演習を終えて戻ってきた提督達を見て大淀は彼らの雰囲気からどうやら良い結果を出せたみたいだと悟った。
煤だらけの艦娘達は皆一様に笑顔で、珍しく五十鈴や龍田といった普段から落ち着いている二人も川内を交えてまだ興奮さめやらぬ様子であれこれと楽しそうに話していた。
「提督、お疲れ様です。そのご様子ですと今回の演習は悪くない結果だったみたいですね」
「うんまぁ、何とか勝ちはした。B判定だったけどね。流石に練度の差は大きかった」
「それでも私達にとっては初めての演習での勝利です。おかげで私も自分が参加したわけでもないのに嬉しい気持ちです」
「まぁ今回は偶々勝てる可能性がありそうな相手がいただけだよ。編成もまだ暫くは大きく変えられないだろうし。今日みたいな戦術で行けば偶にはこうして勝てるかもね」
「午後の演習はどうします? また同行されますか?」
「いや、そっちはもう皆に話して行かない事を伝えてある。まだ
「了解致しました。あ、そういえば提督、先程提督宛に入電がありました」
「えっ、俺に? どこから?」
「海軍省の情報局からでしたが、不在をお伝えしたら後ほどかけ直すと……」
丁度良いタイミングで執務室の電話のベルが鳴った。
二人は顔を見合わせもしやと思ったが、使い慣れたディスプレイ付きの電話機ではなかったので、かかってきた電話番号が情報局のものと一致するかは勿論判らなかった。
知らない番号からの着信は取りたくないと以前居た世界の感覚が訴えていたが、受話器を取るよう視線で促す大淀とのにらめっこに負けた提督は仕方なく受話器を取った。
「はい。こちら☓☓鎮守府○○少佐です」
『あっ、○○さんですか? どうもこんにちは。私、艦これの運営です』
「…………」
正に予想外の更に外。
思いも寄らない相手からの電話に流石の提督も数秒固まった。
「提督?」
提督の様子が気になった大淀の声で我に返った彼は、その場に居るのは自分と彼女の二人だけである事を確認すると、電話の相手に少し待ってもらうように伝えて大淀にも大事な話みたいだからと退室してもらった。
「すみません。どうぞ、えー……運営の方でしたっけ?」
『あ、そうです。運営です。艦これの』
何とも間の抜けた回答だった。
苦虫を噛み潰したような顔をした提督は運営と名乗る相手に確認するように訊いた。
「その、運営というと、この世界の管理もしている的な?」
『おっ、話が早くて助かります。そうです。世界を支配している神様とかではありませんが、艦娘が存在するこの世界の円滑な運営を担っている者です』
「……そうですか。えっと……ぶっちゃけますが、俺を
『そうです』
「通販とか旧貨幣のレートとかドローンとか、いろんなこちらに都合が良い展開も用意してくれたのも貴方?」
『そうですね』
提督が現在に至るまでのレールを敷いた事をあっさり肯定する運営のその万能ぶりに感心を通り越して提督は半分呆れそうになった。
とはいえ、せっかく事の
「あの……俺目覚めたらここに居て、艦これの世界なのは解ったんですけど、俺のアカウントの鎮守府とはあまりにも落差が……」
『あ、すみません。それは諦めて下さい』
「…………え」
『こちらとしては最古参のプレイヤーである貴方の経験を見込んでこちらへ招待した次第でして』
「あの、どういう事ですか?」
『○○さん、そちらの鎮守府に来た当初の印象どうでした? かなり酷かったですよね?』
「え、それは……まぁ名実ともにボロボロでしたね」
『ですよね。いや、私共運営と致しましてもその状況には大変心を痛めておりまして』
「はぁ」
『故に今回○○さんをお呼びして鎮守府の立て直しと傷ついた艦娘の子達のケアをですね……』
「いやいやちょっと待って下さい?!」
いくらなんでもこちらの都合を無視した強引過ぎる手法に提督も抗議の声を上げた。
彼は確かに前の世界では運営の言う通り古参プレイヤーだった。
だが過去形ではない。
ここに来るまでは毎日ゲームに対して不平不満を愚痴りつつも、現在進行系でプレイヤーだったのだ。
そうやって続けていたのは今までゲームに掛けてきた時間が膨大だったからだ。
故にサービスが終了するか人生を途中でドロップアウトしない限りやめるつもりはなかった。
そういう意気込みで今日までコツコツと続けてきたというのにいきなりこの仕打ちは何だというのか。
提督はそれを訴えたかった。
『あー……○○さん、お気持ちは大変よく解りますし、私共と致しましても貴方には大変申し訳ないことをしているという自覚もあります』
「なら俺を元の世界に……」
『そちらの艦娘がちゃんと幸せに生きられる場所にしない限り駄目です』
「えぇ……」
どうやらこちらの運営は提督より艦娘の事がなによりも大事らしい。
「それなら俺を呼ぶ前にそちらで何とかしたら良かったじゃないですか。運営なんでしょ? あそこまでの力があるなら何とかならなかったんですか?」
『残念ながら私共が関与できるのは別の世界から来た提督に都合が良い展開を用意する事だけです』
「なんですかその微妙に局所的で他力依存が高い力は……」
『そういうものなんです。そちらの前任者は純粋にこの世界の人間だったので私達は干渉できなかったんですよ』
「えっ、じゃあどうやって俺は……」
『ここの艦娘の子たちが頑張って証拠を集めて家柄も階級も社会的地位も高かった厄介な前任者を訴えたんです。この世界は男性の地位が高いのですが彼女達が本部に突きつけた証拠と訴えは、前任者の悪質さを立証して余りあるものでした』
「それで俺が?」
『はい、ここしかないと思いました。後任が決まる前に○○さんをお呼びして全力で介入しました』
「…………」
『後はもうこちらにお任せ下さい。○○さんが提督でいてくれる限りこちらの軍の上層部は一切貴方に不利益になるような関与はしてきません。させません』
「はぁ」
『○○さんはこちらが用意させて頂いた便利な
「俺が戻れるのは何年後だよ?!」
『まぁまぁ』
提督の怒号に動揺したのか運営は宥めるように、しかし妙な営業力を感じさせる口調で言った。
『艦娘、可愛いでしょ?』
「まぁ……」
『私共と致しましてはちゃんとお互い同意の上なら懇ろな……』
「それ本気ですか?」
『あくまで○○さんの責任の下、が大前提ですけどね』
「おい……」
『ん? もしかして○○さんまだそういった経験が……?』
「異性に対してちょっと消極的なだけで童○判断とかやめてくれます?!」
『冗談です。先程も申しましたが私共が優先するのは艦娘の幸せです。いくら○○さんが上手くやっているように思っていても、こちらが問題があると判断した場合は直ぐに
「…………」
提督は精神的に疲弊してもう何も言う気力はなかった。
そして彼は、その沈黙が運営からの依頼を正式に受諾する事を意味すると理解しつつも、最早それに対してとやかく言うつもりはなかった。
「分かりましたよ。やります。出来る限り善処します」
『ありがとうございます!! では、○○さんにはこれまでのお礼も兼ねて……』
「お」
もしかしてあっちの世界で使ってた良い装備とか、もしくは大量の資材や資源が貰えるのかなと提督は期待した。
が、残念ながら運営のお礼はそのどちらでもなかった。
『お礼も兼ねて以前○○さんが大浴場を建築する際に消費しました妖精コインと大精貨、全額還元致します! これでもっと艦娘の為の施設とか作っちゃって下さい!』
「…………」
提督はやはりこの世界の運営もクソだと思った。
だが艦娘の事を第一に考えているのは本当のようだったのでそこだけは評価した。
今までの話の中で一番長いんじゃないですかね
それでも1000字程度多いだけですが