜 遊撃手 6
9 大村白菊 右翼手 9
恐らく7番配置なのは小技をコピーしろという意味なのだろう。2番目の2番とも言われる7番。やって見せようではないか!
『1番 ファースト 中村さん』
以前、オープンスタンス気味のスクエアスタンスと称したが、どちらかというとオープンスタンスなのかもしれない。とにかく希はバットを構える。
カン!
バットの芯に捉えられて初球からライト方向へ大きな当たりで、三塁に飛び込みセーフ。初球で三塁打を記録する。
「ないばっち!」
2番の菫に対して芳乃のサインは強行。内野はほぼ定位置でスクイズなら1点は貰えそうだが、施しを受けるつもりはない。
「きなさい!」
初球、クロスファイアの直球がインハイに決まる。ストライク。
今度はインロウに入ってきた2球目をライト方向に高く打ち上げる。三塁ランナーの希はリードから素早く塁に戻って捕球を待つ。意外にも深いところまで打球は伸びたが、ライトが捕球。と同時に三塁ランナースタート。犠牲フライで1点を先制する。
「希ちゃんナイスバッティング」
「菫ちゃんナイス最低限」
ナイス最低限って…なんとも言えんな。これでワンアウトで1点リード。
『3番 キャッチャー 山崎さん』
珠姫に投げた初球は、手元が狂ったのか珠姫のおしりの辺りに当たる。痛そお……
「タマちゃん!」
投げた大野も顔色を悪くする。硬球で、しかも良いピッチャーの投げた球はかなりの球威を持つのだ。
「大丈夫」
だが、珠姫は臨時代走も要らないと、すぐに歩き出した。これにはピッチャーや新越谷ベンチも胸をなでおろした。珠姫の代わりはいないのだ。
これでワンアウト一塁。まだまだ新越谷の攻撃は終わらない。
『4番 センター 岡田さん』
主将は流れを切らないためか、初球打ち。左中間に飛び、見事ツーベース。二・三塁となる。
次の打順からは大きく原作と違う。私は気を引きしめる。
5番は
初球はピッチャーの暴投をキャッチャーがファインプレーで止めてボール。
2球目は甘く入ってきた外角高めをチップしてファール。
「理沙先輩!当たってますよ!」
「あと2点!ランナー返しましょー!」
3球目、アウトローの良い球を何とかパワーでセンター前に押し返して珠姫は生還。ワンアウト一・三塁。
『6番 ピッチャー 武田さん』
初球降っていったが、これは空振り。だがこれは芳乃の指示通り。
一塁ランナー理沙先輩は盗塁を試みて投球開始時点でスタート。だが、キャッチャーがショートに送球すると同時に一塁へ帰塁。それを見たショートがファーストへ送球しかけた時に三塁ランナー主将がジリジリとリードしていたところをスタート。サードとキャッチャーとファーストの声に混乱したショートは判断が遅れて、主将は本盗成功。一塁ランナーの理沙先輩は帰塁に成功。記録としては主将に本盗が記録されただけになってしまったが。
「ナイス先輩方!」
「ショート穴だよー!」
「頭脳プレーナイスです!」
まぁ本当は二盗だけのサインだったのだ。刺殺されそうになった理沙先輩を見て、主将が機転を効かせたのだ。
その後、詠深は空振り・ボール・空振りで、カウント1-3でアウト。
ツーアウトランナー一塁でバッターボックスに向かう私。
様々な野球選手の真似をしてきたことと、前世での打撃経験から、そこまで緊張もしていない。正直、私が理沙先輩を返せなければ、本来クリーンナップの稜もいるが彼女の打撃能力は実はそう高くない。
私は打席に入る前にバットを撫でる。前世での打席に入る前のルーティーンなのだ。
「お願いします」
オープンスタンスに構える。
「…木製バットか」
キャッチャーの人からそんな声が漏れてきた。
大野さんは一塁の理沙先輩をセットポジションで警戒しつつ投球する。
初球、インロウのクロスファイアを見逃して0-1。
大野さんは2球目を投げる前に一塁へ牽制球を入れて間を取る。
「ピッチャービビってるよ!」
「かっとばせ!」
とはいえ、大野さんの制球が徐々に戻ってきているのは確かだ。今の直球も手の出しづらい場所だ。
2球目もインロウ。だが、今度は緩急もつけられて空振り。0-2。
「息吹ちゃん振れてるよ!」
3球目は左サイドスロー対右打者の常套戦術のアウト側ゾーン外でボール。振ってくると思っていたのか、少し驚いた顔をされる。
「ナイス選球眼!」
「粘っていけるよ!」
4球目はアウトローに入ってくる球をカット。カウントは変わらず1-2。
5球目、6球目もインロウ、アウトハイのそれぞれボール球。これでフルカウントだ。
そこから7~10球にかけてカットを続ける。ボール球もだ。出来るだけ球数を稼ぐのと、味方に大野さんの球を見せるためでもある。
11球目。業を煮やした大野さんがすっぽ抜けたのかど真ん中に入ってきた球を自慢の一本足打法の体重移動と関節の旋回や木製バットのしなりも利用した会心の一打。
ピッチャーの頭上を通り過ぎ……
二遊間を抜け………
センターが諦めたような顔でボールの行方を見送った………
ツーランホームラン。理沙先輩と私は本塁を踏んだ。これで5点目。
ツーアウトランナーなし。打順は8番の稜と9番の白菊に続く。