冷凍睡眠を抜けると、そこはハーレムだった 作:黒川伝説・ハプスブルク
2065年
ヨコハマ
真の標的と新しい任務が明かされた時、エイミー・レイザーは自身が抜擢された理由を悟った。
確かに高校生の集団に潜り込むにはトモやシラユリの方が向いているかもしれないが。
しかし、それだけでは絶対に不足だったのだ。
エイミーほど人間の心理を理解しているバイオロイドは、少なくとも080機関にはいない。
愛、欲望、葛藤、嫉妬、憎悪、傲慢…彼女は人間特有の感情を操り、それを利用して任務を達成できるようにカタチ造られているのだ。
だからこの任務の目標を達成しようとする時、彼女以上の適任者は他にいない。
知性的な雰囲気を持つ彼女は実際にも知性的であり、そしてその知性は自らが何を成すべきか思考する能力を彼女に与えていた。
今彼女のセーフルームでは、機関お抱えの技術者がプロジェクターを使って作戦目標の詳細を説明している。
彼女はもう余計な疑問は持っていなかったし、その神経は作戦に全力を向けていた。
「流石、腐っても技術大国だ。タネガシマスペースセンターのセキュリティは外部からのハッキングでどうにかなる代物じゃない。何万人もハッカーを雇ったってムリだね、保証する。」
「機関があなたを雇ったのはそのシステムに侵入する方法を編み出させる為ですよ?」
「だから真の標的を"懐柔"するんだろう?…こういったセキュリティシステムを乗っ取るには昔ながらのアナログな方法でやるしかないんだ。」
「それってつまり…セキュリティシステムに直接侵入して」
「ウイルスを打ち込む」
「呆れました…私は007ではないんですよ?」
「ああその通り。あんな機械音痴であってもらっちゃ困るからね。セキュリティシステムにAK47を乱射なんかされた日には全てがパァさ。」
「そういう意味では」
「とにかく、だ。機関が目的を果たすためにはそれしか方法がない。」
作戦自体には疑問を抱くことは無くなったものの、エイミーは頭を抱える羽目になる。
なんだって"ダース・シリアス"はこんな滅茶苦茶な作戦に認可を出したのだろうか。
或いは、本当に手立てはこれしかないのだろうか。
「泣いても笑ってもどうにもならないよ。君が機関の命令を遂行したいなら、彼を懐柔して、セキュリティシステムに入り込み、システムをダウンさせて、その間にこのプログラムをインストールさせるしかない。」
技術者はちっぽけなUSBメモリを取り出してエイミーに手渡す。
このご時世ともなればこんなアイテムは旧石器時代並みの代物だ。
機関のクライアントの頼みの綱がこんな化石と恐れ入る。
「くれぐれも、失くすんじゃないぞ?」
「ご心配なく。」
既にエイミーの心配事はちっぽけUSBよりもっと異なる方向へと向けられている。
あの技術者はサラッと言ってくれたが、どうやって真の標的を懐柔するかが最も困難な部分に思えたのだ。
そういう意味で、あの高校生は…うん、
真の標的のプロファイルを見るに、確かにあの高校生を利用するのが一番確実に思えた。
あとは方法…あの、人間不信なのではないかというぐらい疑い深い高校生に、こちら側を信じさせる方法。
それにはきっと、
「………はぁ。彼が何かのイベントにでも参加してくれれば良いのですが…」
そうは言いつつも、彼女は別の準備をも既に始めていた。
彼女単独では目標を達成するまでの道筋を整える事は出来ても、作戦行動においてはいずれ"手の数"が足りなくなる。
最終目標であるタネガシマスペースセンターでの作戦行動には、少なくともエイミー以外に1人以上の戦力が必要だ。
その辺はあの『シ●の暗●卿(笑)』も考えていたようで、ちゃんと支援要員を用意しておいてくれたのは嬉しい驚きだった。
技術者が帰ったあと、彼女は例の手鏡型プロジェクターの方へ向かう。
いつも通りそれを開くと、ダース・シリアスが前もって彼女に伝えた協力者の周波数に合わせて呼び出しボタンを押した。
幸いな事に、協力者はすぐに応答する。
だが、エイミーも同じくらいすぐに落胆した。
『おはよー☆みんなの友達、トモちゃんが来たよ!嬉しいでしょ!』
「………よりにもよって貴女ですか」
『うわ、エイミーさんその反応は酷くない!?私は久しぶりのエイミーさんとのお仕事楽しみだったんだよ!?』
ダース・シリアスの判断は確かに合理的だった。
080機関の他のメンバーの内、シラユリは御曹司の通う学校から重要情報をどっさり提供できたし、ドクターは裏方専門のバイオロイドである。
タネガシマスペースセンターで必要となるのは知性よりも火力だったし、正にトモを送り込んできたのは合理的判断といえよう…
「…正直、あなたがこういう任務に向いているとは思えませんが」
『もおっ!エイミーさん酷すぎるよ!一体トモのどこが不満なの!?トモだって立派なスパイ、S・P・Iなんだよ!?』
「そういうところです。」
少なくとも、今回の任務はトモ向きとはいえなかった。
彼女の戦闘力は折り紙付きだが、直近にコントロールすべき誰かが必要になる。
エイミーの脳内にある計画では、エイミー自身はヨコハマで別働する事になっていた。
だが、増援がトモだけなら計画を練り直さなければならない。
『心配しなくても、作戦当日にはシラユリちゃんも合流してくれるみたいだから安心して!』
「シラユリが?」
『うん!あの暗●卿(笑)が指令を出したっぽいよ。あのオッサンもやる時はやるんだね。』
エイミーは一先ず安心した。
これで計画を大幅に練り直す必要がなくなったからだ。
……………………
目を覚ますと、目の前にはバカ高い丘が二つあって、俺はその間に顔を埋めていた。
バニラの香りが漂うその丘の向こうからは日光が差し込んでいて、こちらに容赦のない明るさをもたらしている。
もう、朝か。
そう思いながらも、健康的に豊満なダイナマイツボディから起き上がろうと、両腕に力を込めた。
しかし誠に遺憾ながら、その時俺の両の手はそれぞれ丘のどこかしらに位置していたのだ。
「あんっ!…ご、ご主人様!…その…そういうコトを御所望でしたら、おっしゃってください!氷漬けにされたいですか!?」
「申し訳ない、寝ぼけてただけだよ。すまんね。」
本当を言うと謝って欲しいのはこちらの方だ。
紅蓮さん、言わないでおくが、あなたの双丘がバカデカすぎるのが悪い。
俺だって、願わくばベッドのしかるべき場所に手を置いて起き上がりたいのだが。
しかしながら巨大な双丘のせいで、この体制から起き上がろうとすると腕の可動域を超える所にしか両手を置くスペースがベッドにない。
よって自然に紅蓮さんの双丘に頼るか、或いは彼女の上で180度回転して仰向けで起き上がるという少々複雑な機動をするか、或いは紅蓮さんが起き上がる時に一緒に起こしてもらうという介護めいた方法しか取れないのだ。
結局、紅蓮さんの上で爆睡するようになってから多くの場合そうであったように、この日も俺は起き上がる紅蓮さんに介護よろしく起き上がるのを手伝ってもらった。
その後コーヒーマシーンのスイッチを入れて余熱をさせ、枕元のサイドテーブルに置かれた水差しから一杯の水を汲んで飲み込む。
コーヒーマシーンが準備運動を終えると、俺はカプセルとマグカップをセットして、再びスイッチを押した。
不平不満をぶち撒けんばかりの騒音を立てながらコーヒーマシーンが仕事をすると、使用済みのカプセルをゴミ箱に捨てて、新しいカプセルと別のマグカップをセットする。
続けてコーヒーを淹れたおかげで、寝室は早くもコーヒーの良い香りに包まれていた。
「毎朝ありがとうございます、ご主人様。私の分まで淹れてくださる必要はありませんのに…」
「そうはいかない、紅蓮さん。それに毎朝朝食を作ってもらうんだからこれぐらいはしないと。」
あの中年オヤジみたくなっている2人のセーフティとは違って、紅蓮さんは簡単なものなら調理ができた。
オムレツ、スクランブルエッグ、スコッチエッグ、ハムエッグ、ベーコンソテー、ボイルしたソーセージ。
彼女が来るまでは朝食といえばトーストにジャムを塗ったぐらいのものだったし、キッチンはセーフティ達が二日酔い全開の顔で食べるシリアルの食べカスで汚れていた。
紅蓮さんはたるみきった2人のセーフティの生活指導までしてくれ、おまけに掃除も家事もお手の物。
現役の主婦ではないかといった手際の良さで、家の事をやってくれている。
ぶっちゃけコーヒーを淹れたぐらいで感謝されるべき立場でもない。
「砂糖は?ミルクは?」
「私はそのままで。ご主人様はどうかお砂糖を入れすぎないように。」
「はいはい。」
一昨日海外のサイトで、彼女と同型のバイオロイドを個人購入したオーナー達のブログを見た。
大抵の場合はそのダイナマイトなボディに言及されていたのだが、中にはまるで異なる感想もあった。
『優しい人妻みたいなバイオロイド』、『離れた故郷に住む母親を思い出した』、『性的な意味ではなく、慰めてもらった』。
これらの感想には俺も全力で同意する。
恐らくは彼女の性格は、彼女が作られた目的によって造形されたものだろう。
テロに遭った被害者のメンタルは言わずもがなボロボロである。
PTSDになる前に、彼女には現場で最初に被害者のメンタルケアをする必要が想定されたのではなかろうか。
現に、俺がラン●ーに襲われた日も、彼女はまるで隣の子供が怪我をしたみたいな姿勢で俺を心配してくれたのだ。
その優しさは、例えテロに遭わなくても素晴らしい効能を発揮している。
彼女は本当に素晴らしい性格のバイオロイドだ。
「…ところでご主人様。今週末、この地域の警察がボランティア活動を企画しています。」
………こういうところを除いては。
「ボランティア活動?…俺を狙うテロリストからすれば絶好の機会じゃないかな?」
「ご安心を、ご主人様。警察官総出で行うようですから、ご主人様はこの邸宅にいるより、そちらにいた方が安全です。先の事件で警察もIDチェックを厳正化していますから、この前のような事にはなりません。」
「強襲されるかもしれないじゃん?」
「先も言いましたように警察官は大勢いますし、私とセーフティ達もいますからご安心ください。それとも、私では心配ですか?」
「いや、あの、その……でもリスクを犯すような…目立つようなマネをする割には…メリットが」
「警察官と共にボランティアをするのですよ?将来警察官を目指されるのであれば、最良のアピールができる場ではありませんか?」
「ウッ………じ、実を言うとね、紅蓮さん。俺は宗教上の理由からボランティアはできないんだ。」
「宗教?…初めて聞きますね、ご主人様。ちなみにどんな宗教ですか?」
「空飛ぶスパゲティ・モンスター教」
「…いつ頃ご入信を?」
「たった今」
「ご主人様、お言葉ですが…追い詰められた銀行強盗でももっとマシな嘘をつきますよ?それにスパゲティ・モンスター教にボランティアを禁じる、なんて教義はありません。」
「………わかった、わかった、参加するよ!もうまったく!」
さすが対テロ部隊隊長の紅蓮さん。
俺の逃げ口はとことん塞いで回られた。
おかげで俺はファレーズポケットのドイツ軍。
ボランティアというヤーボから逃げることも隠れることもできない。
「それではご主人様。私の方で参加手続きは済ませておきます。」
「はぁ。…まあ、いいや。紅蓮さんの勧めなら従う事にしよう。…さて、朝食を作ってくれるかな?今日はソーセージがいい。」
「どうぞお任せを、ご主人様。」
段々、紅蓮さんのいる生活が楽しくて仕方のないものになっている事に気がついている自分がいた。
正直なところ、もう彼女達なしの生活は考えられない。
完璧な紅蓮さんも、中年っぽくて仕方のないポンコツセーフティ2人も、今ではかけがえのない存在だった。
キリシマ法はバイオロイドの人権を否定した。
だが、歴史とは後の世代の者達が評価する。
もしかしたらいつか、人間が彼女達を奴隷ではなく良き隣人として認める日がくるのではなかろうか?
或いは俺の考え過ぎか?
不思議な事に、考え過ぎだという思いは起こらなかった。