冷凍睡眠を抜けると、そこはハーレムだった 作:黒川伝説・ハプスブルク
2065年
東京湾
某クルーズ船内
私が子供の頃なら考えられない話だな…彼はそう思いながらも、船内の応接室へと通される。
内閣府付のエリートからすれば、このクルーズ船の内装はまったくもって趣味の悪いものだった。
故に気分をも害していたが、それを今日の交渉相手に知られるわけにもいかない。
だから応接室に通された後は、いつもの品の良い笑顔を顔に貼り付けていた。
「おお、よくぞいらっしゃいました白樺さん。『全日本アルカイダ』へようこそ。お飲み物でもいかがです?…ちょうど、良いブランデーが手に入りましてね。」
「お気遣いありがとうございます。ですが職務中は飲酒を致しませんので。」
「ほほう、やはり内閣府付の御人は違いますな。…では、さっそく商談と参りましょう。」
イスラム原理主義過激派の名前を冠した癖に、その実態は俗も俗の大俗物である。
テロが己の信条の為の戦いから政治ビジネスに変貌してからは、こういった組織は今までテロとは無縁だった国家・地域にさえ容易に浸透した。
バイオロイドの普及に伴う失業率の増加が拍車をかけ、金で破壊活動を行うテロ"業者"は大儲けをしている。
現に今目の前にいる全日本アルカイダの代表は、成金と言わんばかりの内装のクルーズ船に高級ブランデーを山ほど蓄えているのだ。
人間、急に金持ちになると倫理観とタガが外れるらしい。
全日本アルカイダの代表はペラペラのベリーダンス衣装を着せた2人のバイオロイドを両脇に侍らせて、ソファにドカッと座る。
白樺は自身の両脇を挟もうとしたもう2人のバイオロイドを手の仕草で追い払い、短刀直入に要件を述べた。
「本日、私が参りましたのは以前依頼した件についてです。」
「…白樺さん、ご説明したはずだ。あなたの情報には決定的な誤りがあった。ブラックリバー社製の高性能対テロバイオロイドなど、いくら我々でも対処はできない。」
「責め苦を言いに来たわけではありません。」
「では、何のために?」
「…追加の依頼です。」
代表は身を乗り出した。
前回の失敗は、例え依頼主に落ち度があったとしてもやはり気がかりだったらしい。
今や政府でさえテロ組織の暴力を利用する。
テロ組織にとって政府は天敵でもあり、しかし大口の取引先でもあるのだ。
見せかけの対立の裏で、テロ組織と政府は互いを必要としている。
そんな政府との取引を逃すことは避けたかったのだろう。
「追加、と申しますと?」
「例の標的を次こそ仕留めていただきたい。彼の住居を突き止めました。ここを襲撃すれば標的はひとたまりもないはずです。」
「その情報は確実なモノですか?…失礼ながら、この前のように一つでも誤りがあれば、襲撃の計画は失敗する可能性が高まります。」
「一つや二つの誤算で狂うような計画では困ります。あなた方には大金を支払っている。」
「これだから政府の方は!…いや、失礼。確かに5〜6人程度の武装した男達なら問題はない。しかし、バイオロイドはたった1人の存在で分隊規模の誤算になるのです!」
「では、
「………ッ!」
「実に簡単な話なんですよ。我々に消されたくないのであれば、そちらは標的を殺すしかありません。…私はこちらの要望を確かに伝えました。今度こそ、よろしくお願いします。」
…………………………………
ヨコハマ市
主人公邸宅
「お帰りなさいませ、ご主人。御夕食の準備は済んでいますわ。」
プラチナブロンドのスレンダーな美少女が、何とも言えない微笑みで我が家の厨房を占拠していた。
テーブルの上には品の良い料理の数々。
彼女の服装といえばパティシエールを思わせるような…いや、料理人のそれであり、彼女は最後の一皿を片手に持って俺たちの事を待っていたのだ。
セーフティ2人も、紅蓮さんも、俺もポカンと口を開けて微動だにできない。
何秒か経った後、紅蓮さんはパンパンに膨れた買い物袋をその場に落としてしまい、俺は後退りをして家の外に出て、表札を確認する。
間違いなく我が偉大なる両親の別邸であり、我が受験における前線基地だ。
紅蓮さんは念のために片手を胸の谷間に突っ込みながら…即ち、何時でも拳銃を取り出して撃てるようにしながら…俺の耳元でささやく。
「ご主人様、彼女は?」
「確か…三安産業製のバイオロイド…『ソワン』」
でも、そんなハズないんだよなぁ。
確かに俺の両親はそこそこの金持ちかもしれないが、金さえあればソワンの購入はできるわけじゃない。
三安産業はソワンの販売に関して、購入者に一定の社会的ステータスを求めている。
ウチの両親だと、ギリいけるか…いや、多分いけない。
そんな彼女が我が邸の厨房で勝手に調理をしていたのである。
色々怖い。
「…どうなされました、ご主人。料理が冷めてしまいますわよ?…まぁ、冷めたところでご主人が得られる快楽に変わりはありませんわ。」
我々の警戒など意にも介さず淡々と述べるソワン。
さてはてどうしたモノか。
まぁ…確かに美味しそうではあるんだけどさ。
だけれども机の上に並べられる、ヌーベルキュイジーヌ式の盛り付けがなされた料理の数々は我々に警戒心というものを強いるのである。
「そう言うことなら、召しあがっちまってもいいんじゃないっすか若旦那。」
セーフティ②は滅茶苦茶な言葉遣いを披露しながも机の上を彩る料理の内の一つを無造作に掴んで自らの口に入れる。
お前はもう少し品位というものを身につけようとは思わないのかという俺の感想なぞ知りもせず、セーフティ②は表情を面白いほど変化させて感想を述べた。
「んおっ!?何すかコレ!こんな美味いモン食ったことない!」
「お気に召していただけたようで何よりです。ですが、あなたもご主人に雇っていただいている立場なのですから、もう少し品位を」
「コレ何すか!?マジで食った事ない!一体何の料理…」
「そちらはコオロギのパテーになります」
「ブフオオオオッ!!」
セーフティ②が口の中のものをギャグ漫画よろしく吐き出した。
撒き散らされた茶色いパテーの断片を見送りながら、俺はソワンさんに話しかける。
「…あのね、ソワンさん。まずは色々と聞かせてもらってもいいかい?」
「お望みならば、何にでもお応え致します。」
「それなら遠慮なく。…君は
「?…おっしゃる意味が分かりかねます。」
「ウチの両親じゃあ、君は買えない。我々はここまで難なくやってきたが、ドアや窓が壊された形跡もない。だってのに目の前には上級国民御用達のシェフがいて、コオロギのパテーなんか拵えてる。…俺は
「誤解があるようですね。ご心配なく、私はご主人の快楽を守るために派遣されただけです。」
「では、一体誰が君を送り込んだ?」
俺の背後では紅蓮さんがこっそりG48自動拳銃を取り出したのを感じることができたし、俺は俺で彼女のあまりにも大きな双丘を背中で感じることができるまで後ずさる。
彼女の、少しだけ汗を含んだような匂いと温かな体温、それに「あんっ♡」という変に色っぽい声を背後から感じると、目の前のソワンはアブナイ笑みを浮かべてこちらに語りかけてきた。
「ご心配なく。私をご主人の元へ送り込んだのは、決して危害を加えるためではありません。それどころか、守るためなのです。」
「一体誰が、何のために?」
「申し訳ありませんが、私の送り主についてお話しする事はできません。…もしそれが原因でご信用いただけないのであれば…」
ソワンさんは手に取っていた皿を机に置くと、彼女は代わりにテーブルの上に並べられていたフルーツナイフを手に取った。
驚くべきことに、彼女はそれをそのまま自らの喉元に当てる。
「私に自死を命じてください。」
「……あああああ、いやいやいやいや、そこまでする必要はない。君を信じよう。」
「ご主人様!そのご判断はあまりに軽率ではありませんか!?」
紅蓮さんが抗議の声を挙げる。
確かに、いくら見た目が可愛いらしいとはいえ相手はバイオロイドなのだ。
俺なんか簡単に捻り潰せることだろう。
だがしかし…
「紅蓮さん、もしそうなら…俺はもう殺されてるよ。」
「そうかもしれませんけど…」
「毒殺が心配ならセーフティ②に毒味させれば良い。まあ、させる前に自分からやってるけど。」
「酷くないすか、若旦那。」
「そういうわけでソワンさん…とりあえず、君を信じよう。…ところで早速なんだが、お願いがある。」
「ありがとうございます。先の質問以外でしたら、何なりと。」
「なら、すまないが…コオロギのパテーは下げてもらえないかな?」