【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい 作:風早 海月
木製バットは、金属バットよりも消耗が激しい。
本来なら用品の多くは自分で用意する必要があるものの、木製バットだけは協会が用意してくれるらしい。
何故かと言うと…国際大会は金属バット禁止なのだとか。
練習用に様々な形と材質の木製バットが用意され、その中から自分に合った形と材質を選んでいく。
さらに、試合球も日本の球より少し大きく、投手陣はコントロールに苦労している。
さて、そんな中で私の投球で高槻さんが一応病院送りになった後に、移動中転倒。右肘を骨折する。
さらに石田彩花さんも階段から転げ落ち、左足の重度の捻挫。
この2人が戦線を離脱した。
それに伴い、長本監督はチームの方針転換を余儀なくされる。
そこで、星光学院から2年生の穴吹芽衣さん、木更津商業から3年生の藤堂雨音さんの外野手2人を追加招集。
指名打者制度をより有効に使うための外野手を増員した形だ。
これで専業捕手が2名と兼業捕手1名の3人捕手体制が確立…まぁ監督の初期構想では専業捕手3名と兼業捕手2名で、捕手にも代打を送れる体制を作りたかったらしい。
何はともあれ、今までとは違う試合環境になれるべく、練習に励む。
私もストレートだけとはいえ、国際試合球で投げ込みを行う。
………?
「息吹ちゃん、どうしたの?」
「うーん。なぜみんなコントロールを失うのかがちょっとよく分からなくて…」
私のストレートは思うようにストライクゾーンに入っていく。
「ジャイロとか変化球試して見たらどうかな?変化球は変化が人によって変わるってこともあるから…」
「そうね、やってみるわ」
ジャイロの基本、フォーシームジャイロ。
ネットに向かって投げ込む。
「すごい…」
ジャイロボールは綺麗にネットに記されたストライクゾーンに飛び込んだ。
「変化球主体の投手は変化の違いで苦しむんだけど…」
「ジャイロボールは、多分回転軸が水平だからかもしれないわね。スプリットを試してみるわ」
スプリットは案の定制球が定まらず。
詠深のあの球は意外にもより鋭くなった。
「これは意外と…」
「息吹ちゃんのコピーで良くなるってことは、ヨミちゃんのあの球も良くなるってことだよね?」
「そうね…まぁヨミが国際試合球で投げることはないと思うけど…」
魔球デスサイズがヘルデスサイズになる感じ?
とはいえ、新越谷の現行の戦力を考えれば、よっぽどのくじ運のなさがなければ春の選抜は選出される可能性が高い。
何故かと言うと、春の選抜に対するシード権が代表に選出された選手(3年生を除く)の所属校に与えられるから。
穴吹さんの星光学院と伊藤さんの城東の2校は順当に勝ち上がってシード権使わないはず。高槻さんの東祥大東祥は流石に壮行試合数打席しか出ないでシード権を主張するほど顔の厚い高校ではないし、歴史に恥じる行為だとシードを返上すると思う。
そうなると、高校としてまとまった戦力のあるチームは梁幽館・大阪桜雅・福島大耀・新越谷の4校くらいなもの。シード権は変則リーグ制で各校が5戦して勝ち点や得失点などで争う。
そんなわけで、5戦で強豪と多く争うことは、くじ運がよっぽどの状態だということ。
そして、甲子園出場校の中から選ばれるU-18の国際大会選抜チームが編成される。この冬に覚醒すれば、詠深だって選ばれる可能性は十分にある。その時に投げるのはこの試合球だ。
「やっぱり有り得るかもしれないわね…特にDH制がある分、詠深の欠点の打撃は無視できるもの」
「U-18のこと?」
「そうよ」
単純に投球だけを考えれば、詠深の投球フォームの修正さえ出来れば光ちゃんを上回る可能性すら秘めている投手。思わぬ伏兵ね。
練習期間を終えて、9月19日。
国際親善試合を迎える。
相手はニュージーランドのU-17代表。
こちらのスタメンは以下の通り。
1 清藤奏子(三)
2 川原光(左)
3 川口息吹(中)
4 楠川由梨(遊)
5 岡本美穂(一)
6 岡田怜(指)
7 小林依織(捕)
8 平沢萌恵(二)
9 藤堂雨音(右)
投手 田崎真智子
早速追加招集の藤堂さんを投入して、怜先輩を指名打者として起用した。
投手は田崎真智子さん。右腕の鉄腕で、完投余裕なスタミナを誇る。
ニュージーランドはここ数年の世界ランキングでは20~30位を行ったり来たり。世界ランキング2位につけている日本の敵ではない…と言いたいところだけど、ニュージーランドはU-15では世界ランキング上位に食らいついてくることが多い。今回も注意しなければ、食われるのはこちらかもしれない。
適度な緊張感のある相手である。
ホームで迎える主催試合であるため、桜ジャパンが後攻。
私たちは守備に散る。
プレイボール。
1回の表、ニュージーランドの攻撃。
1番と2番は凡退に抑える田崎さんだったが、3番に四球を選ばれて2アウト一塁。さらに4番にも連続して四球を出すと、2アウト一二塁のピンチに早変わり。
5番打者に田崎さんはパワーカーブ主体に押していく。だが、5番が粘りに粘る。
国際大会ではカット打法は禁止されてないどころか、投手に対して投球数制限があるので、エースを下げさせるために実行することは無くはない。
スリーボールになった後もボール球すらもカットされるため、球数が嵩む。
投手の投球数制限は、一試合に50球を超えた投手は中4日で、100球を超えた投手は中10日の登板制限が課せられる。
今回は国際親善試合なので投球数制限は無いものの、3日後にはアジア予選が始まることも考えればエースは早い段階で下げられる…とニュージーランド側は読んでいる様子。
さらに、ニュージーランド側からすれば、世界ランキング上位の日本が揃えた投手を相手にカット出来たという自信を選手に与えられる。一石二鳥ね。
ま、田崎さんの場合、100なんて準備運動よね。トリプルヘッダーを三連投して一日382球投げたこともあるらしいし。
……この人の肩、強いって意味で壊れてるわね。
最終的に、5番打者は9球目で空振りして三振、スリーアウト。
1回の裏、日本の攻撃。
1番、清藤さん。
強振したバットの下にボールが当たる。
日本のストレートと違って、バックスピンが綺麗にかかっていないことが多く、いつものストレートと思って振るとボールの上を叩くことが多い。
しかも、金属バットよりもスイートスポットが狭い木製バットなら尚更。
だけど、フルスイングにもっと飛ぶと思っていたのか、ニュージーランドの守備は一瞬停止。その一瞬が命取り。一塁に駆け込んだ清藤さんはセーフ。
2番、光ちゃん。
打ってよし小技でよし…と長本監督の求める2番の素質を十分に備えた光ちゃん。
長本監督のサインは四球を狙いつつの打撃。
だけど、ストライクカウント先行のピッチャー有利なカウント。1-2から3球粘る。ボールが入って2-2の並行カウントへ。
でも、私的には2ストライクが入った時点で並行カウントじゃなくてピッチャー有利だと思うのよね。
さらに2球粘ってからボールが再び入りフルカウントへ。
11球目、フルカウントに粘られたニュージーランドの先発投手は焦って失投。
光ちゃんはど真ん中のその球をセンター前に弾き返す理想的な単打を放って、ノーアウト一二塁に。
3番、私。
最近の研究では、4番に最強打者を置くよりも3番に最強打者を置く方が得点力は上がるとも言われることもあるほど、3番という打順も大事な打順だ。
さらに、後ろには楠川さんもいるから勝負を避けられることは少ない。
…私にとって最高なステージね。
ノーアウト満塁で4番に回したくないニュージーランドバッテリーは、初球低めのスプリット。これはボール。
2球目、内角手元の球に私はコンパクトな強振。芯で捉える。
振り切った当たりが大きな弧を描く。
レフトがフェンス際で振り向いて上を向く。
落下点か…と誰もが思ったかもしれないけど、私は目もくれずに歩いてダイヤモンドを回る。手応えがホームランだった。
特大アーチは滞空時間7秒というすごい高いアーチとなった。
スリーランで3点を先制する。
4番の楠川さんがツーベースヒットで続くと、5番の岡本さんがライト前ゴロで進塁打となる。
6番、岡田怜。
ワンアウト三塁のチャンスで、打点マニアが登場。
決してホームランバッターではないけど…勝負強さは多分このチームでも1番だと思う。
そして、期待を裏切らない結果で応える。
ライト線フェンス際へのタイムリースリーベースで1点を追加する。走塁でも、怪我の影響を見せない快走を見せ、観客席を沸かす。
7番の小林さんはセカンドゴロ、8番の平沢さんはセンターフライで、スリーアウト。
2回の表、ニュージーランドの攻撃。
6番打者は三振。
7番打者は四球で出塁。
8番打者を迎えたところで、二盗を仕掛けてくる。
だが、日本の小林依織は依織バズーカと呼ばれる強肩。簡単に盗塁は許さない。刺殺して、ツーアウト。
8番打者はレフトフライを打ち上げ、光ちゃんが確実に捕球してスリーアウト。
2回の裏、日本の攻撃。
9番、藤堂さん。
藤堂さんは追加招集なのもあるのか、守備専門外野手。打撃は、強豪校の中ではベンチ入り出来るかどうかの瀬戸際な選手。
三遊間を抜く、ヒット性の当たりを出すもショートのファインプレーでショートゴロに。ワンアウトノーラン。
1番、清藤さんは四球で出塁。
2番、光ちゃん。
ストレートをライト奥へ打ち上げてライトフライに。
タッチアップで清藤さんは三塁へ。ツーアウト三塁。
ニュージーランドベンチは3番の私と4番の楠川さんを申告敬遠にするようだ。
ツーアウト満塁のチャンスで巡ってきた5番の岡本さん。
痛烈な当たりも、サードライナーでスリーアウト。
3回、4回、5回と、ランナーは出るものの点に結びつかず。
4-0のまま。
既にニュージーランドは3人目の投手を投入しており、こちらの交代は9番の藤堂さんに出された代打で途中招集の穴吹さんが出ただけ。
…まぁ9番の打順にノーアウト満塁になったので、代打を送ったのだが、慣れない木製バットと代表戦というプレッシャーからトリプルプレーとなるピッチャーゴロを打ってしまった穴吹さんだったが。
ちなみに、同じ高校の主将である楠川さんに肩を叩かれて「帰ったら、特訓メニュー、組むね」と怖い笑みで言われていた。
6回の表もノーヒットで抑え、ノーヒットノーランまであと1イニングとなった田崎さんの力投から、裏の攻撃は1番からの好打順。
1番の清藤さんは惜しくもツーベースかと思いきや、送球が早く、一二塁間で挟殺プレーとなって単打でアウトとなる。
ワンアウトノーランで、2番の光ちゃん。
サードに転がすセーフティで出塁。ワンアウト一塁。
3番の私と、4番の楠川さんが申告敬遠される。ワンアウト満塁。
5番の岡本さんは今日打てていないので、ここに代打が送られる。5回のトリプルプレーが頭によぎる。
代打は伊藤さん。
だが、ショートフライに倒れる。
6番、怜先輩。
ツーアウト満塁で回ってきた怜先輩の打席。
もちろん打点マニアの怜先輩は左中間を抜く長打で3打点を上げる。
その後、小林さんが凡退してチェンジ。
7-0で追いかけるニュージーランドの最後の攻撃をも3人で抑えた田崎さんはノーヒットノーランを達成した。
7投球回、投球数は134、10奪三振の完投勝利だった。