〜現大陸・シュレイド地方・シュレイド城〜
青い星は、煙弾の意図を「撃龍槍の使用可能」と受け取った。受付嬢の作戦は、見事成功したのだ。
彼は武器を捨て、必死になって横に逃れた。その背後に、轟音と熱気。……あと一歩でも遅れていたら、あの壁のように溶け、跡形もなくなっていたであろう。
そのまま高台に登り、黒龍の追撃を必死にかわす。炎弾によって、高台がどんどん溶かされていく。
遠距離からの攻撃でもなかなか仕留めきれないのに対して、黒龍は痺れを切らした。四足歩行の体勢になり、青い星の近くまで這いずってきた。
それを見た青い星は、撃龍槍の発射レバーに手を置いた。
……黒龍の失敗は、二つあった。一つ、いとも容易く殺せるが故に人類をなめきっていたこと。一つ、人類を排除することしか頭になかったこと。
かの龍は、永い時を過ごす中で撃龍槍の恐ろしさを失念していたのだ。
異常な熱量で全てを焼き尽くすために、体温を上げることで皮膚を軟化させてしまったのだ。
「いけえええええええっ!!!」
レバーが引かれ──黒龍にも引けを取らない大きさの槍が発射された。しかも、二本。
一本は、地を這っていた黒龍のはらわたを荒々しく抉った。もう一本は、角の片方にかすり、それを折った。
黒龍はもがき、脇腹から大量の血を流しながらけたたましい咆哮をあげた。
「まだこれでもやるのか……!」
青い星が今度こそ死を受け入れた刹那──黒龍は倒れた。一瞬だけ身体を起こそうとするも、やはり力尽きたようだった。
「……終わったか」
彼がしばらく立ち尽くしていると、そこにキャンプで待機していた三人が翼竜でやってきた。受付嬢に総司令、将軍らである。
地に着いた三人の内、まず声を発したのは受付嬢だった。
「大丈夫でしたか!?」
呆然としていた青い星は、それに対して生返事をした。そんな彼をフォローするように、総司令と将軍が声を発した。
「突然の出現にも怯むことなく、討伐までこぎつけた。その腕前、見事であった」
「フフ……そうだな。悪夢を、よくぞ……!」
総司令がそう言いながら、煙弾をスリンガーに装着した。そして、打ち上げた。その色は、「討伐成功」を知らせる青であった。
また彼が声を発する。
「じきに研究者達がやってくる」
受付嬢が声を発する。
「永い間明かされなかった黒龍の正体が分かるんですね……」
「ああ、おとぎ話はげんじ」
総司令がそう言いかけた時だった。ひとつ大きな揺れが起こった。
将軍が叫ぶ。
「警戒せよ!」
青い星はまさかと思い、振り返る。その視線の先にいたのは──立ち上がる紅い悪魔。
つい先程までの黒く禍々しい悪魔はもういなかった。かわりにそこにいるのは、怒りでその身を紅く染め上げた一匹の龍。
「まだこんな力を……!」
青い星の言う通り、その変化はまさに意外であった。脇腹からは未だ血が流れ、止む様子はない。全身につけられた傷は、痛々しい。
それでも黒龍は起き上がった──人類を滅ぼすために。
一声、咆哮。
一同が身構えたその時だった。
黒龍は脇腹に火を噴き、傷口を焼いた。かの龍は痛みに苦しむ声すらあげず、今度は一同をじろりと睨んだ。するとたちまち折れた角が再生していき──以前より禍々しいものとなった。アルバトリオンの天を貫く角とはまた違って、先が捻れており凶悪さを伺わせる。
「もう武器もない……!」
「ここは一か八か退避するしかない!」
将軍の声に従い、一同が口笛を吹こうとした時。
黒龍は羽ばたいて、天高くまで飛び上がった。かと思うと、暁天のはずなのに真っ暗な闇へと消え去った。
唖然としていた受付嬢が声を漏らす。
「逃げた……んですかね?」
「おそらくは、な。将軍」
「分かっている。以後、ギルドでかの龍の行方を追う」
「あれ程の危険度を有する生物を……いや、現象を野放しにしてはいけないからな」
「ああ。出来れば頼みたくないが……青い星」
将軍は青い星の方に向き直ると、こう告げた。
「万が一かの龍が再び現れた時は……今度こそ、悪夢を終わらせてくれ」
青い星は大きく頷き、改めて決意した。
人類を守る──いや、そんな大層なことではない。もっと単純に。友の仇を討つために。
彼らが失ったものは多かった。
──────────
〜新大陸・前線拠点セリエナ・中央エリア〜
翼竜に掴まっていた一人のハンターがそこに降り立った。短い短髪の彼は、丁度調査を終えたばかりである。装備はランス。
彼の元にある男ハンターが駆け寄る。
「青い星! まーた調査行って……休暇って言葉を知らないんスか?」
そう、ランスの男は青い星であり、彼に話しかけたのはエイデンである。
青い星はこう答えた。
「いやあ、学者達がどうしても! と言って聞かなくてさ……」
「それならあとで注意しとくっス! 黒龍討伐戦からまだそんなに時間も経ってないんだからしっかり休めよ」
「ありがとう」
とは言っても、青い星に残された休暇は残り一日程度であった。一週間の休暇の内、六日間は学者達の依頼をこなしていたのだ。
青い星はエイデンと別れたあと、受付嬢の元へ調査報告をしに行った。
彼女はここ最近、食堂エリアのテーブル席に陣取ってうんうんと唸っている。
「調査報告しに来たけど……」
「んー……」
「ちょっと、聞いてる?」
「……はっ! すみません! な、何でしょうか!?」
受付嬢は編纂書を手繰り、白紙のページを開いた。青い星が報告した内容を元に、彼女が編纂書にすらすらと書き連ねていく。
ページ一枚が黒く染められた頃、青い星の調査報告は終わった。
ふぅ、と一息ついた受付嬢に青い星は尋ねた。
「どうして、考え込むことが多くなったんだ?」
「それはですね……」
受付嬢は深呼吸すると、話し始めた。
「黒龍についてです。あれはミラボレアスという『現象』だということは理解しています。ですが……」
受付嬢は眉を寄せている。
「あれを太古の昔から進化してきた一つの『生物』として捉えた場合、あれ程までの力を持つようになった理由が、今のところ思いつかないんです」
受付嬢の言うことに、青い星は納得させられた。考えさせられた。
彼女は続ける。
「アルバトリオンと同等……いえ、それ以上の破壊力。その理由を考えると夜もうわあああああ! ってなって眠れないんです」
そこに総司令がやって来た。
「青い星よ、エイデンから聞いたぞ。休暇中にも関わらず、調査団に貢献してくれているそうじゃないか」
「あ、いえ。総司令いらしてたんですね……」
青い星が遠慮してそう言うと、総司令は受付嬢の方を向いた。
「青い星の編纂者よ、話は聞いていた。私の見解も聞いていけ」
その言葉に、青い星も受付嬢も前のめりになる。
「私はな、少なくとも黒龍に人類は滅ぼされないと思っている」
受付嬢は首を傾げた。
「つまり、あれ程までの力を持っているのは人類を滅ぼすためではないと……?」
「いや、それとこれとは別だ。黒龍がどんな経緯で力を得たにせよ、我々が滅びの刻を迎えるのは今ではない……ということだ」
それだけ言うと、総司令は踵を返した。
しばらく受付嬢と青い星が話していると、エイデンがそこに飛び込んできた。
「やっと見つけた! 総司令が招集かけてるっスよ!」
──────────
〜新大陸・前線拠点セリエナ・司令エリア〜
総司令の言葉で集会は始められた。
「皆の者、先日の黒龍討伐作戦ご苦労。君らに、客人が来ている」
そう言って総司令が示した先には、なんと将軍がいた。エイデンが声をあげる。
「また来てくださったんですか!?」
「ああ。皆々、久しいな。その後どうだったか?」
その質問には続けてエイデンが答えた。
「失くしたものは大きいですが、この通り」
「そうか……そういえば、君が大怪我をしたと聞いた時、師が焦っていたぞ」
「ああ……」
エイデンは渋い顔をしている。
将軍は続けた。
「彼は驚き狼狽え、その後に友を庇ったと聞いたら、顔を真っ赤にして怒った」
「耳が痛いっス……」
「だが、誰よりも君のことを案じていた」
「はい。……約束は果たした、じきに戻りますと彼に伝えてください」
「約束しよう」
話のキリがよくなったところを見計らって、総司令が将軍に視線をやった。将軍はそれに気づき、一歩下がった。
総司令が声を発する。
「今回は君らに頼みがある。将軍に新大陸を案内してやって欲しい」
将軍が彼の言葉に続けた。
「スリンガーがすっかり気に入ってしまってな……」
エイデンが大きく声をあげた。
「わっかりました!」
後ろにいるハンター達や編纂者らも賛同する。
総司令が勇ましく叫んだ。
「さあ、案内するぞ。我らの新大陸に!」
「「「「「ひと狩りいこうぜ!」」」」」
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〜現大陸・とある火山・奥地〜
大きな岩山があり、その火口は他の生物を寄せ付けない。天は黒く染まり、シュレイド地方を彷彿とさせる。
その火口の底には、マグマ溜まりが見える。マグマ溜まりの少し上辺りに、一つ突起があった。岩の足場だ。
そこには、紅き黒龍が鎮座していた。静かに目を閉じ、力を溜めているようだった。
避けられぬ死を乗り越えた先に見えた景色は、絶望か、それとも──
これにて完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
〜補足〜
ここまで読んで頂けたら分かると思うのですが、竜人族のハンターが言ってたセリフ等は別の人に任せるなどしました。
登場人物多くても、ねえ?
あと黒龍があんな所で終わるわけがないんだよなあ……