夜、提督は再び艦娘達に執務室に来るように招集をかけた。
彼女達は未だ数時間前にレディースファッションの世界の扉を開けたことに対する興奮覚めやらぬ様子で、皆一様に目が冴えているようだった。
消灯時間までまだ少し時間があったとはいえ、これでは寝付けずに苦労する事だろう。
今回提督が彼女達を集めたのは、彼から艦娘達への
艦娘達は勿論提督の思惑など知るはずもなく、素直に命令に従ったまでの事であるが、それでも皆の顔には夜分に予定外の招集を受けた事に対する不満等は浮かんではいないようだった。
駆逐艦などは今度は提督は何を見せくれるのだろうという期待すら持ち、その瞳を輝かせていた。
「皆、こんな夜中に集まってもらって申し訳ない。今回集まってもらったのは、まぁ俺の趣味というのもあるんだけど、一度皆に映画を観せてやりたくてね」
「まぁ映画ですか。それは楽しみです」
鳳翔が先ず提督の意向に賛同した。
彼女は本当に提督が何を観せてくれるのか楽しみにしている様子で、握った両の手の拳を振って早く早くと、今鎮守府にいるメンバーの中でも一番大人びた印象を持っているはずなのにその時は真逆の姿を見せていた。
「映画ねぇ……。嫌いではないのだけど、内容によっては眠くなっちゃうのよね」
タブレットを通してフルカラーの世界を見たことも影響しているのだろう。
恐らくこの時五十鈴の頭の中には白黒で音声は場面に即した音楽や効果音を流すような本当に初期の頃の映画上映の様子が浮かんでいた。
「まさか給糧艦の私達にまでお声がかかるなんてね」
「はい。伊良湖もびっくりしました」
「何言ってるんですか二人共。工作艦の私も呼んでくれたんですよ? 私を呼んでお二人を呼ばないなんて事あるわけがないじゃないですか」
少し奥の方では間宮と伊良湖と明石が話していた。
この三人はその艦としての特殊性から前任者からは全く相手にされず認知すらされていなかった可能性もあった。
悪く言えば戦闘能力がないという理由だけで一方的に興味を持たれなかった。
良く言えば運良く彼の被害に遭わずに済んでいたのだが、それによって彼女達は半分やさぐれてしまい、特に明石はまだそれでも普段から役割があった二人と違って改修資材の提供がなければ置物同然な存在であった為、その度合が顕著なやさぐれ艦の筆頭であった。
そんな彼女がこの時は提督に全幅の信頼を置いたような発言をしたので、間宮と伊良湖の二人はすっかり面食らっていた。
提督は早く映画を観せてくれと急かす鳳翔と服の裾を引っ張ってせがむ皐月に「わかったわかった」と言って落ち着かせると早速セッティングを始めた。
「大淀、あれ何かな?」
「あれはプロジェクターと提督が呼んでいたわ。なんでも映写機の代わりなんですって」
「へぇ~? でも見た感じ全然それっぽく見えないわねぇ」
「まぁ提督が出す物ですから」
と、大淀は不思議そうにそれを眺める二人に苦笑しながら言った。
提督は手際よくプロジェクターと自分のスマホを映像出力用のケーブルで繋ぎ、更に
準備万端、後は流す映像をスマホから選択するだけだ。
というところで提督は自分がよく利用していた動画の配信サイトからも異変に気付いた。
(ん? なんか映画のジャンルが時代劇や歴史ものが目立つな。現代が舞台のやつかと思ったらこれはこれで大分先の未来の世界を描いたやつだ)
どうやら『運営』による干渉で艦娘達にショックを与える可能性がある近現代が舞台である作品は軒並み除外されているらしい。
(ま、それでも面白いやつはたくさんあるからいいけど)
ここまで来ると謎の仕組みや状態は全て運営が絡んでいると早々に自分を納得させるようになっていた提督は特に気にせず、歴史スペクタクルものの中でも恐らく一番印象に残りそうなものを今回は選ぶことにした。
「はい注目注目。上映中はあまり騒いで隣で観ている人の迷惑にならないようにすること」
「了解しました。朝潮、今から司令官に観せて頂く映画に全力で集中して記憶に刻み込みます!」
「なぁにそんなに力んでるんだか。わかったから早くしてよ」
「わぁ、やっと始まるのですね。楽しみなのです」
「軽巡が夜戦で活躍する映画だったらいいなぁ」
「そんな一部の物好きにしか需要がない映画なんてあるのかしら」
「はいはい。大きな声の私語はそこまででお願いね。じゃ、始めるよー」
駆逐艦と夜戦好きの軽巡と敬愛する先輩に師事する事から抜け出せてホッとした表情をする一航戦の発言を上映の合図として、提督は鎮守府で初めての上映会を始めた。
その結果のみをここに記すと上映会は大いに盛り上がり、大成功の内に終わった。
艦娘達は白黒だと思っていた映像がフルカラーの巨大な画面で、しかも音声再生機器が繋がっていない小さな2つの四角い置物から明らかに映像とリンクしている音声が大音量で流れた事に驚愕し、感動した。
内容的には半裸の数百人の男たちが数十万の侵略軍に寡兵で挑むといった何とも男臭いものであったが、元来戦に勝ち、戦を支えることが本分である彼女達とはとても相性が良いようであった。
特に羽黒などは、5倍どころか数千倍の大群を相手に奮闘する映画の中の益荒男たちの活躍とその散り様に感動して滂沱の如く涙を流していた。
『司令官さん……この映画……最っ……高です!!』
提督はその結果に満足し、皆が希望すれば定期的に上映会を開催すると言ったところ即全員の満場一致でその提案が受け入れられた。
俺はこの映画は続編の方が好きです
前作も大好きなんですけどね