提督は机に突っ伏していた。
それもこれも昨日の体験による精神の消耗と睡眠不足が原因だった。
自分の身に起こった事態については凡そ理解したし艦娘側の事情も理解した。
艦娘達も一部の者が提督のことを誤解していたがそれも解けた。
万事は丸く収まったのだが彼の体調面まではそうはいかない。
「提督? 提督? あの、すみません。そろそろ指揮を……」
提督が不調の理由と原因を知っている大淀が横から申し訳なさそうに声をかけるが彼の反応は鈍い。
「あぁ分かってる、分かってるよ……。ちょっと待って……」
提督の前で艦娘達が彼の復調を待つこと5分「ふぅ」という短い呼吸とともにやっと彼は机から顔を上げた。
その顔を見て艦娘達は思わず後ずさる。
「うわっ凄い隈……。司令官、本当に大丈夫?」
引いていた子達の中からいち早く皐月が近寄って心配そうな目で彼の顔を覗き込む。
提督は大丈夫と言う代わりについ無意識に彼女の頭を撫でそうになったが
(いかんいかん。つい子供にするようにやりそうになってしまった。まぁ実際に見た目は子供なんだけどそこはちゃんと分けて考えないとな……よし)
「傾注」
やっと出た指揮官らしい言葉に艦娘達はビシリと彼の指示を待つ姿勢になった。
「やる事は昨日とそんなに変わらない。先ずは午前の演習に参加して昨日と同じくらい遠征をしてもらう。それから開発と建造を行って……」
「提督、演習の結果です」
昼、提督は演習の報告書を大淀から受け取った。
その内容を確認した彼は顎髭を親指で掻く仕草をして満足気に頷いた。
「うん、これなら今日は海域(1-2)の制圧に征けそうだな」
「艦隊編成はどうします?」
「川内、皐月、電、朝潮、霞の5隻編成」
その言葉を聞いて大淀は疑問を呈した。
「提督、その軽めの編成で行くのであればもう一人くらい軽巡か駆逐を入れても良いのでは? 資材は多くはありませんが、かといって制圧に失敗してまた出直す羽目になる事を考えると戦力は少しでも充実させた方が良いかと思いますが」
ゲームではそうだったが
提督が読んだ教本によると必ずしもその人数を守る必要はないが、それ以上の人数となると戦闘時の連携に支障をきたし易いのだとか。
まぁこれについては艦娘を扱っている海軍が真剣に今までの経験と研鑽の果てに導き出したものかもしれないので、これがそのままゲームのルールに当てはまるのだとしたら、無理に破らない方が良いだろうと提督も結論した。
大淀の発言もその教義にしっかり則ってのものだった。
編成するのであれば上限まで組み、戦力を底上げした方が良いという大淀の意見は至極真っ当と言えた。
だが提督はそれを否定した。
だって識っていたから……。
「大淀、進言は尤もだけど今回はこれでいく。ああ、大丈夫。一人でも大破したらそこで進軍はやめて次回にするから」
「……分かりました。選定された艦に出撃予定を伝えてきます」
「よろしくー」
大淀は本当はまだ食い下がりたかったが、提督から前回の建造の時に資材の配分の事を話していた時と同じ雰囲気を感じ取ってそれ以上意見するのをやめた。
(これだ。この人は口調も態度も軽いのに自信がある時だけはしっかり眼と声で解る。何なんだろうこの感じ……)
そして出撃の結果、川内達は出撃した先で見事に海域を支配する主力部隊を捕捉し、敵の殲滅こそは逃したものの部隊の統率艦は撃沈するという十分な戦果を上げた。
「おかえりなさ……」
提督はしっかり成果を出して戻って来た川内達を出迎えて労いの言葉をかけようとしたのだが、彼女達の姿を見て提督の言葉は途中で尻切れになった。
交戦の結果、艦隊は川内と霞が中破でそれ以外は大破といったなかなかにグロッキーな状態で、提督も被害状況は無線では把握していたが実際に目にしてみるとその印象は……。
(なんだこれは……。俺の世界だったら故意に見て無くても社会的な立場が危うくなりそうだ)
演習の時とは違い、ところどころ出血もし煤汚れも心なしか濃く見えた。
そして艦これと言ったら中破以上の被害で見せる衣服の破損である。
提督は心の何処かで流石にリアルで中破大破した半裸の女性は見ることはないだろうと高を括っていた。
だが事実はその予想に反したもので本当に破れた服の半裸の状態になっていた。
男ならこんな状態の女性を見れば心の中で密かに興奮したり喜んだりするものだろう。
だが提督の場合は実際に命が懸かった戦場に送り出した負い目もあったし、何より彼女達には大変申し訳なかったが、自分が企画モノのA○に参加した素人出演者のような気がしてそんな薄ら寒い気分となっていた。
故に提督は彼女達を見るなり、尻切れとなった労いの言葉は一先ず後にして、早々に怪我の治癒効果もある入浴(入渠)を指示したのだった。
次の話では本当に血が沸き立つ夜戦ができて喜ぶ川内の話とかできたらしたいなぁ、と。