ホワイトルームの失敗作   作:マサカノ

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実力の差

 放課後。誰もいなくなった空き教室。早速俺は、綾小路君を封じ込める作戦を思案していた。

 弱みを握って脅す? 大切な人を人質にとる? それとも、真っ向から殴りかかって……。

 だめだ、どれも現実的ではない。

 まず第一に、俺では綾小路君に勝てないというのはすでに分かりきったこと。そして、弱みだなんだと言う以前に、俺は綾小路君のことをまるで知らない。唯一分かっているのが、なにをやらせても圧倒的だということだけ。こんな状況で一体どうしろというのか。

 いっそ、開き直って普通のクラスメイトとして接するという手もあるが……。

 なんにせよ、行動しなければ何も生まれない。なら、仕掛けてみるのも悪くないか……。

 

 

 翌日。この日から俺は、綾小路君の行動を観察することを始めた。朝、登校してから放課後まで。気づかれないように細心の注意を払いつつ、それでもたった一つの仕草も見逃さないように。

 ここまで集中したのは、いつ以来だろうか。ホワイトルームにいた頃の、張り詰めた感覚が蘇ってくる。思い出したくない感覚。でも、あと少しなんだ。あと少し。綾小路君さえ居なくなってくれれば、もうこんな思いをしないで済む。

 

 あくまで冷静に。そして迅速に。綾小路君の情報を集める。なにせ、綾小路君はあえてそうしているのかは分からないが友達と呼べる人間がいるようには見えなかった。ほとんどの時間を一人で過ごし、特に寄り道をすることもなく寮へと帰っていく。

 

 そして、一週間あまりの時間が過ぎた頃。ようやく俺はわずかな取っ掛かりを見つけた。それは、手掛かりと呼ぶには小さすぎるかもしれない。でも、俺にとっては確かな希望で。綾小路君に届きうる可能性のある存在。

 

 それは――。

 

「堀北さん……で、いいんだよね?」

 綾小路君は常に一人に見えたが、そうでもなかったらしい。クラスでも唯一と言っていい、日常的に話している人物がいた。それが、彼女だ。

「誰?」

 言って、彼女は黒髪をなびかせる。本人にその気はないのだろうが、かなりのロングヘア―のため、振り向いただけで風に流されてしまう。

「俺の名前は白井空。なに、ちょっと君と話がしたいんだ」

「悪いけど、あなたに構っている時間はないの。他をあたってくれるかしら」

 なかなかどうして、出会い頭に強烈な毒を吐く。本来ならあまり関わりになりたくないタイプだ。

 しかし、ここで引くわけにもいかない。

「どうしても聞きたいことがある。時間なら堀北さんに合わせるし、少しで終わる。だから、話を聞いてくれないか?」

「……はあ」

 すると、堀北はため息をつき、一拍の間の後。

「追い返すだけ、時間の無駄のようね。なら今でいいわ。聞きたいことがあるならすぐに言ってちょうだい」

「そんなあからさまに不満気な顔をしないでも……」

「帰っていいのかしら?」

「冗談だ」

 早速、本題に入ることにしよう。

「綾小路君のことなんだが……」

「綾小路君? まさか彼の名前が出てくるとは思わなかったわ。いつの間に仲良くなったのかしら」

 あざ笑うがのように堀北は目を細める。

「実は、まだ仲良くなったわけじゃなくてだな。友達になりたいんだが、綾小路君のことで知っていることがあれば教えて欲しい」

「何故それを私に?」

「一番綾小路君と関りがありそうだからね」

 席も隣だし、と付け加えておく。

「そう。なら、良いことを教えてあげる。彼、毎日のように友達を欲しそうに教室を眺めているわよ」

 ……まさか。ホワイトルームの脱走者を探しているだけだろう。他に、情報はないのだろうか。

「あと彼、どうしようもなく事なかれ主義だから、友達になるのはお勧めできないわね」

「事なかれ主義……ね」

「私が知ってるのはこの程度。そもそも、私と彼は席が隣同士なだけで特別仲がいいわけではないわ。これで気が済んだのなら、今後は私に話しかけないでちょうだい」

「……ああ。ありがとう」

 事なかれ主義と言うのも、そう見せかけているだけだろう。

 結局、綾小路君に関する有意義な情報はなし。弱みまではいかなくても、なにか攻め入る隙があればと思ったんだが。

「……あら」

 すると、堀北はなにかに気が付いたようで。

「来なさい」

 などと、言った声と共についてきたのは。

「――綾小路君?」

「良かったじゃない、偶然本人がいて。綾小路君、彼、あなたと友達になりたいそうよ」

 奇特な人もいるものね、と堀北が言い。無表情のまま押し黙る綾小路君。

 ――偶然? まさか、そんなことがあるのか?

 偶然、俺が堀北に話しかけた時に、綾小路君までもがいるなんて。そんな。

 ジッと、綾小路君の冷たい目が、俺を見透かしてくる。体を丸裸にされたような、奇妙な感覚に襲われて、冷や汗が止まらなかった。彼の双眸は、ホワイトルームにいた時とまるで変わっていない。

「それじゃ、私はこれで」

 そう言って、堀北は振り返ることすらなく去っていった。

 言葉が、あるいは思考が止まっているのを感じた。

「なあ」

 綾小路君から、初めて言葉が発せられる。

「一つ聞きたい」

「……なに?」

「ここ数日。あるいは、一週間以上にわたって、どうしてオレを追い回していた?」

「……バレてた、か」

 まあ、そうだろうな、とは思っていた。俺の尾行ごとき、気が付かない綾小路君ではない。やはり普段は実力を隠しているだけで、こっちが本当の綾小路君なのだ。

「言ったでしょ。友達になりたかったんだ」

「それで、ずっと追い回していたと?」

「慎重な性格なんだ。もし綾小路君が怖い人だったらどうしようってね」

「ふむ……」

 強引ともいえるほどに取って付けたような理由を吐く俺に、綾小路君は思案顔を見せる。

「分かった。そういうことなら友達になろう。ちょうどオレも、友達が出来なくて困っていたところだ」

 同時に、右手が差し出される。握手のつもりなのだろう。俺は。俺は、その手を握った。

 それでも、綾小路君の表情は変わることが無い。全くの無。

 

 ――腹の探り合いの、始まりだ。

 

 

 

 




次回、綾小路君での視点を一話挟み、その後五月以降に突入します。

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