飲みにこそ誘われたが、男が女の方に行くのかまたは逆なのか。
提督は肝心なところを確認していなかったのでそれを鳳翔に訊きに行った。
時の頃合いは日没といったところ、提督が食堂を訪れた時はちょうど利用者で賑わっていた。
「あっ、司令官。今日はこちらでお食事なのですか?」
他にも勿論提督が訪れたことに気付いた者はいたが、この時は白雪が優等生らしく一番に動いて態々食事中だった手を止めて提督の側に来た。
提督は元々食事をするつもりで訪れたわけではなかったので、白雪のこの問い掛けには内心僅かにしまったと思うのだった。
(まぁ、こんな時に姿を見せて食事をしないで質問だけするっていうのもちょっと良くないよな)
本来の自分の意志より周りの雰囲気を大事にする如何にもな日本人気質を発揮した提督は、取り敢えず食事をしながら鳳翔に声を掛けるタイミングを図る事にした。
食堂は初めて提督が食事に訪れたということもあり、彼が来たことを素直に嬉しく思う者や単純な物珍しさから興味を持った者といった面子が自然と集まり、提督は程なくして複数の艦娘に囲まれることとなった。
「…………」
(食べ辛い)
同性でも恐らく食べ難いと思われるところに年頃の女性達が自分の周りに集まってきたのだ。
提督がこの時こんな心境になるのも無理もなかった。
「あ、もしかして提督がここで御飯食べるのって初めてじゃない? ねぇねぇ何食べるの? 良かったらあたし頼んできてあげるよ?」
「え? あ、そう? それじゃあ悪いんだけど、川内的に一番メニューの中で軽めのやつだと思うのを頼んできてくれる? 俺、今日は鳳翔とお酒を飲む予定があるから、あんまり胃に入れたくなくてね」
「……え? あっ、ああうん。わかった、ちょっと待っててね!」
酒、艦娘と、この2つの言葉が出た時一瞬一部の艦娘はざわついたが、後に誘ってきたのは鳳翔からだという事が注文をしてきた川内の口から判ると、取り敢えずはその場のざわつきは直ぐに鎮静化した。
それから暫く提督は食事が出来るまでの間、周りの艦娘達から様々な質問を受けることとなった。
「鳳翔さんとお酒ぇ? 良いわねぇ、私もお呼ばれされたら行きたいわぁ」
「それは機会を作った鳳翔に確認してね。俺が勝手に応じるわけにもいかないから」
「し、司令官は鳳翔さんとお酒を飲んでナニカするつもりだったりするのですか?」
「まぁお酒を飲んで話したりするくらいじゃないかな。いや電、そんな目で見ないで。俺から振った話じゃないからね?」
「ふ~ん、じゃあ僕も一緒に飲みたいって言ったら許してくれる?」
「鳳翔がOK……いや、承諾してくれたらね」
「山城はどうする? 私お酒の席は遠慮しておこうと思うけど。護衛なら隣の執務室に居れば良いと思うわ」
「あ、お酒って提督の部屋で飲むの? まぁそれなら私もそれで良いかな。……くっ、まだ酒に慣れてないこの身が恨めしい……」
「お酒というのは無理して飲むものではないのよ? あ、提督、大淀は霞ちゃん達と待機します。丁度報告書の完成度、もう少し詰めたかったんですよね」
「大淀さん、職務に対するその真摯な姿勢、朝潮尊敬します! 良かったら何かお手伝いさせてください!」
「どきなさい。提督に食事をお出しするのに邪魔だわ」
賑やかを通り越して騒々しいになりかけた頃、群衆を割るような凛とした声が響いた。
加賀である。
すっかり板についた割烹着姿の彼女は、一言で群衆を割って道をつくると、恭しい振る舞いで提督の前に一盛りの蕎麦を置いた。
「飛龍」
「はーい。提督、おまたっせー」
安定の落ち着いた表情の加賀に対して楽しげな雰囲気で彼女の合図に応じて提督に汁と箸を用意したのは飛龍だった。
彼女も加賀と同じ割烹着姿であり、配膳が済むと自分の服を嬉しそうに一人弄りながら厨房へと戻っていった。
しかしそんな飛龍に対して加賀は何故かまだ戻らずにその場に留まっていた。
提督は首を傾げながらも何か自分に用があるのかと、取り敢えず箸はまだ取らずに彼女が動くのを待つことにした。
すると加賀は、
あまりに予想外の行動に提督をはじめ、周りの者も思わず何事かと息を呑む。
そしてそんな雰囲気にした張本人の加賀の口から出た言葉はこのようなものだった。
「提督、鳳翔さんとお酒を飲むと聞きました」
「えっ、あ、うん」
「提督、お酒を飲むということは、人によって差はあると思いますが、多少なりとも心にその……隙というか余裕ができ易いものですよね?」
「えぇ? まぁ、その可能性はあると思うかな?」
「ですよね?! では……!」
膝をついた加賀は更に提督ににじり寄ると、まだ箸を取っていなかった彼の両手を掴んで言った。
「お酒の席で、あの人に僅かでも今言った兆候が見られたら是非お願いして頂きたい事があるんです……!」
「もしかして料理番するのが嫌になった?」
「いえ、そうではなく、寧ろそれは大分慣れたので良いのですが。お願いしたいのはですね」
「お、おう?」
「あの人に、ほんの少し、少しで良いですからお料理の指導を優しくしてくれないか頼んで欲しいのです……!」
意外過ぎる頼みごとの内容にその場にいた殆どの者が唖然となり、直ぐに言葉が出ない様子だった。
だが、そんな中でも提督だけは何かを察したように、さして動揺した様子もなく加賀に手を握られた状態のまま彼女に聞き返した。
「そんなに怖い?」
「はい」
「でも体罰とかはないでしょ?」
「目が! 目が怖いんです! 目で全て語ってくるあの超然とした雰囲気が……!」
「ああ、なるほど……」
提督もリアルの世界で
だがそれがこの世界でもここまで共通しているところがあったのは素直に驚きではあったが。
「分かったよ。優しくというか、指導の仕方について俺から提案してみるという感じで良い?」
「……提督!」
提督の言葉に感極まったのか、加賀は目尻に浮かんだ涙を拭うこともなく、つい溢れた感情に素直に従って嬉しさから提督に飛びついた。
しかしそれがいけなかった。
座った状態でまさかいきなり抱きつかれるとは予想もしていなかった提督は、そのまま彼女の勢いに負けてしまい椅子ごと倒れると、倒れた振動によってテーブルから落ちた麺汁を被ってしまった。
そしてそれだけの騒動を起こせば当然その音は厨房へと届き……。
「加賀ちゃん……?」
「!!」
自分が犯してしまった失態に震えるのも束の間、直ぐに背中に掛けられてきた声にビクリと反応して振り返る加賀。
そこには彼女が最も苦手としている目で怒る鳳翔が笑顔で腕を組んで仁王立ちをしていた。
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