艦これの進め方   作:sognathus

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やっと宴会が始まりますよ。


39:宴会と提督の考え

提督は食事のレパートリーを増やす為に取り寄せていた料理本を今回の宴会に活かせると思い、予めそれを出撃任務の少し前に鳳翔に渡していた。

 

「凄い……」

 

短い一言であったが、捲ったページを真剣な目で見つめる鳳翔のこの一言にあらゆる感想が込められている事くらい提督にも容易に察することができた。

ファッションカタログと同じく色鮮やかに表現された料理の画は、まるで本当にそこにあるような臨場感とまだ知らぬ味まで彼女に想像させ、料理人としてのモチベーションに大きな刺激を与えた。

 

「提督、有難うございます。直ぐにこれを参考に、今宵の出し物について他の子と相談を致します。是非ご期待下さい」

 

その場で本を数ページ繰った後に鳳翔はそう言うと、では早速とばかりに楽しそうに厨房へと向かっていった。

提督はその後姿を見送りながら今日出てくるであろう料理の数々を想像する。

提督が見ていた鳳翔の様子から、彼女はやはり和食以外の料理に興味を引かれていたようだった。

果たして今鎮守府にある食材でどれほどの料理が実現できるかは分からなかったが、それでも彼女のあのやる気に満ちた背中を見ると否応なく今日出てくる料理に期待してしまう。

提督は実際にそれを口にするのを楽しみにしながら、宴会をより楽しくする為のとある物を用意すべく、執務室へと戻っていった。

 

 

(鳳翔とは酒については特に相談してないけどまぁ、俺が出しても別に良いよな)

 

そして現在、彼は自室にて数々の酒が並んだ棚を眺めてどれを宴に持ち出すかを吟味していた。

棚には日本酒、焼酎から始まってウイスキーやラム酒といった洋酒もそれなりに並んでいる。

彼がそこから今日の宴会に添える花として何を出そうか悩んでいると、後ろから訪問者が来た事を告げるノックの音がした。

 

「司令官、今日の宴会の準備で何かお手伝いする事はありますか?」

 

「手持ち無沙汰の私達でよろしければ何かお手伝いさせて頂きたく……」

 

返事をして提督が扉を開けると、そこには少し緊張した様子の電と白雪がいた。

緊張しているように見えたのは恐らく私用で上官を訪ねてきた事による不安感からであろう。

元々提督が鎮守府(ここ)に着任する前まではそんな考えが浮かぶことなど有り得ない環境だったのだ。

彼の影響によって明確に改善された環境になったとはいえ、少なくとも心に傷を持つ(彼女)が僅かでも緊張してしまうのは無理もなかった。

しかし残念ながら当の提督は、そこまで察して気遣いができる器量ではなかったので、電のそんな心中までは深く察する事はなく、取り敢えず努めて子供に対して柔らかい表情をすることを意識して応じた。

 

「あ、そうなんだ。そうだなぁ……」

 

二人の前で腕を組みながら提督は考える。

宴会といってもまだこの鎮守府に所属する艦は少ない。

宴会用の料理だって少なくない量だとしても多少時間をかければ鳳翔達で十分だろうと思えてしまうくらいだ。

提督は、二人が料理に集中する鳳翔達に気を遣って敢えて声を掛けずにこちらに来たのだろうと、そう当たりを付けた。

 

「まぁ俺の場合は酒を選んでるだけなんだけど……。うん、そうだ。ちょっと二人に訊きたいんだけど、君ら含めて駆逐艦ってお酒飲める?」

 

「うーん……嫌いな子は知らないとしか言えないのです。少なくとも電は飲めますが、それは抵抗がないというだけで自分から好んで飲む事はないのです」

 

「私も電ちゃんと同じですね。お酒の美味しさに対する理解は低いと思います」

 

良いわけでもなかったが悪い感じでもない反応に提督は少し安心すると、「それじゃあ」と続けた。

 

「んー、そっかぁ。じゃ、洋酒も出してもそんなに問題……ないかな?」

 

「結果的に美味しいと思えれば良いと思うのです」

 

「ですね」

 

「まぁ確かに。それじゃ、二人ともこの中から一人一本適当に、俺も選ぶから……」

 

という感じで酒選びは運良く且つ、納得できる形で速やかに決まった。

 

 

そしていよいよ宴の時。

鳳翔達から料理の用意ができたとの通達を受けた提督は皆を食堂に集めた。

席を見渡して皆が集まった事を確認すると、提督は音頭を切る挨拶を始めた。

 

「皆、今日はご苦労様。皆の力添えもあってなんとか今日、個人的に一つの……。まぁ僅かな、だけど。一つの区切りを迎えることができました。なのでせっかくという事で、今回細やかながらこのような宴の席を設けさせて頂いた次第です」

 

現実世界(リアル)でやった事がある飲み会の幹事を思い出しながら、提督はそんな無難な短めの挨拶を済ますと、酒が注がれたグラスを掲げて皆を見渡して言った。

 

「えー、それでは……乾杯!」

 

『乾杯!!』

 

 

初めての催しだったという事もあって、乾杯直後は皆ぎこちない様子であったが、鳳翔達によって用意された料理が運ばれてくると状況は直ぐに変わった。

料理の中には馴染みのあるものもあったが、やはり料理本によってレパートリーが一気に増えたこともあって、皆が初めて見る料理が多かった。

皆最初は物珍しそうに見ながらどう箸をつけたら良いか悩む者もいたが、一人が料理から感じる温かさと立ち昇る良い香りの誘惑に負けて食べだすと直ぐに皆それに続いた。

 

「っ、美味しい! なにこれ?! なんていう料理?!」

 

「本当だ……。ふぁぁ……口の中が幸せですぅ……」

 

川内の言葉の真偽を確かめるべく同じ料理を口にして食べた瞬間に蕩けた表情をする羽黒。

 

「それは牛乳とチーズを使ったグラタンという料理よ。熱いから食べるとき気を付けてね」

 

料理番の者たちは嬉しそうに自分達が作った料理に舌鼓を打ってくれる仲間に食べ方や何処の国の料理かなどを解説していた。

その中には料理番見習いの加賀が作った物もあり、彼女は自分が作ったミートパイを美味しそうに頬張る駆逐艦達から「美味しい」という素直な感想を貰う度に「そう……」と、言葉は短いながらも満更でもない顔をした。

 

「加賀さんやるじゃないですか! 私も食べましたけど凄く美味しかったですよ」

 

「……お世辞でも有り難く受け取っておくわ」

 

「ふふ~、そんな捻くれた事言わなくていいんですよ~? 五十鈴ちゃんの言う通り、この料理本当に美味しいわぁ」

 

「……そう」

 

龍田のそんな惜しみない賛辞にも加賀はやはりそれほど顔に出さなかったが、それでも目を逸らしてボソリとそう言う彼女は明らかに嬉しそうだ。

加賀のそんな様子を少し離れた所で眺めて微笑ましく思っていた明石は、何とも言えない感嘆する思いが込み上げてくるのを幸せに感じながら自分も皆が絶賛する料理を口に運ぶ。

 

「本当に美味しい……。うっ……」

 

単純なことなのに最近怒涛のように自分達に降りかかる楽しい出来事に明石は自然と嬉し涙を流してしまう。

そんな明石を見つけた大淀が彼女に声を掛けてきた。

 

「明石、楽しんでる?」

 

「っ……。それはもうね」

 

「ふふっ、そうみたいね。私もそう。今凄く楽しい、幸せな気持ちで一杯よ……」

 

鎮守府(ここ)、本当に変わっていきそうよね」

 

「そうね。提督(あの人)なら、いえ……もう実際に変わってきているんだけどね」

 

「はぁ……本当に感謝する気持ちでいっぱ……あっ」

 

「どうしたの?」

 

和やかだった雰囲気を一蹴するような驚きの顔をする明石。

彼女は自分の様子に緊張した声で問いかける大淀には応えず、ある艦娘の側へとパタパタと慌てた様子で駆け寄った。

 

「あの、羽黒さん。貴女が居るということは、その……捕虜にした深海棲艦達は……?」

 

「え? ああ、大丈夫ですよ。先ず入渠させて変化を確認しようと思ったので、全員に入浴を命じてきました」

 

「えっ、見張ってなくて大丈夫……?」

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと浴槽に浸かるまで確認してますし。私がお風呂に入ってくるまで出るのは禁止だと言い含めておきましたから」

 

「えっ」

 

さり気ない言葉だったが明石はそれに今度は異なる反応をした。

 

「え、羽黒さんが来るまで出ては駄目だと言ったの?」

 

「はい」

 

「……それって大浴場から……?」

 

明石を追って二人の話を聞いていた大淀が少し固い声で羽黒に訊いてきた。

 

「えっ、そんなわけないじゃないですか。私はあの人達にそもそもお湯から出ることを禁止したんですよ」

 

「あの……それって逆上せるんじゃない?」

 

と大淀と同じく何処か羽黒を畏れるような顔で言う明石。

 

「そうですね」

 

「もしかして……それを見越した上でそんな命令を……?」

 

「大丈夫です。根性で耐えれば乗り切れます。もし無理でもそれはそれで無力化にも繋がるから良いじゃないですか?」

 

「……」

 

「……」

 

自分の発想を誇るような笑みを浮かべてそう言う羽黒に二人は少し蒼い顔をするのだった。

 

 

所変わって別の食卓。

霞はキョロキョロと辺りを見渡す朝潮を不思議に思って声を掛けた。

 

「何さっきからキョロキョロしてるの?」

 

「あ、霞。あの、戦果のことも含めて艦娘(私たち)にこんなに良くしてくれる司令官に改めてお礼を言おうと思ったんですけど……」

 

提督(アイツ)? アイツなら……」

 

霞は何を言っているんだという表情でつい先程まで提督が挨拶の音頭を切っていた場所を指さそうとした。

が、そこにいたはずの人物の姿は無かった。

 

「あれ?」

 

僅かな間に席を変えたとも考え難いこともあって不思議そうな顔で朝潮と一緒に辺りを見渡す霞。

そんな二人に今度は皐月が声を掛けてきた。

 

「ん? どうしたの二人して?」

 

「いや、司令官が……」

 

「アイツが……」

 

「あ、司令官ならついさっき鳳翔さんから湯豆腐が入ったお鍋を受け取って出ていきましたよ」

 

「え?」

 

「へ?」

 

「は?」

 

三人の会話を聞いた白雪の言葉に三人は目をパチクリとさせた。

 

 

所変わって執務室。

 

「~~~♪」

 

提督は適当な鼻歌を口ずさみながら部屋へと入ると机の上に鳳翔から貰った湯豆腐が入った鍋を置いた。

そしてそこから自室に戻ったと思うと部屋から小皿と箸、ポン酢を持って来て椅子に座った。

空いた片手には新たに部屋から持ち出した酒瓶とグラスも握られていた。

 

(いやぁ、やっと何かここに来て良い感じの幸せキターって感じだなぁ)

 

提督は湯豆腐が殊の外好きだった。

加えて言うなら今こうして一人で落ち着いて酒とポン酢を掛けた湯豆腐を味わえる環境に何とも言えない幸せを感じていた。

 

(はぁ、やっぱり人数が多い所で酒を飲むのは好きじゃないからなぁ。加えてやたらと若い艦娘()が側にいない環境。ああ、やっとこれで落ち着ける)

 

誤解のないように言うと提督は決して同性愛者や極端な年上の女性好きというわけではない。

男性なら大体そうであるように、肉体的には若い女性が好みの一般的な成人男性だ。

彼がこのような行動を取った事には以下のような理由があった。

 

彼は仕事上の付き合いなら女性だろうが男性だろうが特に年齢も気にしない。

しかし、見た目若い女性と仕事の時間以外にも接するようになると話は違ってくる。

先にも述べた通り提督は肉体的には若い女性が好みである。

しかしそれはあくまで営利目的の風俗的なサービスを利用する場合等の話であって、個人的にという話になると違うのだ。

提督はアラフォー、年齢的には若くも、かといっていうほど歳というわけではないが、しかしその精神年齢は実年齢に比べて加齢、良く言うなら成熟していた。

 

(若い女の子は当然好きだけど。いくら好きになっても年の差恋愛とかは正直考えられない)

 

そんな結論に至った過程には彼の現実世界(リアル)職場での経験が色濃く影響していた。

彼の仕事は、それを補助してもらう目的でアルバイトの採用が認められていた。

彼らを管理する社員()として彼は様々な年齢、性別の人間を見てきた。

その経験の中で悟った一つの大きなものが自分と若い人間の精神性の違い、差であった。

これがある限りいくら互いに好意を持っていても必ずいつかどこかで人生上の齟齬が生じる可能性が高い、というのが彼の結論であった。

 

(まぁ鳳翔さんくらい落ち着いた感じなら大丈夫かもとは思うんだけどな……)

 

そんな事を頭の片隅で考えながらいざご馳走を戴こうと提督が豆腐に箸を付けようとした時だった。

 

「美味しそうね……」

 

という恨めしそうな声が完全に意識外の背後からした。




やっと暖かくなってきた。
ひたすらに嬉しい……。

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