……酷く、疲れたような表情をしている。
悪夢でも見たのか、それとも元来このような顔だったか。後者だとは信じたくない。
鏡に写った自分の顔を見ながら、俺はそのようなことを考えていた。
高度育成高等学校に入学して、もうすぐ一か月といったところ。なかなかどうして、苦労していた。
ホワイトルームを抜け出して、やっとの思いで入った高校に、ホワイトルームで一番だった綾小路君がいる。それだけでもお腹いっぱいだというのに、なにがどうなってか、綾小路君と友達になってしまった。もし俺の正体が綾小路君にバレたらどうなってしまうのか。そんな不安だけが日に日に募っていく。
――ああ。もし。もしもだけど。綾小路君もホワイトルームの脱走者、なんてわけにはいかないだろうか。そんな奇跡みたいな話が、あってはいけないだろうか。もっとも、こんな馬鹿げた空想をしている時点で俺の心は相当追い詰められているらしい。
最後に、はあ、と大きくため息をついて俺は学校へ向かった。
「おはよう、白井」
「おはよう、綾小路君」
いつも通り教室に入ると、決まって綾小路君との挨拶で一日が始まる。無表情で、なにを考えているのが分からないのもいつも通り。友達なんだから挨拶ぐらい当然じゃないのか、というのが綾小路君の言い分で。いつもならここから二言、三言話すが、今日はいつもより遅く登校していたせいで時間がない。
「なあ白井……」
綾小路君がなにか言いたげだったが、ごめんとジェスチャーで送ってそのまま自分の席に着いた。綾小路君が若干名残惜しそうな表情をしていたのは、きっと気のせいだろう。
チャイムが鳴り、担任の茶柱先生がドアを開けて教室に入ってきた。
これもいつも通り、と言っていいのか教室内はなお静まることが無く。茶柱先生に話しかける生徒がちらほらと。内容はどうでもいいことがほとんどなのであまり聞いていない。
ところが今日は、いつもとは少し違うらしい。いつもなら騒がしい生徒の声が、途端に聞こえなくなった。原因は明らかだった。茶柱先生の表情が、いつもよりも怖く見える。
そして、当の本人がやっとのことで口を開いた。
「今日は月末だからな。小テストを行う」
同時に、クラス内から不満の声が漏れた。
「安心しろ。これは現在の学力を図る目的で行われるだけで、成績には一切影響しない」
それを聞いてか、安堵の声が漏れる。
配られたテストの内容は、非常に簡単なものになっていた。本当にこれで学力を図れるのか疑問である。スムーズに解き進めて行って、不意に手が止まった。
かなり、難しい。最後の三問だ。どれも、今までとは比べ物にならないぐらい難しい。時間いっぱい使って、やっと解けたのが一問だけ。少なくとも、高校生に解かせる問題ではなかっただろう。
昼休み。綾小路君に学食に誘われた。断ることなんて出来ず、着いていく。
「そういえば、朝なにか言いたそうだったけど」
「いや、勘違いならいいんだが、白井の表情が優れていないように見えてな。体調でも悪いのかと思ったんだ」
それもこれも君のせいだよ、なんて言えるはずもなく。
「心配してくれてありがとう。ちょっと夜更かしをして寝不足だったんだ。問題ないから安心してよ」
そうか、と綾小路君は納得したように頷いた。
「ところで、今日の小テストだが。どうだった?」
スープを飲み込みながら聞いてきた。
「だいたいは簡単だったんだけどね。最後の三問は難しかったよ」
「解けたのか?」
「一問だけね。それも、自信はないけど」
すると、綾小路君は少し考え込むような仕草を見せて。
「白井なら全問解けると思っていたが」
「……? どうして?」
「いや、なんとなくだ」
綾小路君は、決して真意を見せようとしない。
「じゃあ逆に、綾小路君は最後の三問出来たの?」
「いや、それどころか他の問題すら出来たか怪しい」
「えっ!?」
さすがに、驚いて声が出た。人の多く集まる学食でこんなとこをすれば、目立つのはこれ自然なわけで。やはりというか、奇妙なものを見る視線が多く俺に向けられていた。
それは、綾小路君にもいえたことだった。
「落ち着け。どうしてそんなに驚いているんだ?」
ああごめん、と謝って。
「ただ、綾小路君は頭がいいと思っていたから。ちょっと意外だったんだ」
「そんな話したことがあったか?」
「いや、なんとなく、だよ」
そんな言葉でお茶を濁そうにも限度があるが。疲れているせいか、最近警戒心が薄れてきている気がする。綾小路君に正体がバレたらだめだと分かっているのに、なかなかうまく取り繕えない自分がいる。
「やっぱり、体調が悪いんじゃないのか?」
心配そうに、綾小路君が尋ねる。
「そう、かな。そうかもしれない」
確かに、少し頭が痛いかもしれない。そうか、本当に体調が悪いのか。
「茶柱先生にはオレから伝えておく。帰って寝た方がいいぞ」
「……そうさせてもらうよ」
俺は、言われるがままに寮に帰った。
そして、ベッドに横たわる。だが、寝れない。体は疲れているはずなのに、意識が消えていかない。どうしても、脳裏にこびり付くように綾小路君のことを考えてしまう。
今すぐ。綾小路君を消し去る方法は無いのだろうか。
翌日。思いがけず、その方法が転がり込んできた。
「もしテスト本番なら……須藤、お前は退学だ」
翌日。体調は問題なく、普通に登校したところ。昨日の小テストの結果が発表された。
須藤が誰だとか、テスト本番ならとか、そんなことはどうでもいい。
ただ気になったのは、退学の二文字。
どういうことだ、とある生徒が茶柱先生に問いただす。
俺もどういうことだか気になる。
「テストで赤点を取ったものは問答無用で退学だ」
つまり、綾小路君が赤点を取れば退学になるということ。今回の点数は五十点。存外に低い点数だ。自信が無かったと言うのも本当のことらしい。……なんて、騙されるわけがないだろう。
綾小路君はきっと手を抜いている。水泳の時と同じだ。どういうわけかは知らないが、綾小路君は実力を出そうとはしない。
後なにかあるとすれば、ポイントとクラスの話ぐらいか。
この学校にはA~Dの各クラスごとにクラスポイントなるものがあり、初期値が1000ポイント。そのポイントに100をかけたものがプライベートポイントとして全員に配られるらしい。そのため入学時に10万ポイント配られたというわけだ。ちなみにこの一か月で我らがDクラスのクラスポイントは1000から0へと変動した。どうしてこうなった。
理由としては、授業中の私語や居眠りなどでポイントが下がっているとのこと。言われてみれば、この一か月授業中の騒がしさたるやこの上ないものだった。とはいえ、こんなものだと勝手に思い込んでいたため気にもしなかったのだ。俺自身も、授業の内容が簡単すぎてかなり居眠りをしていた。
0には100だろうが、なにをかけても0のため、今月Dクラスに配られたポイントは0ポイント。さらに言えば、この学校は優秀な順にA~Dクラスを分けているらしく、なるほどAクラスが一番クラスポイントが残っている。このクラスポイントをクラスごとに競うのがこの学校のルールらしい。就職率100%と言うのも、最終的にAクラスになったものの特権だとか。
まあ、そんなことはどうでもいい。俺の目的はただ一つ。
ホームルームが終わり、クラス内はお通夜状態だった。
そんな中一人、雰囲気を打ち壊す発言をしたのが例のごとくイケメン君で。最近になって、彼の名前が平田だと知った。
「今後のDクラスについて話し合いをしたいんだ。来られる人だけでもいいから、参加してくれないかな?」
人望がある彼のことだ。ある程度の人数が集まるだろう。俺は行く必要もないし、他にやらなければならないことがある。
俺は目立たないようにクラスを抜け出し、茶柱先生に質問しに行った。
「少しいいですか?」
「なんだ白井、お前が質問に来るとは珍しいな」
「この学校は、ポイントで買えないものは無いと入学時に言っていました。なら、生徒を一人退学させる権利はどれぐらいで買えますか?」
すると、茶柱先生の眉が吊り上がった。
「そんなものがもし買えるとして。一体だれを退学にするつもりだ?」
「さあ、誰でしょう?」
「……っふ。面白い奴だな、お前は」
口角を少し上げて、そして。
「5000万ポイントだ。貯めてみるといい」
「なるほど、分かりました」
……無理だな。
早々に、計画は断念せざるを得ないようだ。
そんなことを考えていると。
「茶柱先生、お話があります」
現れたのは、綾小路君の隣人こと堀北だ。彼女も話し合いには参加しなかったらしい。
「今度は堀北か。今日はやけに来客が多いな」
堀北は隣にいる俺を一瞥すると。気にすることなく話を続ける。
「私はどうしてDクラスに配属されたのでしょうか」
「というと、お前はDクラスでは不満なのか?」
堀北の挑戦的な目線と、茶柱先生のあざ笑うかのような視線が交差する。
これ以上、俺がいては邪魔になるだろう。そう思い、離れることにした。が、そうもいかないようで。
「あなたも、そう思わないの?」
堀北の声だ。オレに向かって言っていた。つまり、俺に聞いているのだ、Dクラスで不満ではないのかと。ついこの間、もう私に話しかけるなと言っていたのはどういうことか。
「昨日の小テスト、あなたはクラスでトップタイの90点だった。学年で見てもトップレベルのはずよ。それなのにDクラスに配属された」
軽く熱が入ったように、堀北は話し続ける。
正直に言えば、どうでもいい。しかし場合によってはこの状況、使えるかもしれないな。
「確かに、不満があるといえばあるな」
「そうでしょう。茶柱先生、説明していただけますね?」
さらに詰め寄る堀北。
「まあ待て。聞くに堀北、お前は自分のことを優秀な生徒だと思っているのか?」
「当たり前です」
「白井、お前もか?」
「え? まあ、それなりには」
一応、ホワイトルーム生としての多少のプライドはある。
「そうか、だが学校はお前らをDクラスだと判断した。そしてその評価は誤りではない」
「つまり、なるべくしてなったと?」
「そういうことだ」
堀北の抗議が通る気配はない。すると、茶柱先生がいきなり、
「出て来い、綾小路」
彼の名前を呼んだ。
「出てこないと、退学にする」
すると、給湯室からひっそりと男子生徒が顔を見せる。当然、綾小路君だ。
……気配、全く気付かなかったな。誰かがいるなんて、思いもしなかった。
「堀北、クラスに誤りはない。しかし、それならAクラスを目指せばいい。違うか?」
「しかし、Dクラスは能力で他クラスの生徒に劣っています」
「私はそうは思わないがな。Dクラスにもなかなか見込みのある生徒はいるぞ? その一人がこの綾小路だ」
「……綾小路君が? 悪いですが、彼から凄さというものは感じません」
「それは堀北、お前が分かっていないだけだ。綾小路の凄さならそのうち嫌でも理解することになるだろう」
言って、茶柱先生は再びニヤッと口元を動かす。
まるで、茶柱先生は綾小路君の能力を理解しているかのような言い草だ。まさか、ホワイトルームの関係者? しかし、俺は彼女に見覚えがない。……謎が増えたな。
「それに、白井もなかなかに優秀な生徒だぞ?」
「……それは、分かっています。すでにこの目で見ましたから」
どうやら、テストの点数で俺は堀北に認められたらしい。
それよりも、ここらで軽くけん制してみるか。
「綾小路君、やっぱり優秀な生徒だったんだね」
「そんなことは無いぞ。いたって普通だ」
「でも、茶柱先生だってこう言っているし」
「多分、なにかの間違いだ」
オレにそんな実力は無い、と綾小路君は言い張る。やはり、そう簡単には認めないか。
「Aクラスに上がりたければ、戦力を駆使しろ。使えるものは全て使え。堀北、お前にそれが出来るかだ」
堀北は、押し黙ったまま茶柱先生の話に耳を傾ける。
「話は以上だ」
俺、堀北、綾小路君はそこで部屋を追い出された。
真っ先に口を開いたのは堀北で。
「私はAクラスに上がる。そのために、手を貸してもらいたいの」
「オレはそんな協力できるほどの実力は無い」
と、首を振ったのが綾小路君。
だが、俺は違う意見だ。
「俺でよければ、出来る限り協力する」
「……そう、ありがとう」
堀北は、驚いたように礼を言った。協力すると思われていなかったのだろうか。
まあ、確かにその通りなのだが。
堀北、もしお前が綾小路君の隣人で、よく話していなければ協力するなんて言わなかっただろう。全ては、綾小路君の情報を手に入れるため。協力する気は、ほとんどない。
だから、堀北。
――お前は、俺のために働いてもらう。
今後は原作とは結構違う展開になりがちです。
一話の文字数
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今のまま(2000~3000)
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5000前後
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10000前後
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それ以上