ちゃんと作れるものはとても少ないけど。
「あっ、俺晩飯食べてなかった」
寝る前に一杯飲もうかと考えていた提督は自分が空腹である事に気付いた。
仕事に集中してすっかり食事を摂る事を忘れていたのだ。
「……しまった」
この言葉は自分が食べそびれた事を悔やむ感情から出た言葉ではなかった。
提督が失態だと思っていたのは、ついさっきまで自分に付き添って仕事を手伝ってくれていた大淀も食事の機会を逃しており、それに自分が気付かなかった事であった。
提督は部屋の時計を見た。
時間は21時を回ったところだが遅過ぎる時間というわけではない。
だが恐らくこの時間は食堂はもう閉まっていると思われた。
(俺の部屋に呼んで何か作ってやるか? いや、駄目だ。男性不信の女にこれは無い。とすると……)
程なくして提督は妥協案を導き出し、まだ大淀が起きている事を祈って彼女の部屋に繋がっている内線のボタンを押した。
『はい、大淀です』
「えっ」
起きてはいても流石にワンコールで出るとは思っていなかった提督は第一声が驚きの声になってしまった。
『提督? どうかされました?』
何となく、何となくではあったが受話器から聴こえる大淀の声は緊張しているように聴こえた。
一体何故緊張しているのかは考えない事にした提督は気持ちを切り替えて用件を話した。
「ああ、夜分にごめん。ちょっと訊きたいんだけど大淀って晩飯はどうした? 俺の仕事に付き合っていて少なくともここにいた時までは何も食べてなかったよね?」
『え? え、えぇそうですね』
まさかこの時間にかかってきた電話の用件が食事の事だとは思いもしてなかった大淀は提督の目的が解らず、珍しく戸惑っている様子だった。
「何か食べる当てはあるの?」
『もう食堂は閉まってますからね。今日は食べられなくても仕方ないと思っていますけど。一食程度ですしね』
「あぁ……」
その言葉を聞いて提督は大淀に対して言葉にはし難い何とも重い気持ちになった。
(なんだってこう、こいつは……いや、多分全員な気もするけど。こいつはこんなにも放っておけないような事を普通に言うんだろう、するんだろう。そんな事言われたらやっぱり……)
ある妥協案の実行を決めた提督は受話器越しに大淀に言った。
「ちょっと大淀に届けたいものがあるんだ。今からそれを持っていくから悪いけど少しだけ時間いいかな? 渡すだけで済むから」
『え、提督にお越し頂かなくてもそれくらいの御用でしたら私から参りますけど』
「いや、いい。本当に直ぐ終わる事だから。今から行くからちょっと待ってて」
『いやそんな、ていと――』
最後まで聞かずに提督は出来たての『それ』を持って大淀の部屋まで急いて行った。
「お」
大淀は態々提督が自分の部屋に着くまでの時間を予想して扉を開けて待っていてくれた。
提督はその姿を認めると片手を振って自分が来た事を合図した。
「いやー悪いね。こんな時間に」
「いえ、まだ起きてましたから。それでご用というの……」
大淀の言葉が途中で途切れたのは提督がもう片方の手に持っていた物を見て驚いて言葉を失ったからだ。
提督は何やら湯気立って良い匂いのする平皿に載った麺を持ってきていた。
大淀はそれを改めて認識して提督に問い掛ける。
「提督? それは……」
「ああ、作ってきた」
「え?」
「大淀晩飯食べてないって言ってたでしょ? 俺もそうだったからちょうど自分で作っていたんだよ」
「は、はぁ」
「で、ついでだから大淀の分も良かったらと思って持ってきたんだ」
「そんな態々私なんかの為に。こんな時間に……」
提督の言葉に信じられないと言った様子で話す大淀に彼はすまなそうに言った。
「あ、まぁそうだね。いくら腹が減っていても時間によっては食欲も湧かないよな。本当にいらないなら持って戻るけど」
「っ、そんな! そうじゃなく……っ……え?」
「え」
大淀はただただ自分を卑下して部下であり艦娘である自分なんかの為に指揮官自らこんな時間に食事を運んでくるなんて恐れ多い事をする必要はないというような事を伝えたかった。
だが目の前の男は自分の意を酌むどころか更に気を遣ってそんな言葉を自分にかけてくれた。
温かい食事に温かい言葉。
この鎮守府に配属されて初めて確かに感じたその温かさに大淀は自分でも理由が解らずに涙を自然に流していた。
提督はといえば大淀が突然泣き出したので最初は驚いて言葉が出ずに困っている様子だったが、敢えて黙ることを決め、彼女の感情が落ち着くまで静かに見守ってくれた。
「……すみません」
「いや、いいよ」
「それ、頂けますか?」
「大丈夫? 気を遣って無理に食べなくてもいいよ?」
「大丈夫です……ぐす。嬉しいですから」
「……そうか」
「これ何という料理ですか? 和食ではないみたいですね」
「これはイタリアのパスタという麺で作ったペペロンチーノっていう料理だよ」
「ぺぺ……? ふふっ、変な名前ですね。でも良い匂い……美味しそうです」
「男でも簡単に作れる料理だけど悪くはないと思うよ。あ、これ茹で汁で作ったコンソメスープ。こっちは少しスパイシー……辛いって言った方がいいかな。こっちも良かったらどうぞ」
「ありがとうございます。喜んで2つとも頂戴します」
大淀は提督からパスタとスープを受け取ってテーブルに置くとペコリと深く頭を下げて感謝の意を伝えた。
提督はそれに対して何故か困ったような笑みを浮かべて頷くと軽くまた手を振ってそれ以上は何も言わずに自分の部屋へと戻って行った。
本当はこの後に何か続けようかと思ったのですが、文章の雰囲気的に丁度良い区切りな気がしたのでここまでとしました。