【初配信】はじめました! 安藤ロイド【♯新人Vtuber】   作:watausagi

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第三十三話 怒髪天を衝きますわ

◇◇◇◇◇

 

 不幸だったと言わざるを得ませんわ。(わたくし)が彼女達と再会してしまう事は、誰にも望まれない事でしたもの。けれども丁度、スクエア本社に赴いた私と鉢合わせをしてしまったのは、女性のみで結成されたばーちゃるちゅーちゅーばーグループ、アイドリームの面々。

 

 受付の女性がいち早く私に気付いて妙なジェスチャーを取っていた事に早く気付くべきだったと、今更嘆いても遅いのでしょう。

 

「おや、おやおや〜? エリザベスちゃんじゃなーい。奇遇だねー。まさかこんな所で会えるだなんて」

「マジじゃーん。ぐうぜーん」

「……」

 

 嫌味ったらしく聞こえてしまうのは、私の邪推かしら。いえ、彼女達の視線は明らかに、私の事を好意的な目で見てるとは言い難い。

 

「なんか言ったらどう?」

「無視ってひどくなーい?」

「……お久しぶりですわ」

「ですわ! ですって。その口調面白すぎですわー」

「なに? もう自分は“エリザベス”だから私達とは関係ないって事? それ感じ悪くない?」

「冷たいじゃん。同じ仲間だったのにさー」

「裏切り者」

 

 ……そう、私も元アイドリームのメンバー。この事は私のファンになってくれている方も知らない。雰囲気がとても違うから気付かないのも無理はないけれど。

 

 良くも悪くも上下関係がハッキリしていて、配信内容は全て運営が決め、配信での仮面性が顕著で、売り上げに応じて扱いも変わってくる『アイドリーム』は私には合わなかった。けれども配信のイロハを教えてくれたのもまたアイドリームである事に変わりない私が、彼女達に強く出る権利はない。

 

「もう二度と配信はしませんって言って出てたったのにさあ、あれは嘘だったの?」

「何でなにも言い返してこないわけ?」

「……言い返す事など何もありませんわ。全て事実で全て私の未熟さ故。貴女方の不満や憤りもごもっともですもの」

「っあのさー! そういう他人行儀みたいな態度が一番っ」

「──こ、ここは! 様々な企業の方々もご利用になる弊社の玄関口ですので、あ、あまり大声を出されては……」

「なに私が悪いの!?」

「いえそのような事は……あわわぃふぁぃ」

 

 せっかく勇気を出してくれた受付の女性があまりの剣幕に、溶けたアイスみたいな口調になって引き下がる。他の人を巻き込むなと口を出しそうになったけれど、自分の立場を思い出して何も言えなくなってしまう。私は今とても惨めだわ。

 

「ふんっ、何でビビってんのよ。スクエアも程度が知れるわね。プロ意識足りない奴らばっか。ロイド(・・・)って奴もそうよ。予定にない事ばっかやってさ。とんだじゃじゃ馬よね」

 

 ……

 

「あんたそんなんでも先輩なんでしょう? 優しく教えてあげたら。Vtuberやめろって。あんなズルばっかしてそうな」

「話を遮ってしまい申し訳ありませんが、他社のライバーに対してその物言いはあまりにも礼儀知らずですわ」

「っ、な、なによ。その目、怒ってんの? ムカつく。アンタだって振り回されてたじゃない! いない方が清々するでしょう!」

 

 場違いではありますけれど、その時ふとロイド様との初配信を思い出して心の中で笑ってしまいましたの。ロイド様が予定にない行動を取るのも、ロイド様に振り回されたのも事実ですわ。

 

 ……だからといって! 彼女の言葉に今何も言い返せないのなら、私はVtuberを辞める前にロイド様の友人を名乗れなくなりますわ!

 

「確かに私は、最初はロイド様の事が気に入りませんでしたわ。いえ、もちろんっ、今は気に入っているとかそういうわけでは全然ないのですけれどっ! 本当に、そんなのではありませんのよ!?」

「あーもうだから何なの!?」

「ロイド様を気に入らなかった時でさえ、私はロイド様に対して一度も敬意を忘れた事はありませんでしたわ。やめてほしいと思った事も一度だってありませんわ。絶対に!」

 

 私達は同業者に対して、常に敬意を払わなければいけない。ただし親しみを込めて。

 

 先輩方こそそれをよく知っているはずなのに……沸々と怒りが湧いてきましたわ。どうして私の話題からロイド様への悪口にすり替わったのでしょう。他の方を巻き込む必要はないのに、どうしてじゃじゃ馬呼ばわりをされられなければいけないのでしょう! ましてやズルなんて!! 彼女はそんな事をするほど複雑な考えを持ってませんわ。

 

「ぐぅ……な、何よ偉そうに。あんな奴のことばっか庇って! もういいわ。みんな、手加減する事ないわよ。一斉にこいつに仕掛けなさい」

 

 彼女がここにいる中で一番経歴が長いから誰も逆らわない。彼女の言葉通りに、今まで後ろに控えていた子達が同時に前に出て、そして……一斉口撃が始まりましたわ。

 

「くせ毛トルネード」

「変な口調」

「むっつり」

「えっと……えと、あ、貧乏!」

「新人アンタ家庭の事情はちょっと……」

「貴女方より心は貧しくないですわ!」

「はぁ? 言ってんねぇ! お嬢様もどき!」

「逃げた負け犬!」

「ざこざこげーむ! 今度の大会だってどうせアンタは出ないでしょう! ロイドって奴に任せっきりで自分は高みの見物なんでしょう! 別にいいのよ。後輩に負担を掛けるのは私達にとって当たり前だものね!」

「っ……出ますわ! 凄く出ますわ!」

「優勝するのは私よ!」

「いいえ勝つのは私達ですわ!」

「じゃあ負けたら土下座しなさいよ! 裸でね!」

「望む所ですわ! そちらこそ私達が優勝した暁にはロイド様に謝罪の一つでも入れてもらいますわよ! よろしくて!?」

 

 もはや幼稚な口喧嘩ですわ。

 

 きっと私も、彼女ですらも自分が何を言っているのか考えていない。きっと後悔すると分かっていても、私達は止まれなかった。

 

 アイドリームにいた時では考えられない光景ですわね。

 

「──何事ですか!」

 

 私達が冷静になれたのは、そんな凛々しい声を近くに聞いてからの事。

 

 受付の女性が「ホッともっと……」と安心している。それだけの信頼が彼女にあるのですわ。

 

 凛々しい声の橘様。私達を見渡して呆れた目を向ける。今頃私も我に返って顔がきっと真っ赤ですわ。

 

「まず、貴女方はアイドリームの皆様ですね。ここは弊社の玄関口です。あまり大声を出されるようでしたら、事と次第によっては貴女方の上にご報告をさせていただきます」

「うぐっ」

 

 受付の女性が「私、私もそれ言った」と喜んでいる。橘さんは次に私に、呆れというよりは少しばかり同情の目を向けて言う。

 

「エリザベスさん。アンポンタンとか、へなちょことか、人に言ってはいけませんよ」

「わ、私がそのような醜態を? 何も、返す言葉もございませんわ」

「二階にまで聞こえてましたからね。念の為に言っておくと、大会の出場メンバーは五条さんと私共で検討していますので、こればっかりはエリザベスさんの一存で決める事は出来ませんよ」

 

 私が自分勝手な行動を省みて項垂れている中、そんな橘さんの正論に抗議を申し立てたのはアイドリームの彼女でしたわ。

 

「もう遅いのよ! 一度言った言葉を取り消すなんて卑怯よ!」

「いえ、ですから──」

「──いいんじゃない?」

「っ……エクレールさん」

 

 支柱の裏からひょっこりと出てきたのは、ニコニコ顔のエクレールII世様。人が違うからといって私は自分の態度を変えるつもりはありませんけれど、それでもエクレール様に知られたというのは、とてもショックな事でしたわ。

 

 恩を仇で返してるようで情けない。でも今のそんな私にでさえ、あの方は全てを包むような顔をして私達に話しかける。

 

「アイドリームの彼女達の言い分もごもっとも。一度口に出した言葉には責任を持たないと。特に言葉を扱う職業である私達配信者はね。エリザベスちゃんも、本気で戦いたいと思ったからさっき思わず口に出しちゃったんでしょう? 偶に仮面を被らないといけない時もある私達だからこそ、心からの本音が溢れた時はその気持ちに蓋をしない方がいいよ」

 

 その言葉に、私の心は浮き彫りにされる。そうですわ。私はそんなエクレール様に憧れてスクエアに入ったのですわ。

 

 いつもエクレール様のお陰で私は勇気を出せる。

 

「私は、逃げたくありませんわ」

「うんうん、それが本心だね。分かったよ。君達もそれでいいだろう? これ以上ウチの子達に何か言うようなら本当に上に報告しちゃうよ〜ん?」

「──その必要はあらへんよ」

 

 戯けて脅かすエクレール様の更に後ろの支柱から、和服姿の長身の女性がこれまたひょっこりと現れた。同じ登場の仕方ははっきりいってナンセンスだと思いますけれど、エクレール様の顔はいつもより苦々しいものに変わる。嫌いな食べ物を奥歯ですり潰している時の顔みたいですわ。

 

 ところで私もあの背の高い女性の事を一度見かけた事がありますわ。アイドリーム一期生で一番チャンネル登録者数も多く運営への貢献が大きい、つまりそれはアイドリームで一番偉い事を示している。

 

 ライバー名は、餡子空(あんこくう)

 

「なんや懐かしい声が聞こえたさかい、謝罪と案内も終わった事やし、ちょっと前からあんさんらの事見てはりましたの」

「嘘つけ絶対最初からいたんだよきっと。盗み聞きなんて恥を知れ恥を」

「クスッ、相変わらず妾に対して厳しいんやなぁ。久しゅう会えたんやからもう少し甘い言葉くれてもいいんよ?」

「そのキメラ語やめたら考えてもいいけど」

「あかんあかんわぁ。妾の個性消さんといてや」

 

 私も一度見かけた事があるだけで、実際にどんな方なのかは今の今まで知りませんでしたわ。私が言うのも何ですけれど滅茶苦茶な言葉遣いですわね。

 

 あの方に対して印象は、アイドリームらしくない、でしょうか? 私にとってアイドリームといえばリアルと配信の姿がまるっきり別人ですから。それに比べて餡子空様は配信の雰囲気と今のお姿に差は感じられないのですわ。けれど、恐れられてはいるのでしょう。さっきまで私に対してあんなに元気だったアイドリームの彼女達が今はすっかり大人しくなっているんですもの。

 

 彼女の人柄について推し量っていると、地面を滑るような動きであっという間に餡子空様に近づかれた私は、見下ろされる形で頭を撫でられる。

 

「堪忍なぁエリーちゃん。この子らも悪気は……少ししか無かったんよきっと。ほら言うやろ、可愛さ余って憎さ百倍って。妾の方からちゃーんと言っておくし、ちゃーんとそのロイドちゃんって子にも謝らせるよぉ──負けたら、ね?」

 

 すうっと頭から手が離れていく。こんなにも嬉しくない撫で撫では私初めて経験しましたわ。

 

 そんな私の不躾な態度も気にせず、餡子空様は踵を返して背中越しに手を振る。

 

「もちろん土下座さね。ほな、さいなら」

 

 さっさと帰る餡子空様に、ハッと思い出したように彼女達もその後についていく。

 

「……べーだ! アンタの動画なんて全部、低評価押してるんだもんねーだ!」

「こら、行くよ」

「はぃ!」

 

 最後まで私に悪態をついていたかつての同僚を見送る私のこの気持ちは、怒りとやるせなさで静かに燃えながら、うっすらとした寂しさが心の隅の方で燻っていた。

 

 でも、引き止める資格はないのですわ。私は彼女達の本当の名前すら知らないというのに。

 

 けれど今回の大会では決して負けられない。それだけは絶対に譲れないのですわ。

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

餡子空「もちろん最初から最後まで録画してあるんよー? これはみーんな仲よう仕置きが必要やと思わへん? たっぷりとお偉いさん達から叱られてきーや」

エリザベスアンチ「ひぃ」

餡子空「これは重いやろーなぁ。腕立て伏せ10回、いや20回はくだらんよきっと」

エリザベスアンチ「ひぃぃ!」

餡子空「ほんとアホやなぁ。アンタらも……あのお嬢ちゃんも。妾達みーんなアホばっかりや」

 

 アイドリーム式懲罰、筋トレ!

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