艦これの進め方   作:sognathus

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久しぶりの個人的な長文
書くのが楽しくて、いろいろ思い浮かべてたら「まだ終われないまだ終われない」と

榛名と羽黒の決着が付く話


46:謀翔

事は謎の美女が食堂に現れたところから始まった。

羽黒を捜して鎮守府内を歩いていた榛名は、道中ですれ違った食事を終えた川内から彼女の居所を掴んだ。

榛名はまだこの時は、身に付けていた物が提督に貰ったウォークマンと寝間着だけという姿だったので、一見はお淑やかな雰囲気に長い黒髪が眩しい美女といった外見で、一部の者以外はまだ彼女が艦娘榛名であるという事までは判らなかった。

しかしそれでも同じ艦娘同士であるという事くらいは川内には判った為、挨拶程度の用事だろうと彼女は軽く考え、榛名に羽黒の居場所を教えたのだった。

 

バンという扉を開く大きな音と共に謎の美女が姿を表した。

艦娘達は驚いて音を立てた本人である榛名に注目したが、彼女は向けられた視線を気にすることもなく平然とした足取りで『目標』が居るテーブルへと近付いて行った。

 

「こんにちは」

 

見知らぬ人物にいきなり近くで挨拶をされたら例えそれが同性であっても顔を顰めて警戒するだろう。

羽黒と一緒の席にいた電と皐月もその例に漏れず、というより最初から何となく感じた榛名の威圧感に食事をしていた手を止めて不安そうな顔になっていた。

だが羽黒はというと、明らかに榛名の『挨拶』と視線が自分に向けられたものだと悟っていたので駆逐艦の二人のように身を硬くするという事もなく、寧ろ愛想笑いを浮かべて挨拶を返した。

 

「こんにちは。えっと……何か私に御用ですか?」

 

「……意外です。()()()()羽黒さんならこんな風に何の脈絡もなく誰かが近付いて声を掛けてきたら、それが例え挨拶でも動揺して多少は怯えた顔をしそうなのに」

 

「それは貴女から感じる気迫に私が怯まなかった事を褒めて下さっているという事でしょうか? もしそうでしたら私は貴女の賛辞を素直に嬉しく思います」

 

とある古代の脳筋国家の王から戦士の誇りと尊さを学び、すっかりその在り方に心酔して(ダメになった)羽黒はあくまで動じない。

それどころか榛名の瞳から燃え盛る闘志を感じ取り、理由はどうあれ自分は今、彼女から挑戦状を叩き突きつけられようとしていると確信に至り、密かにテーブルの下で拳を握って気合を入れていた。

だが拳を交える前にやはり動機は確かめねばならない。

誇りある戦士は大義もなく無闇に拳を振るうなどという愚かな真似はしないのだ。

 

「それで、私に何か?」

 

「……」

 

榛名はそれには答えず、ふと羽黒の向かい側に座っていた皐月に視線を向ける。

 

「ひっ、な、なに……?」

 

いきなり見ず知らずの女性から威圧感的な目を向けられて、可哀想に皐月はびくりと震えて蒼い顔をする。

榛名は先程と同じく皐月の言葉にも答えなかったが今度は直接彼女に向けて手を伸ばしてきた。

 

(怒られる!)

 

怒られる理由に全く覚えはなくても咄嗟にそう感じた皐月は手を交差させて精一杯の守りの姿勢を取った。

隣にいた電も友人を守るために椅子から立ち上がりかけたが、榛名の手は皐月の頭を避けて何故か彼女の食べかけの食事が載っているテーブルの上に着地した。

 

「え?」

 

恐怖に目を瞑るも一向に自分の身に何も起こらない事から皐月が恐る恐る薄目を開けると、ちょうど榛名の手が食事用に敷いた自分のランチマットの端を掴むのが見えた。

そこからは一瞬だった。

榛名はテーブルクロス引きのように目にも留まらぬ速さで可愛いキャラクターがプリントされた皐月のそれを何も倒さず見事な手際で引き抜くと、それを羽黒に向けてまるで決闘を申し込む際に投げつける手袋のようにして投げつけたのだ。

 

「ああっ! 僕の○ッキー!」

 

お気に入りのランチマットをいきなり奪われた上にぞんざいに扱われ、皐月は悲痛な声をあげる。

羽黒はそんな彼女の大切なランチマットを凄まじい反射神経で顔に当たる直前で受け止めると、それをゆっくりとした動作でテーブルに置いて皐月に返してあげた。

そして直ぐに厳しい目を榛名に向けて訊いた。

 

「……理由をお聞かせ願えますか?」

 

視線を受ける榛名は羽黒の身のこなしに感心するように一度頷くと口を開いた。

 

「羽黒さん、私を覚えていますか?」

 

「……?」

 

「私、金剛型巡洋戦艦3番艦の榛名と言います」

 

「貴女が大淀さんが言っていた新しく仲間になるかもしれないという方ですか……?」

 

「その質問に答える前に貴女には私の質問に答えて欲しいです。羽黒さん、もう一度訊きますが、貴女は私を覚えていますか?」

 

「……」

 

自分を知っているかという榛名の質問に羽黒は思考を巡らす。

知識としては知っているが当然そういう意味ではないだろう。

彼女は自分を()()()いるかと訊いたのだ。

そこから推測できる意味は、過去の自分の行動と今自分に質問を投げかけている彼女が『戦艦』の艦娘であるという点から程なくして羽黒は気付いた。

 

「もしかして榛名さん、貴女は……」

 

「やっと思い出してくれましたか? そうです羽黒さん、私は貴女とつい最近戦った戦艦の元深海棲艦です」

 

「あの時倒したル級……」

 

「負けてないです!」

 

ついさっきまでバトル漫画の如くビリビリした雰囲気だったのだが、榛名は羽黒の言葉を聞いた瞬間、途端に子供のような不満顔になって否定をした。

 

「あんな……艦隊同士の戦いなのに、あんな非常識な手段……。あれは単に羽黒さんの行動があまりに野蛮過ぎて呆れていたところの隙を突かれただけです!」

 

「んな?! や、野蛮ってなんですか?! あれは命を懸けた真剣な戦いだったんですよ? そんな戦いで戦い方とか野蛮とか……。榛名さん、申し訳ないのですがハッキリ言わせて頂きます。その考え方は単に融通が利かない幼稚な考えです!」

 

「よ、幼稚?! 言うに事欠いてなんて物言いですか?! 私は純粋に貴女の艦娘の在り方に対して物申しているだけです!」

 

「では敗北自体は認めるわけですね」

 

「それとこれとは話は別です! さっきも言った通りあの時私は呆れて放心していたんです!」

 

「それを単純に油断と言うのではないですか。戦場で呆れていた所為で隙ができたとか……。榛名さん、再びハッキリ言わせてもらって申し訳ないのですが、貴女は少々戦士としての自覚が足りていないと思います!」

 

「せ、戦士?! 貴女こそ何を言っているんですか?! 私たちは艦娘であって戦士では……」

 

「視野が狭いですよ。私たちの本分は戦う事です。広義で艦娘を戦士と解釈しても何も不自然な事はありません。寧ろそう表現した方が自然に感じるまであると思います。解りますか榛名さん。貴女は純粋に戦場に立つ者として心得が不足していたんです。だから負けたんですよ」

 

「…………!」

 

少しは羽黒から釈明の言葉を聞けると思っていただけに、こうまで真っ向から自分を否定された上に諭されたとなると、榛名はもうこれ以上大人しくはして居られなかった。

彼女は悔しさと怒りから真っ赤になった顔で、新たな事実によって周りの者に自分を再認識してもらう為に改めて大きな声で言った。

 

「そこまで仰るのならもう一度勝負です羽黒さん! 今度は艦娘同士なのでどんな結果になっても私は何も言いません」

 

「なるほど。でも演習以外での艦娘同士の私闘というのは、司令官さんたち人間の軍規でも禁じているように当然の違反行為です」

 

「私の再戦の申し込みを受けないと……?」

 

「いえ、要は司令官さんに咎められる前に速やかに終わらせることができれば良いんです」

 

「えっ」

 

やはりこの羽黒は違う。

自分の中の良い子の重巡代表の代名詞であった羽黒からは予想できない言葉に榛名は内心動揺した。

この羽黒は一体何を言い出すのだろう。

榛名はここに来て漸く冷静になってきた頭で目の前の重巡を見るようになっていた。

 

「ルールを設けましょう」

 

「ルール? 速やかに勝敗を決める為の、ですか?」

 

「そうです。防御に成功した攻撃は無効として、その中で一撃でもまともに相手に入れることができればそれで勝ちとします」

 

「……禁止とする行為は?」

 

「己の肉体以外の武器を使用しない事、あと相手に重症を負わせるような攻撃も駄目です」

 

「……顔への攻撃もやめましょう」

 

「分かりました。では同意しますか?」

 

そう言って立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて拳を向けてきた羽黒に榛名も無言で自分の拳を当てて同意した。

そして互いに向かい合って半歩ほど距離を取り、再び戦いの開始の合図の代わりにお互いの拳を当てたところで、ついに提督の鎮守府始まって以来の、恐らく海軍史上でもあまり例がない艦娘同士の私闘の火蓋が切って落とされた。

 

二人の闘いはある意味スポーツを見ているようだった。

お互い自分に向かってきた足や手による攻撃を上手く防御して自分の懐まで届かないようにし、防御が難しいと判断したものは素早い動きでそれを避けた。

その様は相手に掴まれて技を掛けられまいとする柔道や、優れた動体視力と反射神経で相手の動きを避けるボクシングのようで、パッと見ある程度は健全なスポーツをしているように見えなくもなかった。

そんな流れだったので二人を見る者の中にはハラハラして見守る者もいれば、感心したり好奇の目を向ける者も何人かいた。

しかしそんな際どくもある新鮮な空気を生み出していた二人の闘いの均衡の崩壊は意外に早く訪れた。

きっかけは羽黒がしかけた足払いだった。

 

「え?!」

 

榛名はそれに気付いてなんとか避けたものの、彼女の頭の中の決闘という言葉には足払いという技は、小賢しく忌避に値する価値観があった為に、避けるのは成功しても想定していなかった攻撃に気を取られてしまい視線が暫く足元に集中してしまった。

そして当然羽黒はこの好機を見逃さずに攻め立てた。

視線を下に向けていた榛名は後頭部にぞわりとした悪寒を感じた。

彼女は直感に従って何とか身をよじると、その直後に顔すれすれの距離を振り下ろされた羽黒の拳が通過した。

それは風圧を感じる程に強力で、榛名は重い攻撃はしないというルールを羽黒が破ってきた事に激しく動揺した。

 

(そんな?! 話がちが……ぁ……)

 

動揺は体勢を維持する為のバランスが崩れることにも繋がり、榛名は踏ん張って何とか耐えようとしたものの、敢えなく背中から倒れてしまった。

 

「!」

 

倒れる最中、榛名は自分を見る羽黒の表情を目に留めた時に理解した。

羽黒は勝利を確信した小さな笑みをその顔に称えていたのだ。

 

(あの攻撃はこの為!)

 

そう、榛名の予想通りあの一見ルール無視としか思えない激しい羽黒の攻撃は実は罠だったのだ。

全ては榛名が避けた後に今の流れに繋げる為の彼女の戦略。

故にもし榛名が避けられないと判断したら恐らく羽黒は寸止めするか空振りをしていただろう。

だが自分はまんまと彼女の罠に嵌ってしまった。

完全に床に背中を着けて仰向けの状態になった榛名は、馬乗りになってマウントポジションを確保した羽黒を悔しそうな顔で睨む。

 

「降参しますか?」

 

「っ……嫌です!」

 

「……そうですか。私はその不屈の闘志に敬意を表します」

 

口では今なお衰えを見せない榛名の戦意を評価しながらも、彼女を見る羽黒の目は厳しかった。

羽黒は降伏勧告の終わりを告げるように両手の関節を鳴らし終わると目を閉じて深呼吸をして言った。

 

「ではこの体勢で私の攻撃をどれだけ凌げるか頑張って下さい!」

 

「くっ……!」

 

目を見開いて拳を振るい始めた羽黒に、その時榛名はいつか見た光景(デジャヴュ)を感じた。

 

(これは……深海棲艦だった(あの)時の光景!)

 

榛名はあの後に羽黒によって完全に抵抗する心を折られ、情けなくも始終彼女に恐怖して泣いていた時のル級(自分)の姿をより鮮明に思い出した。

ここで榛名の心は再び折れるかと思いきや、何と逆に今度は敗けてなるものかという奮起を促す熱い血潮が全身に満ちていき、彼女を支えてくれた。

 

(私はもう……あんな無様な姿だけは見せない……!)

 

 

立っていた時より寧ろ熱い攻防を見せ始めた二人に、流石に厨房の向こうから様子を窺っていた伊良湖が焦った様子で隣の鳳翔に言った。

 

「さ、流石にもう止めた方が良いんじゃ……」

 

「う、うん。私もそう思うわ。ねぇ鳳翔さん……」

 

鳳翔を挟んだもう一方にいた間宮も伊良湖に同意して喧嘩の仲裁を鳳翔に伺うが、彼女は落ち着いた様子で「いえ」と一言。

 

「それより提督はもう呼んでくれましたか?」

 

「あ、はい。大淀さんがもう直ぐ連れて来ると思いますけど……」

 

何故鳳翔がこんなに落ち着いているのか腑に落ちない間宮だったが、取り敢えず喧嘩が始まった段階で鳳翔の指示を受けて大淀に提督を呼びに行って貰っていた。

しかし事は艦娘同士の争いである。

命令()では注意できても止められた事に腹を立てたどちらかから提督が被害を受けることも考えられた。

故に伊良湖と間宮は提督が来る前に取り敢えず現状だけでもマシにするべく鳳翔に助力を求めたのだが、どうやら彼女には既に別の考えがあるようで、やはり一切慌てた様子を見せない。

それどころか間もなく提督が来てくれることを確認すると、やんちゃな子供に呆れる母親のように態とらしい小さな溜息を吐くと言った。

 

「まぁ可哀想だけど今回は二人とも流石にやり過ぎましたからね。灸を据える意味でもしっかり反省して貰わないと……」

 

「へ?」

 

「え?」

 

伊良湖と間宮は何故鳳翔がそんな態度を取ったのか解らず不思議そうに彼女を見ていた。

 

 

「提督、こちらです!」

 

そして程なくして大淀に率いられて提督が姿を表した。

彼の横には木曾の姿もあった。

彼女も友人が粗相を起こしていると聞いて気になって付いてきたのだ。

 

「提督気を付けて下さい。二人とも提督が来ましたよ! もういい加減に……っ」

 

「大淀? どう……うわぁぁ……」

 

先に現場を目撃した大淀の反応が妙な事に気付いた提督は彼女の後ろからひょこりと顔を出して覗いた。

そして大淀が何故そんな反応をしたのか、何故口元を覆って少し恥ずかしそうな顔をしていたのか一瞬で合点がいった。

彼の横では木曾も提督と同じような呆れたような恥じらうような困った顔をしていた。

 

「ふ、二人ともやめひゃ……やめなさぃ!」

 

何とか持ち直し、気力を振り絞った大淀の大声に激しい攻防を繰り広げていた榛名と羽黒はビクリと静止した。

 

「「大淀さん……?」」

 

自分達を見下ろす大淀は凄く怒っているように見えた。

いや、怒っているのは間違いなかったが、それと同時に何だか恥ずかしいものを見ているような表情で頬が少し紅く染まっているように見えた。

何故自分達をそんな表情()で見ているのか、理由が解らずに完全に毒気を抜かれてポカンとした顔をしていた二人に大淀が若干震えた声でいった。

 

「二人とも……今の自分達の格好を見てみなさい。そして今、そんな貴女達を提督が見ていらっしゃるのよ……?」

 

「え? 格好……こっ?!」

 

「え……? っ?! いやっ! 見ないで! 見ないでぇぇぇ!!」

 

大淀が言った『格好』とはまさしく喧嘩によって乱れた二人の衣服の状態の事であった。

羽黒は馬乗りになったことでタイトスカートが捲り上がってストッキング越しではあるが下着が丸出しに、そして胸元の部分も榛名に掴まれた所為か大きく開け、最近購入したお気に入りのブラジャーのほぼ全景が見えているという状態だった。

しかしそれより榛名の状態が一番酷かった。

何しろ彼女の場合は、衣服という点では寝間着しか身に着けていなかったのである。

しかも下着なしで。

そんな状態で二人入り乱れていたものだから、彼女の状態はもう()()()()所が丸出しで、寝間着など大淀に注意された時点では帯に絡まったただの布切れという有様となっていた。

 

あられもない姿を見られて恥ずかしさのあまりに自分を抱くようにしてその場でビービー泣く羽黒。

せっかく「この人なら」と思った矢先にいきなりほぼ全裸というはしたない姿を提督に見せてしまい、女として艦娘としての二重の羞恥心にショックのあまり気絶する榛名。

先程までの勇ましさは何処へやら、提督はこの惨状にどう対処したものかと気が遠くなりかけたが、誰かが自分の肩に触れてきたのですんでの所で我に返った。

 

「お疲れ様です。流石提督ですね。後は万事お任せを。あ、宜しければ今晩一杯どうですか?」

 

「…………」

 

振り向いた先には笑顔で提督の労を労う鳳翔の顔があった。

聞くだけなら何気ない労いと酒の誘いの言葉であったが、笑顔の鳳翔は明らかに「後はこちらで何とかしておくから一杯付き合え」と提督に要望していた。

提督はその容易に断れない彼女の凄みと雰囲気に引きつった笑みを浮かべて「是非」と即答したのだった。

 

一方その頃厨房では、端っこで急に縮こまった料理番見習いの加賀が鳳翔の冷静過ぎる思惑に恐れをなして震えていた。

 

「加賀さん、加賀さん? どうしたの? 大丈夫?」

 

部屋の隅でガタガタ震える加賀には自分を心配してくれる間宮の声が遠く聴こえた。




感想の返信は次の機会に
どうでもいいけど、榛名と羽黒の名前が二人とも「は」から始まるのでちょくちょくタイプミスしてました

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