ギャルゲーの世界に転生したけど、メインキャラじゃなくてモブと付き合いたい 作:ドン・コルレオーネ
「それでは、行ってきます!」
「……行ってきます」
さやかと俺は、ともに家を出た。
通学路をてくてくと、二人並んで歩いていく。
「うーん!今日から二年生!この前入学したと思ったのに、月日が経つのは早いな~」
さやかは背伸びをしながら、呑気な声色でそう話す。
「……高校生、か」
春の暖かい風が吹く中、俺はぽつりと呟いた。
そう、俺は。
一ノ瀬 明は。
高校生になる前に死んだんだ。
(中学二年の頃、白血病にかかったのが判明して……そのままずっと入院だった。だから、こうして学校へ行くことすら久しぶりだ……)
これから俺は、手に学校指定の鞄を持ち、定期券を使ってバスに乗り、みんなの集まる学校へ行くんだ……。
「……………………」
「……?明くん?」
さやかが、顔を覗かせて尋ねてくる。
「なんで、泣いてるの?」
「……え?」
思わず頬を触る。
つう……と、冷たい涙が伝っているのを、指先で感じた。
「今日はなんだか、朝から変だよ?何か悩みでもあるの?」
「い、いや……別に……」
「ほんと?遠慮しないでいいんだからね?」
「うん……」
幼馴染みという“設定”の彼女は、俺を心配そうな眼で見つめている。
涙……。
なんで、急に。
「……………………」
でもひょっとすると、嬉しいのかも知れない。
ずっと、高校生になるのが夢だった。
病院の一室から抜け出して、いろんな友達を作りたかった。
もちろん、彼女だってほしかった。
自分だけ世間から切り離されたみたいで、ずっと、ずっと……
辛かった。
(このゲームの世界に転生したのは、もしかしたら神様からのご褒美なのかも知れない……)
俺は涙を拭いながら、さやかと共に学校へ向かった。
私立錦ヶ丘学園。
その二年A組が、俺のクラスだ。
「ねーねー、昨日あったハレトーーク見た!?」
「あ、みっちーおはよう~。宿題見せて~」
「この前ジュンとカラオケ行ったんだけどさー」
がやがやがや……
……なんとも、騒がしいこって。
ど、どうしよう……自分の席に行って座るだけなのに、すげー緊張する……。
「じゃあ明くん!また帰りにねー!」
さやかが手をふって、隣のB組へと走っていく。
それに手を少しふり返して、俺は自分の席へとついた。
一番後ろの、窓際の席。
「なんでいつも、こういう席がデフォルトなんだろう?」
そんなことをぽつりと言いつつ、俺は教科書を机の中にしまい込んだ。
……さて。
ここは、ギャルゲーの世界。
何人かのヒロインの中から好きな子を選び、恋人になるまでの過程を楽しむゲーム。
俺はもちろん、このゲームに出てくる正ヒロインとは全員お付き合いした(攻略という方がゲーム的には正しいんだろうけど、言い方があまり好きじゃないんだ……)。
だからおそらく彼女を作ろうと思ったら、ゲーム通りにやればきっとできるだろう。
『も~、明くんたら~』
幼馴染みのさやかは付き合いやすいだろうな。素直だし気立てもいいし。何より、最初から好感度が高い。
がららっ
お、先生が教室へ入ってきた。
「みんな、おはよ~ございます」
眼鏡をかけた、緑色の髪をした女性の先生。
彼女の名は斉藤 理香子。能天気でちょっと天然な先生だ。
「今日からみんなは二年生だね。社会人になると、一度また高校生に戻りたいなあ……なんてこと思うことたくさんあるよ。だから今しかない時間を、めいっぱい楽しんでね!」
満面の笑みで、彼女はそう告げた。
一応斉藤先生も、彼女候補にはゲーム上設定されている。
先生が彼女……うん、それも楽しそうだ。なにより、包容力のある人だからな、なんだかんだ頼りになる人だ。
……ホームルーム後、俺達は早速授業を受けた。
数学、物理、国語……
授業を受けられるのは嬉しい気持ちと、内容が案外難しく、置いてきぼりを食らった気持ちと両極端だった。
(でも、こうやって普通に学校に来れるって、本当に幸せなことだよな……)
人並みの成績にはなれるよう、頑張ろう。
そういう気持ちから、俺は比較的真面目に、授業に取り組んだ。
……キーンコーン、カーンコーン……
四時限目が終わった後、お昼休みに入った。
俺は教室を抜け出して、中庭の方へと進んだ。
たぶん“彼女”も、そこにいるだろう。
「お?」
やっぱり。
中庭のベンチにいるのは、髪が金色でジャージを着た女の子。
口には、たばこをくわえている。
「あ?なんだてめえ?」
ぎらりと、彼女は俺を睨んでくる。
加藤 茜。同い年の不良少女だ。
この子もゲームのヒロイン対象にされている。彼女にすることが可能だ。
不良だけど、実は少女漫画をこっそり買っている、いわゆるギャップ萌えをそそるキャラクターだ。
うん、確かに。ちゃんと見るとやっぱり可愛い。
「おい!てめえ話聴いてんのか!?」
おっと、怒らせちゃまずい。くわばらくわばら。
俺は中庭を離れ、自分の教室へ戻ろうとした。
「お、一ノ瀬」
その時、声をかけられた。
振り返ると、そこには陸上部のユニフォームを着た、赤い短髪のスレンダーな女性が立っていた。
「ああ、どうもこんにちは。渡辺先輩」
三年の渡辺 エリカ。
クールビューティーの名にふさわしい、すごく落ち着いた女性だ。
しかし、部活への情熱は、誰よりも熱い。
「お前、本当に陸上部に来る気ないのか?お前の足ならインターハイで良い成績を残せると思うんだが……」
「い、いや~。俺、運動音痴なんで」
「そうか」
傍目には分からないが、少しだけ声色がしょんぼりしていた。
こういうところが、むしょうに可愛く見えてくる感じの人だ。
もちろん、ゲーム内での彼女候補になる。
俺と先輩は少しだけ世話話をして、昼休みも部活の練習へと向かう彼女の背中を、手を振って見送った。
「……はあ……」
俺は自席につきながら、頭を抱えていた。
彼女、か……。
むん。
どうしよう。
実際にみんなに会ってみると、やっぱり可愛い。
とても魅力的な四人だ。
まあ厳密に言うと、自分の妹も裏技を使えば彼女候補になり得るので、正確には五人か。
この五人の中から、誰を選ぶか……?
「……………………」
いや。
正直になろう。
俺はもちろん、この五人も好きだ。
はっきり言って、俺なんかが選ぶなんておこがましいぐらいに、みんな美人で素敵な人たちだ。
それでも俺は、この五人の中からは選ばない。
「……一ノ瀬くん」
声を、かけられた。
ふと見ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。
普通の子だ、本当に。
髪もボブカットでそこそこ可愛いけど、髪色も普通に黒だし、特に目立つような感じじゃない。名前すら表示されない。
まさしくモブである。
「さっき桃谷さんが、一ノ瀬くんを呼んでたよ」
台詞も、たったこの二つしかない。ゲームの時はこのシーン以外、一切出てこなかった。ちらりとも画面に映らなかった。もちろん、彼女候補なんかじゃない。
……でも、俺は。
俺はこの子が。
この子が本気で好きなんだ。
この子を一目見たいがために、何回もデータを消去して、やり直した。
YouTubeで検索して、この子が出ている動画を何度も見返した。
声優すら分からないくらいマイナーなこの子が、ずっと胸の中で生きていた。
他の人に言えば、たかがモブにそこまで……と思われるかも知れない。
でも、俺はこの子が好きだった。
ずっと気になっていた。
だって、たかがモブなのに……
すごく、寂しそうに笑うんだ。
今にも泣きそうなほどの眼をしているのに、口許は笑おうとしている。
どうして君は、そんな表情をしているんだ?
どうしてそんなに、苦しそうなんだ?
気になる。
気になって仕方がない。
君を、君を。
もっと知りたい。
笑顔にさせてあげたい。
ああ……俺は。
今、本当の恋をしている。