数週間の時が流れ、鎮守府の面々が新しい生活スタイルになれてきたころ、演習海域では一航戦の赤城、加賀を中心に翔鶴、瑞鶴の五航戦、龍驤と隼鷹が合同訓練に励んでいた。
「全然だめね。なってないわ。普段から訓練をしているのか怪しいものね。」
加賀のダメ出しが瑞鶴に容赦なくささる。頭にきているのかむっとなり、だったらみせてみろと加賀を逆に挑発する。すると、見ておきなさい。と台詞を吐き、風上に向かって走り出す。腰の矢筒から矢をとり、構えて撃つと放たれた矢はまっすぐに空を裂くように飛んでいき、赤い火花のようなものに包まれたかと思うと、たちまち戦闘機へ姿を変え飛び立って行った。次々と矢から姿を変え飛び立っていく艦載機に瑞鶴は圧倒されていた。
明らかに自分との発艦速度が違う。瑞鶴は啖呵をきってみたはいいもの、自分の力がいかに未熟かを思い知らされた。以前の海戦で手柄を上げたと思っていた自分が恥ずかしくなった。
空母から艦載機が発艦するときは、風上に進路を変え全力航行をする。その際に艦載機に向かい風をあてることにより発生する揚力を利用し、発艦に必要な距離を短縮することができるのだ。しかし加賀は負傷と艤装の状態が完全ではない。速度もでないとなれば当然艦載機が発艦するときの負担は大きくなる。にもかかわらず、加賀の艦載機は発艦直後も不安定な様子でふらつくこともなく、しかも矢継ぎ早に飛びたっていた。
握りこぶしに入る力が次第に強くなる。惨めだ。これではただただ自分が惨めなだけではないか。認められないと、今度は模擬戦を挑む瑞鶴。今回は訓練用の模擬弾やペイント弾をもってきている。戦闘ならばと意気込むが、艦内のパイロット達の士気は低いままだ。一航戦と戦って勝てるのか?ハンデもなしに挑むとか無謀すぎるぜ艦長などわいわい言ってくるがなんとか一矢報いてやるのよ貴方たち!と叱咤激励するもそれでもパイロット達の威勢のいい声は聞こえてこなかった。
「せっかくなんやし、ここはひとつ、一航戦対五航戦ってのはどうや?加賀の艦載機が少ない分ハンデになるやろ?どや?我ながら名案やないか?」
成り行きを見守っていた龍驤がレフェリーは任せてやとしゃしゃりだす。隼鷹もいいねぇ~と野次馬根性丸出しだ。出撃方法が異なる2人だからこそこの立場に立てるのだ。公平性も高くなる。頑張りましょう加賀さん!と乗り気な赤城とは対照的にお手柔らかに・・と苦笑いをしている翔鶴。翔鶴姉ぇやってやろうよ!と声を張り艦載機を発艦していく。
今回のルールはお互いの戦闘機のみの戦いとし艦爆、艦攻隊の出番はお預けとなった。納得いかない結果に一部の者からブーイングがあがるも、加賀の大概にしてほしいものね。の一言でピタッと収まった。おそるべし一航戦。
お互いのチームが程よい距離をとったと同時に戦いのひぶたがきられた。数はやや一航戦の方が劣るが、同じ紫電改二という機体に乗っている以上、この模擬戦に勝利するためには純粋な腕が求められる。模擬戦とはいえ、久々の戦闘。お互いが射程距離にはいる前の会話は盛り上がっていた。
『ようし。前回の海戦では出番なしだったからな。訓練ばかりでなく、たまにはこういった模擬戦でもやらないと腕がなまっちまうぜ。』
『油断するな五番機。相手もこちらと同じ機体に乗っているんだ。油断するとあっという間に撃墜判定になるぞ。それに先輩としての威厳を保つにはそれ相応の勝ち方ってもんがある。わかるな?』
『了解です。我々には万が一の油断もありません。加賀隊のもんも遅れをとるなよ!』
『そちらこそ。スコアのことを考えず、勝利を第一と考えていくぞ。』
一方そのころ反対側の戦闘機のパイロット達の会話は何としてもという声であふれかえっていた。弱気だった翔鶴飛行隊のパイロット達もいざ戦闘機にのると、やってやる!と意気込んでいた。パイロットとしての血が騒ぐのだろう。瑞鶴隊の隊長と翔鶴隊の隊長は盛り上がっている隊員を横に冷静だった。
『練度はあちらが上だが数はこちらが有利だ。落ち着いて各個撃破をねらえばいけるはずだ。』
『おまけに乗っている機体は同じだ。先輩たちほどではないが我々だって訓練を重ねているんだ。簡単に負けてはやらんさ!各機体へ。翔鶴隊は赤城隊と当たる。我々瑞鶴隊は加賀隊を抑える。数はこちらが有利だ。速やかに加賀隊を抑えたのち翔鶴隊の援護に向かうぞ!』
了解!!と威勢のいい返事とともに射程距離に入る。やがてどちらとなく打ち合いが始まると敵味方入れ乱れての戦闘になった。同じ機体ということで分かりづらいことを考慮して機体の一部をそれぞれ赤、青、白、深緑色に塗っているので多少はわかるが。それでもパッと視界に飛び込んできた機体を瞬時に見分けなければならない。パイロット達の神経は限界まで研ぎ澄まされていく。
『畜生おもったよりやりやがるぜ。組み付かれたらなかなか振り切れねぇ、まぁ同じ機体だから当然か!』
小言を言いながら赤城隊のパイロットは巧みな操作でひらりひらりと交わしていく。ところどころペイント弾が機体をかすめていくが、撃墜判定の命令が下ってこないのでまだまだ戦える。やがてしびれを切らしたのか、後ろについていた翔鶴隊のパイロットは射程距離を詰めて確実に当てようと加速してきた。いまだ!!この時を見逃さず、ロールしつつ思い切り減速する。とてつもないGが襲ってくるが、なんとか歯を食いしばりながら耐えると再び急加速し後ろを逆に取る。追い抜いてしまった翔鶴隊のパイロットはしまった。と言いつつ後ろをとられまいと急速旋回で振り切ろうとするが、目の前の敵だけに集中しすぎたのだろう。追い抜いてしまった後ろの機体と上空から現れた機体の両方から射角をぴったり合わせられ集中砲火を浴び撃墜判定が出てしまう。キャノピーは一時的にべったりとペイント弾の塗装で塗られていた。しかも直撃判定かぁ~。そう力なくつぶやく声は他の戦闘機の音にかき消されていった。
『思った以上になかなかやる。艦長命令とはいえ、勝負を挑んでくるだけはあるな。』
一方こちらでは青いマークをつけた加賀隊の戦闘機と深緑のマークをつけた瑞鶴隊の艦載機が戦っていた。数の有利を生かしてか、瑞鶴隊が高度の有利をとり、どんどん下に追いやっていく。
このまま我慢できずに浮かび上がってきたところを頂く!瑞鶴隊の2人は連携をとりながら追い詰めるもなかなかしぶとい加賀隊の艦載機に焦りを感じていた。
『まずいぞ。翔鶴隊の奴らがやられ始めた。こんなところでちんたらしている暇はないぞ!』
『わかってはいる!だがこうも当たらないものなのか!』
次々と無線で味方の撃墜判定が上がるごとに焦りは増していく。冷静さを失ったら終わりだ。と自分に言い聞かせるも照準にとらえた敵の艦載機はまるでこちらの発射タイミングがわかっているかのように躱される。やがてうわぁ!!っと無線越しに声が聞こえ、一緒に追い詰めていた僚機の方を見ると、直上からやってきた敵に撃たれたのか主翼と胴体がカラフルにそまった紫電改二が力なく戦場を離脱していくのが見えた。やられたのか!だがなんとしても・・そう思い視線を戻すと、いない・・どこにいったんだ!?仲間がやられた焦りと見失ってしまった焦り、二つが同時に襲い掛かりパニックになる。海面にぶつからないように上昇し、その間に自分に落ち着くように言い聞かせる。追い詰めていたと思っていたら追い詰められている。狩人と獲物の立場が逆転した瞬間だった。下からダダダダダっという音が聞こえたかと思うと胴体下腹部と水平尾翼を撃ち抜かれ、自慢の深緑色は無残にもぬりかえられたのだった。
『今の時期は寒いからな。しっかり腹回りを温かくしないとあっという間に風邪をひくぞ。気をつけるこったな。』
無線ごしに加賀隊パイロットの者と思われる声が聞こえる。こちらが目を離した後に減速し、視界から消えて上昇したところを追撃してきたのか。完敗だ。だが今度はこうはいかない。うなだれる顔とは裏腹に心の中の火は燃えあがっていた。
終わってみれば、赤城加賀組の40機対翔鶴瑞鶴50機のハンデマッチは残22対0と半分も倒すことができなかった。観念したのか、瑞鶴はがっくりとうなだれると、参りました。と小さな声で白旗を上げていた。
まだまだ鍛えがいがありそうね。うなだれる瑞鶴を見ながら加賀はこの子をどうやって育てていこうか。と考えを巡らせていた。新しい力の可能性を信じて。
コテンパンにされた五航戦。実際の戦闘機のパイロットは1000時間の搭載期間をえて一人前とよばれていたそうですから、いかにパイロットの育成には金と時間がかかり、難しいかを物語っています。