ギャルゲーの世界に転生したけど、メインキャラじゃなくてモブと付き合いたい 作:ドン・コルレオーネ
「ど、どうしたの?」
俺はなんとか平静を装って尋ねたつもりだったが、口調が少し震えてしまったし、最初を噛んでしまったし、緊張しているのがあっさりバレてしまった。
「……………………」
彼女はというと、俺とは目線を合わせないようにしながら、なんだかバツの悪そうな顔をしている。
だからと言って、俺も何か気の利いた言葉が出てくる訳でもなく、ひたすらに気まずい空気が流れるばかりであった。
「あの、さっきのことなんだけど……」
彼女は何やら申し訳なさそうな表情をしながら、小さな声で話していく。
なんかすごい……。この子が“決められた台詞以外”を話しているのを見るなんて……。
「さ、さっきって……?」
「ほら、お昼休みの……。私、突然逃げ出しちゃって……その……ごめんなさい……」
「いやいや、そんな!俺の方こそごめん、びっくりさせちゃったみたいで」
「……うん」
「そ、その。なんであの時びっくりしてたの?いや実は、正直君があんなにびっくりするとは思わなくて、よかったら理由を教えてほしいなと……」
「……………………」
彼女は眉をしかめて、顔をうつむかせた。
「も、もちろん、話したくなかったら大丈……」
「……モブ、だから」
「え?」
「私が、モブキャラだから」
……なんだって?
モブって……まさか。
「あなたは主人公で、私はモブ。本来、あの場面であれ以上の会話はないまま終わるはずだった」
「……………………」
言葉が、出なかった。
いや、出せなかった。
この子は明らかに、確実に、“この世界の事”を理解して喋っている。
「でもあの時、あなたはシナリオ以外の言葉を私に向けて話した……。こんな経験、今までなかったから、その……怖くなって逃げ出したの」
「……………………」
正直、まさかこんな展開になるとは思わなかった。
この世界がゲームであることを、自分以外に知っている者がいるなんて……。
……もしかして、彼女も……。
「ひょっとして君も、元の世界からやって来たの?」
「……分からない。もしかしたらそうだったかも知れない。でも、何千、何万と同じ台詞を繰り返す内に……自分がどこから来たのか、何者だったのか、全て忘れてしまったの……」
「何万……」
「途方もない時間だった。台詞が終わったと思ったら、また最初からスタートされて……。延々同じことの繰り返し。主人公のあなたがヒロインの桃谷さんに呼ばれる。そしてそれをあなたに伝える。ただそれだけのために、私は生きていた」
「……………………」
名もなき彼女の眼は、果てしない孤独を思わせた。
涙を流さずに泣いているような、悲痛な色。
「……………………」
「……でも、私、嬉しかった」
「嬉し、かった……?」
「うん」
彼女は上目遣い気味に俺を見ると、少しだけ微笑んだ。
「一ノ瀬くんが、私を見てくれたから」
「え?」
「ああやって私の名前を訊こうとしてくれたから、私はやっと、自分ていう存在があることを認知できた。もしあのままだったら、きっとロボットみたいに何も考えず、感情もなく、ただ動くだけの物体になってたと思うから」
「……そんな。でも怖がらせちゃったし」
「それはまあ、確かにそうだけど……結果的には、私の自我が多少取り戻せたから、それでいいの」
「そ、そうなの、かな?名前とかも分からないままなのに……」
「うん、いいの。このゲームに、私の名前は必要ないから」
彼女は前髪が眼にかかったのを、柔らかな仕草で耳にかける。
「それじゃ、さようなら。好きなヒロインを選んで、ゲームを楽しんでね」
「あ……」
「私を認知してくれて、ありがとう」
そう言って、彼女は背を向けた。
がららっ
教室の扉へと開けて、独り廊下へと出ていく。
俺は結局最後まで、あの子の背中に、何一つ告げてあげられなかった。
……君を。
……モブの君を、選んじゃダメ?
たった一言。
それすら言えない。
最後の最後で、俺は臆病になってしまった。
……日が落ちていく。
影の色がだんだんと濃くなるのを、誰もいない教室でぼんやり見つめていた。