殆ど出番ないけど
提督の朝は早い。
というか彼は普段から早めに起きる方なのだが
『提督! 提督!』
自室のドアをノックする音と焦った大淀の声に提督は眠りから目覚めた。
「ん……?」
提督が体を起こして壁に掛けた(提督が取り寄せた)LEDのデジタル時計を見た。
発光した時計の数字が良く映えて見えた。
つまりは相応に部屋はまだ暗く、早朝というよりはまだ夜と言っても良い時間ということだ。
(朝の3時……)
『提督! 提督! こんな時間に申し訳ございません! 起きて頂けますか?』
まだボンヤリする頭に再び大淀の声が響く。
彼女の扉越しに何とか自分を起こしたいという気遣いを酌み取った提督は、まだ冷たさを感じる床を裸足で踏むことで意識を覚醒させて大淀の声に応えた。
「ああ、はい。今開けるよ」
ノブに手をかけた時に鍵が掛かっていないことに気付き、まだ鍵を掛ける癖がついていない自分自身に提督は内心呆れると、扉を開けて大淀を迎えた。
「どうしたの?」
「あ、提督、本当に申し訳ございません。至急お伝えしなければならない事がありまして」
「うん」
「羽黒さんが浴場で待機を命じていた深海棲艦なんですが……」
「どうかした?」
「……すみませんっ、私もその事を思い出して急いで確認しに行ったところ……」
「いなくなってた?」
「…………」
よほど自分の失態に責任を感じているんだろう。
そもそもその指示をしたのは羽黒なのだが、大淀は罪悪感から半泣き状態だった。
提督はなんとか大淀を宥める為に努めて柔らかい態度を意識して訊いた。
「えっと……待機を命じた当の本人はどうしたのかな? 彼女は確認しなかったの?」
提督の質問に大淀はそこで何と言ったものかとでもいうように一瞬目を泳がせた後に小さく息を吐くと言った。
そしてその答えに、提督は流石に流石に呆れた声を出す。
「羽黒さんは……その……泥酔してまして……」
「はぁ? あぁ……ははっ……。ああ、そうか……。うん、まぁ分かった。鎮守府は警戒態勢になってる?」
「はい。羽黒さん以外は既に配置に就いてます」
「ありがと。まぁ取り敢えず、一回俺も浴場を確認してみたいんだけど」
「はい、どうぞこちらへ」
(お~、湯が張っているとまた雰囲気が違うなぁ)
厳しい表情の大淀には申し訳なかったが、浴場に踏み入った提督が先ず受けた印象がこれだった。
(いやぁ、工事中はただ広いなぁくらいにしか思わなかったけど、湯が入って湯気が立ち込めるだけでもっと広く感じる)
提督は裸足になって落ちている石鹸などを踏んで滑らないように注意しながら深海棲艦が浸かっていたという浴槽に向かう。
「ここか……」
その浴槽は、幾つもある風呂の中でも特に疲労回復の効能が強い湯が張られたものとの事だった。
提督がその湯を試しに掬ってみると、確かに普通の湯と違う、まるで何処かの有名な温泉のようなぬめりを感じた。
(お湯自体には特に変化はなさそうだな……)
別に掬ったお湯が
ただ湯自体は濁り系のものであった為、浴槽の底までは見えないのが気になるといえばそうだった。
「これ湯船の中も捜した?」
「いえ、先ずは失踪の報告をと思い、浴場の入口に数名見張りを置いてから来ました」
「表の子達は……」
「はい、特に中から何者かが出て来るような事は無かったと言ってました」
「ふむ……」
(これは池の水を全部抜く、ならぬ風呂のお湯全部抜く、かぁ……? 俺は当然だけど、艦娘にこのまま調べてもらうのも不安だしなぁ……)
提督が湯を見つめながら悩んでいると、不意に湯の底に影のようなものが急激にでき、それが浮き上がって来たのを彼の横にいた大淀が気付いた。
「提督!」
「え?」
彼女は機敏な動きで提督の前へと回り、腕を伸ばして彼がそれ以上風呂に近づかないように遮った。
提督もそれを見て状況を察し、半歩後ろに後退する。
湯の中から現れた影はその動きに合わせるようにその時に完全に水面に姿を表し、提督と大淀はそれを見て個々に差はあれど、それぞれ驚きに息を呑んだ。
「艦娘……か?」
「……判りません。まだ判りませんのでどうか私の側から離れず、そしてアレに近づかないように」
「ああ、うん」
提督は大淀の警告に従いながら彼女の後ろからその現れた物体を改めて観察した。
それは一糸まとわぬ姿の裸の女性だった。
艤装や髪をセットしていない姿だったのでぱっと見ただけでは、確かに大淀の言うように艦娘と断定はできなかったが、それでも深海棲艦と違い一見は完全に人間の女性にしか見えなかったのと、事が今に至るまでの経緯から提督の中ではほぼ艦娘だと結論していた。
(背丈から多分……いや、ル級からこの姿になったとすると戦艦だろうな。ん、そういえばもう一人の人型は……)
提督がその事に気付くのと大淀が新たに警告をするのと同時だった。
「提督!」
「ん?」
提督が大淀が指した方を見ると、ちょうど最初に現れた女性の横に新たな人の形をした物が浮かんできたところだった。
提督はそれを見て今度はそれが確実に艦娘だと確信した。
新たに現れたのも同じく人の女性の姿をしており、今度のそれは最初に現れた女性より明らかに見た目が年下だった。
背も彼女より低く、髪は男性としては長いが女性でいうところのショートヘアの蒼さを感じさせる淡い黒髪だ。
何より提督の目を引いたのは彼女の目を閉じたままの
その目には生まれ(?)ながらにして瞼の上から涙袋までに小さく縦方向の傷が刻まれており、提督はその最たる特徴と他の髪型や体格の差から彼女が何という名前の艦娘かまでも予想、もとい確信した。
「お……これは木曾じゃないか?」
「え?」
無意識で漏らした提督の呟きを聞いて大淀は驚いて彼のほうに振り返る。
果たして提督は木曾と呼んだ女に対して何かに期待しているような喜色を窺わせる困惑した笑みを浮かべていた。
「提督……?」
残念ながらこの時、提督の耳には大淀の声は届いていなかった。
この時、彼の頭にあったのは浮かんできたのが木曽である可能性が高いという事。
そして雷巡の深海棲艦から艦娘の姿に戻ってきたとしたら、もしかしたら最初から重雷装巡洋艦木曾として、改造までのレベル上げの工程を踏まずにいきなり労せずに彼女を迎え入れることができたのではという期待感だった。
(もし予想が当たっていたらこれってとんでもない幸運にしてゲームのシステム無視だよな)
そう思いつつも提督はこの自らの予想が当たっていることを切に願うのだった。
差し込み更新による栞のズレとかちょっとどうするか考えないとな