「明石」
「何よ大淀。私、特にやる事ないんだけど」
「明石」
「だからそもそも予定がずっと……」
「提督がお見えですよ」
「?!」
大淀の言葉に背中を見せて机に暇そうに突っ伏していた明石は電撃が走ったように立ち上がって後ろを振り向いた。
(そ、そういえば新しい提督が来たって昨日聞いてたー!!)
「た、大変失礼いたしました! あ、貴方が新しい提督ですね。私、工作艦の明石と申します! 工作艦という性質上あまりお眼鏡にかなう事はないかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします!」
見た目こそ焦ってはいたが、その実内面では早くも冷めた感情が明石の中を巡っていた。
(私の存在を認識していたかも怪しい前の提督よりはマシそうだけど、まぁあんまり期待しないでおこう)
そう本音と建前が相反していた明石に提督は言った。
「うん、宜しく。まぁ確かに今は悪いけど力を借りたくても借りられないからね……。でもその内に改修資材持ってくるからその時は宜しく」
「え? あ、はい……」
予想外に友好的で気を遣ってくれた言葉に明石はつい間の抜けた返事をしてしまった。
そんな意外な驚きをしたこともあって彼女は改めて提督の姿を視線を悟られないようにそっと観察した。
少し歳は取っているけど40には行ってないかもしれない。
前向きに言えばナイスミドルだ。
悪く言えば髪にも髭にも数本白髪が光って見えるオジサンだが、性格的には悪くはなさそうだった。
「へぇ……」
「おい、声に出てるぞ」
「あっ」
特に何かを言ったわけではなかったが口から漏れた声色と表情から何を考えていたかを察した提督が苦笑していた。
明石は今度はちゃんと本音と建前が一致した謝罪を「すみません」としたが、提督は特に気にした様子もなく、隣にいた大淀に頷いて用件の通達を頼んだ。
「明石、今回提督は貴女への挨拶も兼ねて妖精に仕事の依頼をしにきたの」
「え? 妖精さんに? でもそれは……」
「大丈夫。その点は問題ないわ」
「え? あ、そうなの?」
「ええ。それで、先程の話なんだけど、明石、役割柄普段から妖精とは、少なくともこの鎮守府の中では親しい方でしょ?」
「ん、そうね……」
「提督は今回少し大規模な改築をご依頼されたいということで、貴女に妖精に呼びかけてもらって少し数を集めて欲しいそうなの」
「え、いいですけど。あの子たち呼ばれて来て大した物貰えなかったりしたら暫くむくれちゃって姿を見せなくなる可能性もあるんで。そうなってしまったらもしかしたら私が困る事になるかもしれないのでその辺は……本当に大丈夫ですか?」
探るようにそう窺う明石に提督は大淀の時と同じく握りしめた妖精コインの塊を見せた。
「うわっ、すご?!」
「これなら大丈夫そう?」
「あ、はいっ。これなら、うん。きっと大丈夫です」
明石にも太鼓判を貰って満足気に頷いた提督は「では」と早速妖精の招集とその依頼内容を話した。
依頼内容は今ある入渠所を超高性能かつ超高効能な大浴場に改築することだった。
いや、浴場の規模や機能的に改築と言うよりは建築という言葉のほうが適切な規模の依頼だった。
提督は建築にあたって幾つか希望する条件を出した。
1、一度に100人は利用できる大きさにする事。
2、入渠の本来の目的通り傷の治癒効果も付与する事。
3、湯には女性が喜びそうな効能を存分に付与する事。
そして4、これがとんでもない条件だった。
どんな艦種の艦娘がどれほどの怪我を負っていても必ず1時間以内に全快するほどの超高性能な風呂にする事。
明石を介して話を聞いていた妖精は条件の数が増えていく度に表情に余裕がなくなっていった。
それは通訳していた明石も同じで特に最後の条件を聞いた時は「何言ってんだコイツ」という目で提督を見ていた。
「できない?」
提督は妖精コイン10万枚を提示して妖精に訊いた。
「妖精さんは3までがギリギリだけど10万は無いと言ってます」と明石。
「そうか。じゃ……」
提督は更に妖精コインの追加90万を提示した。
「できない?」
妖精の顔色が変わった。
目の前のコインの山に釘付けだ。
だがそれでも最後の条件は難しいようで渋い顔をした。
「ふむ……それでは……」
妖精も明石ももうそれ以上はないだろうと思っていたのだろう。
二人は諦めて条件を3までとした上で100万で妥協すると踏んでいた。
だが提督の後ろで大淀は何故か何かを期待しているような目をして微笑んでいた。
提督はそんな大淀の期待に応えるかのように更に妖精コイン300万追加に更に大精貨50枚追加を提示した。
「え……」
「 」
明石も妖精も提示された目の前の額に言葉を失っている様子だった。
しかし程なくして妖精の方が微妙に下を向いて少し震えたあと、明石の耳元で何事かを囁いた。
明石はそれを聞いて目を見開く。
「仲間を総動員して命を懸けて実現します……と言っています……」
妖精の承諾を得て提督は「よし」と手を叩くと、妖精の代わりに明石に向けて契約締結を示す握手を求めた。
そんな彼の手を明石は少し気恥ずかしそうな様子で、しかし明るい表情で握り返した。
7年間家具コインを無駄に貯め込んでいた提督が無事契約を勝ち取る話でした。
本日中に少し数話投稿するつもりなので返信とかその時に。